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世界70カ国旅して食べた、米料理とチャーハン(料理研究家・荻野恭子) 【後編】

1970年代から世界約70カ国を旅し、ロシアやトルコなどユーラシアの料理、食文化を早くに紹介してきた料理研究家の荻野恭子さん(70)。世界の米料理と印象に残ったチャーハンについて聞きました。


■ロシアとトルコの料理に魅了された理由 

世界約70カ国を旅してきた荻野恭子さん /撮影・編集部(以下同)

──荻野さんは1970年代から今日まで70カ国近くを旅し、各地の料理や食文化を伝えてきました。とりわけロシアをはじめとする旧ソ連やトルコの料理をかなり早い時期に紹介されています。魅了されたきっかけは?

ロシア料理は、中学生のときに担任の先生にロシア料理店「ロゴスキー」に連れていってもらって初めて食べました。ボルシチとピロシキとロシアンティーでしたが、すごく新鮮でしたね。紅茶にジャムを入れるのも初めてで。ボルシチはさらさらしたトマトスープみたいな味わいでした。

それからいつかロシア料理を勉強したいと思っていましたが、ソ連(当時)は隣国でありながら情報がほとんどなくて。見えない分、より興味が募りました。
初めて訪ねたのは29歳のときです。

1冊目と2冊目の本。20年かけて出版

──1983年ですね。1991年のソ連崩壊より前。

ペレストロイカの改革が始まる少し前の時期でした。

実際に現地に行くと、本場の料理は全然違いました。
例えばピロシキは日本では揚げて作りますが、ロシアはペチカで焼きます。
その違いはどこから来るかというと、日本のピロシキは中国のハルビン経由で入ってきたからです。戦時中、満州には多くの日本人が住んでいましたからね。それで中国式の「揚げる」料理になった。

現地に足を運ぶと新たに見えてくることがあって刺激的で、興味がいっそう深まりました。モスクワ1カ所だけではわからないと思い、季節を変えながら何度も通い、結局、旧ソ連の15カ国を全部回りました。

──その後、ロシアをはじめユーラシアの郷土料理や保存食、パン、ビーツなどを紹介されていったわけですね。

1冊目の本『ロシア料理 豊かな大地の家庭の味』を2004年に出すまでに20年かかりました。その翌々年の2006年に、中央アジアなど旧ソ連15カ国の料理を紹介する『ロシアの郷土料理 大地が育むユーラシアの味』を出すことができました。

■料理に刻まれている「世界の歴史」

モロッコの茶器

──トルコ料理にも早くに着目されていますよね。

トルコに初めて行ったのは1995年です。日本に来ていた留学生と知り合い、その家にホームステイさせてもらいました。料理上手のお母さんから1カ月で200品近く習いました。

意外と知らない人が多いのですが、トルコはフランス、中国と並ぶ世界3大料理の一つなんです。三つに共通するのは「宮廷料理」だということ。

スルタン(イスラム教の行政上の最高権力者)専属の料理人がいて、領土を拡大する中、各地の料理のいいとこ取りをして洗練させていったんです。そして各地に置き土産もしていきました。

──置き土産とは?

例えばフランスには「ブロシェット」という串焼きや「ファルシー」という詰め物の料理があります。これらは「シシケバブ」「ドルマ」に由来するオスマントルコの名残です。

アゼルバイジャン風プロフ/画像・荻野さん提供(以下同)

──「ピラフ」もトルコによってフランスにもたらされたものですよね。
イスラムの炊き込みご飯「ポロ」「プロフ」は勢力拡大に伴って世界各地に広まり、インドの「プラオ」「ビリヤニ」、スペインの「パエリヤ」などピラフ系米料理が生み出されました。

「ポロ」はイランで食べたものがおいしかったですね。長粒米でさらさらしていて、サフランやハーブのいい香りがする。イランはサフランの世界最大生産国です。

また、イランはパンの種類も多くておいしい。広大なペルシャ帝国を誇っただけあって食のレベルも高くて。パンを焼いている人や料理人の方々にはぜひ一度行かれることをお勧めします。

アゼルバイジャンのプロフ作り

──チャーハンの始まりについて確かな情報がほとんどありません。その中、「チャーハン」も「ピラフ」もルーツは一緒で、スープで炊いたご飯を炒める古代インドの米料理とする説と、両者は全く別の系譜とする説があります。
ネットでよく見られるのが前者で、料理人・文筆家の稲田俊輔さんは後者のお考えです。
第17回でお話しいただきました。
世界各地の米料理の現場を歩いてこられた荻野さんはどう思われますか。

私は学者ではないので自分の実感としてしか話せませんが、ピラフは「炊き込みご飯」ですからね。「油+素材+米+水+塩(調味料)」で炊き上げるのが基本。ご飯を「炒める」チャーハンとは全然違います。チャーハンとピラフは別の系譜の料理だと思います。

■小麦圏では「米は野菜」。チャーハン入りピロシキ

世界20カ国の伝統的な米料理を紹介 /撮影・石田かおる

──荻野さんは穀倉地帯を横断的に訪問されています。その中で見えてきたことはありますか?

世界の3大穀物は「米・小麦・とうもろこし」で、全ての原産地に行きました。「小麦圏」では「米」に対する感覚が日本人とは全然違うことに気づかされます。

ロシアのイルクーツクのレストランでは、前菜に「ご飯とゆで卵のハーブ入り揚げピロシキ」「かに入りライスサラダ」「スープ仕立ての米ときのこ入りロールキャベツ」が出てきて、続く主菜も「ご飯入りカツレツ」に山盛りのご飯とフレンチポテトが添えられていました。もちろんこれに主食のパンがつきます。

イタリアの農家でも「米入りミネストローネ」「ライスコロッケ」「牛ステーキ・バジリコご飯と煮豆添え」「お米のタルト」と米づくしのご馳走を出されたことがあります。

小麦圏では「米」を「野菜」と捉えているからなんですよね。
ピロシキの具にチャーハンが入っていることもありましたよ。

■中国・江南の豪華なチャーハン

中国・浙江省の杭州で食べたチャーハン /画像・荻野さん提供

──世界70カ国近く旅してきて、印象に残っているチャーハンは?

中国は北は「小麦」、南が「米」圏です。印象に残っているのは揚子江下流・江南地方の、浙江省、江蘇省のチャーハンです。日本でもよく知られる「揚州チャーハン」の揚州は江蘇省にあります。
米をはじめ海産物、金華ハム、あひるの卵などがそろう「食材の宝庫」なんです。だからチャーハンもすごく豪華でした。

一方、中国の貧しい地方でもチャーハンは食べられていました。ご飯と菜っ葉を炒めただけみたいな。世界各地を旅して、あらためて大事に思うのは「地産地消」を軸に形成されている食文化の姿です。

今はインターネットでなんでも調べられる時代ですが、なぜその料理がその地にあるのか。なぜそのような食べ方をするのかといったことは、実際に現地の土を踏んで五感で感じないとわからないことが多いです。

──20代で探究の旅を始められて半世紀になりますね。

私は毎回通訳やガイドをつけて、現地のシェフや主婦の方々に料理を習ってきました。非常に時間と手間がかかりましたが、色々な国を回ることで食文化のつながりも見えてくるから面白いし、興味が尽きないんです。
探究の旅はまだまだ終わりそうにありません。

荻野さんの著書 /撮影・編集部

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第22回(1月下旬配信予定)に続く→

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◆プロフィール
料理研究家・栄養士 荻野 恭子

1954年、東京・浅草に生まれる。女子栄養短期大学卒業。1974年からユーラシアをはじめ世界65か国以上を訪ね現地の主婦やシェフに料理を習い、食文化の研究を続ける。著書に『103歳の食卓』(プレジデント社)、『ポリ袋で簡単! もみもみ発酵レシピ』(池田書店)、『おいしい料理は、すべて旅から教わった』(KADOKAWA)、『世界の米料理』(誠文堂新光社)、『炊飯器でつくる!世界の炊き込みご飯』(NHK出版)など。世界の料理教室「サロン・ド・キュイジーヌ」を主宰。HP:https://www.cook-ogino.jp

取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。

題字・イラスト:植田まほ子

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