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鳴き声研究の第一人者による、カラスと酒に吞まれた探求の日々……世界で唯一!「カラス誘導」稼業の全貌とは?

 テレビでも話題の「カラス語」研究者にして全国から引っ張りだこのカラス対策専門ベンチャー創業者・塚原直樹さんが、長年の鳴き声研究のエッセンスから科学的な追い払い方までを、豊富な事例とともに楽しく解説したNHK出版新書『カラスをだます』。さらに本書では、自分で確かめた事実のみに基づいて、「カラスはなぜ黒い?」「襲われないためにはどうすればいい?」「肉を美味しく食べるには?」などの疑問にも試行錯誤のままに詳しく答えるなど、18年間の研究成果を詰め込んだ、カラスを操る驚異の技術を惜しみなく解き明かします。
 当記事では、大成功をおさめてメディアでも話題になった、2017年に山形市で実施された「カラス誘導作戦」の舞台裏を本書より抜粋してお届けします。
 *TBSラジオ「山形純菜プレシャスサンデー」(2月14日(日)朝8時~8時10分頃)に塚原さんが生出演されます。こちらもぜひお楽しみに!

1 カラス誘導大作戦

謝罪会見?

図1-1

【図版1–1】まるで謝罪会見

「先生、実験は成功ですか?」
「カラスの誘導はできたんでしょうか?」
 ここは山形市役所の六階。目の前には記者団がいてカメラがひしめき、マイクは口の中まで入ってきそうだ。プレッシャーに耐えきれず、私は目を伏せて声を絞り出した。
「えー、成功だったと……思います……」
 背中や脇に大量の汗が滴るのを感じながらそう答えるのが精一杯だった。だが会見は終わらない。似たような質問が代わる代わる繰り返される(図版1-1)。
 記者団はほんの十分前、窓の外で、私の狙い通りにカラスの大群が移動していく様子を目撃していた。部屋の中では、私が携帯電話を片手にノートPCの画面を見つめている。「この人は確かにカラスを操っている」と思う方が自然だろう。記者としてはなんとか私から、会心の笑顔と、「成功でした!」の一言を引き出せると期待するのも無理はなく、それがわかっている私も申し訳ないと思う気持ちが募る。
 もちろん私も笑顔で答えたかった。しかし慎重にならざるを得なかったのだ。相手は二百羽ものカラスだ。一旦移動はしても、いつ戻ってくるかわからないのだ。ここで「実験は成功しました!」とぶちあげたあとに窓の外で「カア」と鳴かれてはたまらない。そう思うと顔をほころばせるわけにはいかなかった。
 煮え切らない私とのやりとりを長々と収録した記者団が引き揚げていった頃、私はテラスに出て、恐る恐る真下の木立を覗いた。実験前に二百羽いたカラスは……一羽もいなかった! 思わず頰が緩む。そのときまだカメラが一台残っていた。ずっと張り付いて取材をしてくれていた某(公共)放送局だ。そのカメラに向かってようやく私は言えた―――「うまくいきました! 思っていたよりも……」。
 その晩の酒はうまかった。同席した東北大学の共同研究者・北村喜文氏は山形の美酒「楯野川」を手にして言った。「塚原さん、謝罪会見みたいだったよ」。結局、後日テレビでいちばん反響があったのは、謝罪顔ではなく安堵の表情でインタビューを受ける姿の方だった。

「いてほしくない場所」から「いてもいい場所」へ

「いてほしくない場所」から「いてもいい場所」へカラスを動かす―――これが私のこの日のミッションだった。山形市役所周辺はカラスのねぐらと化しており、最寄りのバス停「山形市役所前」付近の道路はカラスの糞で真っ白になっていた。山形市民から「なんとかしてほしい」という要望を受けた市役所から「なんとかしてほしい」という要望を受けたのが私だったというわけだ。
 私は当時、カラス研究者として大学に籍を置いていたが、その後、「カラスをめぐるあらゆるソリューション(問題解決策)を提供する(ことを標榜する)」会社を起こすことになる。カラス研究者を「カラス屋」と呼ぶことがあるが、カラス・ソリューショニスト(造語だ)を生業とする自分はもしかしたら誰よりも「カラス屋」という呼び名にマッチしているかもしれない。
 ともあれ、国内でも有名(らしい)杉田昭栄先生というカラス屋さんの研究室(宇都宮大学にある)に所属して以来、二十年近くにわたって私はカラスと付き合ってきた。カラスは様々な方法でコミュニケーションをとりあう。そこで「鳴き声」が最も重要な役割を果たしていることは明らかだった。私の使命はカラスに「なぜ鳴くの?」と問い、答えを探すというものだった。しかし相手は鳥だ。何かあると飛んで行ってしまう。一羽のカラスに、ひと苦労(クロウ)、というわけだ。……さて、研究が思い通りにいかず、いまいましい、こちらがカラスを操れればいいのに、と思ったのがきっかけだった。それ、できるんじゃないか?
 なんといっても私の手元には厖大(ぼうだい)な量の、鳴き声の録音データがある―――。
 思い立ったが吉日。私はこの素晴らしい思いつきを、すぐに実行に移し……はしなかった。なぜ鳴くのかもわからないのにカラスを操るなんて無理じゃないか。それに夕方になるとカラスは子が可愛いのか山に帰るし、私は酒を飲み始めてしまう。しかも飲むと長い。次の朝には二日酔いの頭、消化を終えていない胃、などを抱えてカラス小屋の掃除をして気持ちが悪くなるか、運よく二日酔いを免れていれば、集音マイクを積み込んだ愛車ジムニー(ジープ型の軽自動車だ)を駆って栃木じゅうの雑木林に赴いてはカラスの声を集めて回るという日々。数年は瞬く間に過ぎた。
 どんなに素晴らしくてもアイディアだけでは何も残らない。アイディアを形にするためにはキャッチコピーというか、「看板」を掲げることが必要だ。しばらくして私はそれを叶えてくれる人物と出会った。
 シンガポール国立大学の末田航氏―――彼とは「カラスと対話するプロジェクト」を立ち上げた。それまでの私の研究計画名「カラスの音声コミュニケーションの研究」に比べたらいかにも面白そうだ。でも「カラスと対話」なんて言っちゃっていいのか?―――言ってもよさそう、という感触はあった。いかに酒ばかり飲んでいたとはいえ、集めた鳴き声を繰り返し聴いているうちに、なんとなく見当がついたところはあった。
 末田氏と私とで酌み交わされた酒の量は常軌を逸していた。そしてそこで生み出されたアイディアも常軌を逸していた。アイディアの一つは、街じゅうのスピーカーを借り切って、カラスの鳴き声をプログラムしてあちこちで流し、街にいるカラスをだまして動かす、というものだった。街にスピーカーなんてあるのか?と訝(いぶか)るなかれ、実は商店街の放送のため、街の防災のためなど、巷には意外とスピーカーがたくさん設置されている。そこから同時多発的にカラスの鳴き声を流すことで、いてほしくない場所からカラスを追い払うだけでなく、いてもいい場所まで動かしていくというアイディアである。
 ここで話は山形市へ戻る。市からの依頼を受けた私たちは期待した―――市の力をもってすれば街じゅうのスピーカーを貸し切りにして大規模な実験ができる、と胸が高鳴ったのだ。絶好の機会だとばかり、我々が山形市に提案したプロジェクトの名前は「カラス誘導大作戦」になった。我ながら受けがよさそうだ。しかし―――商店街のスピーカーはジャックできなかった。世の中はそういうふうに都合よくできてはいない。
 だが市は広報車と手持ちのスピーカーをいくつか用意してくれた。これで十分じゃないかと私は思い直し、実施に取り掛かった。ミッションは先述の通り、市役所前の木立に潜む二百羽のカラスを動かすこと。誘導先は「いてもいい場所」として、市役所の隣にある山形地方裁判所や、さらにその先の山形県郷土館と設定した。市役所から郷土館へは直線距離にして二百メートル程度だ(図版1-2)。

ウェブマガジン用図1-2切り出し

【図版1–2】群れを誘導する仕組み

 仕組みを簡単に説明すればこうだ。市役所で「カラスの警戒心をあおる音」を出す。直後に裁判所の方で「平常時の音」を流す。時間をおいて、郷土館の方でも同じ「平常時の音」を出す。こうすれば、「警戒すべき」場所から逃れて「平常」の場所へ向かおうとするだろうし、さらに遠くへと誘導されて飛んでいくだろうというのが、誘導大作戦の目論見だった。

追い払うはずのカラスがいない?!

 実験当日、市職員の方々による広報活動のおかげで、山形県内の新聞やテレビなど多くのメディアが取材に来た。嬉しい半面、誘導作戦が実は初めての試みで、目論見通りにいかないことも十分にありえたため、心配で心配で、逃げ出したくなる時もあった。
 午後、実験に協力してもらう市職員の方々や共同研究者らと、現場や実験の流れを確認し、機器をセットして、あとはカラスが来るのを待つだけとなった。時計の針が五時半を指す。太陽はすでに山の奥へと真っ赤な半身を隠した。しかしカラスはいない―――そう、これは後述するが、市役所前が「ねぐら」だとしたら昼間そこにカラスがいないのはおかしなことではない。だが、三百メートルほど離れたビルの屋上には黒い影が数十羽、仲良く並んでいるのが見える。一方、カラスが群れるはずの眼下の木立はいたって平和な装いで、カラスは確認できない。もしかして今日は来ないのか? 六階のテラスで記者団が撮る写真のフラッシュ光やシャッター音に驚いて警戒してしまっているのか? 奥ゆかしい山形の人々に似て、ここではカラスもシャイなのか? ―――「追い払うはずのカラスがいない」という可能性から目をそらそうと、他愛ないことを考えながらニヤニヤしていると、「先生、実験やらないということはないですよね?」と聞かれて現実に引き戻される。
「もうちょっとお待ちください。カラスが来なくても、音の確認などのため、実験は行います。遅くとも六時半には」と答える私。「カラスを追い払おうと思ったらカラスがいない」なんてことになったらどうしよう、と不安に駆られる私―――。そのとき思い出したのはテレビの一場面だ。ある番組に、サルを追い払うドローン(無人飛行機)の開発者が出ていた。追い払う場面をカメラに収めるべくロケに向かったが、この日は追い払うはずのサルがいない。やむなく、サル追いドローンでサルを探す、というのがオチになっていた。あれは面白かったな……いや、笑ってはいられない。いま私にはあの開発者の情けない思いが痛いほどわかる。間違いなく、彼とはうまい酒が飲める……。
 不安を破ったのは末田氏の声だった。六時を過ぎて薄暗くなった頃、「集まって来ましたよ……」と教えてくれたのだ。見ると木立には百羽を超えるカラスの姿が! さらにこちらを目指して飛んで来るカラスが見える。よかった……役者は揃った。地上の関係者と記者団に開始を伝える。さあ、いよいよ本番だ!
 まず市役所テラスのスピーカーから「カラスの警戒心をあおる音A」を流す。カラスの天敵オオタカの「キッキッキッキッ」という鋭い声だ。音Aと同時に広報車から「警戒心をあおる音B」、カラスが敵と争う時の「グワッグワッ」という声を再生する。AとBの同時再生で木立のカラスたちが明らかに浮足立ったのがわかった。
 すかさず裁判所で「平常時の音」、すなわちカラスがねぐらに帰る時の「アーアーアー」という声を再生すると―――木立のカラスは一斉に飛び立ち、裁判所方面へ移動を始めたのだ! 私は内心、ガッツポーズだ。次いでさらに先の郷土館からも「ねぐら入り」の声を流す―――こうして開始から十分後、私はスピーカーの停止と撤収の指示を出した。もはやカラスは木立に見えない一方、裁判所と郷土館の屋上では多数確認された。しばらく経ったあとも戻ってこなかったことは先述の通りである。この実験から、人間が意図する方向へとカラスの群れを動かせることがわかった。
 翌日の新聞の見出しは「カラスの群れ 動いた!」であった(図版1-3)。

図1-3

【図版1–3】写真の笑顔は開始前の緊張ゆえだ(山形新聞2017年9月14日付)

なぜうまくいったのか

 さて、うまくいきはしたが、私もこれを手放しで喜んでいたわけではない。謙虚にも、なぜこの誘導が成功したのか考えてみた。答えは、「誘導する相手が群れだったから」ではないかと考えている。
 カラスは群れる動物だ。群れることには多くのメリットがある―――敵の接近を早く察知できるようになる、自身が襲われる可能性が低くなる、襲撃を防いだり、餌にありついたりする機会が増える、などなど。
 この群れを一つの生き物に見立ててみよう。この生き物の眼や耳など感覚器官は厖大な数になる。これによって全方位の情報をキャッチできる。情報を捉える能力が格段に上がるのだ。群れを構成する個体は、身体を構成する細胞や器官にたとえられよう。これらを相互につなぐ神経のネットワークにあたる役割を持つのが「鳴き声」になる。
 しかし鳴き声は無線通信である。神経が有線通信だとすると、これに比べれば無線の鳴き声は遅延や誤作動が生じやすい。そこに、つけいる隙がある。カラスは鳥の中でも賢い方で、目の前の一羽をだますのは骨が折れるが、群れという一つの巨大な生き物となると、逆に情報伝達に隙が生まれる。山形の成功例は、ここにうまくニセ情報を流すことで、こちらの意図通りに行動をコントロールすることができた結果だと考えられる。

※続きはNHK出版新書『カラスをだます』でお楽しみください。

プロフィール
塚原直樹(つかはら・なおき)

(株)クロウラボ代表、カラス料理研究家。1979年、群馬県桐生市生まれ。宇都宮大学農学部卒業、宇都宮大学大学院農学研究科修士課程・東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程修了。論文「ハシブトガラスの発声に関する研究」で博士(農学)。総合研究大学院大学助教を経て現職。宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター特任助教も務める。著書に『本当に美味しいカラス料理の本』(SPP出版)。

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