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宮島未奈『モモヘイ日和』第2回「犬も歩けばモモヘイに当たる」

24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。
とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ&ほっこり青春劇!

前回までのあらすじ
この春、中学生になった花岡エリカ。新学期早々校門の前で叫ぶ不審なおじいさんを見かける。兄によるとそのおじいさんは百平といい、地元の有名人らしい。関わり合いになりたくなかったエリカだが、友だちの泉ミサトが、イヌを撫でる笑顔の百平に声をかけてしまった……!

 「迷い犬ですか?」
 いきなり話しかけたりして、怒鳴られたらどうするんだろう。怖くなって
目を閉じると、ももへいさんはミサトの問いかけに対して、「そうなんだ」と応じた。
 目を開けて百平さんの表情を確認すると、怒っている様子はない。迷い犬
はトイプードルで、くりくりの目がかわいらしい。
 「どこから来たのー?」
 ミサトもしゃがんでトイプードルと目を合わせる。
 「イヌ好きなんだ?」
 「うん! おじいちゃんの家で飼ってて、たまに会いにいくの」
 そういえばわたしはまだミサトのことを全然知らないなって思う。
 「ん? 首輪に何か書いてあるぞ」
 見えづらそうにしている百平さんに代わり、ミサトが首輪に目を近づける。
 「ローマ字ですね。ク……ル……ミ、クルミって書いてある」
 トイプードルがタイミングよく「キャン」と鳴いた。
 「クルミっていうんだな」
 百平さんはうれしそうにクルミをでる。その手付きは優しくて、本当にイヌが好きなのが伝わってきた。
 そういえば小学校の友だちに同じ名前の子がいたなと思って、わたしははっとする。
 「わたし、そのワンちゃんの家、知ってるかもしれない」
 「本当か!? 」
 百平さんが食いついてきた。
 「はい。わたしの友だちにくるみちゃんって子がいて、その子の隣の家のワンちゃんが同じくるみって名前だって話を聞いたことがあって……でも、もしかしたら同じ名前の別の子かも」
 「いや、それでも構わない。行ってみよう」

 わたしはミサトと顔を見合わせた。百平さんと一緒に歩くなんて、細かいことでガミガミ言われそう。不用意なことを言わなければよかったと悔やんでも後の祭りだ。
 「そうか、知らない人についていってはいけないと言われてるんだな。わしは石田百平といって、この家に住んでいる」
 たぶんわたしだけでなくミサトも、心の中で「知ってるよ」と言い返しただろう。
 「もしもわしが何か嫌なことをしたら先生や警察に言ってくれたらいい。とにかく、このイヌを家に帰そう」
 間違ってたらどうしよう。わたしは自分の言ったことの重大さに気付いて震えてくる。
 「そうだね。行く途中で飼い主さんに会うかもしれないし。もしその家の子じゃなくても、ワンちゃんを飼ってる同士、知り合いかもよ?」
 ミサトのフォローで気持ちが軽くなる。たしかに悪い話じゃない。
 「その家はどこだ?」
 「えっと、わたしの住んでるもと地区です」
 「よしよし、おうちに帰ろうね」
 百平さんは猫なで声(犬だけど!)で言うと、クルミを抱き上げて歩き出した。クルミは嫌がる様子を見せず、「クーン」と鳴いておとなしくしている。
 ミサトの家は反対方向だけど、そんなに遠くないからと言ってついてきた。だいたい、ミサトが帰って百平さんと二人きりになるなんて無理すぎる。
 「エリカの家って木本なんだ。お好み焼き屋さんがあるあたり?」
 「そうそう。その近くだよ」
 わたしの家から歩いて2分ぐらいの場所にあるお好み焼き屋さん「もりの」はときどきテレビにも出る人気店だ。大きさやトッピングを選ぶことができて、わたしも小さい頃からよく連れていってもらっている。わたしもお兄ちゃんももう大きくなったのに、お父さんは毎回必ず「鉄板熱いから触っちゃだめだぞ」と注意する。
 「もりのはわしの若い頃からある店だ」
 百平さんが会話に入ってきたのでどきっとする。
 「お好み焼きにチーズを入れたのはあの店が全国ではじめてといううわさがあった。今ではすっかり当たり前だが、昔は珍しがって食べたものだ」
 若い頃の百平さんってどんな感じだったんだろう。思い浮かべてみたら今と同じはげ頭の百平さんが出てきたけど、たぶん髪の毛は生えていたに違いない。
 「この川もわしが子どもの頃には泳げたんだ」
 その橋を渡りながら、百平さんが言う。
 「えーっ?」
 ミサトが驚きの声を上げる。小学校のときから川に入ってはいけませんと言われていたから、泳ぐなんて想像したこともなかった。だいたい、川幅は1メートルぐらいしかないし、水量もくるぶしぐらいまでしかない。
 「そうそう、しらゆき公園は昔はただの原っぱで、夏になるとカブトムシがとれて……」
 百平さんはわたしたちのリアクションに気を良くしたようで、昔の白雪町について語りはじめた。小学校の総合学習の時間に勉強して知っていたこともあったけど、本当にそこで過ごした人の話だからリアルだった。

 「そこのおうちです」
 わたしが指さしたのと、クルミが「キャン」と鳴いたのは同時だった。
 「おっ、当たりかもしれんな」
 百平さんはインターホンを押しながら「ごめんくださーい」と呼びかける。
 ドアから顔を出したのは10歳ぐらいの男の子だった。クルミを抱いた百平さんを見るなり、目を輝かせる。
 「クルミ!」
 クルミは百平さんの腕から脱出すると、しっぽをふりふり家の中へと入っていった。
 「おうちの方は?」
 「お母さん、クルミを探しにいっちゃったんです。帰ってきたってメールしておきます」
 玄関の下駄箱にはクルミの写真が飾られていて、間違いなくこの家でかわいがられていることがわかった。百平さんもそれに気付いたみたいで、満足したようにうなずく。
 「あぁ、お母さんによろしく」
 「ありがとうございました」
 男の子は頭を下げた。
 一件落着でほっとしたのもつかの間、この後どうしたらいいんだろうと疑問がく。わたしの家はこの近くだけど、ミサトの家は中学の近くだし、ミサトと百平さんが二人きりになってしまう。
 わたしもついていったほうがいいかと思っていたら、百平さんは「それでは失礼する」と一人であっさり去っていった。
 「なんか、思ったよりいい人っぽかった?」
 ミサトが言う。
 「うん、ワンちゃん好きなのかな」
 わたしたちが立ち話をしていると、女の人がスマホ片手に息を切らして歩いてきた。
 「もしかして、クルミを届けてくれた子たち?」
 わたしとミサトはうなずく。
 「むすからおじいさんと女の子二人が届けてくれたってメールが来たの。お礼したいから、ちょっと待っててね」
 いったん家の中に入った女の人は「こんなのしかないけど、ごめんね」と言いながらチョコレートやクッキーを持たせてくれた。
 「あなたたちには感謝してもしきれないわ。ありがとう」
 「いえいえ、こちらこそ」
 わたしとミサトは頭を下げて帰宅した。

* * *

 「ばっかもーん」
 翌朝も百平ぶしは健在だった。信号を守らない生徒にはようしゃない。
 「信号は守れ! 信号は守れ!」
 クルミに対する優しさは幻だったのだろうか。わたしはまた目を合わせないように横断歩道を渡った。


この続きは「中学生の基礎英語レベル1」「中学生の基礎英語レベル2」「中高生の基礎英語 in English」6月号(3誌とも同内容が掲載されています)でお楽しみください。

プロフィール
宮島未奈
(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。滋賀県在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「R-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』が大ヒット、続編『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮社)も発売中。元・基礎英語リスナーでもある。

イラスト・スケラッコ

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