子どもの時の「シンプルチャーハン」が原点。日本の炒飯は「日式」? (料理人・文筆家、稲田俊輔)【3/4話】
食のエッセーやSNSでの問答が人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。子どもの頃はどんなチャーハンを食べていたのでしょうか? また、私たちが食べているのは「日式チャーハン」なのか。ここ数年、人気の「町中華」の次代を受け継ぐのは? 稲田さんの「原点となるチャーハン」と、「町中華のチャーハン」について伺いました。
■原点にあるのは、子どもの時食べた「シンプルチャーハン」
──稲田さんを「稀代の食いしん坊」かつ「料理人」にならしめたのは、育った家庭環境の影響が大きかったようですね。子どもの頃、初めて作った料理は何ですか?
サラダですね。小学校に上がる前でした。手伝ってもらいながらだったと思います。
僕は「コールスロー」「ポテトサラダ」「マカロニサラダ」の三つが大好きで、「ミックスしたら、メチャクチャおいしいに違いない」とワクワクして作りました。
ところが、祖父が食べて「鳥のエサみたいだな」って。すごくムッとしました。でも、自分も食べてみたら「おいしいものを混ぜたからといって、おいしくなるわけでない」ことがわかった。大事な基本セオリーをこの時学びました(笑)。
──稲田さんは鹿児島県で生まれ育って、ご両親も祖父母も食べることが好きだったようですね。『おいしいものでできている』の中で書かれていた、「煮しめ名人」のおばあさまのエッセーはとても印象的でした。
山の方に住んでいる父方の祖母ですね。
祖母の煮しめは別格のおいしさで。鮎が近くの川で捕れる時には「鮎の焼き干し」をダシに使い、そうでない時はハイミーを使っていました。
煮しめは評判を呼び、ある時ラジオで紹介されることになりました。鮎のない時期だったので、祖母はいつも通りハイミーをダシに使ったのですが、ラジオ局は「それだと説得力に欠けて困る」と言い出した。「昆布とかつおのダシ」を勧めてほしいと。
すると、祖母は「山の料理に海のダシを使うなどもってのほか」と断った。そういう逸話の持ち主です。
──「山のもの」と「海のもの」。地に足のついた、言葉の力を感じます。
母方の祖母も、おいしい料理で人をもてなすのが好きでした。子どもの時、中国で過ごした時期があって、中華のコース料理を食べる時はシェフと相談して独自に組んでいました。
特別なものを食べていたことに、大人になって気づかされましたね。
──お母さまは鶏ガラでコンソメを作るような方だったとか。
母も食べることが好きなので、手作りにこだわってコンソメを作っていたというより、その方が「おいしいから」というのが理由。既製品や冷凍食品をほとんど使っていなかったのも同じ考えからでした。
──そんな稲田家のチャーハンはどんなでしたか?
残りものを使った、ごくごく普通のチャーハンでした。
気合いの入った料理ではなくて、「何もないからチャーハンにするか」くらいの最終手段。土曜の昼とかにたまに食卓にのぼる感じでした。
むしろ、僕にとっての子ども時代の「思い出のチャーハン」は別です。
──それは?
祖母などと一緒に行った、中国料理のコースの「締めのチャーハン」です。
さんざんご馳走を食べた後の、シンプルなチャーハンがおいしくて。次回 (第4話)お話しする「ミニマル料理」にも影響しています。
■私たちが食べているのは「日式チャーハン」?
──『異国の味』の中で、日本に入ってきた数々の外国料理が日本人好みにローカライズされてきた変遷を稲田さんは書いています。稲田さんから見て、私たちが普段食べているチャーハンは日本人向けにアレンジされた「日式チャーハン」だと思われますか?
僕は中国のチャーハンを全部知ってるわけではないので、正しいかどうかわかりませんが、中国のチャーハンはあくまで「食事の一部」ではないかと。これに対し、日本のチャーハンは「それだけで食事が完結する」方向が目指されてきたように見えます。
スパゲッティと同じ現象なんです。スパゲッティはもともとイタリアでは食事の一部でした。それが日本に入って「それだけで食事が完結するもの」へと進化。味もローカライズされ、コクやうま味を増し複雑化していきました。
──たらこや納豆の和風スパゲッティもありますものね。
庶民的な中華料理屋のチャーハンは、ちっちゃいネギの浮かんだスープがサービスでついてきて、それだけで一食が成立するじゃないですか。
逆に、一食で満足させないといけないから、具だくさんになったり、味が濃くなっていったりしたのではないかと思います。日本人が「パラパラ」であることを重視するのも、パラパラだと食べ飽きずに、食べ続けられるからではないでしょうか。
──中国の方と話していると、日本人とはチャーハンに対する熱量が違うように感じられます。日本人は「チャーハン愛」が強いような。
現地や現地系の店で食べた日本人が、レビューサイトで「物足りない」とコメントしているのを目にします。中国のチャーハンは、僕が知る限りもっとシンプルであっさりしている。
第2話でお話ししたように、チャーハンの原点は「残った冷やご飯をおいしく食べるための生活の知恵」。それを日本人は「ご馳走化」したのです。そんなところから温度差は来るのではないでしょうか。
■日本人の「チャーハン舌」を育んできた町中華。次代を継ぐのは?
──ここ数年、町中華が人気で注目されています。戦後、日本のチャーハンの味のスタンダードを築いてきたのは町中華ではないかと思うのですが。
それは間違いないでしょう。日本のチャーハンのほとんどは、町中華の味をベースにしています。
──一方で、町中華は高齢化が進み、減少の一途をたどっています。今後、町中華に代わって、日本人の「チャーハン舌」を育んでいくのは?
冷凍食品メーカーだと思います。既に町中華のチャーハンの味を再現し洗練させていますし、ファミレスなどにも卸しています。出荷量は町中華のチャーハンよりもはるかに多いのではないでしょうか。
──町中華が人気の中、「ネオ町中華」みたいなものの出現の可能性はありませんか?
「ビジネス町中華」は出てきています。大手チェーンがテーマパーク的に町中華を再現している。でも、まだイミテーション感があり、町中華の後継になりうるかは様子見が必要です。
むしろ正統な後継者としては、「日高屋」がそれに当たる。ブームとは関係なく、町中華を近代化したビジネスモデルとして出てきました。
町中華の減少によって個人店の多様性は失われてしまいますが、そのDNAは受け継がれていくのではないでしょうか。
■情報もおいしさのうち。「おいしさ=味+ロマン」
──チャーハンの魅力は、肩に力を入れずに食べられる気楽さにもあるような気がします。カレーやラーメンのようなコアなファンの多い分野では「情報戦」になりがちで、情報に翻弄され疲弊する声も耳にします。稲田さんは「情報もおいしさのうち」だと思われますか?
もちろんです。情報がなければ、おいしさの理解にはたどり着けませんから。
正確に言うなら、おいしさは「味+ロマン」だと僕は考えています。ロマンの中に情報も含まれます。
──ロマン?
ロマンの中には質の高いものと低いものがあります。
例えば、よくラーメン屋のボードに「枕崎産のかつお節と、利尻産の昆布をダシに使っています」みたいなのが書かれていますよね。
これは質の低いロマン。味に大きな影響を及ぼさないはずのことを、さも大事なことのように過大に打ち出している。
──では、質の高いロマンとは?
僕はルーツ的なものが好きなので、ラーメン屋さんの「○○系」みたいなのには興味があります。でも、ただ単に系譜しか書いていないところが多くて、ロマンとしてはいまいちです。
系譜をたどると、恐らく最初の方って今とは違い、それほどおいしくなかった可能性が高い。それが「なぜ今おいしくなっているのか」を時系列的に知ることができたら面白いですよね。
あと、絶対にやってくれないですけれど、最高に面白いロマンは「自分としては本当はこういうラーメンを出したいと思ってるのだけれど、それでは商売にならないから、落としどころとして今のラーメンはこう作ってます」みたいな話。
「地鶏を使いたいけれども高くなってしまうので、当店はブラジル産の冷凍チキンで手を打ってます」みたいなのは誠意も伝わってくる。
──両方を食べ比べてみたくなりますね。
そっちの方が、「最高級の食材を使いました」というより物語として豊かだと思うんですよね。
小説とかでも、ひたすら感動させて泣かせるために、いい人ばかり出てくる話はつまらないじゃないですか。俗っぽい主人公が葛藤しながら失敗したりとか、挫折したりする方が断然面白い。
でも残念ながら、世の中には目いっぱい大きく見せようとする物語があふれてるんですよね……。
──それは物語の受け手の側も試されているような気がしますね。
※次回はいよいよ最終回。第4話は稲田さんが家庭料理に提案する「ミニマル料理」について伺います。「ミニマル炒飯」はどんな料理? レシピも教えて頂きます。
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第19回(稲田俊輔さん「第4話」)に続く→
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◆プロフィール
料理人・文筆家 稲田俊輔
鹿児島県生まれ。京都大学在学中より料理修業と並行して音楽家を志すも、飲料メーカー勤務を経て、友人とともに円相フードサービスを設立。インド料理のほか、和食、フレンチ、洋食などさまざまなジャンルのメニュー監修や店舗プロデュースを手掛ける。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。2023年『ミニマル料理』(柴田書店)で料理レシピ本大賞「プロの選んだレシピ賞」を受賞。近著に『料理人という仕事』(ちくまプリマー新書)、『現代調理道具論』(講談社)、『異国の味』(集英社)など。
取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子