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宮島未奈『モモヘイ日和』第11回「モモヘイを描いてみた」
24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。
とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ&ほっこり青春劇!
前回までのあらすじ
モモヘイがメディアで紹介されると、「白雪町をよくする会」のメンバーは一躍町内で有名人に。そこでモモヘイのグッズ展開を思いついたエリカは、モモヘイの生みの親であるメイサに協力をあおぐが、「あたしはもう描きたくない」と言われてしまって……。
メイサに別のポーズのモモヘイを描いてほしくて、わたしとミサトは署名を集めはじめた。同じバスケ部の子たちや、クラスの仲の良い子、それに「白雪町をよくする会」のメンバーに、名前とコメントを書くよう頼んだらみんな快く引き受けてくれた。
コメントはすべて「モモヘイかわいくて大好きです!」とか、「グッズ楽しみにしています」といった好意的なコメントで、「ワンちゃんと遊ぶモモヘイが見たい」とか、「着ぐるみもつくってほしい」といった要望も入っていた。
百平さんがなんて書いているか気になって探してみたら、「石田百平」の署名だけでコメントはなかった。だけどモモヘイのキャラクターには賛同してくれてるみたい。
「思ったよりたくさん集まったね」
ミサトが驚いたように言う。モモヘイがこれだけ多くの人に愛されてることを知ったら、メイサも気を取り直して新しいイラストを描いてくれるかもしれない。
昼休み、わたしとミサトは隣のクラスに行って、集まった署名をメイサに見せた。
「メイサちゃん、みんな、モモヘイを描いてほしいって」
コメントを見たらメイサだって喜んでくれるだろう。そう思っていたのに……。
「何これ?」
メイサが発したのは冷たい声だった。
「バスケ部のみんなとか、クラスの友だちとか、『白雪町をよくする会』の人たちの声を集めたの」
ミサトが説明すると、メイサは勢いよく立ち上がる。
「勝手なことしないでよ! わたしが描いたってバレてるの、二人のせいでしょ?」
わたしたちは何も言えずに固まってしまった。
「先生にも言われたの。『モモヘイ描いたの園川さんなんだって?』って。わたし、そんなふうに目立ちたくなかったのに」
教室にいるみんながわたしたちのほうを見ているのがわかる。あぁ、どうしよう。メイサを怒らせちゃった。
「ご、ごめん。わたし、メイサちゃんにこれからもモモヘイを描いてほしくて……」
必死に頭を下げたけれど、メイサは「もう、放っておいて」と顔をそむけて教室を出ていってしまった。
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わたしは署名用紙に目を落とす。せめてコメントだけでもちゃんと読んでほしかった。メイサを怒らせてしまったのはわたしの失敗だ。
「仕方ないよ、出直そう」
ミサトがわたしの肩に手を置いた。制服越しにもわかる温かい手で、ぎゅっとしぼんだ気持ちがほんの少し緩むようだった。
* * *
メイサを怒らせてしまったショックで、午後の授業や部活は心ここにあらずだった。浮かない気持ちのままミサトと一緒に学校を出ると、道の向こうで百平さんが家のまわりの草むしりをしていた。
「どうした、元気がないな」
百平さんがわたしに話しかけてきた。
「メイサにモモヘイの絵を描いてほしいって頼んだんだけど、断られちゃったんです」
「それなら、君たちが描いたらどうだ」
「え~っ?」
わたしとミサトは同時に驚きの声を上げた。そんなこと、考えもしなかった。
「だって、わたしたち、絵が下手だし……」
「新しい絵が欲しいのは君たちだろう?」
百平さんの言うことはもっともだ。勝手に盛り上がってモモヘイの絵を描かせようとしていたことも、メイサの怒りを買った原因だろう。
翌日、わたしはメイサのデザインをもとに、イヌの散歩をしているモモヘイを描いてみた。ミサトは怒鳴るモモヘイにチャレンジしている。
「怒ってる顔って意外と難しいね」
ミサトが描いたモモヘイはぎりぎり怒っているように見えるけれど、リアルなおじいさんみたいになってしまっている。だけどわたしもミサトのことは笑えなくて、イヌを描いたつもりがネズミみたいになっている。
「やっぱりメイサちゃんってすごいよね……」
「うん、天才だよ」
わたしたちのモモヘイとメイサのモモヘイを比べると、大人の絵と幼稚園児の絵ぐらいの差がある。
「これを持って、もう一度謝りにいこうよ」
許してくれるかどうかはわからないけれど、行くしかない。
放課後、教室から出てきたメイサを捕まえた。
「メイサちゃん、この間はごめん!」
とにかく謝るしかないと思ったわたしは、必死に頭を下げる。
「メイサちゃんの気持ちを考えず、勝手に署名とコメントを集めてしまいました。本当にごめんなさい」
「ちょっと、そんな、やめてよ」
頭を上げると、廊下を歩いている人たちがこっちをじろじろ見ている。
「わたしたち、モモヘイを描いてみたの」
ミサトがわたしたちの描いたモモヘイをメイサに渡す。神妙な顔で紙を受け取ったメイサだったが、次の瞬間こらえきれない様子でふき出した。
「笑ってごめん。これだったらわたしが描いたほうがいいね」
わたしとミサトは顔を見合わせる。
「わたしもあのあと考えてみたんだ。名前を言いふらされたのは嫌だったけど、みんながモモヘイを気に入ってくれてるのはうれしいなって」
そう、それは間違いない。わたしだってモモヘイをたくさんの人に知ってほしくて、グッズになったらいいって願っていた。
「だから、グッズ用のモモヘイ、描いてもいいよ」
メイサの言葉に、わたしは思わず両手を挙げて「やったー!」と叫んだ。
* * *
モモヘイグッズができたというので、わたしたちはいつもの会議室に集まった。
「これがキーホルダーのサンプルで、来週には完成します」
水川さんが持ってきたキーホルダーを見たら、思わず「わぁっ」と声が出た。トイプードルと遊ぶモモヘイと、横断歩道で怒鳴るモモヘイ、そして通常のモモヘイの3種類がある。
ローズモールに売っていてもおかしくないぐらいのかわいさで、わたしもさっそく欲しくなった。
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「これを、白雪中学校の文化祭でさっそく販売することになりました」
水川さんの発表に、会議室が沸き立つ。「白雪町をよくする会」でブースを出して、大人たちが代わりばんこで店番をするという。
「売上は交通安全のために寄付することにした」
百平さんが言うと、「百平さんらしいな」という声が上がった。
「ティッシュもできたので、交通安全を呼びかけながら配ります」
白雪警察署の松岡さんがポケットティッシュを見せてくれた。台紙にモモヘイのイラストと、「信号を守れ!」という文字が書かれている。
「上司からは『信号を守ろう』にしたらどうかと言われたのですが、百平さんの教えなので、そのまま押し通しました」
毎朝「信号を守れ!」と怒鳴っている百平さんは怖いのに、同じセリフでもモモヘイと並べると柔らかいイメージになるから不思議だ。
「それでは、文化祭、みんなで力を合わせてがんばりましょう!」
中学に入ってはじめての文化祭。どんなことが起こるか楽しみだ。
この続きは「中学生の基礎英語レベル1」「中学生の基礎英語レベル2」「中高生の基礎英語 in English」3月号(3誌とも同内容が掲載されています)でお楽しみください。
プロフィール
宮島未奈(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。滋賀県在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「R-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』が大ヒット、続編『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮社)も発売中。元・基礎英語リスナーでもある。
イラスト・スケラッコ