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「イスラエルについてどう思う?」と聞かれたら、あなたは何と答えますか?『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』抜粋公開

なぜ人口1万に満たない小さな国の動向が世界のトップニュースになるのか?
アメリカの福音派がトランプを支持するのはなぜなのか?
そして、中東の動きを知ることは私たちにとってなぜ重要なのか?
「知らない」ではすまされない、世界が注視する“この国”を正しく理解するために、国際社会の一員として生きていくために日本人が知っておくべきことを一冊にまとめた『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』が発売になりました。
本書は、遠く離れた世界に思えるイスラエルの情勢が、じつは私たちの身近な問題に密接にかかわっているということも深く考えさせてくれるものです。
理解を深めるためのイラストもふんだんに使い、全編わかりやすい記述で、初めてこの問題に触れる読者にも格好の入門書です。
ここでは、本書冒頭「はじめに」の一部と元外交官の中川浩一氏による解説を全文公開いたします(※本記事用に一部を編集しています)。


「はじめに」より抜粋

 ディナーパーティーの席でたまたまイスラエルの話題になり、別の部屋に逃げ出したくなったという経験はないだろうか?
 その苦しさはわかる。私はよくこんなふうにたずねられる。「イスラエルの状況を、そうだな、10分以内で説明してもらえない?」。人びとは知りたい、理解したいと願い、主菜アントレが運ばれてくる前に私にそれをかなえてもらおうとする。本書を読むには10分では足りないが、とっつきにくい本ではない。著者としては、興味深く、人を魅了する本であるよう願っているし、読了後には、どんなパーティーでイスラエルをめぐるどんな会話が始まっても、うまくやれるはずである。
 イスラエル。
 こんなテーマがほかにあるだろうか? なにしろ、知的で、教養があり、見識の高い多くの人びとが、それについてきわめて確固たる信念を表明していながら、実はろくな知識を持っていないのだ。この問題がやっかいなのは、こうしたあらゆる立場の人びとが、自分の話していることについてよく知っていると思い込んでいるからだ。自分の考えは正しいと、心から信じているのである。 

(中略)

 ほかの点では知性的な多くの人びとが、「イスラエル」あるいは「パレスチナ」に味方する論陣を張りながら、物語の一部しか語っていない。彼らは次の点を認めようとしない、あるいは純粋に見ようとしない。つまり、イスラエル人とパレスチナ人はどちらも正しく、どちらも間違っている——どちらも、自分ではどうにもならない力の、お互いの、自分自身の犠牲者なのである。
 では、そこに見られるさまざまな「唯一の正しい語り」の中からどれかを選ぶのを拒む無数の人びとはどうなるのだろうか? あなたはどう考えるのだろうか? そもそも、なぜそんなことを気にする必要があるのだろうか? 世界で最も複雑で、やっかいで、古くからの紛争と思われるものを正しく理解する方法などあるのだろうか?
 本書は、イスラエルとイスラエルーパレスチナ紛争が、ほかの点では分別のある多くの人びとを完全な狂乱状態に陥れるように思えるのはなぜかを説明しようとする試みである。これはイスラエルが、たった一つのテーマをめぐって、昔ながらのリベラルなユダヤ人を超保守主義者に変えてしまう理由を語る物語だ。ほかの点では心優しく思慮深い進歩主義者が、わざわざイスラエルを選んで、ボイコットし、制裁を加え、一定レベルの非難を向けざるを得ないと感じる理由を語る物語だ。(中略)これはまた、イスラエルが一部の福音派キリスト教徒から熱烈な忠誠心や献身を引き出す理由を語る物語である。(中略)この物語がなぜそんなに難しいのかはわかる。多くの人が感じているとおり、問題は複雑なのだ。しかし、皆が協力し合えば、すべてを理解できるようになる。

 読者はおそらく、本書で読んだ内容のすべてに賛同することはないだろうし、もしかすると信じることさえないかもしれない。感情的な地雷がこれほど埋まっているテーマもなかなかない。読者は心を搔き乱すような出来事について学んだり、いままで聞いたこともなかった事態について読んだり、私の分析や結論にうなずけなかったりするかもしれない。私が紛争のさまざまな局面を描写するのに使う言葉にさえ反対するかもしれない。しかし、それで問題はない。イスラエルについての会話が平穏であることはめったにないし、退屈であることもまずない。私が物語を語り、自分の立場を説明したら、読者は自分自身の結論を出せばいい。(後略)

「解説」————中川 浩一

 2023年は、日本と中東(イスラエルとアラブ諸国)の関係を大きく変えた1973年の石油ショックから50年、本書の直接のテーマである「イスラエルとパレスチナの和解」が実現したオスロ合意から30年にあたる。その節目の年に、中東の歴史を深堀りしたこの本はまさに日本人が読むべき一冊である。
 著者は、長年のイスラエルーパレスチナ紛争の一方の当事者であるユダヤ人だが、アメリカで生まれ育ったユダヤ人であり、イスラエル人ではなくアメリカ人だ。この紛争をより中立的な視点で、より正確に描こうとしていること、ときには自らユダヤ人自身を公正に批判している点には好感が持てる。

 また、パレスチナ問題における中立とは何か、そしてその中立が実現しさえすればパレスチナ問題は解決できるのかという、この問題に少しでも関心を持つ人なら誰もが抱く素朴な疑問についても、この問題のどちらかの当事者である以上、正解を導き出すのは難しいと正直に表明した上で、それでも必死に客観性を保って、解決の道筋を探ろうとしている。
 また、イスラエルとはどういう国なのかについても客観的に叙述しているが、それに関しては、イスラエル建国の父、ベン=グリオンが首相在任当時語ったことは今でも真実であろう。イスラエルのナショナル・アイデンティティには主要な三つの要素があり、これを著者は「ベン=グリオンの三角形」と呼んでいる。第一に、イスラエルはユダヤ人が多数を占める国家である、次に、イスラエルは民主主義国家である、最後にイスラエルは新しい占領地をすべて保有する。イスラエルはこのうち二つを選ぶことはできるが、三つ全部は選べない。どの二つを選ぶかでイスラエルの国家像が変わるというのだ。まさに的確な表現だと思う。

 イスラエル・パレスチナ紛争は、本書のタイトルどおり、「人類史上最もやっかいな問題」であると言っても過言ではないだろう。それは、この問題の根源が、この本で詳述されているとおり、おどろくほど長い世界史をたどる必要がある上に、それが現在にいたるまで未解決であるという意味においてである。外交官時代にイスラエル、パレスチナで勤務した筆者の経験においても、答えの出ない問題に何世代にもわたって向き合わざるを得ないイスラエル人、パレスチナ人の苦悩に一筋の光も見えない絶望感を感じることが幾度となくあった。
 イスラエルとパレスチナ、アメリカ、そしてノルウェー、幾多の地道な外交努力を経て署名された1993年のオスロ合意は画期的であった。その証左に翌年、イスラエルのラビン首相、ぺレス外相、パレスチナのアラファトPLO議長の3人にノーベル平和賞が授与された。しかし、それから1年後、その中心だったラビン首相がユダヤ極右青年に暗殺され、歴史は変わってしまった。今も悔やまれる事件である。

 歴史に、「もし〜」「〜たら」は禁物であるが、それでも、右派にも左派にも顔が利いたラビン首相が殺されなければ、今ごろパレスチナ国家が樹立され、イスラエル人もパレスチナ人も平和裡に共存できていたかもしれない。しかし、歴史は非情だ、いや、あるいは起こるべくして起きてしまったことだったのかもしれない。本書にも記述があるが、パレスチナ問題には、その解決を全く望まない勢力がある。彼らにとってこの闘いは、完全なゼロサムゲームであり、一切の妥協は入る余地がない。
 ラビン暗殺の翌1996年には、右派リクード党のネタニヤフが首相に初当選し、「和平の壊し屋」の異名通り、その後の3年間、和平交渉を進展させることはほとんどなかった。それでも、アメリカのクリントン大統領はパレスチナ問題解決に人並ならぬ強い決意をもって臨み、歴史上最初で最後とも言われる15日間にわたる、パレスチナ問題に特化したキャンプ・デービッド・サミットを開催した。しかし、エルサレム、難民という最難関の論点を前に、ついに合意を見ることはできなかった。

 なかでも、特に難問だったのがエルサレム旧市街の「神殿の丘」の扱いだった。その輻輳する宗教的価値は本書にも詳述されているが、2000年9月、サミット後の、イスラエル、パレスチナ双方に和平の機運が盛り上がっているときに、当時のリクード党首シャロンが確信犯的に、「神殿の丘」を訪問し、パレスチナ民衆を激怒させた。そして、直後に第二次インティファーダが始まり、和平プロセスは事実上、その時点で終了、崩壊したと言ってよいであろう。
 その後、2004年には、アラファト議長がパレスチナ国家樹立の夢を果たせないままこの世を去った。一方のイスラエル側では、2009年から2021年6月まで、ネタニヤフ首相が12年にわたる長期政権を担った。その間、アメリカのトランプ政権は、エルサレムを一方的にイスラエルの首都と認定し、米国大使館をエルサレムに移転させた。さらに、入植地の扱いについてそれまでのアメリカ政権の立場を覆し、国際法上合法と認めた。つまり、イスラエルの占領を合法化したのだ。エルサレム、および入植地の地位は、オスロ合意によれば、イスラエル、パレスチナ双方の交渉で解決するとされているにもかかわらず、本来仲介者たるべきアメリカが、自ら交渉による平和的解決への道を放棄し、イスラエルに寄り添う形で断定してしまったわけだ。
 そして、2021年1月に発足したアメリカ、バイデン政権には、同じ民主党でもかつてのクリントン政権のようなパレスチナ和平への熱意は微塵もなかった。バイデン大統領は、2022年7月、イスラエル、パレスチナを訪問し、パレスチナのアッバース大統領とも会談したが、その後の記者会見で、「現在は、和平交渉再開に適した時期ではない」と述べ、パレスチナ側を失望させた。こうしたアメリカの和平への消極的姿勢も相まって、2021年5月、2022年8月には、イスラエル軍とパレスチナのイスラム組織ハマスの間で大規模な軍事衝突があり、多くの人命が失われた。
 2022年12月末には、わずか1年半足らずの下野期間を経て、そのネタニヤフ首相が再登板し、新たな、そしてイスラエル史上最右翼と言われる政権を発足させた。そしてこの原稿を執筆している直近の2023年1月3日、早速、閣僚が「神殿の丘」を訪問した。訪問したのはベングビール国家治安相だ。ベングビール氏は連立政権に加わった極右「ユダヤの力」の党首である。イスラエルとアラブ側の取り決めで、「神殿の丘」にはユダヤ教徒も訪問できるが、礼拝は認められていない。ベングビール氏はユダヤ教徒の礼拝の容認を一貫して求めてきたのだ。これに対し、イスラム組織ハマスは、ベングビール氏の訪問を痛烈に批判した。そしてイスラエル軍の発表によると、ベングビール氏が訪問したその日のうちに、ガザからロケット弾一発が発射され、自治区内に着弾したという。

 先述の「ベングリオンの三角形」に戻ると、これからイスラエルを再び舵取りするネタニヤフ首相は、第二のイスラエルは民主主義国家であるというスローガンにはあまり関心がなさそうである。重視するのは第一のユダヤ国家と第三の占領地支配の徹底のようだ。しかし、それはパレスチナ人の積年の憎悪を激しく燃え上がらせることにもつながる。残念ながら2023年は、イスラエルとパレスチナの憎しみと恐怖の連鎖がさらに激しさを増す年になるかもしれない。ロシアのウクライナ侵攻により、中東に一層石油を依存せざるを得ない日本人にとって、中東の安定を揺るがすパレスチナ問題の行方は決して他人事ではない。

(なかがわ・こういち 元外交官)

2023年1月

『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』
ダニエル・ソカッチ 著   
鬼澤忍 訳
2023年2月刊行
2,860円(税込み)

著者プロフィール

ダニエル・ソカッチ
Daniel Sokatch

社会活動家。イスラエルの民主主義を名実共に達成させるためのNGO、「新イスラエル基金(New Israel Fund)」のCEO。同基金は、宗教、出身地、人種、性別、性的指向にかかわらず、すべての国民の平等を確立すること、パレスチナ市民やその他の疎外されたマイノリティの利益とアイデンティティの表現および権利のための民主的な機会の保護、イスラエルが近隣諸国と平和で公正な社会を構築し維持することなどを目標に掲げて活動している。妻と二人の娘と共にアメリカ、サンフランシスコ在住。

訳者プロフィール
鬼澤 忍
おにざわ しのぶ

翻訳家。訳書に、サンデル『これからの「正義」の話をしよう』
『それをお金で買いますか』『実力も運のうち 能力主義は正義か?』、ワイズマン『滅亡へのカウントダウン(上)(下)』(いずれも早川書房)、クロス『Chatter(チャッター)』(東洋経済新報社)、共訳書にベッカート『綿の帝国』(紀伊國屋書店)、クリスタキス『ブループリント(上)(下)』(News Picks パブリッシング)など多数。

イラストレータープロフィール
クリストファー・ノクソン
Christopher Noxon

作家、ジャーナリスト、イラストレーターとして様々な分野で活躍するアーティスト。書籍の執筆とともに「ニューヨーク・タイムズ」「ニューヨーカー」等に寄稿するだけでなく、挿画も多数提供している。

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