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アウンサンスーチー、ロヒンギャ、クーデター……なぜミャンマーはニュースが多いのか? 深層にある問題の解決策を示す

 「国民統合」をキーワードに読み解けば、「軍か、民主派か」という二者択一から逃れられる――。
 激動の情勢下、民主派と活動をともにした若手研究者が、報道からは見えてこない実態を描く『ミャンマー 「民主化」を問い直す ――ポピュリズムを越えて』(5月26日発売)が刊行されます。編集担当者が本書の読みどころを伝えます。


 たったの5年――。“民主化の星”アウンサンスーチーがついに国政に加わり、いよいよミャンマーが「普通の国」になっていくと思われたのは2015年秋のことでした。その希望が凄まじい暴力によって打ち砕かれるまで、要した時間は実質5年。2021年2月1日の朝、日本を「ミャンマーでクーデター」の速報が駆けめぐりました。

 ミャンマーが「ビルマ」だった頃からこの国は日本にとってなじみ深い。アウンサンスーチーが日本に留学していたためもあるでしょう。しかしタイほどには観光客も増えず、いまひとつ、どんな国か理解されていませんでした。そんな国で、あのアウンサンスーチーが自宅軟禁を解かれ、民主化が本格化したかと思いきや、まもなく「ロヒンギャ危機」が起き、さらにはクーデターが起きて、時計の針を戻すかのように“自由”が後退しました。

 東南アジアのASEAN各国は目覚ましい経済成長を遂げ、現代的な生活様式が浸透しているはず。そんなところでなぜ“いまどき”クーデターが起き、内戦のような状態になっているのか―――。謎への答えは、これまで幾多の研究者・専門家が提出してきました。それらを踏まえつつ、さらに一歩踏み出して、根源的問題の解決を提案するのが、山口健介著『ミャンマー 「民主化」を問い直す――ポピュリズムを越えて』(NHKブックス、2022年5月26日発売)です。

 山口氏はタイのチュラロンコン大学で学位を得たこともあって、ミャンマーの隣国タイのバンコクで研究していました。それが、縁あってミャンマーに入国し、大都会バンコクとの大きな違いに驚きます。ミャンマーの旧都ヤンゴンで、民主派の中心であり実質的にアウンサンスーチーの政党である国民民主連盟(NLD)の政治家と知り合うと、経済開発のためのレクチャーを任され、政治家と官僚を仲介する役割を担うようになります。

 そのうち信頼を得て、ミャンマーの国家的課題であった「電化」――国土の全域で電力が使えるようにすること――のための立法に、実務者としてかかわることになりました。

 「電化」? そんなにおおごと? と、「電化率」が100%の日本では思われるかもしれません。しかし2018年時点のミャンマーの電化率は39%でした。しかもこれは平均値であって、都市部と地方とではインフラに大きな差があるため、安定した豊かな電力が行き届いているのはヤンゴン、首都ネピドー、古都マンダレーのような中心部ぐらいと考えて差し支えありません。ロヒンギャで知られるようになった「最貧困州」ラカイン州など、電力設備が整っている地区は州全体の6.5%に過ぎなかったのです。

 そんなミャンマーの状況を見極めながら、著者山口氏は国内の民族間の差異、それに対する国民の意識の特徴に気づきます。それと同時に、大多数の国民の期待を背負って登場した国民民主連盟(NLD)政権が、どのように経済を運営しているかが見えてきます――実は、むしろ軍政期の方が経済は成長していました。そして民主政権期、貧困は減ったものの格差は拡がっていたのです。経済指標を見るとその格差がすなわち民族間の格差であり、かつ、都市部と地方間の格差であることも分かってきました。

 ミャンマーは10前後の民族系統があり、細かく分けると130を超える民族がいます。発展していない少数民族にお金を回そうにも、政策を決定できるのは政権を担っていた国民民主連盟ですが、ほぼ全員がビルマ民族である国民民主連盟の政治家にとってそれは難しい相談です。有権者に支持されないからです。選挙では圧勝する国民民主連盟ですが、メインの支持層は都市部のビルマ民族であり、彼らは少数民族に配慮すべきという感覚を強くは持っていません。有権者と政治家にあるビルマ民族中心主義は、国軍側も共通して持っています。これらすべては、「ポピュリズム」の性格に通じます。

 ミャンマーという国は、多数派ビルマ族と少数民族との間、都市と地方との間でかなり大きな分断がありました。そこへクーデター――実はミャンマー史において3度目――によって、軍と民主派という深い分断が生じた。このように国民としての「まとまり」を欠いた状態が深刻化しているのです。言い換えれば、ミャンマー国民が共通の理念や利害を持たないまま、つまり「国民統合」がないまま、ここまで来ているのです。

 軍の圧政に立ち向かう人々の勇気は確かに価値があります。しかし、仮に民主派が政権の座に戻ったとしても、さまざまな分断が解消されない限り、4度目のクーデターを招いてしまいます。ミャンマーのさまざまな問題の根源となっている「国民統合の欠如」をいかに解決するか――? ミャンマーにおいて誰にもできない経験をした日本人研究者が、この古くて新しい問題を考え抜き、多民族国家の民主主義がどうすれば実現しうるのかという展望を示すのが、NHKブックス『ミャンマー 「民主化」を問い直す――ポピュリズムを越えて』です。

 ミャンマーで何が起きているのか、何が起きてきたのか、何が起こるのか――。現在・過去・未来を一本の線でつなぐ、骨太の「希望の書」です。

【目次】

序 やり過ごされた問題
第一章 「豊かな社会」の貧困と格差 ――なぜ「再分配」が必要か
第二章 「民主化」はなぜクーデターを招いたか ――ポピュリズムへの道
第三章 前近代的な権力関係 ――親分・子分関係をいかに解体するか
第四章 「政治」と「行政」のあいだ ――国づくりの実践に関与する
第五章 法律をもとに社会をつくる ――基金・運用・財源と「改革」のために
終章 「新しいナショナリズム」から国民統合へ

※続きは『ミャンマー 「民主化」を問い直す:ポピュリズムを越えて』をご覧ください。

プロフィール
山口健介(やまぐち・けんすけ)

1981年、東京生まれ。東京大学文学部卒業、同大大学院新領域創成科学研究科修士課程修了(国際協力学)、タイ・チュラロンコン大学大学院博士課程修了(タイ学)。現在、東京大学公共政策大学院特任講師。専攻はASEAN地域研究、エネルギー・資源政策、レント管理論。論文に “Energy for Peace in Myanmar : a sustainable and inclusive strategy”(Myanmar Times ; ミャンマー語)、“Understanding the motivations behind the Myanmar-China energy pipeline: Multiple streams and energy politics in China”(Energy Policy 107)、“Why economic sanctions in Myanmar is a bad idea”(PacNet)など。近刊予定の共編著にEnergy policy for peace(Elsevier)がある。

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