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話題沸騰の経済思想家・斎藤幸平さんが読んだ、『マルクス・ガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」』

 「コロナの時代の自由」を論じるマルクス・ガブリエルの言葉を、日本をリードする知識人たちはどう読んだのか? 続々と届くリレーコメントの第一弾!
 世界の哲学ファンを夢中にさせる天才哲学者、マルクス・ガブリエル。
そして、『人新世の「資本論」』でまさに今、日本を席巻中の経済思想家・斎藤幸平さん。二人の間には知られざる交流がありました。
 このたび刊行されるNHK出版新書『マルクス・ガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」』(2月10日発売)を読んだ斎藤さんは何を思ったのか。誰よりもガブリエルの言葉を直接耳にしてきた日本人である斎藤さんから寄せられた、熱く、鋭いコメントをお届けします。

なぜガブリエルにかかわったのか

 哲学界のロックスター、マルクス・ガブリエル。どんな問いを投げかけても、必ず瞬時に打ち返してくる。そんなテレビ映えすることこの上ない若きドイツの天才は、世間の「哲学者」のイメージを一変させたといっても過言ではない。そして、NHK「欲望の時代の哲学」シリーズ第四弾となった本作も、出口の見えないコロナ禍における私たちの疑問や悩みを、ガブリエルが見事に一刀両断してくれている。
 私がガブリエルの名前を知ったのは、ベルリンでヘーゲルとフィヒテを研究していた大学院時代のことである。スロヴェニアのマルクス主義哲学者スラヴォイ・ジジェクとの共著をスウェーデン人の友人に薦められたのがきっかけだった。あまりにも強く勧められたので、帰り道に本屋に寄ると、たしかに『なぜ世界は存在しないのか』がたくさん置いてある。ただ、中を見ても、ヘーゲルやマルクスの名前は出てこない。結局、その日は購入せず、ジジェクとの本だけを後日ネットで注文したのだった。
 そして、ガブリエルの大胆なドイツ観念論解釈に衝撃を受けた。すぐに、堀之内出版から『神話・狂気・哄笑』として、2015年に翻訳を刊行したほどである。ヘーゲルとフィヒテばかり読んでいた当時の自分には、後期シェリングの視点を入れることで、ドイツ観念論の現代的な意義をこれほどわかりやすく再構築することができるのかと、大変な感銘を受けたのだ。当時は、日本でもフランスの哲学者カンタン・メイヤスー『有限性の後で』で展開された思弁的実在論が現代思想の最先端として持て囃された時期でもあった。だから、それに対抗する久方ぶりのドイツ観念論からの論客という感じで、熱心に宣伝したのを覚えている。
 その宣伝が功を奏したのか、訳者という縁を使って、ガブリエルが2018年に来日した際には、通訳を担当することになった。この時に初めてガブリエルに会ったのだが、いろいろ準備段階でトラブルもあったため、機嫌が悪いんじゃないかと内心びくびくしていたら、ドイツの大学教授というイメージを与えないロックスターであった。その後は、『未来への大分岐』(集英社)でも対談したり、ボン大学でのカンファレンスに呼んでもらったり、そして、ニューヨークで撮影したNHK番組『欲望の時代の哲学2020』も手伝ったりして、現在まで交流が続いている。
 ただ正直なところ、ガブリエルには申し訳ない気持ちがつきまとう。というのも、『なぜ世界は存在しないのか』を書店で手に取った時にピンとこなかったように、私自身はそれほど哲学全般に通じているわけではなく、しかも存在論や形而上学の専門家でもないからである。何を隠そう、私の専門的テーマは社会思想・経済思想である。ガブリエルは資本主義の超克を求めているわけでもないし、マルクスに対しても批判的だ。
 これが普通の研究者であれば、話はそれほど盛り上がらずに終わってしまうはずだろう。ところが、ガブリエルとは話が尽きない。それは彼がお喋りだからという理由だけではない(それも一因な気はするが)。そうではなく、民主主義、資本主義、気候変動など、政治や社会の問題について、ガブリエルは知識人として積極的に発言し、批判や提言を行っているからである。その点を私は心から尊敬している。

コロナの時代の自然科学

 それはコロナ禍という危機の時代でも、同じである。本書では、ガブリエルが哲学者として、どのように現在の事態を見ているかだけでなく、なぜ哲学がコロナ禍においても必要不可欠なのかが、平易な言葉で展開されている。
 彼が一年前から一貫して警告しているのは、パンデミックにおいて、ウイルス学だけが特権的な地位を獲得してしまう危険性である。つまり、自然科学としてのウイルス学がもつ客観性が過度に強調され、民主主義や文化、経済など様々な領域に固有の意味や論理を否定するような形で作用してしまう事態を危惧しているのだ。
 ここには、彼の「自然主義」批判がある。自然科学が説明できる領域というのは、——どれだけ多くのことを客観的に説明できるとしても——、あくまでも無数に多くある領域の一部でしかない。ガブリエルの概念を使えば、「意味の場」は無限に多くあるのであり、自然科学という意味の場が解明できる領域は限定的なのだ。ところが、自然科学が説明できる「意味の場」だけを実在するとみなしてしまい、「世界」を「宇宙」に還元するのが、自然主義である。それに対抗するテーゼとして、ガブリエルは「ユニコーンも存在する」と述べたのだった。
 コロナ禍でも、自然科学が絶対視されてしまう可能性がある。そうすれば、個人の感情や慣習、さらには民主主義のような制度よりも重要なものとして、感染症専門家の提言が受け止められてしまうかもしれない。だが、問題はそのような自然科学の使い方そのものが、極めて政治的だという事実である。実際、集会や言論の自由を制限することは、ハンガリーや香港で政府に有利な形で利用されたし、ミャンマーのクーデターも同様である。
 さらに、コロナ禍での対応が大きな社会的混乱と精神的負荷を生んでいるのは、単に経済的困窮だけが理由ではない。場合によっては、自分が何よりも大切にしている家族や友人との関係などが、感染症対策によって踏みにじられたように感じられてしまうからである。だが、ガブリエルによれば、そうした感覚も、ウイルスと同様に客観的に存在するものなのである。ウイルスだけを過度に重視する極端な態度をガブリエルは「衛生主義」と皮肉っている。現実の生活においては、必ず政治、経済、文化などの次元が入ってくるのだ。
 コロナ禍という前代未聞の危機において、この複雑な絡み合いをどのように処理すべきかについては、ガブリエルさえも、確定的な答えを有しているわけではない。例えば、昨年9月には、ガブリエルがHIVの患者はコンドームをつけることを強制されていないのだから、コロナ禍でのマスクの強制は必要ないと言って炎上していた。その後、私が一緒に登壇した『人新世の「資本論」』(集英社)の刊行イベントでも、コロナ・ウイルスによる致死率はそれほど高くないので、移動制限は馬鹿げているという趣旨の話を繰り返しており、疑問に感じたのを覚えている。
 この本を読むと、ガブリエルがソーシャルディスタンスは必要だと述べたうえで、移動制限に対して反対してデモをしている人々の気持ちに理解を示しているのが興味深い。さらに、国境封鎖についてもはっきりと批判しているのが印象的だ。果たして、現在の変異株の拡散を前にしても同じように言うだろうか?
 とはいえ、自然主義の批判は、自然科学を軽視していいということではまったくない。例えば、「コロナは風邪だ」という風にその危険性を否定する人々は間違っているとガブリエルは述べている。そのような主張は、自然科学の真理とは相容れないからだ。よく誤解されるが、「意味の場」がたくさんあるということは、なんでもありというわけではない。ウソも存在する。だが、ウソは所詮ウソなのだ。だから、そのようなウソを拡散するSNSは厳密に規制されなくてはならない。ここには、自由のためには、国家が規制をしっかりとすべきだというガブリエルの信念がはっきりと見て取れる。

「普遍的な倫理」による連帯へ

 一方で、国境を封鎖すべきでないというのは、そのような制限が、難民排除のために使われてしまう可能性があることを懸念しているからである。このことからもわかるように、ガブリエルは、人類全体に普遍的に妥当する倫理を構築しようとしている。それが本書のテーマである「道徳哲学」の基礎である。
 この間、人種やジェンダーをめぐる「差異」を重視する議論(しばしばアイデンティティ・ポリティクスと呼ばれるもの)が主流だったのに対して、ガブリエルは、そうした議論が相対主義や社会構築主義に陥ることを批判し、普遍性の次元を再び押し出すようになっている。これが本書では、「違いにこだわらない政治」と呼ばれている。差異を超えた普遍性を媒介として、人類は連帯しなくてはならないというわけだ。
 コロナ・ウイルスによって、人類が分断を克服し、連帯できるか試されているということは、ユヴァル・ノア・ハラリらによっても繰り返し述べられてきたが、ガブリエルが重視しているのが、気候変動問題である。今回の本では、肉食を大幅に減らしたという発言もあり、より環境問題への意識が高まっているのがうかがえる。
 結局、人間というのは自然的存在であり、自然環境という次元こそが、そのような普遍性を生み出すきっかけになる。私たちは、地球環境を将来の世代のために残す必要があり、そのために連帯しなくてはならない。
 だが、気候危機を前にして、人類がどのような対応を取るだろうか。資源争いを繰り広げるのか。それとも、協調して、二酸化炭素排出量を減らしていくのか。持続可能な未来のために、これまで放埓な生活を享受してきた先進国の現在の世代に多少の負担を課しても、改革を進めることはできるのか? 
 その際、将来の世代は別の価値観を持っているかもしれない、という相対主義の誘惑は常に存在する。気温が3度上昇した世界に生まれてきた子供たちは、2020年の世界を知らないのだから、新しい環境でも幸せと感じるかもしれない。それであれば、今の私たちが自分たちの幸福を手放す必要はないというように。
 だが、人類であれば、地域や時代が違えども、守らなくてはいけない「倫理的」次元があるはずだ。世界的な格差を是正し、将来の世代にも十分に豊かな自然環境を残さねばならない、というのはその一つである。もちろん、哲学は、倫理的な世界を実現するための政策まで決めることはできない。政策決定には、多くの学問や市民の参加が必要になる。けれども、アメリカ人も中国人も関係なしに目指し、遵守しなければならない普遍的内容が存在するということを、「新実在論」は示してくれる。少なくとも、ガブリエルはそのように確信している。
 その意味で、ガブリエルの哲学は、はっきりとした普遍主義であり、ヒューマニズムである。それが「新啓蒙主義」だ。もちろん、新啓蒙主義が気に食わない人もいるだろう。実際、現実の諸問題に対して、そのような倫理的立場を取る論者は思いのほか少ない。新啓蒙主義は所詮、西洋中心主義、人間中心主義にすぎないという批判は根強いはずだ。けれども、ヒューマニズムの普遍性こそが、私とガブリエルという一見するとあまり接点のない二人をつなぐ問題意識なのである。

プロフィール
斎藤幸平(さいとう・こうへい)

1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』堀之内出版)によって、権威ある「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。ベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)とともに、『NHK100分de名著 カール・マルクス『資本論』』(NHKテキスト)も大きな話題に。

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