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なぜ人は死を怖れるのか? 人生の意味を自分で勝ち取るために「死生観」を養おう――齋藤 孝

還暦=60歳を過ぎた頃から、いよいよ気になり始める自分の死。
人生後半戦を不安にさいなまれず過ごすには、どうすればよいか?
NHK出版新書『極上の死生観 60歳からの「生きるヒント」』を上梓した著者が、あなたをとらえて離さない「死の不安」に打ち克つ方法を考える。

余生という意識

 誰でも若い時は、「やがて必ず自分も死ぬ時がくる」ということを、なかなかイメージできないものだ。しかし、40代の後半にさしかかる頃から、老いとは言わないまでも身体のちょっとした衰えを自覚し、「そうだ、自分もそのうちに死ぬんだ」という真実を、否応なく突き付けられることになる。
 私の場合は、45歳で大きな病気をしたことがきっかけだった。
 当時は『声に出して読みたい日本語』の大ヒットに恵まれた後で、大学の授業はもちろん講演、書籍の執筆、メディアへの出演など、自分でも訳が分からなくなるほど働いていた頃だ。それが、病気によってすべての活動をぴたりと休止せざるを得なくなった。私はベッドの上で、死というものがたしかに自分に迫っていることを感じていた。
 運良く生き延びることのできた私は、その後を「余生」と考えるようになった。といっても、のんびり過ごそうというのではない。「来た球を打つ」のスタンスで、新しいことにどんどん挑戦する。その際「やりたいこと」をとにかく最優先に行う。その結果、いまだに過労で倒れてもおかしくない程の仕事をしている。
 あの死に近づいた経験から15年が過ぎ、私は今年60歳を迎える。余生というには、ずいぶん長く生きていると言えるかもしれない。この先も長生きできるに越したことはないが、余生であるからには、どこで終わりが来てもかまわないという気持ちでいる。

あと何年生きられるか?

 今回の本の担当編集者は、50歳になったときに、厚生労働省が公表している「平均余命」(各年齢の者が、平均してあと何年生きられるかの期待値)を調べて、「あと30年と少ししか生きられないのか!」と愕然としたそうだ。それ以来「死ぬのが怖くて仕方がない」と言う。
 この「死が怖い」という感覚は、人間にしかないものだ。
 たとえば動物は、外敵に襲われるなどして命の危機が急迫している場合を除き、死を恐れることはないだろう。
 それに対して人間は、ハイデガーの言う「確実にやってくるが、とはいえ当分はまだやってこない」(『存在と時間』)死というものに対して、日常的に漠然とした不安にさいなまれている。
 人はなぜ死を恐れるのか?
「死とは自意識の消滅である」と言い切ってしまえば簡単だ。
 しかし、喜怒哀楽を感じているこの意識がなくなる。やがて、自分のことが誰からも忘れられてしまう。
 なかにはこの世から跡形もなく消え去りたいという人もいるだろうが、たいていの人は、誰かの思い出の中にいつまでも残りたいはずだ。そんな願いを、死はあっさりと裏切る。こんなに恐ろしいことはない、と思っても当然だ。

理想に向かって進んでいれば死は怖くない

 とはいえ、それなりに人生経験を積んできたいい年の大人が、死を恐れてジタバタしているのではみっともない。
 死の不安をやわらげる方法は、いくつかある。
 まず、仕事でも芸事でもいいが、何か遠大な目標や大きな理想といったものに向かって、一歩ずつ進んでいるという実感が得られている時には、死は怖くない。
 数え年90歳で亡くなった葛飾北斎は、死の直前になってなお「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし(あと5年生きられたら、真の絵描きになれるのに)」と嘆いたという。
 北斎ほどの達人が、死の間際までさらに上の境地を目指し続ける。これはいわば“途上の死”だ。ing(現在進行形)のなかでの死と言ってもいい。
 このレベルまで至らなくても、私たちにだって「もう少しで、この仕事が終わるのに」と言いながら息を引き取るということはあり得る。
 そのような死は無念だろうか? 私は、そうとは言い切れないと思う。
 それはひとつの理想の死に方だ。自分なりの向上心を持って進む中で死を迎えるとしたら、死を恐れている暇さえないのだから。

次世代への贈り物をする

 次の世代に何かを残すということも大事だ。
 生物学者のリチャード・ドーキンスは、その著書『利己的な遺伝子』の中で「生物は遺伝子を残すための乗り物に過ぎない」という言い方をしている。これに則せば、子どもを作り、その子どもから孫が生まれるということだけでも、十分役目を果たしたと言える。
 その上で何か次の世代に贈り物をすることができれば、それは大きな生きた甲斐となる。
 たとえば自分の命と引き換えにしても意味のあること。私にとっては教育だ。
 私は大学で教員養成の仕事をしている。この仕事は、私にとって「魂の受け渡し」に等しい。私が学生に魂を伝える。その魂を受け継いだ学生たちが、今度は自分の学生たちに、また魂を伝えていく。
 こうして次の世代につながっているという実感が、私を死の不安から逃れさせてくれるのだ。
 先祖から伝わる家宝を受け継いで大切に守り、自分が亡くなるときにそれを次の世代に託すことも同じだ。
 観阿弥、世阿弥の流れを汲む観世流宗家は、秘伝の書であった「風姿花伝」とともに、その芸を代々伝承している。
 このように永遠なものに自分が連なることも、死の不安を克服する良い方法だ。

最後の時を表現する

 終戦間もない1947年に38歳で亡くなった俳人の石橋秀野は、次のような句を遺している。
 蝉時雨子は担送車に追ひつけず
 患っていた病が急変し、ストレッチャーで運ばれる母親の自分に、不安に脅える我が子が追いすがろうとする。秀野はこの最後の句を、まさに運ばれていくストレッチャーの上で、句帖に走り書きしたという。
 自分の最後の時を表現するのは、生きた証しをこの世に残していくことだ。
「作家でもなければ、そんなことはできない」と思われるかもしれない。
 しかしいまの時代、表現という行為はネットを通して万人に開かれている。
 ゴッホは、生涯画家としての評価を受けることはできなかったが、それでも絵を描き続けた。生きている間に売れるかどうかはわからなくても、「自分が死んだ後にもこの絵は残る」と思って描いたに違いない。
 それはこの世に対する執着だと言えるかもしれない。執着を捨て去ること(解脱)を目指す仏教の教えには反することになるが、執着があるということは、それだけこの世の生が楽しいということだ。むしろよい人生だと言えるのではないだろうか。

死の不安を克服できた人は死生観がある

 死という究極の不安を克服できた人のことは、「死生観がある」と言える。
 死生観を身に付けていれば、いつでもどこでも泰然自若として、不安に襲われることなく、生き生きと暮らしていける。
 思い出すのが漫画の『子連れ狼』だ。妻を柳生一族に殺された拝一刀が、その復讐のために息子の大五郎とともに、刺客を生業としながら果てしなき「冥府魔道」をゆくこの物語。大五郎は幼いながら多くの人の死を目の当たりにしたことで、「死生眼(ししょうがん)」を体得する(余談だが、「冥府魔道」は、原作者・小池一夫さんによる造語だ)。
 そこまでの修羅場をくぐり抜けずとも、日常生活の中で体験するネガティブな出来事を一つ一つ乗り越えていくことで、死生観は鍛えられていくものだ。
 年を取ったいま振り返り、自分の人生に何の意味があったのかと思い悩む人もいるだろう。
 そういう人には、死を鏡として自分の生の意味を照らし出すことをお勧めしたい。やがて訪れる死への不安に打ち克って、人生の意味を自分で勝ち取るのだ。
 今回の本では、そのために死生観を養うコツを、古今東西の聖人や哲学者・芸術家たちの残した言葉を通して考えてみた。
 人生の後半戦をより良く生きるヒントにしていただければ幸いだ。

写真=丸山 光

プロフィール
齋藤 孝 (さいとう・たかし)

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。『声に出して読みたい日本語』(草思社/毎日出版文化賞)をはじめ、ベストセラー著書が多数ある。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導をはじめ、テレビ・ラジオ・講演等多方面で活躍。著書は他に『55歳からの時間管理術』(NHK出版新書)、『人生が面白くなる学びのわざ』(NHK出版)など。

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