「東大生でも解けない?!」中学受験算数の良問を通して問題解決力を身につける
中学入試のリアル
突然ですが、次の問題を考えてみてください。
これは、2022 年の中央大学附属中学校の入試問題です。この問題を見てパッと方針が立った方には、本書がお役に立てる所はあまりないかもしれません。でも「え? あれ? どうするのかな?」と少しでも考えあぐねた方は、本書の対象読者です。
簡単に解説します。
扇形や三角形を組み合わせて斜線部分の図形の面積を求めることは難しそうです。そこで、次のように補助線を入れることを考えます。そうすると、
円が
・①の部分4 つ
・②の部分4 つ
・中央の8 cm* 8 cmの正方形
に分けられます。
つまり、次のような関係が成り立ちます(問題文の指示通り、円周率には3.14を使います)。
①×4+②×4+8×8=8×8×3.14
問題で問われているのは、①2個分と②2個分の和なので、上の式から次のように計算すれば答えが求まります。
⇒ (①+②)×4+64=200.96
⇒ (①+②)×4=136.96
⇒ (①+②)×2=68.48㎠…(答え)
ポイントは図の対称性に気づけるか、そして図形全体を俯瞰する視点を持てるかです。
率直に「難しい」と思われた方が多いのではないでしょうか。
2023 年度の四谷大塚「Aライン 80 偏差値」(合格可能性 80%に必要な偏差値)を見ると、中央大学附属中学校の偏差値は男子が 57 、女子が 59 となっています。近年人気の大学附属校ではありますが、際だって難関校というわけではありません。いわゆる中堅校です。また冒頭に紹介した問題は、本番の入試では1の小問集合の中の1つとして出題された問題であり、受験生としては確実に得点したい問題でしょう。
これが昨今の中学入試のリアルです。
「最近の中学入試の問題は、東大生でも解けない」といわれますが、あながち冗談ではありません。
中学受験生たちはこうした問題を解く厳しい訓練を受けています。たいていは小学3年生の2月から塾に通い(もっと早くから通塾する子もいます)、つるかめ算、流水算、ニュートン算、差集め算などの特殊算や、平面図形や空間図形のかなり難しい問題をたくさん解きます。そういう訓練を通じて、大人も舌を巻く難問に対応するための考え方のバリエーションを増やしていくわけです。
中学受験の実情を知らない方は「中学入試の算数が難しいといってもxやyを使って方程式を立てれば簡単でしょ?」と考えがちですが、それは大きな誤解です。中学受験の算数の問題で「方程式を使えば簡単に解ける」ような単純なものはほとんどありません。しかし、そういう問題も、図解したり、思考実験をしたり、俯瞰したり、差や比に注目したりすれば鮮やかに解けます。
数学が得意な方は、ぜひ本書に収められた問題を、方程式や√や三角比を使って解いてみてください。きっと、式を立てることが難しかったり、計算が非常に面倒だったりすることに気づかれることでしょう。その上で、本書に紹介する解き方をご覧になっていただければ「なるほど! そう考えれば良いのか!」と驚きをもって実感していただけると思います。
私は普段、数学塾の塾長として、中学生から社会人に至るまで幅広い世代に数学を教えていますが、当初は中学入試の算数については門外漢でした。それだけに、初めて中学入試の算数の問題を見たときはその質の良さ、レベルの高さに驚きました。
中学入試の算数は、小学校で教えられている算数とは別物であり、出題者が受験生の未来を見据えていることがはっきりわかる問題ばかりです。入学後に提供される学びの場で十分に成長できる資質を持っているかどうかを確認することに焦点が合わせてあり、題材こそ「算数」ですが、試しているのは数学の力であると私は思います。
算数と数学の違い
そもそも算数と数学の違いはどこにあるのでしょうか。
私は常々、算数の力は生活能力、数学の力は問題解決能力だといっています。算数で学ぶ四則演算、ものの測り方、割合、比、濃度、速度などの知識やスキルを持っていないと、生活をする上で不便です。
一方、数学で学ぶ方程式や関数、数列、ベクトル等についての知識を、生活の中で直接使う人は少ないでしょう。
「中高のときに数学には苦労したけど、社会人になってからは使ったことがない。あんなに勉強して損した。数学なんて将来使う予定がある人だけの選択科目にすればいいのに」
こうした文句を聞くことも珍しくありません。しかし数学は、日本だけでなく、ほとんどの国で必修科目になっています。なぜでしょうか?
数学は、これまで出会ったことのない未知の問題に対する解決能力を磨くには最適の教科だからです。ここで私が強調したいのは「未知の」という部分です。
「既知の」問題であれば、算数でも訓練します。算数の学習でお馴染みの「ドリル」は、やり方を知っている問題の答えを素早く正確に導くための反復トレーニングです。
一方、数学では「ドリル」の類いを使う機会はどんどん減っていきます。数学を学ぶ目的は「知らない問題」へのアプローチの方法を会得することにあるからです。令和3年度からセンター試験に代わって実施されている共通テストでも、受験生の多くが戸惑うような新傾向の問題が多く出されています。受験生の真の数学の力を、つまりどれだけ未知の問題に対応できるかを測るためです。
「未知の問題に対する解決能力」は他の学問でも磨くことはできるでしょう。しかし、社会学や心理学などの生活に根ざした実学では「似たようなケースなのに結論が違う」ということが往々にして起こります。グレーゾーンの、「答え」が玉虫色の問題が少なくないのです。しかし、数学ではそういうことはありません。白か黒かがはっきりと出ます。だからこそ数学は、未知の問題に対する解決能力の訓練に最適なのです。
情報があふれ、価値観が多様化し、変化の早い現代に生きる私たちにとって昔の偉い人がつくってくれた「答え」はほぼ役に立ちません。次々と降りかかってくる「これまでに遭遇したことのない問題」を、自分の頭で解決する必要があるのです。現代は、文系理系を問わず、人類史上最も数学の力が必要な時代であると私は思っています。
大人が中学受験算数に取り組む意義
私は数学教師として約 30 年の経験がありますが、はじめから、どのような発想を身につければ、「知らない問題」に対して適切な解法を自らつくり上げられるようになるかを中心に教えてきました。そもそも私が数学塾を開くことにしたのは、数学を通じて問題解決能力、すなわち論理的思考力を持つ人材を育てたいと思ったからです。
ただ、題材が「数学」である以上、たとえばベクトルの問題を使って問題解決能力を磨こうと思ったら、まずはベクトルの基本概念を理解してもらわなくてはなりません。そうなると、多くの社会人にとってはハードルが高くなってしまいます。
かといって、中学の1、2年で習う簡単な数学だけで解けてしまう問題では、深い納得感はなかなか得られません。
こうしたジレンマの中で、学生時代に数学が苦手だった大人の方にも、なんとかして数学の力=問題解決能力を身につけてもらう方法はないかと考えていたところ、思い付いたのが「中学入試の算数を使う」ということでした。
算数であれば、前提となる知識を改めて勉強してもらう必要はほとんどないでしょう。その上、前述のとおり中学入試の算数で問われる力は、数学の力です。与えられた条件と限られた知識を使って、いかに「未知の問題」を解くかという醍醐味を十二分に味わっていただくことができます。
中学入試の問題によく練られた良問が多いことは確かです。遊びたい気持ちをぐっとこらえて受験勉強を続けてきた小学生たちの努力に報いる問題をつくろう、未来を担う子どもの力を正しく把握しようという各学校の先生方の気概と矜持を感じます。
また、本書には、解く喜び、考える喜びを感じられるような問題を厳選しました。勉強としてではなく、クイズやパズルを解くようなワクワクする気持ちで取り組んでいただけると思います。
前提となる知識は最低限に抑えながら、数学の力=問題解決力を、楽しみながら磨くことができる、これこそ大人が「中学入試の算数」に取り組む意義です。
受験算数で鍛える「問題解決のための10の発想」
そうはいっても、問題を漫然と解いて見せるだけでは、問題の面白さやわかったときの快感は味わっていただけたとしても、日常に活かせるような「問題解決力」の習得にはつながらないかもしれません。
そこで、中学入試問題の解説に入る前に、私が問題を解くのにいつも使っている10個の発想をお伝えしておきます。
これらの発想を組み合わせれば、どんな問題も解けると私は思っています。つまり、先ほどから繰り返している「問題解決力」とはこれらの発想の総称です。
それぞれを簡単な算数の例題を使って紹介します。また次章以降の中学入試の解説では、どの発想を使ったかを明記しますので、併せて参考になさってください。
この 10 個の発想はどれも目新しいものではないと思います。大事なことは「今、○○の発想を使っているな」と意識することです。自分の頭の使い方に意識を向けることで、ヒラメキに頼ることなく問題に解答できるようになります。
※この続きは『大人のための「中学受験算数」 問題解決力を最速で身につける』でお楽しみください。
プロフィール
永野 裕之(ながの・ひろゆき)
1974年、東京都生まれ。永野数学塾塾長。東京大学理学部地球惑星物理学科卒業。同大大学院宇宙科学研究所(現JAXA)中退後、ウィーン国立音楽大学(指揮科)への留学。副指揮を務めた二期会公演が文化庁芸術祭大賞を受賞。わかりやすく熱のこもった指導ぶりがメディアでも紹介され、話題を呼んでいる。著書に『とてつもない数学』(ダイヤモンド社)、『ふたたびの高校数学』(すばる舎)、『教養としての「数学I・A」』(NHK出版新書)など。