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『NHK8Kルーブル美術館』の愉しみ方・再び!(前編)

『NHK8Kルーブル美術館~美の殿堂の500年~』のもとになった番組(全4集)が、BSプレミアムで再放送されます。

第1集「すべてはレオナルド・ダ・ヴィンチから始まった」
BSプレミアム 10月16日(土)午前1:25から ※今夜15日(金)の深夜
第2集「太陽王が夢見た芸術の国」           
BSプレミアム 10月16日(土)午前2:25から ※今夜15日(金)の深夜
第3集「革命とナポレオンのルーブル」         
BSプレミアム 10月23日(土)午前1:25から ※22日(金)の深夜
第4集「永遠の美を求めて」              
BSプレミアム 10月23日(土)午前2:25から ※22日(金)の深夜

 この番組再放送にあわせて、「本がひらく」で今夏連載した〈『NHK8Kルーブル美術館』の愉しみ方〉(6月11日~7月2日/全4回)を、再構成してお届けします。読んでから番組を視聴すれば愉しみがグッと膨らみます。あるいは番組視聴のあとでこの記事を読めば理解がグッと深まります。

『NHK8Kルーブル美術館~美の殿堂の500年~』は、同名の8K番組をもとに、名作を鑑賞しながらルーブルのコレクション史をひもといていく美術書です。編著者は、小池寿子さん(國學院大學教授)と三浦篤さん(東京大学大学院教授)とNHK「ルーブル美術館」制作班。このみなさんが本の完成後に久しぶりに集まりました。8K番組の学術監修を務めた小池さんと三浦さんは同世代の西洋美術史家で、本のなかでは丁々発止の対談を繰り広げていますが、久々の邂逅でも2人は縦横無尽に語り合いました(そして番組制作班や編集部も参加)。今回は、その対談のなかから番組第1集(本の第1章)「すべてはレオナルド・ダ・ヴィンチから始まった」と番組第2集(本の第2章)「太陽王が夢見た芸術の国」にかかわる内容をお届けします(「本がひらく」で6月11日と6月18日に配信した記事の抜粋再編集版です)。

化学反応が起きた

三浦 小池さんと私はもともと専門も違いますし、対象としている時代も違う。古い方(中世美術)の小池さんと新しい方(近代美術)の私。その2人が、この本の中の対談で化学反応を起こせたのかなという気がしています。組み合わせ次第ではまったく違った結果になったかもしれない。小池さんは古い方が専門といっても研究対象が幅広いから新しい方にも興味があるし、私の場合もその逆が言えるわけで、そんな違う2人がうまく融合して化学変化を起こしたんじゃないかと思っています。私だって15~16世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチが気になるし、小池さんだって19世紀の「自由の女神」(ドラクロワの〈7月28日――民衆を導く「自由」〉)に興味を抱いている。本来の専門じゃないところで2人はそれぞれに積極的にコメントしている。最初から分担を決めたわけじゃないところで、自由自在にできたことがよかったなと思っています。
小池 三浦さんと私は専門が違うとはいえ、結構、関心があるところが似ているし、価値観が割と似ているなということを、対談を重ねてみて改めて思いました。これがまったく対立するような意見の持ち主同士だったら、こんなふうにまとまらなかっただろうと思います。本を読んで感心してくださった知り合いからは、「こういう本の作り方があるんですね」という感想をもらいましたよ。

レオナルドのすごさ

三浦 第1章はレオナルド・ダ・ヴィンチが主人公ですが、いま改めて気になっているところ、気づいた点はありますか。
小池 8K番組の制作中から、レオナルドのことをとにかくかなり調べました。美術史の研究をはじめて以来、フォンテーヌブロー派の形成とのかかわりを含め、レオナルドの研究成果を徹底的に時間をかけて調べて読んだのは、このプロジェクトが初めてでした。そして本のために第1章の総論を書いたのですが、「レオナルドがなぜフランソワ1世のもとに行ったのか」ということについては、実はきちんと明確化することはできませんでした。レオナルドは謎の多い人物ですし、わからないことが多い。フランスに行ってからの彼の行動は解明しにくい。ただ何より改めて申し上げておきたいのは、〈モナ・リザ〉を見直した、ということです。実際にルーブル美術館を訪れて対面する〈モナ・リザ〉は、意外にも「あっ〈モナ・リザ〉か」という感じで、すっーと通り過ぎてしまうところがありますが、8Kの〈モナ・リザ〉はすごかった。レオナルドがとんでもない画家であったということを再認識させられました。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ〈モナ・リザ〉(写真提供=ユニフォトプレス)

三浦 8Kの映像で拡大して細部に迫り、いろいろなものが見えて、いろいろなことを考えて、自分のなかでかなり納得できるものもあるんですが、最後までミステリアスな部分は残った。8Kの番組と本づくりの全体を通じた最大の収穫は、やっぱりレオナルドのすごさを知ったということじゃないかと思っています。
小池 私も同じです!

本の第1章から〈モナ・リザ〉をめぐる対談(抜粋)

小池 イタリアで描き始めてから16年間いじり続けていた。
三浦 おそらく最初は普通の肖像画を描くつもりだったんでしょうね。
小池 それがだんだん……。レオナルドにとって完成とは何かというのは大問題ですよね。
三浦 絵を完成することは目的じゃないですよね。
小池 レオナルドにとっては、追求することが目的だった……。
三浦 美の追求というより真実の追求ですね。怖いほどの真実の追求。
小池 ほかの画家にはできませんね。
三浦 絵画という手段を使って真実を追求するなんてことは、普通は考えませんからね。注文を受けて、ちゃんと注文主の意向に沿ったものを描いて納めるというのが普通のパターンですから。この人はそういうものを超越して、自分で真実を追求している。
小池 速く描く速筆というのがもてはやされる時代がこの頃から始まるんですけど、それとは全然関係ないところで描いていますね。
三浦 超遅筆ですもんね。
小池 今回は本当にきちんと見直すことができました。〈モナ・リザ〉は「すごい」とか「きれい」とか、いろいろ言われすぎていて、かえって意外とよく見ていないということに気付かされました。
三浦 ちょっともう、「きれい」という言葉は使えないな。
小池 畏れも感じますよね。
三浦 なにか畏怖させるものを感じますよね。
小池 神秘的で崇高感もある。
三浦 レオナルド自身も特異だけど、さらに特異というか、特別感のある絵だなと思います。あまりにも名作と言われすぎているからか、皆ちゃんと見てないような気がする。
小池 見ていない。「あ、〈モナ・リザ〉だ」って表面的に見ているだけであって。

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ルーブル美術館の〈モナ・リザ〉(2021年5月21日撮影/写真提供=ユニフォトプレス)

フランス的変質

三浦 レオナルドを招聘したのはフランソワ1世ですが、それを受けてレオナルドがフランスにやってきた。王様がせっかく雇ってくれるんだからそれをふいにすることはないというのが普通の考え方だろうと思うのですが、とにかく両者の思い・利害が一致したということがあったのでしょうね。
小池 そうですね。私は今回、レオナルドをきっかけにフランソワ1世にも興味を持って調べていったのですが、フランソワ1世の趣味がアンドロギュノス(両性具有)的なものに傾いているということがあって、彼がフォンテーヌブロー派を形成するにあたってイタリアから呼んだマニエリスム(ルネサンス後の新しい芸術様式)の主要な画家は、アンドロギュノス的な様式の絵画を描いているんですね。そうすると、もしかしたら、フランソワ1世はレオナルド自身が持っていたアンドロギュノス的な部分にも関心を持ったのかもしれないと考えているんです。
三浦 それ、新説じゃないですか!(笑) 普通は「イタリア絵画にあこがれて」とか、そういう動機が語られますが、アンドロギュノス的な、一種の妖艶な美に王様自身が興味を持っていたというのは、聞いたことがないです。

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ジャン・クルーエ〈フランス国王フランソワ1世の肖像〉(写真提供=ユニフォトプレス)

小池 今年度の大学の学部の3―4年生のオンライン授業で、いま8回目なんですが、イタリアルネサンスにおけるアカデミーの成立から始まって、フォンテーヌブロー派をまだやっている。フォンテーヌブローだけで4回目です。自分自身が関心を持っているからなんですが、フランソワ1世の趣味というか好みが、フランス絵画の形成に相当に影響を与えているのではないか、と考えているところです。
三浦 レオナルドやほかのイタリアの画家たちが持っているマニエリスティックな、アンドロギュノス的な趣味と、その影響を受けたフランスのフォンテーヌブロー派の趣味は、ほぼ重なると言っていいですか。それともフランス的変質を遂げているんでしょうか。
小池 第2次フォンテーヌブロー派あたりからフランス的な変質を遂げていて、たとえばアントワーヌ・カロン(1521–1599)。今回のプロジェクトでは紹介できませんでしたが、ルーブルにはアントワーヌ・カロンの作品が3点ほどあって、カトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589/アンリ2世の王妃)の画家だったこのアントワーヌ・カロンのあたりから、フランス的なファクターが出てきます。
三浦 その流れが行き着いた先がロココ(番組の第2集=本の第2章)ですね。
小池 そうですよ。そういった流れが、この8K番組と本ですごくよくわかりましたよね。
三浦 ルーブルはレオナルドに代表されるようにイタリア絵画が有名ですが、フランス絵画はそれを受けて、うまく吸い取って、ロココの美に成長していった。そういう流れも見ることができましたね。
小池 私は、実はロココは取り立てて好きではなかったのですが、今回のプロジェクトでロココがわかるようになりましたよ。
三浦 われわれも勉強しちゃったんですね、この番組と本で(笑)。

時代を串刺しにする

制作班 専門と扱う時代が異なる2人のクロストークが、ほんとうにおもしろいですよね。そして解説は、核心を紹介されたうえで、周辺の作品や前後の時代にまで膨らませて書いてくださっている。各章には、総論や作品紹介とは別に「もう一つの視点から」というコラムが掲載されていますが、これがまたおもしろいですね。
三浦 ああ、変化球のページですね。
制作班 たとえば第1章の「もう一つの視点から」は『〈モナ・リザ〉のゆくえ』ですが、ここでは〈モナ・リザ〉に着想を得た後世の作家たち(カミーユ・コローやマルセル・デュシャン)について語られています。異なる時代を串刺しにして見ていく視点、こういう仕掛けはすごくおもしろいなと思いました。
三浦 8K番組は番組として完成していると思いますが、本を造ることによって、もう一歩別の方向に進めたと考えました。だから番組を見ていただいて、この本も読んでいただいて、やっぱり両方体験していただきたいと思う。番組は番組で、本は本で別物なので、広がり方がやっぱり違う。番組は限られた情報に集中しますが、本では随分幅を広げていきましたから。
小池 私もそう思います。『8Kルーブル美術館』は、番組と本の2つを体験して完成するということですね。

ロココの画家ブーシェ

三浦 第2章の最初の主人公はルイ14世で、最終的にロココが出てきますが、ふりかえってみてどうですか。
小池 王立アカデミーの歴史をきちんとおさえていないとなかなか書けない時代でしたし、コレクションの歴史というところに焦点を当てて推敲を重ねることにもなったのですが、かえって私にとってはとても勉強になりました。
三浦 第2章の総論『“フランスらしさ”が生んだ色彩の極致』のことですね。
小池 そうです。絵画については、今までの見方を最もあらためることになったのは、フランソワ・ブーシェなんですよ。18世紀のロココの画家ブーシェって、これまではあまり私の好みではなかったんですが、フランス絵画の伝統の一つに女性裸体図があるということがわかってくると、ブーシェの〈オダリスク〉の意味合いもまた変わって見えてくる。私にとって大きな体験でした。

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フランソワ・ブーシェ〈オダリスク〉(写真提供=ユニフォトプレス)

三浦 私もどちらかといえば17世紀のほうに興味があったんですが、第2章を体験してみると、18世紀にも惹かれるところがありましたね。何だろう。爛熟したといいますか。
小池 たとえば17世紀のプッサンは非常にお行儀がいいというか、優等生すぎちゃうところがある。プッサンは非常に偉大な画家だと思うんだけれども、さっき三浦さんがおっしゃった18世紀の爛熟、ちょっと熟して香りも高くなってきた感じが、ブーシェにはよく出ていますね。
三浦 そうですね。確かにプッサンは悪くないですが、あまりにも折り目正しいというか、きちんとしている。立派ですけどね。
小池 立派な人ですよ。

ルーベンスが好き!

三浦 17世紀では、むしろルーベンスのほうにちょっと惹かれちゃうんだけど。
小池 そうですね。私もどちらかというと。何より色彩の豊かさに魅了されますね。
三浦 やっぱり〈マリー・ド・メディシスの生涯〉は力作ですよね、ほんとうに。
小池 力作ですね。私は、対談のなかでも言っていますし、第4章の「もう一つの視点から『擬人像の系譜』」でも書きましたが、〈マリー・ド・メディシスの生涯〉のマルセイユ上陸のところに出てくる、女性兵士の姿をしたフランスの擬人像は、大々的に扱ったものとしては最初かなと思っています。そしてこのルーベンスの〈マリー・ド・メディシスの生涯〉について言えば、連作24枚を全部載せていただけて本当によかった。全部まとめて見られる本は実はほかにはありませんので助かりました、という意見をいっぱいいただきましたよ。
三浦 そうですね。一望のもとに全体を見られるっていうのはなかなかありませんね。個々の作品の大きな画集はあるけれども、こういうページって意外にありそうでないんですよね。これは本にしたときの利点だなと思います。
小池 大きいほうがいいことはいいけれども、ここまで並べて見られる、見開きでメインの作品とそのほかの作品を一緒に眺められるのは、ルーベンスのこの大作シリーズを把握する上では重要ですよね。

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ピーテル・パウル・ルーベンス〈マリー・ド・メディシスの生涯〉

三浦 ルーベンスは、もともとうまい画家だとは思っていたのですが、やっぱりこの裸体の描き方といい、水滴の描き方といい、ほんとうにいろいろな意味で点数の高い画家なんだなというのが、非常によくわかりましたね。これまでは、あまりにも豊満な女性ばかりが出てくるので、避けるところもあったのですが、だからこその魅力というものが西洋絵画にはあるんだということが、今回よくわかりました。
小池 ちょうどこの8K番組の撮影の頃に、ルーベンスの展覧会が上野の国立西洋美術館で開かれましたよね(2018年10月16日~2019年1月20日)。この展覧会もルーベンスを見直す契機になりました。ルーベンスが好きっていう学生も増えてきているんですよ。
三浦 それは日本人としては珍しいですね。
小池 珍しいですよ。
三浦 でも、最後はフランス文化の成熟とロココは切っても切り離せないんだなというのが、最終的な感想ですね。やっぱりロココなんだなと。その後の時代にロココは否定されるのですが、しかし、ここにはフランス美術の一つの頂点がある。

本の第2章からロココをめぐる対談(抜粋)

三浦 ヴァトーやブーシェは、フランスの画家のなかでは、西洋絵画史に足跡が残っているほうだといえます。でも、それ以前にフランスで活躍した17世紀の画家、たとえばル・ブラン、リゴー、ミニャールなどは、当時はともかく、現在ではそれほどの名声は残っていない。17世紀はむしろプッサンとかロランとか、イタリアに行った画家のほうが主役ですよね。
小池 そうですね。型通りの描き方をする画家が多いかな。面白さがないですね。
三浦 18世紀のロココになってようやくフランスの画家の足跡が歴史に大きく残る。それがフランス絵画の成熟の指標かなという感じはしますね。
小池 18世紀は、フランスが最もフランスらしく成熟していく時代ということになるでしょうね。
三浦 吉田健一さんの『ヨオロツパの世紀末』(1970年)も、ロココにフランス文明の一つの成熟を見るわけで、まさにそのとおりですよね。
小池 ヨーロッパの王侯貴族は、皆ヴェルサイユ宮殿を真似したり、フランス美術に倣ったりした。
三浦 そうそう。18世紀になって全ヨーロッパにフランス美術が広まるわけですよね。
小池 かといって、ドイツのロココの画家といってもピンとこない。
三浦 ロココという言葉自体が、ほかの国にはあまり似合わない。
小池 建築や工芸には言えるかもしれないけど……。
三浦 絵画でロココと言ったら、フランス以外に考えられない。
小池 それを考えると、やっぱりロココはとてもフランス的だと思います。

(後編は10月22日配信予定です)

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