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日常は、もっとずっと軽やかになる! 話題の臨床心理士が教える、人の評価や愛情に執着しない技法

自己主張が苦手、頼まれた仕事を断れない、人に会うと気疲れする――。なぜ私たちは自分の気持ちより他人にどう思われるかを優先して、心身をすり減らしてしまうのか?
NHK「あさイチ」の出演でもおなじみの臨床心理士、中島美鈴さんが人の評価や愛情に依存せずに「身軽に生きる技術」を、具体的かつ明快に示した新書、『「人の期待」に縛られないレッスン』が発売されました。
今回はその発売を記念し、本書の内容の一部を特別公開します。


はじめに

 人間関係の中で、いつも誰かの期待に応えようとして無理をしている。あるいは、いつも誰かが期待するキャラクターを演じてしまい、モヤモヤしている。そんなふうに感じることはないでしょうか?
 もちろん、人の期待に応えるのは悪いことではありません。しかし、そのために自分らしく生きられず、苦労ばかり背負い込んでいるとしたら……そういう生き方は少し修正したほうが良さそうです。

 はじめまして。私は公認心理師・臨床心理士の中島美鈴と申します。九州大学人間環境学研究院で認知行動療法の研究を行うかたわら、カウンセラーとしても活動しています。
 私のカウンセリングを受けにこられる方々は、さまざまな理由で「生きづらさ」を抱えていらっしゃるのですが、なかでも多いのが前述のようなタイプです。いつも一生懸命、誰かの期待に沿うように生きている。自分がどうしたいか、どう振る舞いたいかよりも、他人にどう思われるかを優先してばかりいる。そのために生きるエネルギーを奪われて、ヘトヘトになってしまっているのです。
 そういうとき、ご本人は「周囲の期待に応えてよくやっている」とは自己評価できていません。むしろ「私は人の期待に応えられていない」「だらしがない、ダメな人間だ」などと思っていらっしゃることがよくあります。
 仮に期待に応えられても、ご本人が望むような評価や愛情は得られなかったり、得られたとしても、いつも精一杯頑張ることを余儀なくされていたりするケースも少なくありません。まるで自分の中に鬼コーチがいるかのようです。
 それゆえに、もっと誰かの期待に応えようとして、相手にどう思われるかを気にして、どんどん自分らしい生き方から遠ざかっていく……。
 そうなっていると気づいたとき、どうすればいいでしょうか?
 その対処法はさまざまに考えられるのですが、本書では認知行動療法に基づく対処法を紹介していきます。

 認知行動療法とは、ごく簡単にいえば、物事の捉え方(認知)と対処の仕方(行動)を見直すことで生きづらさを解消していくカウンセリング手法です。1960年頃にアメリカの精神科医アーロン・ベックが開発し、現在ではうつ病をはじめ、不安障害やパニック障害など、さまざまな心の問題の改善に用いられています。
 人の期待(あるいは人の期待を感じさせる状況)をどう捉え、どう対処するかという問題も、認知行動療法と相性が良いテーマです。
 また、人の期待に縛られている状態は、他人を優先しようとしすぎる「自己犠牲グセ」や、自分に厳しすぎる「完璧主義」などにも通じています。こうした問題についても、認知行動療法に基づく対処法を示していくことになるでしょう。

 本書では、いくつかの事例をまじえながら、人の期待から解放される方法をできるだけわかりやすく解説していきます。後半には、人の評価や愛情に依存しないための自尊感情の高め方や自分らしさを取り戻すワークなども用意しました。それらにも取り組んでいただくことで、より自分の思いを軸にして生きやすくなると思います。
 さあ、自分の歩みたい人生に踏み出すためのレッスンを始めましょう。

良くない期待の応え方

 そもそも「期待」とは何でしょうか? 広辞苑で調べると「将来その事が実現すればいいと、当てにして待ち設けること」と書かれています。
 期待される側の立場で考えると、「相手からはっきり要求されているわけではないけれど、『こうしてほしい』『こうなってほしい』と願われている(あるいは、そう願われていると思い込んでいる)状態」という感じでしょうか。
 その期待に対して、「相手のためにぜひそうしてあげたい」と思い、無理のない範囲で行動している場合には問題ありません。自分と相手、双方をバランスよく尊重しながら、信頼関係を築いていける状態だと考えられます。そういう人はまた、自分の夢や目標に関して、それが相手から望まれていないことだとしても、変に顔色をうかがったり、相手の意見に流されたりしすぎず、実現するための行動を取っていくことができるでしょう。
 問題になるのは、そういうバランスの良い人間関係を築けず、相手からの期待に対して「そうしなければならない」という義務感や「そうしなければ良くないことが起こるのではないか」という不安感から、無理のある行動を取ろうとしている場合です。
 次のようなケースで考えてみましょう。

相手を優先しすぎるAさん
Aさんはおおやけの場で書類の記入などの作業をしているとき、後ろに並ばれるのがすごく苦手です。「早くしてほしい」と期待されているような気がするからです。「早く終わらせなきゃ!」と焦って、ますます手間取ってしまいます。一方で、自分が後ろに並んでいるときには「早くして」なんて思いません。むしろ「プレッシャーをかけないでほしいと思われているかも。もう一歩下がって待とう」などと考えます。

 Aさんは、公の場で作業しているとき、後ろに並んでいる人からの「早くしてほしい」という期待を感じ、「早く終わらせなきゃ!」と焦っています。
 一方で、自分が後ろに並んでいるときには、前で作業している人からの「プレッシャーをかけないでほしい」という期待を感じ、「もう一歩下がって待とう」と考えている。
 このように、ある場面で瞬間的に湧いてくる思考のことを「自動思考」と言います
 私たちは日常生活のあらゆる場面でどう行動すべきか、いちいちゼロから考えるのは大変なので、思考をある程度自動化しているのです。
 自動思考はその人に固有のもので、同じ場面であれば、誰でも同じように考えるわけではありません。後ろに並んでいる人の「早くしてほしい」という期待を感じながらも悠然と書類記入を続けたり、自分が後ろに並んでいるときに「作業している人にプレッシャーをかけているかも」などとは少しも思わない、という人もいるかもしれませんよね。

 さて、Aさんの2つの自動思考には、共通の「根っこ」のようなものがあると感じませんか。同じ状況の立場を入れ替えた場面で、いずれも「相手の都合を優先しなければ」「相手が自分に望んでいるであろう行動を取らなければ」と考えている。
 なぜそう考えてしまうのでしょうか? 
 この思考を深掘りしてみると、Aさんはもしかすると、
 「そうしなければ、私は人から嫌われる(もしくは攻撃される)」
 という思い込みを持っているのかもしれません。はっきりとそういう言葉では自覚していないまでも、自分に関して「人から嫌われる」「煙たがられる」「攻撃される」といったイメージを持っていて、その状況に直面することを恐れるあまり、つい過剰に相手を優先してしまう、という可能性が考えられます。
 このように、物事の捉え方の根底にあり、自動思考に影響を与えている強い思い込みを「スキーマ」と言います。自動思考が場面固有の考え方であるのに対し、スキーマはあらゆる場面に共通する考え方です。「世の中を見るときのレンズのようなもの」と言ってもいいでしょう。
 詳しくは後述しますが、私たちの物事の捉え方=認知は、大まかには自動思考とスキーマで構成されていて、そこに著しいかたよりがあることを「認知のゆがみ」があると言います。
 その歪みを修正したり、巻き込まれすぎないように距離をとったりすることで、うつ病をはじめとするさまざまな心の問題を改善していこうとするのが、認知行動療法(なかでも認知療法)の基本的な考え方です。


続きは『「人の期待」に縛られないレッスン』をお読みください。

中島 美鈴 (なかしま・みすず)
公認心理師、臨床心理士。心理学博士。 九州大学大学院人間環境学府人間共生システム専攻博士後期課程修了。東京大学、福岡県職員相談所などでの勤務を経て、現在は九州大学および肥前精神医療センター臨床研究部にて集団認知行動療法の研究や職場のメンタルヘルス対策に従事。 著書に『あの人はなぜ定年後も会社に来るのか』( NHK 出版新書) 、 『脱ダラダラ習慣! 1 日 3 分やめるノート』(すばる舎) 、『悩み・不安・怒りを小さくするレッスン 「認知行動療法」入門』(光文社新書)など多数。NHK「あさイチ」への出演も多数。

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