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現代思想は死んでません!――『試験に出る現代思想』刊行記念、斎藤哲也自作自演インタビュー


大学入学共通テスト(以前のセンター試験)「倫理」には、哲学・思想の重要なポイントが毎回出題されています。そして、この問題を手がかりに、哲学・思想に入門してしまおう!というのが、『試験に出る哲学』シリーズ。3冊目となる最新刊では、ついに「現代思想」が登場します。刊行を記念して、数々の哲学・思想本の構成と執筆を手掛け、インタビューの名手でもある斎藤哲也さんが、自らを取材しました!


⚫現代思想はどのくらい試験に出るのか?

――10月に出された新著『試験に出る現代思想』で「試験に出る哲学」シリーズもついに完結ですね。単刀直入にうかがいますが、このシリーズは、ベストセラー『試験にでる英単語』、通称「でる単」のパクリなんじゃないですか。

斎藤■パクリとは失礼な。これはオマージュですよ。

――オマージュにしては詰めが甘すぎます。「でる単」は「でる」とひらがな表記なのに、斎藤さんの本は「出る」と漢字にしています。

斎藤■まさかそんな重箱の隅をつつくようなツッコミが来るとは……。編集者からもそんな指摘はありませんでした。このタイトルは、もちろん「でる単」を意識してはいるけれど、「えっ、哲学が試験に出るの?」という意外性も狙っているんです。

――なるほど。その点では今回出た『試験に出る現代思想』はたしかに驚きました。ハーバーマス、フーコー、デリダなど、現代思想のスター思想家まで倫理のセンター試験や共通テストに出題されているんですね。現代思想って、昔からセンター試験に出ていたんですか。

斎藤■センター試験が始まったのは1990年からだけど、90年代はほとんど出ていませんね。97年にレヴィ=ストロースとフランクフルト学派の問題が出たくらいじゃないかな。出題頻度が高くなるのは21世紀に入ってからです。2010年代は追試も含めれば、ほぼ毎年、誰かしら出題されています。

――ちなみに今年(2022年)の共通テストでも現代思想は出たんですか。

斎藤■2022年は追試で、アーレント、セン、ヌスバウムが出ていますね。1年前だと、思想家についての正しい説明を選ぶ問題で、リオタール、フーコー、レヴィ=ストロース、ヨナスを選択肢とした問題が出ています。それからベンヤミンの一節を引用した読解問題も出ていますね。

――現代思想というと難解なイメージがあります。受験生は大変ですね。

斎藤■試験に出るからには、高校倫理の教科書で取り上げてはいるんですよ。でもソクラテス、デカルト、カントなどのビッグネームと比べると、総じて割いているページ数は少なめです。せいぜい半ページから3分の2ページくらい。第一線の研究者が書いているので、現代思想をある程度かじっている人から見ると、簡にして要を得た説明にはなっているものの、未学者にとってはハードルが高すぎます。

⚫学習参考書にしなかった理由

――といっても「試験に出る哲学」シリーズは、学習参考書ではないんですよね。

斎藤■そうです。学習参考書だと、どうしても頻出かどうかに縛られてしまうから、教科書+αの説明になっちゃうんですよ。もちろん僕の本にしたって、新書で20人以上取り上げているので、一人に割けるのは10ページ強です。それでもポイントを絞れば、「入門の入門」くらいの説明はできる。だから入試問題を使ってはいますが、本文は別にその解説ではないんですね。入試問題はあくまで導入であって、「へぇー、こういう問題が出ているのか」ぐらいの感じで読んでもらえれば十分です。

――けっこうユニークな問題も出ていますね。アーレントの問題なんて面白いと思いました。

問 政治思想家アーレントが「活動」の特徴を述べた次の文章を読み、活動の具体例として最も適当なものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 話したり何かをしたりすることを通じて、私たちは人間世界に自ら参入するのである。……この参入は、労働のように必要に強いられたものではなく、仕事のように有用性に促されたものでもない。それは、私たちがその仲間に加わりたいと願う他者の存在に刺激されたものである。……語り合うことによって、人は自分が誰であるかを示し、自分がユニークな人格をもつ存在であることを積極的に明らかにし、そのようにして人間世界に自分の姿を現すのである。(『人間の条件』より)

①文化祭で劇を上演することになり、Qさんは衣装係を割り当てられたので、演者の個性が引き立つような、ユニークな衣装を作った。
②Rさんは、飢餓に苦しむ人々を支援する運動に同級生が参加していることを知り、自分もアルバイトをして貯めたお金を寄付した。
③高校で生徒会選挙があり、仲のよい同級生が生徒会長の候補者となったので、Sさんはその同級生に投票することにした。
④Tさんは、休み時間に教室で、同級生がその場にいない人を中傷しているのを目にして、憤りを感じたので、彼らに抗議した。

(2013年・センター本試験 第1問・問8)

斎藤■こういう具体例を考えさせる問題は面白いですよね。答えは本を読んで確認してください(笑)。それはともかく、センター試験や共通テストの問題はどれもよく練られているんですよ。引用文の読解問題でも、原典の美味しい箇所を引いてきますからね。そういう点でも導入としては格好なんです。せっかくなので、読解問題も一問紹介しましょう。ホルクハイマーとアドルノの『啓蒙の弁証法』から引用した一節を読解させる問題です。

問 ホルクハイマーとアドルノの次の文章を読み、その説明として最も適当なものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 啓蒙とは、呪術的世界観から人間を解放することを目指す営みであった。それまでの神話を解体し、知識によって空想の権威を失墜させようとしたのである。とはいえ、様々な神話は、それ自体も啓蒙自身が作り出したものだった。事物が科学的に計算されるものとなると、かつて神話が与えていた説明は、無効を宣告される。神話は啓蒙へと移行し、認識する主体は自然を客体として支配できるようになる。こうして、概念に捉えきれないものは切り捨てられ、首尾一貫した体系が作り上げられる。
 啓蒙が事物に対して取る態度は、独裁者が人間に対して取る態度と変わるところはない。独裁者が人間を認識するのは、彼が人間を操作することができる限りである。科学者が事物を認識するのは、彼がそれらを製作することができる限りである。(『啓蒙の弁証法』より)

①人間を自然の脅威から救い、支配者の位置につけるのが啓蒙の目的だったが、今やその目的は果たされ、啓蒙と神話は対等の関係になった。科学は事物の認識を目指すのであり、人間を支配するわけではない。
②神話とは異なり、科学は確実な知識の獲得を目指すが、非論理的にみえる神話的思考も啓蒙と無縁だったわけではない。啓蒙の根底には、知識を得ることによって、対象を効率的に操作しようとする意図がある。
③啓蒙は、神話を否定的に捉えるとはいえ、神話の基底にある説明の機能に関しては積極的に評価する。こうして神話は啓蒙へと移行し、さらなる進歩が可能となり、自然は科学者にとって客体となったのである。
④神話と科学という暫定的な思考法は啓蒙によって生み出されたが、神話は説明し、科学は計算する点が異なる。それにもかかわらず、認識主体としての科学者は、独裁者と協力して、自然を掌握しようとする。

(2015年・センター本試験 第4問・問8)

――意地悪な質問ですが、今回は「試験に出ない」人も入っていますね。

斎藤■うっ……。そこは平謝りするしかありません。ソシュール、ドゥルーズ=ガタリ、ローティは試験に出ていないので自作問題としました。いずれ出てくれるとうれしいんですが。ついでにいうと、試験には出ているけれど、高校倫理の教科書には登場しない思想家も若干名入っています。引用文の読解問題では、教科書に出ない人もよく出題されるんですよ。今回でいえば、ベンヤミン、ホネット、ギリガンがそうですね。

――たしかにそれだと、学習参考書の枠からははみ出してしまいますね。

斎藤■まあ、そもそもセンター試験や共通テストで倫理を選択する人って少ないんです。だから倫理の参考書にしてしまうと、読者層も限られてしまうんですよ。もちろん受験生が読んでくれたらめちゃくちゃうれしいけれど、哲学や思想に関心があるけど、何から読んでいいのかわからない大学生や社会人の一冊目として読んでもらえるようなイメージで書きました。

⚫現代思想は役に立つ!

――ぶっちゃけ現代思想に入門して、なにか仕事や生活に役立ったりするんですか

斎藤■哲学者ならそこで「役に立つとはどういうことか」と問い返すと思うんですが、現代思想に関して言えば、リップサービスではなく役に立つと言いたいですね。なによりも、物の見方や考え方の幅が広がります。
 僕自身も若い頃、ソシュールの言語に対する見方だとか、フーコーの権力に対する見方を知って、「そんなふうに世界を見ることができるのか!」と衝撃を受けました。この二人なんて逆転の発想の最たるものです。あるいは昨今、解説書が多く出版されている動物福祉や種差別の問題にしても、ピーター・シンガー抜きに考えることはできません。現代思想を少し齧(かじ)るだけで、世の中を見る解像度って全然違ってくるんですよ。

――たしかに資本主義や民主主義、全体主義、ジェンダー、世代間責任など、現代に地続きの問題がたくさん論じられている印象は受けました。

斎藤■もちろんこの本は齧る程度の紹介だから、個々の議論を微に入り細に入り検討するようなところまではできていません。たとえば、ここに出てくる思想家同士の論争もいろいろあって、読むと面白いんです。でも、紙数の都合もあってそういう議論もあまり紹介できませんでした。それでも、現代社会の問題を考えるうえで、外してはいけない急所や、難所のありかぐらいは見当がつくようにはなるはずです。

――一方で、この本で扱われている現代思想は一昔前のものという気もするんですが。

斎藤■現代思想にかぎらず、哲学や思想って時間が過ぎたから古びるってもんじゃないんです。新しい世代の哲学者が、過去の哲学者を批判するのはよくあることです。アリストテレスだってプラトンを批判していますからね。だからといって、プラトンが古びて読む価値がないかというと、そんなことはありません。
 現代思想なんてまだ半世紀ぐらいしか経ってないじゃないですか。それで古びるわけはないし、仮に古いという人がいたら単なる知ったかぶりですよ。しかも、現代思想が熱かった時代と比べても、良質の入門書がたくさん揃っています。僕の感覚では、当時よりもいまのほうがはるかに現代思想に入門しやすいんです。今回も巻末にブックガイドを付けたので、この本をきっかけにして、次なる1冊に手を伸ばしてもらえたらと思っています。

(2022年11月16日、自宅にて取材)

斎藤哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。ライター・編集者。東京大学文学部哲学科卒業。人文思想系を中心に、知の橋渡しとなる書籍の編集・構成を数多く手がける。著書に『試験に出る哲学――「センター試験」で西洋思想に入門する』『もっと試験に出る哲学――「入試問題」で東洋思想に入門する』(NHK出版新書)、『読解 評論文キーワード 改訂版』(筑摩書房)など。編集・監修に『哲学用語図鑑』『続・哲学用語図鑑――中国・日本・英米(分析哲学)編』(田中正人著、プレジデント社)、『現代思想入門』(仲正昌樹ほか著、PHP研究所)など。

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