苦手なアドリブを頑張れるのは千代のおかげ――連続テレビ小説「おちょやん」主演・杉咲花インタビュー
NHK連続テレビ小説「おちょやん」は、かつて「大阪のお母さん」と呼ばれた女優・浪花千栄子をモデルに、その波乱万丈の人生を描く物語です。
当記事は、2月27日発売の『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 おちょやん Part2』より、主人公の竹井千代を演じる杉咲花さんの巻頭インタビューをお届けします。杉咲さんが撮影現場で感じたことや、千代を演じることを通して視聴者の皆さんに伝えたいことなど、たっぷりお話を伺いました。
何度も見ているのに、毎朝の放送がすごく楽しみ
朝ドラのヒロインは確かに大変なことも多いんですが、セリフが覚えられないときや疲れたとき、共演者の方の顔や「おちょやん」の放送を見ていると、「まだまだ頑張れる!」と、がぜんやる気が湧いてきます。もう「おちょやん」という作品自体が自分にとってのモチベーションになっています。忙しくて、プライベートで映像作品を見る機会が減ってしまいましたが、今は「おちょやん」を見るのがすごく楽しみです。完成した映像を何度も見ているのに、毎朝の放送も楽しみで、収録前にスタジオでスタッフの皆さんと一緒に、ボリュームを上げて「おちょやん」を見ています(笑)。
ヒロインとしてのプレッシャーにしっかり向き合えているのか、自分ではよく分かりませんが、いちばん大事なのは千代としてちゃんとそこに立つこと。それだけを考えるようにしています。この作品には、劇中劇を演じる難しさがあります。例えば千代たちが必死でアドリブ合戦をしていくシーンでは、リハーサルを重ねるうちにすごくテンポがよくなってしまい、監督に「完成されすぎている」と指摘されてハッとすることがありました。「手違い噺」で「おきん」役を必死に演じている千代を、私が演じるシーンだったのですが、複雑な構造なので、今どういうシーンを撮影しているのかきちんと理解しないといけません。千代がお芝居のいろはを学んでいくなかで、私自身が初心に立ち返る出来事でした。千代が笑わせようとしているわけではないのに、私が台本を読んでおもしろいと思っているから、気づいたら笑わせようとセリフを言ってしまっていて「これは違う」と思ったときもあります。
また、収録現場ではカットがなかなかかからないことがあります。そのときは台本どおりのお芝居が終わってから、自分なりに頑張ってアドリブをするのですが、誰にも笑ってもらえなくて、たまに本当にびっくりするくらいスタジオが静かになってしまいます(笑)。さすがに少し落ち込みますが、それでもまた頑張ろうと思えるようになったのは千代のおかげです。千代はハプニングが起こっても対応しようと頑張る人。私はアドリブがすごく苦手でしたが、千代を演じてから「このあとどうするかではなく、今ここで起こっていることをちゃんと受け止めなきゃ」と、考えるようになりました。おかげで少しメンタルも強くなった気がします。
笑わせるって難しいし、怖い
それでも自分が喜劇に向いているとはまだ思えなくて、喜劇への挑戦は「自分に負けるな!」と言い聞かせている感じです。
収録中も気づくと手足が震えていたりします(笑)。「おちょやん」への出演が決まってから、喜劇を何回か見にいかせていただきました。お客さんを楽しませるために一生懸命役に向き合う姿にとても感動して、「今日も楽しんでもらって、笑ってもらって終わるんだ」という空気感に鳥肌が立ちました。でも、実際に自分が演じてみると、笑ってもらうってとても難しいし、怖いです。千之助役の星田英利さんをはじめ、ずっと人を笑わせてきた方々はやはりすごいです。台本に書かれていない部分を膨らませて本番で変えたりするので、何が起こるか分からない。でもそこから生まれる奇跡みたいな瞬間があるんだなと感じています。
「おちょやん」は俳優の物語でもあるので、私自身にぐっとくるセリフがたくさんあります。撮影所の片金所長の「役者道とは常にひとりで行くもんや。孤独との壮絶な戦いや」ということばは特に心に響きました。俳優は、ひとつの作品をつくる仲間がたくさんいても、終わったらまたバラバラ。次に演じられる役があるのかないのか分からない、約束されたものがひとつもない中を進みます。お芝居が台本どおりにできるかも、実際にやってみないと分からない。でも期待に応えたい、いいシーンにしたいという自分自身の欲との戦いでもあります。
自信満々では立てない時をみんなで支え合いながら
人生が険しい道のりだったり、苦しい体験をしたことがある、そんな登場人物が多いのが「おちょやん」の特徴です。それぞれの人生にいろいろな問題があります。その問題と真正面から向き合えない時があっても、あと一歩だけ踏み出してみよう、あとちょっとだけ頑張ってみようとする人たちの物語です。自信満々にまっすぐ立てない時、誰かがそっと力になってくれたり、困っている人がいたら相手に寄り添える、そんな思いやりのある人物たちに生きるパワーを感じます。楽しいシーンで泣けてきたり、逆にものすごく悲しいシーンなのに愛おしかったりと、まさに「喜劇と悲劇は紙一重」だと伝わってくる作品。「おちょやん」を見て、今苦しい思いをしていたり大変なことがいっぱいあったりする方々にも、「あとちょっと頑張ってみよう!」と思ってもらえたらうれしいです。
取材・文=安田 光 撮影=蛭子 真
プロフィール
杉咲花(すぎさき・はな)
1997 年生まれ、東京都出身。主な出演作に、映画「トイレのピエタ」「湯を沸かすほどの熱い愛」「青くて痛くて脆い」、ドラマ「花のち晴れ~花男 Next Season~」「ハケン占い師アタル」など。NHKでは、連続テレビ小説「とと姉ちゃん」、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」などに出演。
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