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はやぶさ2、間もなく帰還!——7つの「世界初」を成し遂げた若きリーダーが証言する、3億キロ彼方の星に二度着陸し、破片を持ち帰ることの意味とは?

 こんにちは、津田雄一です。私の初の著書、『はやぶさ2 最強ミッションの真実』が出版されました。
 この本は、小惑星探査機はやぶさ2の、構想・開発・打ち上げ、そして小惑星リュウグウでの探査活動、それから地球帰還の手前までの道のりを、プロジェクトマネージャーの視点から描いたドキュメンタリーです。
 人間の想像力の限界、その限界を突き破っていく宇宙探査の魅力、そして、人と人が力を合わせるとものすごいことができる、その素晴らしさ。
これらが、私がこの本を通じて伝えたかったことです。
 この本は、数式は入っていません。専門知識がなくても、はやぶさ2の神髄を理解していただける内容を心がけています。開発の苦闘、チーム作りの苦労、てごわいリュウグウ、そのリュウグウで7つの「世界初」を成し遂げるチームメンバーの活躍を、余すことなく書き込みました。
 ぜひ手に取って読んでいただければと思います。 

※当記事は、NHK出版新書『はやぶさ2 最強ミッションの真実』より、プロローグをお届けします。

プロローグ

 その日、早朝にもかかわらず相模原宇宙管制センターは熱気に包まれていた。40名を超える人員が詰めているのに、喧騒がない。かといって、静寂でもない。空気が張り詰めている。モニターを凝視する者、数字を読み上げる者、紙に書き込む者、インカム(ヘッドセットを通じた音声通話)でのやりとりを邪魔しないよう、今起きていることを確認し合うひそひそ声。
 すでに、はやぶさ2は完全自律モードに移っていた。
「現在、探査機は高度45メートルに到達。ホバリングを開始しました。」
 3億キロの彼方から電波で送られてくる探査機の状態が、インカムを通じて管制室に流れている。ここから先は、探査機の姿勢が、小惑星の地形に沿った向きに切り替わるため、アンテナがどんぴしゃで地球方向には向かなくなる。だから高速データ通信は切られ、微弱な電波の〝ドップラー信号〟と呼ばれる通信周波数の変化が、はやぶさ2の状況を知る唯一の手段となる。
 さあ、はやぶさ2よ、ターゲットマーカーを見つけてくれ。小惑星リュウグウの地表に事前に設置しておいた、小さな人工の目印・ターゲットマーカーが、8分以内に見つからないと着陸は中止(アボート)だ。
「45メートルから降下を開始しました。ターゲットマーカーを捕捉した模様。」
 管制室のドップラーのモニター表示が、秒速3.8センチメートルでの下降を示した。ちゃんとターゲットマーカーを見つけてくれた兆候だ。どうやら第一関門は突破した。
 はやぶさ2は、ターゲットマーカーを自身のカメラの視野中心に捉えたまま、ゆっくりと下降していく。高度28メートルで、高度センサーが高高度用のレーザー高度計(LIDAR)から低高度用のレーザーレンジファインダ(LRF)へ切り替えられた。予定通りだ。
 まだ降下している。―――もう止まってもいい頃だ。
「まだだ。まだ降下している。」
 こんな低高度で、機体を未踏の天体の表面に向けて飛行させているのは気持ちのいいものではない。一歩間違えると探査機をクラッシュさせてしまう。
「やばい。まだ降下が止まらない。」姿勢軌道制御系のオペレータが焦り始めた。初代はやぶさがイトカワへおちたときのことが頭をよぎった者もいたかもしれない。
 その瞬間、ドップラーモニターが、降下速度ゼロを示した。降下は止まったのだ。
「ホバリング開始しました。高度は8.5メートル。」
 管制室のあちこちで安堵のため息が漏れた。やきもきしたが、第二の関門を突破してくれた。いま、はやぶさ2はターゲットマーカーの直上8.5メートルで、スラスタ(推力を発生する小型の噴射装置)を使って高度を維持しているはずだ。
 ここからが曲芸だ。着陸目標点はターゲットマーカーの北東4メートルにある。はやぶさ2が認識できるのは着陸地点そのものではなく、ターゲットマーカーだけだ。だから、ターゲットマーカーをカメラで捕捉し続けながら、着陸地点の真上まで水平移動するのだ。移動中、姿勢が少しでも乱れるとターゲットマーカーを見失う。見失ったらアボートだ。難しい関門をことごとくクリアして、やっとここまで来たのだ。アボートしないでくれ。
 訓練を積んだ管制員たちには、ドップラー信号という味も素っ気もない1次元の信号波形から、はやぶさ2の動きが手に取るように分かった。
「着陸地点上空へ到達。現在、ヒップアップ動作をしている模様。」
〝ヒップアップ〟は、険しいリュウグウへ安全に着陸するためにプロジェクトチームが編み出した最後の秘策だ。長さ1メートルしかない筒状のサンプラーホーン(サンプル採集装置)の先端が接地したとき、探査機のボディーができるだけ地面から距離をとれるよう、機体の向きを傾ける操作だ。つま先立ちで、地面をわずかに触ろうとしているようなものだ。
 着陸姿勢が整ったら、いよいよ最終降下だ。管制室では、役割を終えた多くの管制員が落ち着いていられず総立ちになっていた。探査機と地球の間は、電波の速さで19分の隔たりがある。もはや、はやぶさ2を信じて見守るしかないのだ。だいぶ進行が速くなっているが、動き自体は想定通りだ。
 ついに、ドップラーが急峻な下降を示した。
「はやぶさ2、最終降下を開始。1、2、3、4、……」
 秒読みが開始された。管制員は、何秒後に何が起きるかを頭に叩き込んでいるのだ。今、はやぶさ2は高度8.5メートルから着陸目標点めがけて毎秒約7センチメートルで自由落下している。
「49、50、51、52、……」
 よし、50秒を越えた。機上では、大半の墜落防止の安全機構が切られ、着陸態勢が整ったはずだ。もう地表は目前だ。ドップラーのグラフは、下降を示す点を横一線に、1秒ごとに整然と打っていた。安定して下降している証拠だ。あとは、上昇信号を待つばかりだ。管制室は不気味に静まり返り、カウントアップのコールだけが響いている。皆、かたずをのんで、メインスクリーンに見入っている。
「91、92、93、94、……」
 秒読みが95まで進んだ時、ドップラーが急上昇を示した。
「きた!」
「やった!」
「探査機、上昇を示しています!」
 管制室は大歓声に包まれた。このタイミングで上昇したということは、タッチダウンが成功したに違いない。それまでの張り詰めた静寂が歓喜の渦に取って代わられた。
 2019年2月22日午前7時29分10秒(日本時間)、はやぶさ2は、小惑星リュウグウに舞い降りた。猛禽類の隼(はやぶさ)のごとく、狙った地点に精確に舞い降り、星のかけらという獲物をしっかりと掴んで、大宇宙(おおぞら)へと舞い戻った。
 上昇後ほどなくして、サンプラーホーンの先端が地面に接触したこと、着陸の瞬間に弾丸を発射していたことを示すデータが管制室に届いた。すべてのデータがタッチダウン成功を物語っていた。完勝だった。
「本日、人類の手が、新しい小さな星に届きました。」
 記者会見で、私はプロジェクトを代表して吉報を全世界へ報告した。新しい科学を、究極の技術と最高のチームワークで獲得した瞬間だった。
 日本の技術者と世界の科学者が、10年以上にわたり力を合わせてきた結果が、完全な形で報われた。その道のりは、平坦とは真逆の、困難と苦闘の連続であった。

『はやぶさ2 最強ミッションの真実』目次
第1章 「二号機」への胎動

映画にまでなった初号機/変遷するはやぶさ後継ミッション/なぜ小惑星か/目指すはC型小惑星/幻の独立インパクタ案/世界の目は小天体へ/三顧の礼と一発指令と

第2章 はやぶさ2の計画づくりと設計

こんな高レベルのミッション作れるか!/飛行計画の作り方/機体はどんな設計になっているか/サンプルリターンのキー技術/ミッションを面白くする変わり種の技術/みんなの想いを乗せる/国境を越えたチーム作り

第3章 開発の苦闘から打ち上げへ

異例ずくめの開発プロセス/プロジェクト体制の変化/種まきと水やりと/苦闘の最終組み立て工程/2014年のタッチダウン/種子島へ/はやぶさ2、宇宙へ

第4章  リュウグウへの飛行と運用訓練

順調な船出、そしてプロマネ拝命/リュウグウのせいにはできないんだから――新たなチーム作り/小惑星に名前を付けよう/地球スイングバイ成功/リュウグウ探査の作戦を練る/「ニセモノの本当の姿」を言い当てた――着陸点選定訓練/「やりすぎじゃない?」と言ったら睨まれた――リアルタイム運用訓練/小惑星到着

第5章 着陸を目指せ――小惑星近傍運用・前半戦

新世界「リュウグウ」/「着陸可能な領域は一つもありません」/着陸点選定会議/大方針転換、ターゲットマーカーを落とそう/2つのロボットは元気に写真を送ってきた/着陸目標点にターゲットマーカーを設置せよ/それでも着陸はできない……/悪知恵で光明を見出す/あの時の訓練がこんな形で役に立つとは!/人類の手が新しい星に届いた

第6章 50年に1度のチャンスを摑み取れ ――小惑星近傍運用・後半戦

新たな闘いへの序曲/小惑星に穴を穿て/たこせんべいのように/なぜそこまで2回目の着陸にこだわったか/最後の1ピースが天から降ってきた!/太陽系の歴史のかけらを手に入れた!/二重のネックレスをかける/祭りのあと

第7章 地球帰還へ

はやぶさ2とは何だったのか/地球帰還、そして2031年へ

※続きはNHK出版新書『はやぶさ2 最強ミッションの真実』でお楽しみください。

プロフィール
津田雄一(つだ・ゆういち)

1975年生まれ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛翔工学研究系教授。東京大学工学部航空宇宙工学科卒、同大学院航空宇宙工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2015年、史上最年少でプロジェクトマネージャー(はやぶさ2プロジェクト)に就任。専門は宇宙工学、宇宙航空力学、太陽系探査。論文に「はやぶさ2による小惑星着陸の達成」(『日本航空宇宙学会誌』67巻9号)など。本書が初の著書。

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