自閉症のピアニスト・紀平凱成(カイル)の夢に寄り添い続けた母が綴る、家族の感動ヒストリー
メディアから注目を浴びる天才ピアニスト、紀平カイル18歳。発達障害のひとつ「自閉スペクトラム症」と診断されたのは3歳のときだった。両親の影響で音楽に囲まれて育ったかれが「ピアノを弾く人になりたい」と言うのを聞いて以来、母はその夢に寄り添うことを決めた。親子はどのようにして数々の試練を乗り越え、喜びを共有してきたのか、母親の視点で丁寧に振り返る。
当記事は、2020年2月21日に発売予定の『カイルが輝く場所へ ~発達障害のわが子がピアニストとして羽ばたくまで』から、「はじめに」を先出しでお届けするものです。
2019年2月ごろだったでしょうか。息子・紀平カイルに関する出版のお話をいただいたとき、「おこがましい」といった気持ちが先に立ちました。
わが家のプライベートな話を好んで読んでくださる方など、はたしているのだろうか――。そう感じる一方で、カイルのことをひとりでも多くの方に知っていただけるのなら、とてもありがたい機会だとも思いました。
それであれば親子のいい話ばかりではなく、これまで心のうちに秘めていた負の感情も含めて思い切ってさらけ出すことにしました。
本書を手にとってくださるのはどのような方でしょう。音楽が好きな方、ピアノを演奏する方、あるいは発達障害や成長に凸凹があるお子さんをもつ親御さんでしょうか。
わたし自身、アーティストでもなければ、発達障害について語ることのできる医師でもありません。ひとりの母親です。ですから、読者のみなさんに専門的な情報をお伝えできるとは思えませんが、障害のありなしにかかわらず、目の前の壁を乗り越えようとしている方たちに、小さな勇気を届けられたら望外の喜びです。
このあと順にお話ししていきますが、学生のときから音楽をたしなんでいたわたしたち夫婦の影響で、カイルのそばにはいつも音楽がありました。おなかにいるときからいろいろな国の音楽を聴いて育ったカイルは、物心がついたころから父親のまねをしてドラムをたたき、気づくとわたしのエレクトーンを鳴らして遊ぶようになっていました。
そんなカイルが、ある日「ピアノを弾く人になる」と言うのを聞いてから、わたしはその夢に向けていっしょに走ることに決めました。
「カイルくんはいいわね。できることがあって」
自閉症と診断されたあと、同じく障害があるお子さんの親御さんからそう言われたことがあります。そのときは少しだけ傷ついて、カイルにだってできないことが山ほどあるのに、と思ったのを覚えています。
しかし、中学生になって生活が困難なほど感覚過敏がひどくなり、心の支えだったピアノが弾けなくなったとき、その人の気持ちがようやく理解できました。人生に音楽という支えがあるカイルは、とても恵まれています。
そして現在、新人ピアニストとして歩み始めたのは、いくつもの幸運な出会いと周囲の多大なサポートがあったからだと実感しています。
本書では、カイルが生まれてから18年の月日を振り返りながら、わたしたち親子を支えてくださった方たちへの感謝の気持ちをつづっていきたいと思います。
(『カイルが輝く場所へ ~発達障害のわが子がピアニストとして羽ばたくまで』の「はじめに」より)
※2月28日(金)に紀平カイルさんの紹介が予定されていたNHK「首都圏情報ネタドリ!」(午後7:30~7:57)は、番組の内容変更に伴い延期になりました。今後の放送予定については番組HPをご覧ください。
プロフィール
紀平凱成(きひら・かいる)
2001年、紀平延久・由起子夫妻の長男として福岡に生まれる。音楽好きの両親の影響で幼少期より楽器に囲まれて育つ。2017年、16歳で英国トリニティ・カレッジ・ロンドンの検定試験に100点中97点という高得点で合格し、これまで数人にしか与えられていない奨励賞を受賞。翌年、同カレッジの学士資格を取得。2018年、全日本ジュニアクラシック音楽コンクール全国大会ピアノ部門審査員賞受賞。同年、日本クラシック音楽コンクール全国大会入賞。2019年4月にホールデビュー、同年10月にCDデビューをはたす。東京大学先端科学技術研究センターと公益財団法人日本財団の「異才発掘プロジェクト」第1期ホームスカラー。メディアで生い立ちや音楽活動が紹介されて大きな話題になる。
紀平由起子(きひら・ゆきこ)
1971年生まれ、岐阜県出身。大学卒業後、メーカー勤務のかたわら、シンガーソングライターを目指す。出産を機に子育てに専念。凱成氏が小学校の特別支援学級に在籍時、ボランティアで読み聞かせ活動を始める。その後、図書館司書の資格を取得。現在、ピアニストとして活動する凱成氏の音楽活動をサポートしている。