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朝ドラ「ブギウギ」の背景がわかる! 笠置シヅ子と服部良一、世紀のコンビの奮闘記

NHK出版新書にて、近代音曲史研究家・輪島裕介さんの新著『昭和ブギウギ
——笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲』が刊行されました。
朝ドラ「ブギウギ」のファンブックとして、音楽史を90度展回させる(180度ちゃうんかい)野心作として――。当代随一の音楽・音曲研究家が「涙ぐましい」調査をもとに書き上げた瞠目の近代大衆文化論です!
本記事では刊行を記念して、本書の「前口上」を再構成して公開します。
ヘッダー写真提供/服部音楽出版


「近代音曲史」の展望

 敗戦後、東京・有楽町の日本劇場。小柄な女性が舞台狭しと歌い踊っている。バックに並んだダンサーたちは揃いの衣装で整然と振り付けに従っているが、主役の女性は思うままに手を振り、胸を張り、斜め上を見上げ、足を投げ出し。男性指揮者がタクトを振るのに合わせて、ピアノの低音とベースがズンタズンタズンタズンタというハネた八分音符を保持し、管楽器がそれに鋭いアクセントを付ける。規則的なリズムが止まり各楽器が音を伸ばすと同時に歌が入る。「東京ブギウギ リズムウキウキ 心ズキズキ ワクワク」。大入りの客席の一角には、当時パンパンと呼ばれた女たちがずらりと並び、歌う女性を熱心に応援する姿も見える。
 その約10年前、東京・丸の内の帝国劇場にも同じ歌手の姿が見える。指揮者も同じだ。フル・バンドがテンポの速いスウィングを演奏する。一音ずつ下降する四音のベースラインに沿って、歌手が踊りながら短いフレーズを歌うごとに、トランペットがそれに応える。

「楽しいお方も 悲しいお方も 誰でも好きな その歌は」「この歌 歌えば なぜかひとりでに 誰でも みんなうかれだす」と他愛無い歌詞だが、末尾には「バドジズデジドダー」という呪文のように謎めいた言葉が繰り返される。曲が進むにつれ、単純な繰り返しが形を変え、歌詞も呪文だけになり、歌の呼びかけにバンド全体が応答する。客席には、少女歌劇を愛好する少女たちや、一目で洋画ファンとわかる、ハリウッド映画そのままの小洒落こじゃれた青年たちの姿も見える。
 さらにその10年弱前、大阪・道頓堀の松竹座。恒例「春のおどり」。歌い踊る多くの少女たちの中に彼女もいる。「桜咲く国 桜 桜」。客席には、華やかな芸妓たちや旦那衆の姿も見える。例の指揮者はここにはいない。上本町の放送局か、阪神国道沿いのダンスホールに出演しているのかもしれない。

 この本は、歌手・女優の笠置シヅ子と作曲家・服部良一についてのものだ。
 最近では「クリアアサヒ」のCMでもおなじみの「東京ブギウギ」や、黒澤明監督映画『酔いどれ天使』(一九四八)で歌われた「ジャングル・ブギー」をはじめ、笠置のレコード化されたレパートリーのほぼすべては服部の作曲によるもので、「買物ブギー」など、服部自身が「村雨まさを」の筆名で歌詞も提供したものも多い。二人が出会い、コンビを組み始めたのは東京だが、どちらも大阪の庶民として生まれ育ち(笠置の出生は香川だが)、叩き上げでキャリアを開始し、それぞれ大阪で一定の評価を得たのちに東京に移住した。
 笠置が松竹楽劇団のレヴュー俳優・歌手として注目され始めた一九三八年から、一九五七年頃に歌手活動を停止するまでのほぼすべてのキャリアにおいて、服部はほとんど「座付き作家」のように関わっていた。単にレコードに吹き込むための新曲を提供するだけではなく、笠置の主要な活動の場であるレヴュー(ショー)の舞台や映画でも、多くの場合、服部は伴奏音楽の作曲や指揮を含めた総合的な音楽監督を務めている。笠置のパフォーマンスの音楽に関わる部分の全域を、服部が支えていたのだ。
 笠置と服部が活躍したのは、昭和初期にレヴューと呼ばれた、物語や台詞せりふよりも歌と踊りを中心に据えた新たな種目(芸態)の舞台だった。そしてその実演の場は、大正末から昭和初期にかけて、とりわけ人口においても経済規模においても東京を凌ぐ日本一の大都市であった大阪において、近世以来の芸能との連続も含めて独自に形成された。

 本書では、近世以来、寄席や大道芸で日常的に人々を楽しませてきた「音曲」が、明治以降、西洋由来の高尚なものとして受容された「音楽」に置き換えられてゆく過程ではなく、日常的な娯楽であり遊びとしての「音曲」の連続性の中に、欧米由来諸芸の要素も選択的・部分的に取り入れられてゆく過程として近代日本の大衆音楽史を捉え、そこに笠置と服部を位置づける。比喩的にいえば近代日本大衆音楽史の「図」と「地」を反転させることを目論んでいるのだ。そこまで根底的でなくても、マギー司郎の「縦縞のハンカチを一瞬で横縞に変える手品」のような発想の転換をもたらしたい。
 と大風呂敷を広げてみたものの、多くの方にとっては「なんのこっちゃ」だろう。懐かしい愉快な歌と踊りの本だと思ったのに、なんでこんな大それた野望の片棒を担がされるのか、と。私のこの「挑戦」については本書の中で折に触れ論じるので、まずは気にせず手に取りお読みいただきたい。
 ということで、『昭和ブギウギ』の一席、読者の皆様におかれましては最終最後までおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。

※この続きは『昭和ブギウギ——笠置シヅ子と服部良一のリズム音曲』でお楽しみください。

プロフィール
輪島裕介(わじま・ゆうすけ)

近代音曲史研究家、大阪大学大学院人文学研究科芸術学専攻教授。1974年石川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はポピュラー音楽研究、近現代音曲史、アフロ・ブラジル音楽研究、非西洋地域における音楽の近代化・西洋化に関する批判的研究。著書に『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書。第33回サントリー学芸賞、国際ポピュラー音楽学会賞)、『踊る昭和歌謡 リズムからみる大衆音楽』(NHK出版新書)。訳書に阿部万里江著『ちんどん屋の響き 音が生み出す空間と社会的つながり』(世界思想社)。共著に『クリティカル・ワード ポピュラー音楽 〈聴く〉を広げる・更新する』(フィルムアート社)など。

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