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宮島未奈『モモヘイ日和』第3回「白雪中の王子様」

24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。
とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ&ほっこり青春劇!

前回までのあらすじ
中学1 年生の花岡エリカと泉ミサトは、“ 交通安全じいさん” 百平とともに、迷い犬クルミを持ち主に返すことができた。地元愛あふれる百平の思い出話を聞き、ちょっと仲良くなれた気がした二人。しかし翌朝も、学校前で生徒を𠮟りつける百平を目撃するのだった。

 白雪中学校に入って1 か月が経った。中学校の前に住むももへいさんは、相変わらず「信号は守れ!」と毎朝ギャンギャンえている。
 クラスみんなの名前を覚えてすっかりんできたところへ、ミサトからホットなニュースがもたらされた。
 「3 年生の先輩に、超イケメンがいるらしいの! ユキちゃんが下駄箱のところで見かけたんだけど、王子様みたいだったって。わたしも見てみたいな~」
 ちょっと盛り過ぎじゃない? って心配になったけれど、そんなイケメンならわたしもちょっと見てみたい。
 だからといって、用事もないのに3 年生の教室まで行くなんて無理だ。中学校の学年の壁はめちゃくちゃ高い。小学校の頃仲良くしていた上級生も、中学ではなんだかツンツンしている感じがする。
 それ以来、ミサトは教室移動のときなど「プリンスいないかな~」とまわりをきょろきょろして歩くようになった。ずいぶんアナログな作戦である。そんなことしなくても同じ学校内にいるのだからそのうち会えるだろうと思っていたが、なかなか会えずにいた。

* * *

 バスケ部では基礎体力が必要だと言われて、1 年生は走り込みや筋トレをやっている。それほどすぐには試合に出られないだろうと察していたものの、毎日同じことをやるのはなかなかキツい。
 そんな中での楽しみは、先輩の目が届かないところでこそこそするおしゃべりだ。運動場15周を走り終えたわたしたちは、水筒のお茶を飲みながら「今日もきつかったー」「これ以上暑くなったらどうなるんだろう」と思い思いに口にする。
 「ねぇ、3 年生に超イケメンがいるらしいんだけど、知ってる?」
 ミサトが尋ねると、みんな目を輝かせた。
 「えーっ? 知らない」
 「ちょっとかっこいい人見たことあるけど、超イケメンって感じじゃないかも」
 「わたしも見たい!」
 もはや都市伝説みたいになっている。
 「そういうミサトも見たことないでしょ」
 「毎日探してるんだけどなー」
 手がかりは同じクラスのユキちゃんの目撃情報だけで、本当にいるのかどうか、実在さえ怪しい。
 「見かけたら写真撮っておいてよ」
 「盗撮はまずいでしょ」
 みんなイケメンが大好きらしい。プリンスを目撃したら情報を共有しようということで話がまとまった。

 来週の火曜日にははじめての中間テストがある。小学校までは単元ごとにやるプリントみたいなテストだったけど、中学校では1か月半の間に習ったことがまとめてテストに出る。それに、中間テストの日は1日で国語・数学・理科・社会・英語の5教科をやるから、全部勉強しておかなきゃならない。
 先生は「授業でやったことをかんぺきに復習すれば100点取れます」って言うけれど、さすがに完璧は無理なんじゃないかな。
 「国語はワークの問題がそのまんま出たりするから、暗記するぐらい見ておいたほうがいいよ」
 お兄ちゃんにどうやって勉強したらいいか相談したら、超役に立つアドバイスをくれた。
 「数学は教科書に載ってる例題をやっておけばテストの問題はだいたい解けるようになる……って、東大目指してるやつが言ってた」
 お兄ちゃんの体験談じゃないんかい、と思わずずっこける。
 「まぁ、どっちにしても最初の中間テストはあんまり難しくないから大丈夫だよ。学年が上がるにつれてどんどん点が下がっていく」
 「怖いこと言わないでよ」
 お兄ちゃんは県立白雪高校に通っている。このあたりの高校の中では2番目に偏差値が高い。家から自転車で10分の距離にあるから通いやすくて、わたしも同じ高校に行けたらいいなと思っている。
 ミサトにお兄ちゃんから聞いた勉強方法を伝えると、「やっぱりお兄ちゃんいるのうらやましいな~」と言った。
 「そうだ、今度の日曜日、図書館で一緒に勉強しない?」
 「いいね!」
 ミサトの提案で、わたしたちは日曜日の午後、図書館に集まることにした。

* * *

 白雪町立図書館は白雪公園の広い敷地の中にある。わたしたちが生まれた頃に建てられたそうで、まだ新しい。真っ白なドーム型の建物が特徴的だ。
 駐輪場に自転車を停めて館内に入ると、ロビーのベンチにミサトが座っていた。
 「やっほー」
 そういえば私服で会うのははじめてだ。ミサトはピンクのTシャツにキュロットスカートをはいている。
 「エリカは図書館よく来るの?」
 「実はあんまり来たことがないんだ。ミサトは?」
 「わたしはたまにお母さんの車で一緒に来るけど、一人で来たのははじめて」
 1階はドーム型の壁に沿う形で、ぐるりと本棚が並べられている。日曜日の午後ということもあって、たくさん人がいた。
 学習室は2階だ。ミサトが言うには、勉強やパソコン作業など自由に使っていいらしい。ドアを開けるミサトに続いて入室すると、そこは話し声のないカフェみたいな雰囲気だった。白い長机が整列していて、3脚ずつ椅子が並んでいる。3脚とも空いている机を見つけてミサトと座った。
 わたしはまず苦手意識のある数学をなんとかしようと、お兄ちゃんにアドバイスされたとおりに教科書の例題をやってみた。似たような問題が並んでいて、部活の基礎練習みたいだなと思う。
 ふとシャープペンを持った手を休めて顔を上げると、紙をめくる音、ペンを走らせる音、パソコンのキーボードを叩く音が大きく聞こえる。たしかにこの空間は勉強がはかどる。家にいるとついダラダラしてしまうけれど、いい感じの緊張感があって、サボれない。
 数学の次は英語をやった。まだ教科書の最初のほうだから単語も例文も短いけれど、スペルミスをしないように何度も書いて覚えるようにした。
 5時になり、ミサトと部屋を出た。
 「わたし、こんなにちゃんと勉強したのはじめてかも」
 ミサトが伸びをしながら言う。
 「たしかに充実感があったね」
 駐輪場に行くと、一人の男子が自転車を出していた。自転車には白雪中の青いステッカーが貼られている。この人も白雪中なんだと思いながら顔を上げて、わたしははっとした。あわててミサトのほうを見ると、ミサトもその人の顔に見とれたように固まっている。
 間違いない、この人がプリンスだ!

 少し茶色っぽい髪の毛はさらさらで、その前髪の奥にはふたの丸い目がのぞいている。肌はつやつやしていて白く、思わず「顔が良い」と声に出してしまいそうだった。
 プリンスはわたしたちに見られていることなど気にも留めず、自転車でさっそうと走り去っていく。それはまるで白馬を操る王子様のようだった。
 「エリカ、追いかけよう」
 ミサトがすごい勢いで自分の自転車を引っ張り出す。
 「ええっ?」
 わたしも急いで自転車を出して追いかける。白雪公園の丘を下り、国道を渡って細い路地に入り、白雪中学校の前まで来たと思ったら……なんと、プリンスは、百平さんの家に入っていくではないか!
 わたしとミサトは自転車にまたがったまま、ぼうぜんと立ち尽くした。


この続きは「中学生の基礎英語レベル1」「中学生の基礎英語レベル2」「中高生の基礎英語 in English」7月号(3誌とも同内容が掲載されています)でお楽しみください。

プロフィール
宮島未奈
(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。滋賀県在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「R-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』が大ヒット、続編『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮社)も発売中。元・基礎英語リスナーでもある。

イラスト・スケラッコ

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