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エッセイ「空想居酒屋」 〔免疫向上メニュー〕 島田雅彦

 感動の美酒に、死ぬまでにもう一度食べたい逸品の肴……。島田雅彦さんが体験してきた酒場天国の数々をコトバで再現し、「こんな酒場で飲みたい」という欲望を“善きドリンカー”たる読者と共有しながら実際に「空想居酒屋」の開店を目指す、至極の酒場エッセイ。
 ※本記事は連載第13回です。最初から読む方はこちらです。

 スウェーデンなど一部を除き、全世界的にステイ・ホームが励行され、ドリンカーたちも家呑みに日々、工夫を凝らし、収束パーティに思いを馳せている。それまで贔屓の店が潰れずに持ちこたえてくれるかも心配で、常連たちがクラウドファンディングを始めたり、基金を設立し、特定銀行口座にカンパを振り込む支援活動が広がっている。
 テイクアウト・メニューを充実させ、厨房だけは動かしている店は多いが、客を一日一組、あるいは一人限定という超高級会員制レストランの形式を取り、営業を続けている店もある。休業補償のない中、経営者や料理人、サービス従事者たちはどうサバイバルしてゆくか、悩ましいところだ。空想居酒屋は店舗がないだけに維持費もかからず、非常事態の影響を受けないが、リアル居酒屋への同情は深い。
 再開の日を寝て待つだけでは頭も体も鈍る。日常的なはしご酒はいいエクササイズでもあったのだが、それがなくなり、運動不足も深刻だ。近頃は消化不良気味で、胃も痛い。早期のワクチン開発が待たれるが、できてもすぐに日本に回ってくる保証もない。治療薬としての認可待ちのアビガンも日本で一般の人に処方されるのには、まだ時間がかかりそうだ。もし早まっても、これから子どもを作る若い人には危険な副作用があるというし、尿酸値を上げるので痛風の人には勧められない。日を追うごとにストレスが累積してゆくのは目に見えている。

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コロナ禍さなかの渋谷スクランブル交差点。人通りがほとんどなくなった

 結論はもう出ている。感染予防とストレス軽減に努めるほかない。どうせ暇なので、日々の食生活でできる対策を練ることにした。感染予防にはとりもなおさず免疫を高めるのがよいということは誰でも知っているようで、スーパーではヨーグルト、納豆がよく売れている。野菜ではショウガ、ニンニク、長ネギ、ブロッコリー、春菊、キノコ類などがよいとされる。加えてレバーやワカメ、味噌、蕎麦なども効果的だとか。何だ、いつも食べているものじゃないかと思ったが、それらを組み合わせて、最強の免疫向上メニューを考えてみる。
 まずはヨーグルト。売り場を見れば、種類豊富だが、微妙に菌の種類が異なるし、百パーセント生乳とは限らず、小麦粉が原料のものもある。食する人と菌の相性があるので、自分に合ったパートナーを選ぶことから始めるのがいいようだ。食物繊維やオリゴ糖と合わせると、それを餌にして菌が増殖するのでより多くの菌を腸に送り込むことができる。バナナやキウイと混ぜるのはこの原理に適っている。また人肌に燗をすると、菌の活動が活発になる。酒のつまみには不向きに見えるが、日本酒や白ワインとの相性は決して悪くない。
 納豆はあのネバネバがいかにも免疫を高めそうなのは粘液と語呂が似ているからではなく、その成分が効果的なのである。以前、油揚げに納豆を詰めて焼いた納豆キツネへの愛を語ったが、ネバネバ仲間を集合させ、濃厚接触させ、ネバネバで酒を飲めば、胃の粘膜も守られる。納豆以外の仲間は、メカブ、オクラ、山芋、モロヘイヤである。茹でるものは茹で、刻み、混ぜ合わせ、醤油、ごま油、おろしショウガ、おろしニンニク、コチュジャンなどで味付けをし、それをぐい呑みに盛り付け、飲むように食す。あるいはスープ皿に入れ、スプーンで食べる。
 折しも新ショウガの季節だが、これをふんだんに使ったショウガご飯は内臓体温を上げ、代謝を促してくれる。米二合に対し、最低握りこぶし一個分の新ショウガをみじん切りにし、これにやはりみじん切りの油揚げを加え、だしに塩、醤油、酒を加えたもので炊く。これが基本形ではあるが、そのバリエーションとして、ショウガ・オリーブ・ご飯を提案する。かつて、小豆島を訪れた際にオリーブ園で食べたオリーブおにぎりというのがわりとうまかったので、その応用編である。炊き上がったショウガご飯にエキストラ・ヴァージン・オリーブオイルをかけ、刻んだオリーブの身を混ぜるだけである。また残ったショウガご飯は翌日、卵と刻みネギと一緒にチャーハンにする。
 新ショウガは薬味としてより、それ自体を食べるものであるから、薄く切ったものを醤油と酒、砂糖などと煮ておけば、ピリッと刺激あるつまみになるし、ご飯に乗せて食べるのもいい。針ショウガと白髪ネギを大量に作り、それをたっぷりのごま油で軽く熱を通し、そこに醤油をたっぷり垂らす。これは万能調味料であり、かつミニマムなおかずでもある。蒸した白味魚にかければ、中華の定番、清蒸魚(チンジャンユー)になるが、お粥との相性もいいし、蒸し豚や蒸し鶏にかけてもいい。
 すりおろしたショウガはもちろん、あらゆる料理の調味に使うのだが、これをサイダーに入れれば、辛口の刺激の強いジンジャーエールになる。また、焼酎やウオッカに入れれば、ガリサワー、ジンジャーウオッカになる。紅茶に入れれば、ジンジャー・ティーになる。
 ネギは通常、薬味として脇役に甘んじているが、すき焼やカモ鍋、ネギマ鍋、ドジョウ鍋、あるいはドジョウの柳川などでは準主役を張る。新鮮なものは青い部分にアロエみたいなゲル状のものが入っているが、これが乾く前に食べた方がいい。もっともシンプルな食べ方として、焼きネギから始める。すぐに焦げてしまうので、魚焼グリルで焼く場合は弱火にしておく。表面に焼け目がついたら、塩とオリーブオイルをかけ、そのまま食べる。二本分くらいペロリといける。フレンチの付け合せ野菜にはポロネギのコンソメ煮、あるいはオリーブオイル煮があって、これもネギの甘みが存分に出ていて、味わい深い。もちろん、白ネギ、下仁田ネギなどで代用可能である。
 ネギ味噌も常備しておくと、ご飯のおかずにも野菜スティック用のディップにも酒のつまみにもなる。作り方はいたって簡単で、小口切りのネギをごま油で炒め、そこに味噌、酒、みりん、砂糖、醤油などを溶いたものを加え、最後にカツオ節を入れて混ぜるだけだ。
 ニンニクは殺菌、解毒、免疫活性化、そして強壮と万能の働きを示す。カツオの刺身やたたきには生ニンニクが合うが、醤油にみじん切りのニンニクを加えただけのニンニク醤油は焼鳥や焼豚、ビーフステーキ、焼きシイタケなどを食べる時に必ず用意する。信州松本では焼鳥といえば、ニンニク醤油をアレンジしたタレで味付けすると決まっているそうだ。
 スペイン料理でもニンニクは欠かせない。アヒージョといえば、ニンニク・オリーブ・オイル煮のことだが、オイル・フォンデュ感覚で肉片やキノコに緩やかに熱を加えれば、一種の低温料理なり、旨味が効果的に引き出される。我が家ではル・クルーゼの小鍋でアヒージョをやる。ニンニクをたっぷりと入れたオリーブオイルを張り、塩をふたつまみほどとアンチョビを入れたら、気ままに串に刺した肉、キノコ、タコ、イカ、エビを入れ、じわじわと熱を通し、それをつまみにワインを飲む。オイルには素材のだしが出るので最後はその油を締めのパスタに使う。アンチョビを足して、玉ねぎを炒め、茹で上がったスパゲッティを絡めると、抜群にうまい。春キャベツをパスタと一緒に茹でて加えてもいい。

アヒージョで免疫力を高める

アヒージョで免疫力を高める

 日本は店で買えるキノコの種類が極めて多く、毎日のように食卓に上る。カロリーも低いし、独特の香りと食感、味わいがあるので、キノコ通の道はグルメの王道である。私もエノキを麺類のように食べたり、ナメタケを自作したり、八種類のキノコでキノコご飯を炊いたり、だしを沸騰させないように弱火で熱し、八種類のキノコをじっくりと煮るキノコ鍋などをよく食す。また乾物屋で干しシイタケの軸が安く売られているのを見つけると、買い求め、二日かけて水で戻し、その汁に醤油と酒、みりん、バルサミコ酢を加え、煮含めたものを常備し、繊維質豊富なダイエット食品として、小腹が空いた時にかじっている。歯応えが心地よく、噛むほどにだしがしみ出してきて、酒のつまみには最高である。
 よもや居酒屋に行けなくなる日が来るとは思わなかったが、これまでの居酒屋通いの経験の蓄積を家呑みに活かせば、もうしばらくは耐えられるだろうが、いよいよメンタルが弱ってきたら、どうするか、これは大きな課題である。行きつけの店も全て営業休止し、自宅軟禁状態にいよいよ飽きた人々は公園や河原や野山に繰り出している。もう花見の季節は過ぎたが、つまみを何種類も作って、あるいは居酒屋やレストランのテイクアウト・メニューを持って、ピクニックに出て、花を愛でながら、あるいは月を見上げながら呑んで、気分転換でも図らなければ、やってられない。先日は散歩途中で、酒屋に寄り、白ワインを買い、その足で魚屋に行き、生ガキを買い、自宅のベランダで一人パーティをした。ビデオ電話を使って友人、恋人とオンライン呑みなんていうのもあるが、まだ恥ずかしくてやっていない。

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プロフィール

島田雅彦(しまだ・まさひこ)
1961年、東京都生まれ。作家・法政大学教授。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』で注目される。『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、『虚人の星』で毎日出版文化賞を受賞。ほかの著書に『天国が降ってくる』『僕は模造人間』『彗星の住人』『悪貨』『ニッチを探して』『オペラ・シンドローム』など多数。2010年下半期より芥川賞選考委員を務める。

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