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「やる気が出ない」は間違い! 知らないうちにモチベーションがアップする〝飽きない脳〞の作り方

やる気は意識的なものではない。無意識の「脳の意欲」が身体に伝わり、思考・行動を変えるのだ――。
気鋭の脳神経科学者・大黒達也氏の最新刊『モチベーション脳~「やる気」が起きるメカニズム』が、NHK出版より2月10日に発売となりました。意識的な思考・行動を変えるには無意識の「脳のやる気」を高めるのが重要であることを脳科学の知見をもとに解き明かす、画期的なモチベーション論です。
刊行を記念して、本文の一部を特別公開します。
*本記事用に一部を編集しています。


脳の意欲が思考・行動を変える

 モチベーションは一般に日本語で、「やる気」「意欲」「動機」といわれます。仕事に関していえば、お金に関するモチベーションは比較的みなが意識的に持ち、自分自身でも認識することが多いものです。「より多く稼ぐ」など目標も明確で、どの程度働けば目標が達成できるかの目安もわかりやすいものです。
 一方で、やりがいというモチベーションは、意識的に「やりがいを持とう」と思えばいつでも上がるものではなく、自然と高まっているものです。じつは、この「無意識的」なモチベーションが上がると、「意識的」な思考や行動も変わってくることが研究によって示唆されています。
 無意識的なモチベーションが意識的な思考や行動に影響を与えるカギとなる脳のメカニズムに、「統計学習」というものがあります。
 簡単にいえば統計学習とは、身のまわりで起こる出来事の統計的な確率を自動的に計算する脳のはたらきです。統計学習により私たちは、世の中に存在するさまざまな不確実な出来事の確率を計算し、その不確実性を下げることで、なるべく正確に未来を予測しようとします。ふだんは意識していませんが、統計学習による「不確実性の減少」と「予測精度の向上」は、私たちの生活にさまざまな貢献をしています。
 たとえば、Aさんが通勤で利用するバスは毎朝8時になると近所のバス停に到着します。そのため、長年の経験によりAさんの脳の統計学習は、「平日の朝8時にバスが近所のバス停に到着する確率」を100パーセントとします(バス遅延の確率は省略します)。
 ところがある朝、Aさんがいつものようにバス停に着いたところ、その週から特定の曜日だけバスルートに変更があり、近所ではなく別のバス停に止まることが判明しました。それまで100パーセントで近所のバス停に来ると予測していたのと違うことが起きたため別の可能性が生まれて、「平日の朝8時にバスが近所のバス停に到着する確率」は100パーセントより低下します。「平日の朝8時にバスが別のバス停に到着する確率」が上がったからです。
 このように脳の統計学習によって、私たちは「次にどんなことが、どのくらいの確率で起こるか」を無意識的に予測できるようになり、予想外の出来事に適切な対応をしながら生きていけます。
 また、統計学習により不確実性が下がり予測精度が上がると、脳は身がまえるべき情報にだけ注意できるようになり、無駄なエネルギーを使わなくてすみます。統計学習は脳の情報処理の効率性向上にも貢献しているのです。

脳の無意識的な判断

 統計学習は、無意識的な学習(潜在学習)と呼ばれています。起きているあいだだけでなく、寝ているときでも絶えず行っており、生まれてから死ぬまでずっと続けている学習です。これは、学校などで行われる「学習」とは違います。学校などの学習が「意識的」に行われるのに対して、統計学習は、「無意識」のうちに脳が学ぶもので、得られた記憶も基本的には意識的に認識することはありません。たとえば、雨の日に雷が鳴る確率、地震のあとに電車が止まる確率が具体的に何パーセントかはわかりませんが、脳はそういった確率を過去の経験をもとにして「だいたい60パーセント」「半々くらい」などと無意識に割り出しているのです。そのような脳の統計学習によって蓄積された記憶は、私たちがふだん意識的に行っている行動や判断に影響を与えています。
 その例として、「プライミング効果」というのがあります。プライミング効果とは、直前に受けた刺激が、その後の行動に影響を与えることです。たとえば、喫煙者が「がん」という言葉を聞いたあとではタバコを吸いたいと思わなかったり、非喫煙者ならいっそう副流煙を避けたりするようになります。テレビで交通事故のニュースを見たあとは、いつも以上に慎重な運転になったり、乗るのを控えたりするでしょう。
 プライミング効果は、マーケティング業界で多く利用されています。健康食品では健康に関する情報など、売りたい商品に関連した情報を事前にインターネットやSNSを通して発信しておくことで、閲覧者の購買意欲を高めます。閲覧した本人はプライミング効果に気づいていないため、まるで催眠術にかかったかのようにモチベーションが左右されてしまいます。気づかないうちに、モチベーションをコントロールされているのはなんとも恐ろしいものです。
 このプライミング効果は、脳の統計学習でも起こります。統計学習によって得た、確率的に高い記憶に行動はつられてしまうのです。たとえば、私たちは会話中に相手のいうことを予測しながら聞いています。「ちょっといいかな」といわれると、無意識に耳を傾けます。それは、「ちょっといいかな」のあとに大事なことを告げられる確率が高いことを、長期的な経験を通して脳は統計学習してきたからなのです。このように、私たちは日常生活の多くを意識よりも無意識のうちに判断しています。
 そのほかの例として、「勘」や「直感」があげられます。統計学習によって得た記憶は潜在的ですので、通常なら意識にのぼることはありません。しかし、明確に意識にのぼらずとも「なぜかわからないけどそんな気がする」といった、勘や直感のようなものとして、統計学習によって得た記憶は私たちの行動や思考、判断に影響を与えています。このような勘や直感もプライミング効果に近いものです。
 これらの無意識的な判断は、モチベーションにも影響を与えます。会話中に相手の顔がくもっていたら、「これからネガティブな話をするのだな」といった無意識的な判断によって、相手の言葉を聞く意欲が低くなります。モチベーションとは、必ずしも明確に意図や目標を持つことで上がるのではなく、むしろ私たちの無意識的な判断が影響を与えていることが多いのです。

良いサイクルを作り出す

 モチベーションの目的となるものは「報酬」と呼ばれます。「食事をしたい」というモチベーションに対する報酬は「食べ物」になります。「勉強をしよう」なら、「先生や親から褒められる」「点数が上がる」などです。「たくさんお金を稼ぎたい」というモチベーションに対しては、「お金」が報酬となります。
 モチベーターと報酬が同じこともよくあり、その場合、良いサイクルにつながりやすくなります。いつもモチベーションが高い人のサイクルは、「モチベーターによって→モチベーションが上がり→その結果として報酬を得て→その報酬がモチベーターとなる」となります。仕事が評価されてモチベーションが上がり、それによってさらにいい仕事ができて評価もますますアップし、いっそうモチベーションが上がる、も同様です。モチベーションを高めるためには、良いサイクルを作ることが重要といえます。
 統計学習のモチベーションのサイクルに当てはめると、「不確実性の高い情報(モチベーター)によって→脳の学習モチベーションが上がり→その結果として不確実性が下がる(脳が報酬を得る)」という流れになります。

 私たちの脳は、新規性の高い情報を学習するときはまず、統計学習の一般化により不確実性を下げ、知識が定着しはじめたら、今度は特殊化によって、あえて定着した知識を壊し、新しい(不確実性の高い)情報を作ったり学習したりして、ふたたび不確実性を上げることができます。この逆方向にはたらく2種類の統計学習(不確実性を下げようとする学習と上げようとする学習)が共創しあうことによって、不確実性を上げたり下げたりできます。そしてこれが、統計学習のモチベーションを下がりきらせない方法にもなるのです。

「モチベーションの壁」を壊す

 モチベーションアップの行動を起こすためには、誰もが生まれつき持っている脳の「統計学習」の機能が有効な手段となります。統計学習において、知っていることばかり起きると脳は「飽きて」しまいます。逆に、脳がワクワクするような適度に新しい出来事が起こると脳のモチベーションが維持され、やる気が身体に伝わるのです。
 やる気のある人や状態は、やる気のない状態から意識的にやる気を出したわけでなく、脳が「ワクワク」した結果、身体が勝手に動いてノリノリになっている場合がほとんどです。無意識であるという意味では、本来私たちの心身にはやる気などというものは存在しません。もっといえば、やる気がないと思い込んだ人が作り出した、ある意味で虚構ともいえます。このせいで私たちはモチベーションがあると思い込み、ないはずの「壁」にぶち当たるのです。虚構が作り出した「モチベーションの壁」を壊すには、脳の喜びを心身に伝えるしかありません。
 自然に身体が動きだすほどワクワクしている状態は、ゾーンやフロー状態に近いといえます。外発的なモチベーションがなく、純粋に行動そのものが楽しいのです。何か目標に向かっているというよりは、行為そのものが報酬となっているため、やればやるほど喜びが高まります。明確な答えを見つけにくい不確実な世の中では、内発的報酬に動かされ、行為そのものを楽しむほうが喜びも大きくなるでしょう。

※続きはぜひ『モチベーション脳~「やる気」が起きるメカニズム』でご覧ください。

大黒達也(だいこく・たつや)
1986年生まれ。博士(医学)。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構特任助教,広島大学 脳・こころ・感性科学研究センター客員准教授。ケンブリッジ大学CNEセンター客員研究員。オックスフォード大学、マックス・プランク研究所勤務などを経て現職。専門は音楽の脳神経科学と計算論。著書に『芸術的創造は脳のどこから産まれるか?』(光文社新書)、『音楽する脳』(朝日新書)など。

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