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戌井昭人(作家)×伊賀大介(スタイリスト):「戌井さんといると小説の登場人物のように面白いことが必ず起こる」――新作小説『壺の中にはなにもない』刊行記念対談

 10月28日に発売された作家・戌井昭人さんの最新小説『壺の中にはなにもない』の帯にコメントを寄せてくださったスタイリストの伊賀大介さん。ふたりは15年以上前からの友人で、数々の他とは代えがたい思い出を共有してきたという。
 当記事では、ふたりの出会いから思い出深いエピソード、鉄割アルバトロスケットのこと、そして戌井さんの新作小説『壺の中にはなにもない』まで、さまざまに伺った対談の様子をお届けします。

戌井さんは、飲みの先輩であり気の合うお兄ちゃん

伊賀 振り返ると、最初に戌井さんと会ったのは鉄割(アルバトロスケット)の公演の舞台だったわけですが、今となってはその舞台上での姿が戌井さんのすべてを表していたように思います。
戌井 伊賀くんとは「昔のプロレスの話ができる人」という感じで、最初から話がおおいに盛り上がっていたのをよく覚えています。その後も、伊賀くんは読んだ本や観た映画もたくさん薦めてくれて、共通の趣味や好みがすごく重なるとこころが多かったんだよね。
伊賀 僕の兄は文化系ではなかったので、戌井さんはカルチャーなどで気の合うお兄ちゃんのような存在でもありました。
戌井 考えてみたら、伊賀くんとは仕事で本格的に一緒にやったことってなかったね。
伊賀 戌井さんは飲みの先輩ですね(笑)。
戌井 なんの生産性もないというか(笑)。
伊賀 でもそれがいいんですよね。だからこそ、今回の機会はとてもうれしかったです。
戌井 きっかけは、鉄割のメンバーの彼女が伊賀くんの同級生だったんだよね。
伊賀 その友だちが「大ちゃん絶対好きだと思うよ」と鉄割の公演に誘ってくれて。それで実際に観たら本当に面白くって。
戌井 まだ30人もお客さんがいないような頃だったよね。会場も小さなところで。
伊賀 その日はいきなり打ち上げにも参加して一緒に飲みました。以来、鉄割の公演はほぼ毎回観に行くようになって、公演期間中に毎回2、3度は通うほどのファンです。
戌井 いつも一緒にいろいろな人を連れてきてくれるよね。
伊賀 仕事のアシスタントや友だち、奥さんも連れて行きました。知らない人に教えたくなるんですよね、鉄割は。演目にさまざまなジャンルがあって、演劇好きはもちろん、文学好きから松田優作好き、ブルース好きまで、どんな趣味や興味がある人でも観られるのが鉄割の魅力。案の定、観終わった後はみんな喜んでくれるんですよ。

「なんだったんだ、昨日は」みたいな夜

戌井 最初の出会い以降は、気づいたら季節ごとに一緒に飲みに行くようになって、「あの馬鹿な集まりどうする?」みたいな感じで誘い合うようになりました(笑)。
伊賀 そのうち集まりを「馬鹿飲み」と呼ぶようになりましたね。鉄割のメンバーも何人かいて、いろいろなところへ行っては飲んだり遊んだり。
戌井 途中の記憶がないんだけど、朝まで飲んでて、気づいたら普通の飲み屋だからカラオケがなくて、マイクもないから、なぜかヘッドフォンをマイクの代わりにして、耳当てに向かって歌ってたこともあったなぁ。音は、普通のステレオセットから出てた。
伊賀 あれは相当おかしかったですね! 今でも語り草ですよ。
戌井 僕が浅草に住んでいた頃の年の瀬に、遊びに来てくれたこともあったよね。
伊賀 その日、「近所に面白いお店がたくさんあるから何軒かハシゴしよう」って戌井さんが提案してくれて。
戌井 まずは蕎麦屋だったね。蕎麦は食べなかったけど。
伊賀 なぜか店主が明るい茶色の革ベストを着ていたんですよ、蕎麦屋なのに。
戌井 伊賀くんめちゃくちゃ食いついてたよね、革ベストに。スタイリストの目から見て何か惹かれるところがあったのかなって思ったもの。
伊賀 革ベストも不思議だったんですが、店主が牛刀みたいなものを持ってて! 相当インパクトが強かったです。何かの芝居の一幕かと思いましたよ。
戌井 それから、おばあちゃんが営んでいるカウンターにほおずきが並んだバーや、お好み焼き屋などにも次々ハシゴしたんだったかな。
伊賀 そして鶯谷の「よーかんちゃん」ですよ! もともと浅草の芸人さんだった人が営んでいるお店で、18代目中村勘三郎さんなども通っていたという有名なお店なんですけど、とにかく中がすごくて……。これはぜひ実際にお店を訪ねて、どんなお店か体験してほしいですね。絶対感動しますよ。
戌井 「よーかんちゃん」のあたりで11時くらいだったのかな。そもそも最初の蕎麦屋が4時くらいだったから、すでに7時間経ってたんだ。
伊賀 戌井さんといるといつも夜中が長く感じますね。普段はそこまで飲むと途中の記憶が抜けちゃうことがあるんですけど、その日は夢のような出来事の連続で今でも思い出せます。戌井さんのすごいところは、いつの間にか「ハーメルンの笛吹き」のようにどんどん人が増えていくことがしばしばあるんですよ。その日も最初は4人だったのに、鶯谷にたどり着いた頃には13人になってて! お店で席が足りなくて立ってましたよ。
戌井 お店のおばちゃんに怒られたよね。「戌井くん、いっぱい連れてくるなら言ってよ」って。しかし、今考えると若かったとはいえ元気だよね(笑)。すごく青春っぽい。
伊賀 もう15年くらい前ですからお互い若いですよね。でも、本当に青春そのものでした。戌井さんと付き合っていると、まるで小説の登場人物になったような気持ちになれるんですよね。面白いことが必ず何か起こるという。「なんだったんだ、昨日は」みたいな。
戌井 伊賀くんと飲んだときはその“なんだったんだ、昨日は感”がよくあるね。でもだからこそ、僕も作品のネタとして覚えておこうと思ってます(笑)。
伊賀 そのうち、戌井さんが小説の執筆を始めたんですよね。当時、周りのみんなが「なんかすごいね」って驚いていたのを覚えています。その後、出版関係の人から「伊賀くん、戌井さんと知り合いなの? すごいね」と言われることがときどきあって、そのたびに作家さんって一目置かれる存在なんだと実感しています。
戌井 その固定観念のためか、作家としての戌井昭人を知っている人が予備知識を持たずに鉄割を観に来ると、そのギャップの大きさにたいそう驚かれてしまうことがよくあります(苦笑)。

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物事の本質をとらえ、輝かしく感じられる瞬間が描かれた小説

伊賀 デビュー作『まずいスープ』は、当時の思い出とともに内容もとても印象的です。読んだ後、自分にはまったく無関係の話なのにどこか自分ごとのように感じたのが衝撃的でした。思い返すと、その気持ちは鉄割を観ているときも同じで、戌井さんの目線って誰にでも通じる感覚をとらえているのだと感じるんです。「なんかその気持ちわかるな」という共感をどの作品からも得られます。
戌井 小説を書くようになる前から伊賀くんとはよく本の話をしていたので、当時、ちょっと緊張していました(笑)。
伊賀 飲み会とかで集まったメンバー内でも、よく面白かった本の話をしていましたよね。
戌井 そう。村上くん(鉄割のメンバー)から『まずいスープ』の感想として、「ちょっと比喩が多いですよね」と言われちゃったことがあって……。それからはすごく意識するようになって、以降の作品では極力比喩を使わなくなりました(笑)。
伊賀 今回の『壺の中にはなにもない』も戌井さんらしさをすごく感じました。読んでいるとそこに“戌井さん”がいて、過去の作品とも通底しているんです。登場人物たちの言動のひとつひとつに、普段の戌井さんの考え方やあり方が大きく重なります。刊行されていく小説は常に物語が新鮮で真新しいのに、どの作品に触れても戌井さん本人のイメージが湧きます。映画「俳優・亀岡拓次」だって、原作からさまざまな人の手が加わっているにもかかわらずそれを感じましたよ。
戌井 『壺の中にはなにもない』は、これまでよりも少しおとなしい雰囲気にしたつもりだったんだけど、変わらずに表れていたんだ。
伊賀 大人になって社会に出ると、世の中のアウトサイドな部分にガッツリと向き合わなくなると思うんですが、戌井さんは鉄割でも小説でもそういう日の当たらないところにこそ目を向けていて、物事の本質を見失わないようにとらえている。それだけでなく、そこが輝かしく感じられる瞬間をきちんと描いている。『壺の中にはなにもない』にも、それがしっかり表れているんですよね。マルセル・デュシャンの芸術への姿勢を彷彿とさせるエピソードとか、50円で買った壺が実はすばらしいものだったというエピソードとか、「物事の価値観の本質ってなんだろう」ということを感じられました。
戌井 ありがとうございます!
伊賀 ちなみに『壺の中にはなにもない』は連載が基になっているんですよね? 僕は連載を読めなかったので、巻末に「連載から大幅に改稿しました」と記載されていたのを見かけて以来、どんな内容だったのかがすごく気になっちゃって。
戌井 連載では、映画「銀河ヒッチハイク・ガイド」と「スローターハウス5」を組み合わせたような物語にしようと試みたんです。龍神様が出てきたり、ボウリング球がしゃべったりしながら繁太郎が不思議な人々と出会い、ボストンバッグに身を隠すとあちこちに彼が転移して旅していくというストーリーで。でもなかなか思ったように展開がうまくはまらなくて……。あれはまたチャレンジしてみたいなぁ。それもあって、単行本化の際は改稿に改稿を重ねてたどり着きました。

「別に空気なんて読まなくていいよ」って言いたくなる

伊賀 『壺の中にはなにもない』は映像的な雰囲気もありますよね。「原始ランド」のくだりなんてすごく映像にしたら面白そうで、実際に誰かが演じているイメージが湧きました。他にも柔術の描写がやたら詳しくて、丁寧に「当て身(パンチ)」と説明しているところもありましたが、アニメ化もいいんじゃないかと思いましたよ。
戌井 NHKさん、宜しくお願いします(笑)!
伊賀 登場人物たちも「そういう人いるなぁ」って思えるキャラクターがたくさんいて楽しいですよね。繁太郎のお姉さんの旦那とか「あぁ、いるいる!」って(笑)。ダントツのお気に入りは、繁太郎のおじいさんと、その友人の二瓶さんです。
戌井 お年寄りたちを愛らしいキャラクターにしたかったから、それはうれしい。
伊賀 繁太郎の言いたいことも、共感できる点がたくさんありました。例えば、世の中でしばしば論じられるマジョリティーとマイノリティーの話題は、そもそも個別の事象における本質を見極めて突き詰めることが根本なのであって、その優劣や善悪を論じるのは本筋を見失っていると思うんです。繁太郎は思ったとおりのことを言って、それが摩擦を生む原因にもなったりするのですが、でも彼は何がいいか悪いかを論じるでも批判をするでもなく、ただ素直に自分の思ったこと、自分の価値観を口にできる。そこがいいなって思いました。マイペースなんだけど、一方で人の価値観を頭ごなしに否定しないから吸収することもできて、他人のいいところをしっかり見逃さず、自分を成長できる。そこがまたいいんですよね。「別に空気なんて読まなくていいよ」って言いたくなりました。
戌井 実は繁太郎には参考にした人がいるんです。以前、ある美術館での仕事で担当された方がすごく自由な感じの人で。屈託がなくて、いい意味で人に気を遣ってなくて、だからか嫌みも全然感じない。みんなで焼肉を食べに行っても、どんどん一人で食べちゃうような(笑)。その人間性が面白くて、いい意味でマイペースな人ってすてきだなって思ったのが印象的だったんです。
伊賀 繁太郎のお姉さんのように、余裕がない人がマイペースな人に怒っている光景って、はたから見ていて「なんだかなぁ」というモヤっとした気分になるじゃないですか。でも本来、利害関係がない間柄だったらあまり気にならないはず。
戌井 そうだね。
伊賀 自分の中ではしゃきしゃきやっているつもりでも、周りからみたら間が抜けているかもしれない。だからこそ、ひとりひとりの尺度があることさえわかっていれば何も気にならないんじゃないか、特別に考えたり扱ったりする必要はないんじゃないかって思うんです。それもあって、帯に寄せたコメントでは「多様性」という言葉があらすじの内容から真っ先に浮かんだんです。
戌井 ことあるごとに「多様性」や「グローバル」って言う人ほど、必要以上に意識しすぎている傾向を感じるよね。
伊賀 今、全方位的に隅々まで目を向けようとして、誰も傷つかないように配慮することで、多様性に対して過剰になりすぎて、かえって不自然になっているような気がします。繁太郎を見ていても思うのは、普通に付き合い、誰に対しても常に一定であり続けるだけでいいんじゃないかってことですね。その意味でも『壺の中にはなにもない』はいろいろな人に読まれてほしいです。
戌井 ありがとうございます! 『壺の中にはなにもない』は約3年ぶりの新作になりましたが、頑張ってこれからも小説を書いていきたいと思います。

写真=金 玖美
取材・文=編集部

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プロフィール
写真右:戌井昭人(いぬい・あきと)
1971 年生まれ、東京都出身。小説家、劇作家。玉川大学文学部演劇専攻卒業。97年、劇団「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げ。2008 年「鮒のためいき」で小説家デビュー。14年「すっぽん心中」で川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で野間文芸新人賞をそれぞれ受賞。20年12月、『さのよいよい』が発売予定。

写真左:伊賀大介(いが・だいすけ)
1977年生まれ、東京都出身。96年より熊谷隆志氏に師事後、99年、22才でスタイリストとして活動開始。雑誌、広告、音楽家、映画、演劇、その他諸々「お呼びとあらば即参上」をモットーにさまざまなフィールドで活躍。文筆業もこなす。衣装を手がけた作品に、「ジョゼと虎と魚たち」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「宮本から君へ」など多数。

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