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「変わる勇気」を持て! 稀代のコンピューター学者が明かす 日本再生のシナリオとは!?――坂村 健(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長)

 コロナショックに見舞われ、大幅なマイナス成長が予測される日本経済。いま求められているのは、到来しているAI・IoT社会の本質を見抜き、それに即してイノベーションを生み出すこと。そのために、産業プロセス、社会構造、そして私たちの生活に、根本的な変革を起こすことだ!
 当記事では、10月10日に発売されたNHK出版新書『イノベーションはいかに起こすか~AI・IoT時代の社会革新』より、その一部を抜粋してお届けします。

イノベーションとは何か?

「イノベーション(Innovation)」は日本語に訳しにくいが、元々はオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが1911年に言い出したとされる言葉で、その意味するところは「経済活動において利益を生むための差を新たにつくる行為」ということだ。
 経済学では、理想の市場においては、競争原理により価格は限りなく原価に近づき、利益はいずれ最小になると考えられていた。しかし実際にはそうならない。なぜかということで、シュンペーターは何らかの「差」が新たに生まれ続けることで、市場がリセットされ、利益も生まれ続けるのだと考えた。そしてその要因に「イノベーション」と名付けた。利益を生みさえするなら、その「差」は新しい技術で性能が上がったことによるものでも、原料の調達先を変えて価格を下げたことによるものでも、なんでもいい。
 ところが我が国で「イノベーション」といえば、1958年の経済白書で「技術革新」と訳したことをはじめ、意味を狭めて長らく使われていた。何か新技術によるものでなければイノベーションではないと思い込まれてしまったのだ。しかしネット社会が我が国でも進展し始めた2007年になって、経済白書も新しいビジネスモデルなどに注目し、本来の意味に戻ったというべきか、広い意味での革新に注目し始めたようである。
 インターネットをはじめとした新しい情報技術で、経済活動をはじめ生活、社会が変わろうとしている今こそ、「イノベーションは技術だけではない」という原点に戻って考える必要が出てきていることは、言うまでもないだろう。
 そのためには、新しいICT(情報通信技術)の技術的な側面を理解する必要があるのはもちろん、新しい制度をその運用も含めて考えなければならない。
 制度は重要で、個々の組織の制度改革にとどまらず、法律の改正まで含めたネット時代の改革を国として大胆に行わなければ、世界的な競争にも負けてしまうだろう。

IoTとAIがビジネスや生活を大きく変えている

 冷戦時に軍事情報をやりとりするために開発された技術を原型とし、1989年に米国によって民間転用が行われたインターネットは、コミュニケーションの極端な低コスト化を可能にした。人間の社会活動のすべての基盤はコミュニケーションであり、その影響により、科学・経済・行政・文化のすべての分野で世界は大きく変貌を遂げた。
 たった30年、されど30年である。この短期間の激変に、残念ながら法律をはじめとする我が国の制度は、十分に対応できていない。技術が生み出せるのはイノベーションの可能性だけであり、その影響を現実の社会にもたらすには、法律からビジネスモデルといった、いわば制度面での改革が必要になる。
 インターネットは当初、人と人の間の情報の交換に使われていた。しかし、コンピューターの進化と通信速度の高速化とに支えられ、モノをネットにつなぐという発想のIoT(Internet of Things/モノのインターネット)が誕生し、さらにAI(人工知能)の進化などがビジネスや生活を大きく変えるところまできている。
 いま、人間だけでなく世界中のあらゆるモノがネットにつながり、お金の支払いや保険の掛け方まで、目に見えない多様なサービスまでもがネットにつながろうとしている。
 当たり前であるが、このネット時代、こうやればイノベーションに成功する、という正しいやり方などはない。しかしネット時代にイノベーションを起こすための「オキテ」、すなわち守らなければいけないルールといったものはある。

遅れている日本の教育

 いまビジネスモデルが大きく動いている。例えば自動車メーカーは最近、自動車という製品を売るのではなく「移動というサービス」を売る会社になるというMaaS(Mobility as a Service)の考え方を言い出しているが、これはすべての業種に言えることだ。コンピューター上の仮想世界の中に現実世界を反映する「ミラーワールド」がつくられ、現実世界だけでなく仮想世界の中でビジネスも行えるようになってきた。
 そして、この来たるべきIoS(Internet of Services/サービスのインターネット)の時代に最も重要なのは、教育だ。2020年からようやく日本でも小学校でプログラミング教育が取り入れられたが、これだけAIやコンピューターを使う時代に、日本の教育は非常に遅れている。
 思い起こされるのが、世界でいち早く電子政府化に成功したエストニアだ。奈良県ほどの人口の国が、かなり力を入れてさまざまな分野の改革に取り組んだ。小学校から徹底的にコンピューター教育をすべきだという教育改革も、2000年から大統領が指揮をとって進めた。今ではこの教育を受けた人たちが社会の中核となり、デジタルを基本として社会をより良く変えるというマインドが国民に浸透している。
 もちろん日本も手をこまねいているわけではない。2030年頃には、日本でも新しい教育を受けた若者が社会で活躍するようになるだろう。その頃に事業者が相手をするのは、デジタルを基本として、プログラミングにより生活をより良く変えることを普通と思う、新しい消費者たちだ。その時にも日本の事業者がクローズであり続けるなら、確実に見放されるだろう。

DXとはデジタル技術によるイノベーション

 2017年に、私は東洋大学に新しく情報連携学部をつくり学部長に就任した。そのブランド名は「INIAD」。INIADは、一言でいってAIとIoTの時代のための教育の場だ。「文・芸・理」融合を掲げ、そのための連携力を養うべく、コンピューター・サイエンスとコミュニケーションスキルの授業を必修にしている。また学校を卒業して一度社会に出た人の再教育が必要と考えており、そのためのプログラムもある。
 INIADで目指しているのは、「大学のDX(Digital transformation)」だ。
 世界ではDXに対して大きな関心が集まっている。IoT、ビッグデータやオープンデータ、そしてそれらを解析するために使われる機械学習など、ネット時代に生まれた新しいコンピューター・サイエンスを駆使して、ビジネス含むさまざまな分野で今までの「やり方」を新しいコンピューター体系のもとで考え直したらどうなるか? これは技術だけではなくて、制度の改革も含めた大きなムーブメントだが、私たちがINIADでやっているのもまさにこれである。新しいコンピューター・サイエンスの力をもって、大学の運営や教育の仕方も変えていこうというチャレンジなのだ。
 いま社会で急速に進もうとしているDXとは、デジタル技術によって根本的な変革、すなわちイノベーションを起こそうという動きである。私はこれまでも最新のテクノロジーでイノベーションを起こして、社会、会社、学校教育のあり方すべてが変わっていくべきだと主張してきた。
 日本では、DXを単なる「デジタル化」や「情報化」を言い換えた「バズワード」と誤解する向きもある。
 DXのポイントは技術ではない。進んだ情報通信環境やIoTを活かし、そういうものから集まってくるビッグデータ、そしてそれを解析する時にAIのようなものも使いながら、従来のやり方―産業プロセスから始まって私たちの社会、生活、社会構造などすべてを見直し、手法でなくやり方レベルから根本的な変革を起こそうという姿勢こそがDXの本質なのだ。
 その「変わること」を嫌うせいか、DXについては日本ではビジネス界ですら掛け声はあるものの、海外に比べその進行は遅かった。「何年にもわたり磨き込んで最適化し実績もあるやり方を変えたくない」、「デジタル化もいいが、こちらのやり方に合わせてもらわないと」という現場の抵抗も大きかったと聞く。
 しかし、ここにきて飲食業界が一気にネット注文のデリバリーに対応したように、働き方改革の掛け声だけでは進まなかった遠隔勤務が一気に主流になったように―新型コロナウイルスの感染拡大が、強制的に「変わらざるを得ない」状況を作り出した。

出でよ! イノベーション人材

 日本は海外に比べて確かに一歩遅れてしまったとはいえ、追いつけ追い越せが得意なため、変化できれば打開できるであろう。
 それにデジタル化によって「やり方」自体を大きく変えて効率化しなければ、日本は少子高齢化が進むに従い、社会を維持するサービスを提供できなくなる。それこそが、いま注目されているDXの本質なのだ。
 イノベーションは、技術と制度を組み合わせて考えなければいけない。日本には優れた技術があれば問題を解決できると思う人が多いが、そうではない。技術と制度の両方を理解し、連携できる人材が必要だ。今は技術や情報を持ち合って、連携して新しいものをつくる時代だ。私が学部長を務めるINIADでは、ビジネス、デザインや社会システムが専門の学生も、プログラミングとコミュニケーションを必修としている。
 技術の成熟期にイノベーションを起こすには、一人の天才の1個のアイデアよりも、凡人が何人も集まり違うことを考えて、1000個のアイデアを出すほうが成功する確率が高い。昔から「三人寄れば文殊の知恵」と言うが、多様な人が集まるような環境整備を進める必要がある。
 INIADのために新たに作った校舎は、総床面積1万9000平方メートルにオープンAPI制御のIoTデバイス5000個を取り付けた、世界最先端を謳うIoTビル。イノベーションにとって環境も重要だ。学生にはこうした環境を使いこなし、イノベーションを創出してもらいたいと願っている。

『イノベーションはいかに起こすか~AI・IoT時代の社会革新』【目次】

第1章 なぜ日本からはイノベーションが生まれないのか?
第2章 「文・芸・理」融合人材が日本を救う――INIADという挑戦
第3章 TRONはなぜ世界標準になれたのか?――哲学としてのオープンアーキテクチャー
第4章 ケーススタディ イノベーションはいかに起こし得るか?――多様性こそが成功をもたらす

AI/マイナンバー/自動運転/プログラミング教育/ブロックチェーン/電子政府/キャッシュレス
第5章 いまこそ「変われる国・日本」へ
おわりに~コロナに対抗するICT

※続きはNHK出版新書『イノベーションはいかに起こすか~AI・IoT時代の社会革新』でお楽しみください。

プロフィール
坂村 健(さかむら・けん)

1951年東京生まれ。INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長。工学博士。東京大学名誉教授。1984年よりオープンなコンピューターアーキテクチャーTRONを構築。現在TRONは、米国IEEEの標準OSに採択され、IoTのための組込みOSとして世界中で使われている。2015年、情報通信のイノベーションを通じた、人々の生活向上への多大な功績を認められ、「ITU150アワード」を受賞。他に2003年紫綬褒章、2006年日本学士院賞。著書に『IoTとは何か』(角川新書)など。

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