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「NHK出版新書を探せ!」第15回 ポストモダンのなかの臨床心理学――東畑開人さん(臨床心理学者)〔後編〕

 突然ですが、新書と言えばどのレーベルが真っ先に思い浮かびますか? 老舗の新書レーベルにはまだ敵わなくても、もっとうちの新書を知ってほしい! というわけで、この連載では今を時めく気鋭の研究者の研究室に伺って、その本棚にある(かもしれない)当社新書の感想とともに、先生たちの研究テーマや現在考えていることなどをじっくりと伺います。コーディネーターは当社新書『試験に出る哲学』の著者・斎藤哲也さんです。
 ※第1回から読む方はこちらです。

<今回はこの人!>
東畑開人(とうはた・かいと)

1983年生まれ。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。沖縄の精神科クリニックでの勤務を経て、現在十文字学園女子大学准教授。2017年に白金高輪カウンセリングルームを開業。専門は臨床心理学、関心は精神分析・医療人類学。著書に『美と深層心理学』(京都大学学術出版会)、『野の医者は笑う』(誠信書房)、『日本のありふれた心理療法』(誠信書房)、『居るのはつらいよ』(医学書院、大佛次郎論壇賞受賞)、監訳書に『心理療法家の人類学』(J.デイビス著、誠信書房)がある。

お金の話を抜いてふわふわしゃべってはいけない

――『野の医者は笑う』は、エンタメ・ノンフィクション的な楽しさも味わえる快著ですが、途中で高野秀行さんの本がネタ本になったと種明かしされています。

東畑 『謎の独立国家ソマリランド』のもろパクリです(笑)。ちょうど、調査しているときに読んだんですけど、「こんな面白い本があるのか!」と感動しました。ソマリランドって、僕らにとってはすごく遠い場所の話じゃないですか?ふつうに考えると関心をもつのが難しそうなんですけど、高野さんが追いかけると、人類にとって超重要な謎が立ち上がった気がするんですよ。あと、ソマリランドで起こる内乱を日本の戦国武将の比喩で語るところがまた、アホらしいけど面白くて。

――そんな簡単に真似できるものなんですか。

東畑 もともと椎名誠とか遠藤周作が好きなんです。遠藤周作も「狐狸庵」シリーズのような、ちょっとコメディカルな作品がよくて。高校のとき演劇部だったので、そういうコメディを書いてたんですよね。だから、高野さんのような書き方は性に合いました。やっと俺の言葉を見つけたと思いましたね。

――終盤に出てくる黒幕的な女性ヒーラーには圧倒されました。東畑さんいわく「ポストモダンのジプシークイーン」。

東畑 最高ですよね。「ポストモダン」ということも、『野の医者は笑う』で意識した問題です。大学院にいた頃、周りでよく読まれていたのは中沢新一で、盛んにポストモダンと言われていましたが、むしろアンチモダンみたいな感じの話に思えて、いまいちよくわかりませんでした。沖縄に行ってから、参考文献にも挙げた『動物化するポストモダン』をはじめ、東浩紀さんの本をたくさん読むようになったんです。それで大きな物語の喪失って、本当に喪失していて、小さな物語しかないということの意味がちょっとずつわかってきました。それを臨床心理学に当てはめてみると、制度の外でヒーリングをしている野の医者も僕ら臨床心理士も結局小さい物語をつくっているだけなんじゃないかと思うわけです。
 大学院生だった頃は、カリスマ的な先生を見て、「ああいう本物になりたいな」とあこがれて、大きな物語を追っていたわけですが、現場で臨床をしている心理士たちと付き合うようになり、それから野の医者たちと接していく中で、本物も偽物もないんじゃないかと思い始めました。そういう中で、あの本に出てくるポストモダンのジプシークイーンに出会ったので、本当に感動しましたね。彼女は、本物か偽物か、からもう一歩踏み込んで、偽物だとしても役に立つならいいじゃないかと笑い飛ばしているんですよね。笑いのプラグマティズムです。
 これは重要でした。本物に固執することで、カルトチックになってしまうより、プラグマティックでありたい、と思ったわけです。それが次の本の「ありふれた心理療法」という問題設定へとつながっていきます。

東畑 彼女から学んだことがもう一つあって、それは経済構造の問題です。彼女はマーケティングの女王でもあり、ものすごくお金について考えている。そこがリアリティになっているんです。だから没入しきらないんですね。

――いま聞いて気づきましたが、『野の医者は笑う』も『居るのはつらいよ』も、最後は経済構造のほうへ話が向かっていきますね。

東畑 その通りです。野の医者に体当たり取材していたのは、ちょうど職を失っていた時期だったので、お金の話を抜いてふわふわしゃべってはいけないと思ってました。心とお金はリアリティという点で深く結びついています。

文化現象としての心理療法

――『野の医者は笑う』の後に出たのが、前編でも紹介した『日本のありふれた心理療法』ですね。この本では、ポストモダンという時代背景のなかで、日本化した心理療法とは何なのかということを問い直しています。

東畑 日本では、河合隼雄や土居健朗、北山修が、文化に関する精神分析や深層心理学を豊かに語ってきました。彼らの仕事に、僕はずっとあこがれを持ってきましたし、よく読んできました。ただ、やっぱりグローバルな時代になったときに、その文化論には限界があるようにも思ったわけです。「日本人の心」というのでは粗すぎるんですね。日本人だっていろいろいるわけだし。

――仕事で入試現代文の頻出出典を調べたことがありますが、90年代の終わりごろから、河合隼雄さんが書いていたような比較文化論って少なくなっていくんですよ。以前は「母性社会日本」とか定番だったんですけど。

東畑 そう思います。その頃から社会は大きく変わっていきます。日本も格差の問題が前景化し、一億総中流のような同質性の幻想がなくなっていくんですよ。そしてそういう時代に、前編でも話したような、認知行動療法がグローバルスタンダードとして入ってくるわけですね。
『日本のありふれた心理療法』では、「日本」という大文字の文化ではなくて、ローカルな臨床現場で心理療法がさまざまな治療文化と混淆し変形していくプロセスを、文化現象として解明することをめざした本です。
 実際の心理療法は曖昧で複雑で不純です。ピュアなプラクティスは存在しない。この実践を不純にしていく力こそ、文化であり、ここに現代にあって文化概念を持ち出すことの意味があると思ったんです。つまり、ピュアで、画一的なグローバリゼーションに抵抗するものとして文化を捉えていきましょう、ということですね。

『居るつら』はハリウッド脚本術で書いた

――『野の医者は笑う』と『日本のありふれた心理療法』の後に出された『居るのはつらいよ』では、ケアが大きなテーマになっています。この三冊のなかで、『居るのはつらいよ』はどのように位置づけられるんでしょうか。

東畑 僕の本は常に、本丸の臨床心理学や心理療法に対して、オルタナティブなものを置いて、比較対照していくという構造になっていますが、『居るのはつらいよ』ではケアとセラピーという対置構図を採用しています。その点では、『美と深層心理学』や『野の医者は笑う』と問題意識は共通しています。
 ただ、ケアに注目した時代的な背景はあると思っています。野の医者研究の後、僕は沖縄を離れ、東京の大学に着任しました。東京で仕事をしていく中で、社会では臨床心理学の存在感がどんどん薄くなっていることに気づくわけです。代わりに、自助グループや当事者研究、あるいは社会モデルに光が当たっていました。そして、それらは「ケア」という問題系をなして、様々な分野の人たちが参加する大きな議論を起こしていました。そういった取り組みから僕も影響を受けていたので、心理療法とケアを対置して考えてみようと思ったんです。

――ちなみに、『居るのはつらいよ』は、高野秀行さんのような元ネタになる本はあったんですか。

東畑 とくにないんですが、イルツラを書いたときは、ハリウッドの脚本術を参考にして構成してました。書き始める前に、グラフを描きましたもん。最初はこうやって盛り上がって、こう落ちて、みたいな(笑)。

――すごい……。

東畑 だんだん賢くなってきたんです。『野の医者は笑う』は、とくにそんなことは考えていなかったんですよ。なのに、後輩から「あれはハリウッドの脚本術を使って書いたんでしょ」みたいなことを言われたので、実際に読んでみたら、これは使えるぞって。

――図らずも、『野の医者は笑う』もハリウッド式になっていたんですね。

東畑 それはおそらく、ネタ元の高野秀行さんの構成がそうなっていたからでしょう(笑)。

――東畑さんの著作を読むと、表層的なもの、浅いものに対する嗜好があるように感じられるんです。それと、東畑さんが読まれてきた深層心理学の食い合わせって悪くないんですか。

東畑 おっしゃるように、臨床心理学を相対化しようと言ってるぐらいですから、僕は臨床心理学の内部では、既存のありように対して批判的なポジションにいると思います。だから、これまで価値がおかれていた「深さ」に対して浅さを提示する、というようなことをずっとやってきました。でも、臨床心理学の外で話すときは、僕は臨床心理学の良さを全力でアピールして回っています。このあたり、非常にアンビバレントなところです。お前は誰の味方なんだとコウモリみたいに思われますが、臨床心理学を愛するコウモリだと思ってもらえたら。
 ただ、当然のことを言っている気もするんですね。というのも、対象に応じて深いほうがいい場合もあれば、浅いほうがいい場合もあるわけです。どちらかだけを信奉するとカルトになってしまう。臨床における知性というのは、ケースに応じて適切な深浅をアセスメントすることだと思っています。

『帰れないヨッパライたちへ』――臨床心理学には入門書が必要だ

――最後に、この企画恒例ですが、東畑さんがお読みになったNHK出版新書を推薦いただけますか。

東畑 今日の話にも出た北山修さんの『帰れないヨッパライたちへ――生きるための深層心理学』です。サインも入っております(笑)。元ザ・フォーク・クルセダーズにして、精神分析家でもある北山修が自分の体系を平易に語り下ろしている本です。北山流精神分析学の入門書ですね。副題に「生きるための深層心理学」とありますが、北山先生は「覆いをとること、作ること」という本も書かれていて、深層だけではなくて、心にとって表層がいかに大事かということを語り続けている人でもあります。僕が本当に深く影響を受けてきた先達です。
 僕らの業界、入門書って大事なんです。なぜなら、それが文化を作るからです。心を語り合ったり、心について考えたりする風土が存在するためには、誰かが入門書を書いて、心を語る言葉を流通させていかないといけない。そうじゃないと、クライエントはやってこなくなり、治療者同士が共食いをするような業界になってしまいますからね。
 臨床心理学は、河合隼雄とか北山修のようなスーパースターによってメジャーになった後、タコツボ化していったところがあるんです。高度な訓練をするようになり、マニアックに本物のジャズをやるんだ、みたいな感じですね。それはそれで意味があって、この20年で心理士のレベルは明らかに上がったと思います。
 だけど僕は、そういう達人を目指そうというのだけでは、文化としては枯れていってしまうと思うんです。これもまた本物問題でもあります。達人に敬意はありますが、超絶テクのジャズを競ってるだけじゃなくって、プレーンな演奏もちゃんとやりましょうと。そういうことをやらないと文化が滅んでしまう。

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――臨床心理学に対する危機感があるんですね。

東畑 そりゃそうです。臨床心理学がブイブイ言わせていた時代ならジャズをやってもよかったわけです。でも、僕らの世代はそうではありません。経済的に豊かだった時代には「心が大事」というと素朴にリアリティがありましたが、今は違います。経済的な問題があり、政治的な問題があります。そのうえで、心という極小の問題がある。ですから、きちんと社会に対して、心を扱うことの存在意義を語っていかないと、この文化は滅びてしまう。そんな気持ちがありますね。何度も言いますが、僕も無職になった経験がありますし、若い心理士たちも職探しに苦労していますから。

――次回作はもう何か決まっているんですか。

東畑 今はもう少し直接的に心とか、セラピーとかについて、書こうとしている時期です。そんな中で、一つは週刊文春で連載している「心はつらいよ」が本になると思います。もう一つは河合隼雄の『こころの処方箋』へのオマージュで、『心の補助線』という本を書いてます。これが、すごく苦戦してるんですよ。『居るつら』よりもう一歩リーチする本を書きたいんですが、一般向けに書くというのは本当に難しくて。1年半ぐらい書いて、二稿目まで来たけど、納得できないので、今、三稿に突入しました。なんとかいい本にしたくて、一昨日ぐらいもハリウッド脚本術の本を見ながら、グラフを描いてた(笑)

――完成を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました!

*取材・構成:斎藤哲也/2021年2月4日、十文字学園女子大学にて取材

〔連載第16回へ続く〕

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プロフィール
斎藤 哲也(さいとう・てつや)

1971年生まれ。ライター・編集者。東京大学文学部哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』など人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『もっと試験に出る哲学――「入試問題」で東洋思想に入門する』『試験に出る哲学――「センター試験」で西洋思想に入門する』がある。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティも務めている。
*斎藤哲也さんのTwitterはこちら
*NHK出版新書編集部のTwitterはこちら

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