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なぜドイツは死亡率を低く抑えられたのか――感染症が白日の下にさらしたその国家のすがたとは?〔後編〕

 2020年2月19日、イタリアで何が起きたのか? 欧州最初の集団感染が起こったドイツは、なぜ感染拡大を抑え込むことができたのか? 欧州ロックダウンを体験した在独30年のジャーナリストが、欧州各国の危機対応力を徹底分析。新型コロナウイルスの「第2波」が懸念される今、日本が選ぶべき「国のかたち」を提言します。
 当記事は、8月11日刊行のNHK出版新書『パンデミックが露わにした「国のかたち」~欧州コロナ150日間の攻防』よりその一部を抜粋し、前後編にわたってお届けするものです。今回は第二章「なぜドイツは死亡率を低く抑えられたのか」より、ドイツの検査政策の様子をご紹介します。
 ※前編から読む方はこちらです。

欧州コロナ対策の模範国

 ドイツは、パンデミックの第一波を他の欧州主要国よりも少ない被害で乗り切ることに成功した。
 英国オックスフォード大学の疫学者として、鳥インフルエンザや豚インフルエンザなどを研究したジェレミー・ファラー教授は、同国のウェルカム・トラストという公益信託団体の代表だ。一九三六年に創立されたこの研究団体はビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団に次ぐ、世界で二番目の資金量を持ち、医学の基礎研究を目的とする。
 世界で最も優秀な疫学者の一人であるファラーは、四月二八日付のドイツの週刊新聞「ツァイト」とのインタビューで、「新型コロナウイルスと戦う最良の戦略は、一人の感染者が感染させる人の数(実効再生産数=R)をできるだけ低くすること、そして韓国、シンガポール、ドイツに学ぶことだ」と語っている。韓国、シンガポールは死亡率が低く、世界で最も効率的にウイルスの封じ込めを行ってきた国。ファラーは、ドイツをこれらの国と同列に並べた。
 ファラーは五月一五日付の「フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)」とのインタビューでも、「ドイツ政府は一月に最初の感染者が見つかってから迅速に対応し、検査数を増加させた。英国政府は対応が大幅に遅れ、最初の貴重な六週間を無為に過ごすという過ちを犯した。我々英国人は、ドイツのこれまでの成功に学ばなければならない」と述べている。彼は「ドイツ政府の対応が厳し過ぎたとは思わない。ドイツは多くの人の生命を救った。ドイツ人は、これまでの成果を誇りに思ってよい」と語った。
 二〇二〇年の最初の三ヶ月間に、欧州の主要国は新型コロナウイルスによって虚を突かれ、多数の犠牲者を出した。だがドイツの医療システムは、大洪水の中でぽつんと取り残された孤島のように、比較的良く持ちこたえた。感染者数や死者数は、他国に比べて少なかった。
 二〇二〇年七月七日までにドイツでは、他国のような「医療崩壊」は起きておらず、医師が患者の治療に優先順位を付けるトリアージも行われなかった。ICUのベッドも約一万二〇〇〇床余っている。イタリアやフランスの医療体制が限界に達した時に、ドイツは周囲の国から重症者を受け入れて支援したほどだ。
 外出禁止令の内容も、イタリアやフランスに比べるとはるかに緩やかだった。たとえばイタリアやフランスでは、ロックダウン中には公園が閉鎖されたほか、外出する時に理由を書いた文書を携帯しなくてはならなかった。これに対しドイツではロックダウンが一番厳しかった二〇二〇年三月下旬〜四月にも公園は閉鎖されず、市民は家族で散歩したりジョギングしたりすることを許されたほか、外出理由を書いた文書の携帯も不要だった。スペインやイタリアで、人々が七〜八週間にわたり散歩や運動のために家から外へ出ることを禁止されたのとは、大違いだ。
 ドイツは五月六日には、主要先進国の中で最初に、ロックダウンの大幅な緩和を宣言した。ロックダウンの程度が緩かったために、ドイツの国内総生産(GDP)は、南欧諸国ほど大きく減らなかった。何が、同じ欧州大陸にある国の間で、これほど大きな違いを生んだのだろうか。

西欧で最も低い死亡率

 ジョンズホプキンス大学の統計によると、七月七日の時点でドイツでは約一九万八〇〇〇人が新型コロナウイルスに感染しており、欧州(ロシアを除く)で五番目に多かった。
 対照的なのが、死者数である。ドイツの人口は約八三〇〇万人で、欧州で最も多いが、七月七日までの累計死者数は九〇二三人で、スペインやフランスのほぼ三分の一だ。またドイツの感染者死亡率は、七月七日の時点で四・六%。西欧の主要国の中で最も低い。
 人口の違いに配慮するために、人口一〇万人あたりの死者数を比べても、ドイツではイタリアの約五分の一、フランスの約四分の一に留まっている。

検査数の圧倒的な多さ

 日本のパンデミック第二期における戦略を考えるためにも、ドイツの検査政策を知ることは重要である。なぜドイツの感染者死亡率は他国よりも低かったのだろうか。ベルリン・シャリテ医科大学病院ウイルス研究所を率いるクリスティアン・ドロステン教授によると、その理由の一つは、ウイルスが最も猛威を振るっていた三月・四月にドイツの検査数が他国よりも多かったことだ。ドイツは、世界で最も早く多数の市民に新型コロナウイルス検査を行える体制を確立した国の一つだ。
 ドイツのウイルス研究機関のネットワークであるドイツ感染症研究センター(DZIF)は、二〇二〇年一月一六日に「ドロステン教授のチームは、DZIFのプロジェクトの一環として新型コロナウイルスの検査方法を初めて開発し、WHOに開示した。WHOはこの方法を世界初の検査ガイドラインとして、世界中に公表した」と発表している。当時ドロステンは「これによって、感染の疑いがある市民に対し、早急に診断を実施することが可能になった。ウイルスとの戦いで重要な第一歩だ」と語っている。
 重要なのはドロステンのチームがこのノウハウを抱え込まず、全国さらに外国にも拡散したことだ。DZIFとシャリテ医科大学病院の指導により、二月中旬までに、ドイツ全国の大学病院で新型コロナウイルスのPCR検査が実施できるようになった。さらに各地の大学病院は、民間の検査機関に検査方法を伝達した。欧州の医薬資材・試薬メーカーは、ドロステンらが開発した方法に基づいて大量の検査キットを製造した。彼は「ドイツはこのようにして、二月中旬までに新型コロナウイルスについてのPCR検査を広範囲に実施できる態勢を整えることができた。これは、まだ世界の大半の国では実行されていなかった」と語る。
 ドロステンは新型コロナウイルス対策の基本を、「検査、検査、検査」と形容する。ドイツの保健当局は、日本とは異なり、出来るだけ多くの市民にPCR検査を実施することによって、感染者と接触者を自宅隔離する戦略を取った。そうすれば感染の拡大を防ぐことができるし、重症者への対応も早急に実施できる。この国では、「検査数を増やすと、医療機関に負荷がかかりすぎるので、検査数を抑えるべきだ」という見解は出されなかった。

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プロフィール
熊谷 徹(くまがい・とおる)

ジャーナリスト。1959年生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。90年に退職。以来、ミュンヘンに居を構えて取材を続ける。日独仏英の4か国語を操る。著書に『欧州分裂クライシス』(NHK出版新書)、『メルケルはなぜ「転向」したのか』(日経BP社)、『日本とドイツ ふたつの戦後』(集英社新書)『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(ソフトバンク新書)、『イスラエルはすごい』(新潮新書)など多数。

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