斎藤幸平×大澤真幸「脱成長コミュニズムは可能か?」――『なぜ、脱成長なのか』『新世紀のコミュニズムへ』刊行記念対談(後編)
コロナ下の状況で資本主義の弊害や問題点が明らかになった現在、そのオルタナティブとして注目されるのが「脱成長」であり、「コミュニズム」です。
ヨルゴス・カリスらによる翻訳書『なぜ、脱成長なのか:分断・格差・気候変動を乗り越える』の解説を担当した斎藤幸平さんと、新著『新世紀のコミュニズムへ——資本主義の内からの脱出』を上梓した大澤真幸さん。同時期に近しいテーマで書籍の刊行に関わった二人に、「脱成長コミュニズム」は果たして可能なのか、存分に語り合っていただきました(2021年5月28日、代官山 蔦屋書店)。対談の後半をお届けします。
※前編を読む方はこちらです。
日本はいま「何段階」なのか?
斎藤 大澤さんが『新世紀のコミュニズムへ』で指摘されていた通り、今回のコロナ禍は世界的な危機であるだけに、そこから真に解放的な普遍的運動が出てくることを僕は願っています。しかし、大澤さんもおっしゃるように、他方で「分断」が深刻になり、むしろ逆行し保守化するような流れも登場してしまいました。
ようするに、暗い未来になる可能性というのも、今回のコロナ禍で浮かび上がってきている。そのあたりについて、大澤さんのお考えをお聞きしたいと思います。
大澤 そうですね。僕がこの本を書いた理由の一つをお話ししましょう。現在、世界レベルで起きているコロナ禍が終わった時に、たぶん世界中の意識が一歩前へ進む可能性があると思うんですね。破局というもののリアリティが増してきて、それ以前のどこか生ぬるい感じから、一歩厳しいものになる可能性がある。しかし日本については、何かいやな予感がします。つまり日本は生ぬるいまま行ってしまうのではないか、と。
世界中の人は、たとえばヨーロッパやアメリカは日本よりもっとひどい目に遭って、いわば一度「地獄を見た」感じになっています。ところが日本はそれに比べれば少しましだったという気分があるので、地球全体が変化していこうとしているのに、日本だけが取り残されてしまう可能性がある。それで、この本はすこし大袈裟にというか、緊張感をもって状況について分析しているんです。
いずれにせよ、コロナがあろうとなかろうと、今ある気候危機を乗り越えようとしたら、普通に考えれば到底不可能だと思われていることをやるしかないでしょう。
たとえば2011年の原発事故のことを思い出します。経産省にいる友人と話していたら、あの福島第一原発というのは、実は2000年に廃炉にすべきかどうか、経産省でかなり真剣に議論されたことがあったらしいんですね。本来は、2000年頃が廃炉の時期として想定されていたからです。けれどもその時は原子炉はまだ十分に使えるし、コストがあまりに大きいので、廃炉にするのは取りやめになったそうです。その11年後に、地震と津波で大事故になった。今考えてみれば、あの時に廃炉にしておけばよかったというわけです。
2000年の段階では、廃炉はあまりにもコストが大きいと言われ、現実味がなかった。でも破局が訪れてみれば、なぜあの時に廃炉にしなかったのかと後悔する。だから変な言い方ですが、2011年に後悔する気持ちが2000年の時にあったならば、その時に廃炉にできたわけです。つまり、破局が来る前に、破局が来た後と同じ気持ちになれるかどうかが勝負なんですね。
そこで僕はこの本で、キューブラー=ロスの、人が自らの死を真に受け入れる五段階の話から入りました。簡単に説明しておくと、死が不可避となった人は、覚悟を決めるまでに五つの段階を経る。それらは、「否認」「怒り」「取引(バーゲニング)」「抑鬱」、そして「受け入れ」です。最後の「受け入れ」に至ったとき、つまり、「私はもう死ぬことが確実だ」と真に分かった時にはじめて、人は今までとは違った態度で人生に接することができる。この五段階は、何重にも逆説が含まれている。最初の四段階のときでも、人は、自分がもうじき死ぬということを理解はしているのです。分かっているのに、人はそれをほんとうには信じていないかのような行動をする。つまり、死の運命に対して無駄で無意味な抵抗をする。死が差し迫っていることをほんとうに分かるというか、信じるに至るのは、第五段階です。すると、死ぬことは確実なので、諦めて落ち込んで、不活性になるかというと、実はそうではない。無駄なことはやめ、死ということへの覚悟を決めた上で、真に前向きに行動できるのは、第五段階です。
この図式を、気候変動にともなう破局(死)に対応させると、現在はどうなるか。現在の状況はというと、気候変動によって将来大きな破局があるということを、科学的には予想されていても、しかし人はみなほんとうの意味では信じていないということです。つまり、キューブラー=ロスの図式の第五段階より手前です。人や国によって違いますが、主として第三段階だという感じがします。
ところが今、新型コロナウイルスのパンデミックが到来した。コロナは、破局がやってくることを先取り的に示しているわけです。だから僕らはもう、破局を見ているんです。ということは、キューブラー=ロスの第五段階に一挙に進むチャンスだし、実際、多くの人、いくつかの国は、第五段階へと飛躍したように思います。第五段階に行くとどうなるかというと、破局を見た時に取るべき選択肢、通常ならば到底ありえない選択肢をあえてとることができるようになるのです。それが脱成長コミュニズムへの第一歩になるはずだというのが、僕がこの本を書いた時のイメージでした。
ところが、日本人は事柄をできるだけ小さくとらえようとしている。死が確実にすぐそこまで来ていると言われているのに、「いや、まだではないか」と否認する、キューブラー=ロスの第一段階と同じです。そこがとても心配と言いますか、気になるところですね。
「出来事」としてのパリ・コミューン
大澤 斎藤さんは『なぜ、脱成長なのか』の解説に、ヴァルター・ベンヤミンを引用されていますね。『歴史の概念について』という彼の絶筆になったテキストからの、「革命」についての言葉ですが、ベンヤミンはなぜ歴史について書くテキストに、革命について書いたのか。それは歴史意識と革命意識には相関関係があるからです。
僕は日本人が思い切った改革ができない、あるいは大きな問題に対してセンシティブになれない究極の原因は、日本人の歴史意識にあると思っています。その話を二人でするとまた違う話になるので、ここでは斎藤さんのベンヤミンの引用にとても共感したということだけ、言っておきたいと思います。
斎藤さんがおっしゃったように、ある種のヴィジョンを示さなければ資本主義からは脱けられない(前編参照)。斎藤さんの功績はそのヴィジョンに、はっきりと「脱成長コミュニズム」という名前をつけたこと。それはすごく勇気のいることです。それで僕も今回、そんな斎藤さんに助けられて、『新世紀のコミュニズムへ』というタイトルをつける勇気が出ました。
同時に、僕は具体的なヴィジョンを出すことが逆効果になる場合もあると思っています。どうしてかというと、人間の想像力は現在に縛られているから、具体的には現在に可能なことしか思いつかない。でもやはり大きな変化とは、その時に可能だとは思っていなかったことが起きることなので、そのあたりのバランスが非常に難しいと思います。斎藤さんはそこをどのように考えていますか?
斎藤 まさにフランス哲学で言われる「出来事」だと思います。歴史的な転換点で私たちの世界観が一気に変わるようなことが起きるのが「出来事」で、今回のコロナ禍も、僕はそうした「出来事」の一つだととらえています。
2年前のことを思い出すと、なんであんなに呑気なことをやっていたんだろうと人々が思ってしまうような感覚がある。何だかんだいって、もう元には戻れないと思うんですね。今回の経験は私たちの記憶に何らかの形で残るのではないか。
「出来事」の話は重要です。未来について具体的に書こうとすると、結局は現在の視点に囚われてしまい、修正主義的なものになってしまう。マルクスが社会主義あるいは共産主義に関して多くを語っていないのは、それが理由なんですね。マルクス自身は、新しい社会のヴィジョンというのは、究極的には「出来事」として、その時々のさまざまな試みから出てくると言っている。つまり既存の革命家や理論家が説くような、「こういう社会になれば資本主義は乗り越えられる」というような話はできないわけです。『フォイエルバッハに関するテーゼ』の中でマルクスは、社会を啓蒙しようとする教育者も環境の中に埋め込まれていて、「教育者もまた教育されねばならない」と書いています。
「資本主義にはこういう限界がある。そこから出てくる未来の社会の基盤は、きっとこういうところにある」ということまでは言えるけれども、ではそれが具体的にどういう道筋をとって、最終的にどういう制度になっていくかということまでは、理論が描く課題ではないとマルクスは考えていました。
ただしマルクス自身が大きな揺さぶりを受けたのは、やはり1871年のパリ・コミューンだったと思うんですね。今年ちょうど150周年となりますが、『資本論』第1巻(1867年)を出した後に、「コミューン」というものがフランスの大都市パリに突如として現れた。これはマルクスも予想していなかったことですが、その中で労働者たちが自治や、民主的な管理をすることができるということが証明された。最終的には軍の力によって収束してしまいますが、それさえなければもっと長い間、人々は新しい社会を作る力を示せたわけです。おそらくはマルクス自身がこのように感じたことで、晩年の10年ちょっとの思索に大きな変化がもたらされたのではないかと僕は考えています。
20世紀の社会主義の歴史では、「国家社会主義」が強くなってしまいましたが、やはり「コミューン」的なもの、つまり「コミュニティ」を基礎にして、変革していかなくてはいけないと思います。
変革のための拠点はどこに?
斎藤 よく「具体的にどうしたらいいんですか?」という質問をいただきますが、そういう方が求めているのは、政策論とか貨幣の変革とかの具体的な答えなんです。この『新世紀のコミュニズムへ』と『なぜ、脱成長なのか』で違いがあるとしたら、前者で大澤さんはベーシック・インカムとかMMTとか、どちらかというと上からの政策的な話を重視されていて、後者のほうはどちらかというとローカルな、下からの変革を重視している傾向があります。実際には上からの改革も、税制改革や炭素税などは必須なので重要ですし、下からの改革にせよコミュニティの再生などをしていかなければいけないと思っています。
特に日本で変革のヴィジョンが登場せず、皆が路頭に迷った状態になっているのは、私たちの身近にあったコミュニティ的なものを、私たち自身が破壊し尽くしてしまったからではないでしょうか。かつては企業に代表される疑似コミュニティが存在しましたが、もう終身雇用もないし、人は地方のコミュニティを捨て去り、都会に出てきてしまった。都会ではPTAも町内会も面倒くさいと全部切り捨ててしまい、結局私たちは非常に脆弱な存在になってしまいました。コロナみたいな時に頼れる人もいないし、頼り方も助け方も分からない。そうするとコモニングみたいなことをどうやって成し遂げたらいいかも分からなくなってしまって、コモンが大事だと指摘されても、具体的に想像することも難しくなるくらい、現在の日本社会で共同体的なものはバラバラに解体されてしまっている。
やはり回り道になったとしても、ここでコミュニティを再生しておかないと、個人が最終的に頼れるものが国家しかなくなってしまい、強権的な国家を求めることになってしまうでしょう。でも、どうやら日本の場合、強権的な国家を求めても国家が強権的に機能するほどの力もないということが、今回浮かび上がってきているので(笑)、下からのコミュニティもないし、上からの国家も機能しないという状況です。
アメリカやヨーロッパに比べても、ここまでコミュニティが解体された国はないのではないか。アメリカなら教会とか地域のボランティアとか、いろいろなレベルのものがあるし、ヨーロッパについても、この本(『なぜ、脱成長なのか』)を読めばよく分かる通り、バルセロナなどは協同組合文化が強い力を持っています。そこを立て直すことにしか日本の未来はないのではないかと思っています。どうでしょうか?
大澤 なるほど、おっしゃる通りですね。僕も別にコミューン的なものを重視していないわけではなくて、書かなかっただけなんです。ベーシック・インカムの話とか、エリック・ポズナーたちが提案した、COSTと呼ばれる「自己申告税」の話については書きましたが、必ずしもそれがいいということではなくて、資本主義の根本的な前提――たとえば私的所有の権利――を否定してもなお可能な道はあるんだと納得してもらうための一つの方便なんですね。さまざまなオルタナティブがあるということを理解してもらうために書いているわけです。
新しいことをやろうとしても、その「新しいこと」は現実にはまだ存在しません。その現実にはないものが、到底ありえないようなただの空想に思える時と、「できそうだ」と思える時とがある。「できそうだ」という実感なしには、現実のものにはならない。どうしたら「できそうだ」と思えるか。そこに至るのはなかなか難しい。
1990年頃に冷戦が終わり、東側の社会主義諸国が次々に崩壊しました。それまでは、東側に理想のコミュニズムがあるとは決して誰も思っていなくて、偽の駄目なコミュニズムがあるだけだと、西側の左翼もみんな理解していました。にもかかわらず、冷戦の終焉とともに、コミュニズムの理想自体がなぜか雲散霧消してしまった。ダメな社会主義の現実が、あるべき理想の社会主義やコミュニズムに、「できそうだ」という感覚を与えるのに役立っていたのです。
マルクスが、コミュニズムはこういうものだと具体的にはほとんど書いていないように、理論的に現実を分析したり批評したりするプロセスの中で、そこから自然と、現実を超えたものへの人間の想像力がかき立てられるというのが理想だと思うんです。僕としてもそのように書きたいと思っていますが、斎藤さんほどではないにしても、やはり「具体的にどうするんですか?」と聞かれることがあります。そこで、あくまでも「これができれば、あれもできるかもしれない」と思わせる例として、いくつかの具体的な方法を書いてみたのです。でも、あまりヴィジョンを示し過ぎると、かえって僕らの可能性を縮めてしまうというジレンマがあります。
日本の特殊性
斎藤 僕は世代的に、大学に入ったときにはもう「マルクスなんて」という雰囲気が日本にもあったし、アメリカに行ったときもありました。しかし今は、海外でも僕と同じ30代くらいの研究者たちが、ポスト資本主義の話をするようになっています。運動としても、アメリカのオキュパイあたりから始まって、サンダース旋風があったり、イギリスでは(ジェレミー・)コービンの台頭があったり、「フライデーズ・フォー・フューチャー」や「エクスティンクション・レベリオン」の運動があったり、2010年代は相当、世界で反乱的な動きが起きるようになった激動の時代でした。その結果、「資本主義が唯一の道である」という根強かった考え方が、冷戦終結から30年経って、ついに「別の選択肢がある」というところまで戻ってきました。これはかなり大きな一歩です。
ソ連があった時代は、ソ連を目指していたわけではないけれども、もっといい社会主義を目指して西側にもたくさんの運動がありました。それと同じように、オルタナティブな可能性に人々が気づいた2020年代というのは、僕が物心ついてからの30年くらいとはまったく違うものになっていくかもしれません。「グレタたちもやってるし、こういうのいいんじゃない?」と思ってこれから社会に出ていく若い世代が増えていくとすれば、対談の冒頭でお話ししたように(前編参照)、「脱成長」とか「コミュニズム」をむしろ魅力的だと感じるような人たちが増えてくるのではないか。
「資本主義的な自由なんて要らない。プライベート・ジェットも禁止してしまえ」と言う若い人たち、「資本主義的な自由なんてむしろ制限したほうが、私たちは自由になるんだから、もっと制限してくれ。もっと税金をかけてくれ。もっと化石燃料も制限してくれ」と言って、それこそが自由だと感じる世代が出てくるかもしれません。
大澤 たしかに、21世紀になって20年が経ったところで、斎藤さんの本がこれだけ読まれていることだけでも、かなりいい知らせと言いますか、状況が一巡してきたという感じがしますね。
だから希望を持ってもいいのかな、という気もします。半分ふざけて言えば、21世紀になってから――いや20世紀の最後の10年くらいの段階からずっと――日本は成長なんか目指したところで、実際の成長は叶わなかったわけです。成長を目指しているけれども実際に成長しないというのは最悪です。だったら脱成長を自覚的に目指す方に思い切って切り替えたらいいじゃないか、と思ったりもします。
その場合に難しいのは、斎藤さんが先ほどおっしゃったように、日本でコミューン的なものを作ろうとした場合、そのための繫がりのベースになるようなものが、今はほとんどないということです。欧米には、もちろん個人主義的なものが根づいていますが、同時に彼らはコミュニティ的なものを作るのが上手です。その社会が伝統的に持っていた文化的な資源や遺産を、現代化しカスタマイズして利用することで、アソシエーションやコミュニティが形成されている。たとえばヨーロッパならば、都市にあったギルドをはじめとする多様な集団の原理や、アメリカだったら教会をはじめとするコミュニティの原理が世俗化されたり、現代化されたりして、利用されるということがあります。
日本の場合は、もし伝統的な繋がりのベースがあるとすれば、それは長い間「イエ」でした。これは名著だと思いますが、『文明としてのイエ社会』(1979年)という大著があります。これは村上泰亮、佐藤誠三郎、公文俊平の3人の著者が書いた、社会科学の共同研究としては、稀に見る高い水準で成功した本です。1980年のちょっと前、日本の資本主義がうまく回っていた時に出版されました。なぜうまくいっているのかと考えた時に、日本の「イエ」という伝統が資本主義の中でいかにカスタマイズされて利用されているかについて研究した、社会科学の古典なんです。
日本人が共同性を作る時の原理として、ずっと「イエ」原理というものがあって、それが「会社」の組織原理として利用されていた、というわけです。しかし、それがなくなってしまうと、日本人は個人主義者としても欧米より不徹底だし、かといって集合化したりコミューン化したりするポテンシャルが大きいかというとそうでもなくて、脱成長コミュニズムの拠点を作るためのベースとなる歴史的な伝統が非常に脆弱です。これが現状だと思っています。
「コミュニズム的なもの」のさまざまな試み
斎藤 僕が『人新世の「資本論」』で言いたかったのは――そしてこれは『なぜ、脱成長なのか』にもまさに書かれていることでありますが――、コモニング、つまりコモンを生み出すためのさまざまな協力や相互扶助、ケアの実践をもっと広げていこうということです。最初は一部の助け合いや小さな試みだけかもしれない。でもそれをモデルにして、他の問題にもそのコモンを広げていくと、最終的にコミュニズム的なものが出てくるのではないか。
「コミュニズム的なもの」というのはマルクスの有名な原理で言うと、「各人はその能力に応じて与え、各人はその必要に応じて受け取る」ということです。ようするに貨幣でのやりとりではなくて、能力と必要に応じて分け合うような社会です。
そういう試みは日本の中でもあって、たとえば相模原市藤野などでおこなわれているトランジション・タウンの理念も、そういうものともちろん共鳴しますし、私が最近よく言うのは協同組合ですね。労働者の協同組合とか、消費者協同組合、生活協同組合でもいいんですけれども。
特に2020年の12月に「労働者協同組合法」という法律ができました(2年以内に施行)。普通の企業であれば資本家がいて、その下で労働者たちが雇われるという「雇う・雇われる」の関係があります。資本家は「出資しているんだからお前らは働け」と労働者に言うわけです。ところが協同組合の場合は、労働者たち自らが出資するんですね。だからみんな対等で、もちろんその中にもリーダーや経験の長いベテランはいますが、各人に1票の権利が与えられていて、みんなで相談して決めるという原理が徹底されており、みんなで好きなことや社会のために役立つことをやろうという仕組みになっています。これも「シェア」の一種ですね。
労働の現場で、資本家や上司、あるいは株主が権力を全部握ってしまうのではなくて、みんなが同等の権力を持つことで、働きがいや地域貢献を重視した働き方を実現していく。それがまさに僕の言う「生産の場をコモンにしていく」ことなんです。
それ以外にも電力を地域電力・市民電力にしていって、もっと分散型にしていくとか、市民の人たちが共同で農作業ができる市民農園のような場所を作って、場合によってはおなかの減った人たちがごはんを食べられるようにするとか、そういう試みはたくさんあります。それらはたしかに小さな規模かもしれませんが、この場所で出てくる経験や想像力なしでは、私たちは脱資本主義に向けて社会全体を変えていくことなんて、到底考えることはできないでしょう。どれだけ小さくても、私たちはそれを無意味だと切り捨てるのではなく、それをどうやって発展させていけるのかということを、一見遠回りでも考察していかなければいけない。
私たちは、規模の大きな問題は国家に任せておこうと考えてしまいがちですが、そこを下から変えていくことでこそ、実は大きな転換に繫がっていく。『なぜ、脱成長なのか』に書かれているバルセロナでの実践は、非常に示唆的です。
「べてるの家」「ペシャワール会」、そしてバルセロナ
大澤 たしかになぜバルセロナがそんなにうまくいくのか、社会学的にも興味深いですね。
コミューンとは異なりますが、ものの考え方として面白いと思っているのは、北海道浦河の「べてるの家」です。ここでは精神障害を持つ人たちが、一種のアソシエーションを作って、働きながら生活している。統合失調症の治療などの問題とは別の、一つの社会改革のモデルとして学ぶべきものがあると僕は思っているんです。
彼らは「当事者研究」という独特の方法で自己反省をしながら、自分たちの苦しい衝動や妄想をコントロールしてコミューン的なものを作っていく。当事者研究というのがどうしてうまくいくのかと考えてみると、たいへん興味深いのです。そこにはコミューン不在の日本において、どうやってコミューン的なものを作っていくかという一つのヒントが実はあるように思います。
あるいはもっと極端な例で言うと、2019年に無念にも銃撃で亡くなられた中村哲さんの「ペシャワール会」です。中村さんはパキスタンとアフガニスタンで、紛争解決のためにいわばコミューンそのものを作るような活動を、しかも日本とは関係のないところでやられていた。意気込みも立派ですが、なぜそれが成功したのかと考えていくと、理論的にも興味深いところがあって、今後コミューンやコミュニズムを考えるための教訓をそこから引き出すことができる、と思っています。
斎藤 なるほど。ちょっとバルセロナの話に戻りますが、『なぜ、脱成長なのか』に書かれているように、バルセロナを中心とするスペインのカタルーニャ州一帯というのは、社会連帯経済の中心地です。そのバルセロナでコモニングの実践を研究している研究者たちが、こういう脱成長の本を出してきたというのは、僕はまったく偶然とは考えていません。つまり、民主的で開かれ、ボトムアップ型の経済のモデルにたぶん一番近いのが、社会連帯経済だと思います。
ただしこれは協同組合運動全般に言えることですが、規模が大きくなってくると機能しなくなるという問題を抱えています。あと、たまに誤解されるのが、協同組合型の労働にしていけば脱成長コミュニズムになるという考えで、これは完全に誤解です。
パリ・コミューンの偉大さというのは、単に労働のあり方を変えただけではなくて、国家に代わる統治のあり方を実現したことや、政治のあり方を変えたことなども含めて、私たちの価値観を抜本的に転換したことです。必ずしもそういうことは社会連帯経済からは出てこない。ただし確実に言えるのは、そうした自治の試みが社会連帯経済にもあるし、私たちが資本主義ではない社会を思い描く際の、一つの基盤になるのは間違いないということです。
サイバースペースに「ジャパン・コミューン」を!
斎藤 『なぜ、脱成長なのか』の宣伝のために、ついでにもう一つ言っておくと、バルセロナ市はもともと、スマート・シティを目指していました。それに対して、2015年に「バルセロナ・イン・コモン」という地域政党のアダ・クラウという女性が市長になってから、GAFAなどを呼んできてスマート・シティ化するのでは駄目で、どちらかというと台湾のオードリー・タンのような実践で、人々が参与し民主的にコントロールできる形でのデジタル化を進めていかなければいけないという方向に切り替えたのです。
たとえばDecidim(デシディム)というシステムを取り入れて、要望とか政策案などを誰もが提案できるようにしたりしています(これは台湾と同じシステムです)。
個人情報についても、その目的に応じてどこまで利用してよいかというしっかりしたコンセンサスを与える。これを「データ主権」といいますが、そのデータ主権の概念を軸にしたデジタル・プラットフォーム化を私たちは考えるべきだし、そういう試みがバルセロナを中心にヨーロッパなどですでに登場している。そういう形での議論を進めていけば、僕はデジタル技術をコモンにしていく、つまり開かれた技術にしていくことも可能ではないかという気がしています。
もちろん、GAFAは巨大になっているので、一筋縄ではいかないでしょうが、そういう形でのコモニングの道筋というのは、諦める必要はないと思っています。
大澤 『新世紀のコミュニズムへ』でも触れましたが、インターネットのバーチャルな空間ができて、そこでマルクス用語を使えば資本の「原始蓄積」に当たることが起きたんですよ。サイバースペースという未知の新大陸で、そこは誰のものでもなかったわけですが、20世紀末から現在までの期間で、いわゆる最初の「囲い込み」(エンクロージャー)が起きた。その時に大きな土地を獲得したのがGAFAなんですね。僕は、何よりまずコモンにすべきなのは、サイバースペースだと思っています。
日本は原始蓄積の段階で大幅に遅れをとりました。だから思い切って日本はもう、サイバースペースのパリ・コミューンを作ればいいと思う。ジャパン・コミューンか(笑)。そうしてコモンだけでできたサイバースペースというものを構想する、という方向性で行くしかないと思います。
斎藤 最後に言っておくと、Z世代をはじめとする若い世代はすでに危機感を持っているので、問題は私も含めたそれより上の世代でしょう。今、危機が迫っている中で、大澤さんの本にも書かれているように、それを「否認」するのか、それとも覚悟を決めてそれを受け入れ、何かアクションを起こすのか。
現在の社会でさまざまな決定権とか、知識とか地位を持っている世代こそが、若い世代の訴えに対して、responsibilityすなわち、「責任」と同時に「応答可能性」を問われていると思うんですね。その際、資本主義のかつての良かったイメージとか、日本の良かったイメージとかをいかに捨てて、価値観をアップデートし、このコロナ禍で学んだことをふまえて、新しい社会を作っていけるか。これこそが重要なのではないでしょうか。
大澤 まったく賛成です。今日は、僕の新著『新世紀のコミュニズムへ』、そして斎藤さんが解説を担当された翻訳書『なぜ、脱成長なのか』や斎藤さんご自身が書かれた『人新世の「資本論」』の議論から出発して、それらの本のポテンシャルを引き出すようなかたちで、今後のポジティヴな展望にもつながる話題をいくつも出すことができました。有意義でおもしろい対談になりました。ありがとうございました。
(2021年5月28日 代官山 蔦屋書店主催オンラインイベントより 構成:福田光一)
プロフィール
斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。30万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞。
大澤真幸(おおさわ・まさち)
1958年生まれ。社会学者。専攻は理論社会学。著書に『ナショナリズムの由来』『<世界史>の哲学』(講談社)、『社会学史』(講談社現代新書)、『自由という牢獄』(岩波書店)、『自由の条件』(講談社学術文庫)、『「正義」を考える』(NHK出版新書)など。