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「ラーメン食べにいかない?」が口説き文句になるワケは? 韓国の知られざるラーメン文化――短期連載#2「ドラマで読む韓国」金光英実

「太陽を抱く月」「雲が描いた月明かり」「ミセン」……数々の韓国ドラマ作品で字幕翻訳を手掛けてきた金光英実さん。そのキャリアとソウル在住30年の経験をもとに執筆した新刊『ドラマで読む韓国』は、現代韓国の文化や社会を知るのにうってつけの一冊です。9月10日予定の刊行に先立ち、内容の一部を抜粋してお届けします。
#1から読む方はこちらです。


韓国はインスタントラーメン大国!

 韓国のドラマや映画で、登場人物がラーメンをすするシーンを見たことがある人は多いだろう。ラーメンは韓国人にとって欠かすことのできない食事だ。
 私が韓国でラーメンを初めて食べたのは1996年のこと。韓国に来たばかりの私は、日本語を教えに3か月前にソウルに来たという友人の寮に遊びに行き、近所でラーメンを食べようと誘われた。
 訪ねたのは「구멍가게クモンカゲ」という食料品から雑貨、日用品まで売っている商店で、日本語では「よろず屋」とか「雑貨屋」などと訳される店だった。
 あの店のことはいまでも鮮明に覚えている。暗くて狭い店内の土間にホコリのかぶった商品が並べられ、中央には年代物の石油ストーブが置かれていた。友人がラーメンを注文すると、店主らしきおばあさんが湯の入った大きな鍋を運んできた。それをストーブの上に置くと、インスタントのしんラーメンを袋から取り出して鍋に入れた。
 会計の段階になって、私は再び面食らう。なんと、1杯1500ウォン。いくらなんでもラーメン1杯で150円強の安さはないだろうと思ったのだ。
 そう、韓国で食べるラーメンと言えば、インスタントラーメンなのだ。いまでこそ日本の生ラーメンはソウルのどこでも食べられるが、1990年代はまったく違っていた。
 あれから韓国のラーメン文化も大きく変化した。日本のラーメンも「おいしい」と言われるようになり、ソウルでも店が増えている。
 ただし、韓国では相変わらずインスタントラーメンの人気が根強い。最近は「Kラーメン」の輸出も絶好調で、日本のスーパーでも韓国製の袋ラーメンが陳列棚に並ぶ光景が当たり前になっている(韓国は「Kポップ」に始まり、「Kフード」「Kコスメ」など頭文字に「K」を付けて世界に売り出す傾向にある)。

麺を割るか割らないか、それが問題だ

  2023年末、弘大ホンデにセルフラーメンコンビニ「CU弘大サンサン店」ができて大きな話題になった。200種類以上のインスタントラーメン(袋麺)が壁一面に並んでいると、それだけで圧倒されてしまう。韓国人はやっぱりインスタントラーメンが大好きなのだ。
 好きなラーメンをレジに持っていって会計してから、ラーメン調理器に置いてゆでる。料金はラーメン代と追加の容器代900ウォン(約99円)だから、物価高が進むソウルで安く手軽においしく食べられると評判だ。

「CU弘大サンサン店」に並ぶインスタントラーメンの山!(著者撮影)

 私もさっそく行ってみた。コンビニでラーメンを作りながら、一緒に行った妹に訊かれた。
 「韓国ドラマを見ていると、インスタントラーメンを割ってからゆでるけどどうして?」
 そう言われてみると、私も韓国に来てからは周りに合わせて麺を2つに割ってゆでていた。深く考えたことはなかったが、なぜだろう?
 よく言われる理由は「麺が長いから食べやすくするため」だが、韓国のラーメンの麺が特別長いというわけでもない。では、韓国人は麺を短くしないと食べにくいのだろうか。でも、カップラーメンの場合は麺を割らずにそのままお湯を入れている。ということは、ほかに理由があるに違いない。
 最近の若い韓国人は、割って入れない派が多いようだ。麺が短くなるのがイヤだし、何より、割ってゆでたら麺がのびやすくなるからだ。
 そこでふと思い出した。昔から韓国人はコシのある麺ではなく、ふにゃふにゃした食感を好んでいた。老舗の「明洞ミョンドンカルグクス(手打ち麺)」の麺もふにゃふにゃでやわらかい。50代以上の韓国人は、麺を割って水の状態からゆでて、ふやかして食べる人が多い。
 あるいは韓国の「사리サリ文化」も、麺を割り入れることに関係している可能性がある。韓国にはチゲなど大きな鍋で煮たものをみんなで分け合う料理が多い。その鍋には「ラーメンサリ(サリ麺)」が欠かせない(「サリ」とは麺の束の意味だが、広義ではトッピング全体を指す。ジャガイモやすいとんなど、追加するものは全部「サリ」と呼ばれる)。
 このとき問題になるのが、「麺を割るか、割らないか」だ。麺が短くのびやすくなるので割りたくない人と、ふやかして食べたい人との間で心理戦が起こる。

ラーメンを使った口説き文句

 「라면ラミョン 먹고モッコ 갈래ガㇽレ?」という言葉がある。そのまま訳すと「ラーメン食べにいかない?」という意味だが、実は誘い文句としても使われる。女性から男性に使うと「性関係を結ぼう」と遠回しに口説く言葉になる。
 このセリフは、映画『春の日は過ぎゆく』(2001年)で使われて有名になった。ただし、もともとのセリフは「라면ラミョン 먹을래요モグㇽレヨ?(ラーメンを食べない?)」で、いつの間にか微妙に変わってしまったようだ。
 ドラマでも使われている。「太陽の末裔」(2016年)、「最高の離婚~Sweet Love」(2018年)、「キム秘書はいったい、なぜ」(2018年)、「それでも僕らは走り続ける」(2020年)、「哲仁王后~俺がクイーン⁉」(2020年)、「模範刑事」(2020年)、「Missナイト & Missデイ」(2024年)など、挙げればきりがない。韓国でラーメンを食べに行きたくなったときは、誘い方に気をつけたほうがいい。
 ラーメンの前は、「コーヒーを飲んでいかない?」が口説き文句だった。ここで言うコーヒーも、ラーメンと同様、インスタントだった。
 こうした「ダブル・ミーニング(きわどい意味を含む二重の意味を持つ語)」は韓国以外の国にもあって、アメリカでは「Netflix and chill?(ネットフリックスでも見ない?)」というスラングが有名だ。驚くべきことに、北朝鮮では「남한ナマン 드라마ドゥラマ 보고ボゴ 갈래ガㇽレ?(韓国ドラマを見ていかない?)」と言うらしい。
 それぞれ親密な関係を演出する単語が入るわけだが、それが韓国ではラーメンになるのだから興味深い。

(了)
第1回を読む 第3回を読む

※金光英実『ドラマで読む韓国』(NHK出版新書)は9月10日発売予定です。

  • 第1章 エンタメに宿る国民性――ドラマと韓国

  • 第2章 金は天下に回らない――財閥と韓国

  • 第3章 かわいい子には勉強させよ――学歴と韓国

  • 第4章 食事から生まれる仲間意識――食と韓国

  • 第5章 親しき仲には遠慮なし――韓国の人間関係

  • 第6章 復讐は蜜の味――犯罪と韓国

  • 第7章 可視化されるジェンダー対立――女性と韓国

四方田犬彦さん推薦!
ソウルに住んでもうすぐ30年。ヨンシル(英実)はこの都を自在に泳いでいる魚だ。居酒屋の主人から韓国ドラマの字幕翻訳まで、職業を転々。遠いものは美しい。でも近づいて目を凝らすと大変だ。何もかもが日本の十倍も過激な韓国の、リアルな観察日記。

金光英実(かねみつ・ひでみ)
1971年生まれ。清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に渡る。以来、30年近くソウル在住。大手配信サイトで提供される人気話題作をはじめ、数多くのドラマ・映画の字幕翻訳を手掛ける。著書に『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、『いますぐ使える! 韓国語ネイティブ単語集』(「ヨンシル」名義、扶桑社)、訳書に『ソウルの中心で真実を叫ぶ』『殺人の品格』(ともに扶桑社)など。

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