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激甚化する気候変動の問題に、金融・ビジネスはどう立ち向かうべきか?――ゼロ炭素社会への移行のカギは、市場が握っている

 再生可能エネルギー技術の急速な発展と、危機的状況にある気候変動問題。投資家や金融機関はすでに化石燃料関連事業への投資から撤退しつつあり、社会的責任投資への取り組みを始めています。気候変動の緩和・適応策への取り組みを重視する企業にとってはいま大きなチャンスが訪れているのです。
 『限界費用ゼロ社会――〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』等の著書で知られ、過去20年にわたりEUおよび中国でゼロ炭素社会への移行に向けて助言を行ってきた文明評論家のジェレミー・リフキン氏。当記事は、気候変動が地球規模の問題となる時代における新たな経済社会のビジョンを示した一冊、『グローバル・グリーン・ニューディール――2028年までに化石燃料文明は崩壊、大胆な経済プランが地球上の生命を救う』より、イントロダクションの抜粋をお届けするものです。

 2018年10月、国連の科学機関、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」はこう警告した――温室効果ガスの排出が増大しており、このままいけば異常気象が発生しつづけ、地球上の生命の存続が脅かされる可能性がある、と。IPCCの推定によれば、現在、地球の気温は産業革命以前の水準から1℃上昇しており、もし1.5℃以上上昇すれば、連鎖反応により温暖化が暴走し、地球の生態系が破壊されるなどの事態が生じるというのである。
 IPCCは、今後12年間、つまり2030年までに温室効果ガスの排出量を2010年レベルの45%に削減しないかぎり、生態系が破滅的影響を受ける可能性を回避することはできないと結論している。そのためにはグローバル経済と社会のあり方、そして、私たちの生活スタイルを根本的に変革する必要がある。言いかえれば、人類は今後わずかな時間の間に、文明を根底から方向転換させなければならないということだ。
 とすれば、2018年の中間選挙直後にアメリカの有権者を対象に行われた調査で、気候変動対策としてグリーン・ニューディールの実施を支持する人が、支持政党にかかわらず広範囲にわたったことは驚くにあたらない。グリーン・ニューディールには「10年以内に、アメリカの全電力を再生可能エネルギーに転換すること、エネルギー供給網・建造物・交通インフラの改善、エネルギー効率の増大、グリーン技術の研究・開発への投資、新しいグリーン経済部門における職業訓練」などが盛り込まれている。民主党支持層の92%(リベラル派の93%、中道~中道右派の90%)がこれを支持すると答えたのに対し、共和党支持層も64%(中道~中道左派の75%、保守派の57%)が支持すると答えた。無党派層も82%が支持すると答えている。
 未来への不安と行動の必要性を感じているのは、一般市民だけではない。2019年1月、スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)に出席した世界各国の政財界のリーダーたちにとっても、気候変動が経済やビジネス、金融業界に及ぼす影響は大きな関心事であり、公式のセッションか私的な会話かを問わず、この話題でもちきりだった。参加者を対象にした調査では、世界経済に損害を与える可能性があると考えられるリスク上位5つのうち、4つまでが気候変動関連のものだった。
 政治的立場を問わず政治家たちの間には、ゼロ炭素社会への転換はきわめて困難だという悲観的見解が広範囲にみられる。だが道は閉ざされているわけではない。多くの生命を死滅に追いやる、あと0.5℃の気温上昇を回避し、私たち人間と地球との関係を新たに立て直す道は存在する。その可能性は、太陽光や風力その他の再生可能エネルギーによる発電所が、短期間のうちに次々と稼働を開始していることにある。今後8年以内に、太陽光と風力の発電コストは化石燃料による発電コストをはるかに下回り、化石燃料産業と真っ向から対決することになろう。
 ロンドンに本拠をおく非営利シンクタンク、カーボン・トラッカーの報告によれば、太陽光と風力の発電コストが急落している結果、「企業部門には何兆ドルもの座礁(ざしょう)資産が生じ、改革の努力を怠っている産油国が打撃を受けるのは必至」である一方、「進展するエネルギーシフトのスピードに気づかない投資家たちは、何兆ドルもの資産を危機にさらすことになる」という。「座礁資産」とは、需要の下落によって地下に埋蔵されたままになる化石燃料のみならず、パイプラインや海洋プラットフォーム、貯蔵施設、発電所、予備発電装置、石油化学処理施設、および化石燃料文化と密接に結びついた業種の資産など、放棄されるあらゆる資産を含む。
 地球温暖化の原因となっている4つの主要部門――情報通信技術(ICT)、エネルギーおよび電力、移動/ロジスティクス(物流)、建設――が化石燃料業界から手を引き、より安価な新しいグリーンエネルギーに乗り換えつつあるなか、水面下では激しい争いが繰り広げられている。その結果、化石燃料産業では、「およそ100兆ドルの資産が座礁資産となる恐れがある」。
 化石燃料資産が過大に評価されていることによって生じるカーボンバブルは、経済バブルとしては史上最大の規模となっている。過去2年間に行われた研究や報告――国際金融界、保険部門、国際業界団体、各国政府、およびエネルギー産業、運輸部門、不動産部門内部の主要コンサルティング機関から出されたもの――によれば、主要部門が化石燃料から、より安価な太陽光、風力などの再生可能エネルギーと、それに伴うゼロ炭素技術にシフトするに伴い、化石燃料産業文明は2023年から2030年の間に崩壊することが予想されている。
 ここではっきりさせておきたいのは、この大転換(great disrutpion)は大部分、市場が主導権を握っていることによって生じつつあるという点だ。どの国の政府も市場の動きに従わないかぎり、報いを受ける。ゼロ炭素の第三次産業革命の拡大を意欲的に進める国の政府は、時代を先取りするのに対し、市場原理に従って進もうとせず、崩壊しつつある20世紀の化石燃料文化にしがみつく政府は低迷を余儀なくされる。
 こうした状況を背景に、石油関連業界からの投資撤退(ダイベストメント)を進め、再生可能エネルギーに投資する運動が世界的に加速しつつあることは、驚くにあたらない。
 本書は、著者が過去20年間にわたってEU、より最近では中国において、ゼロ炭素社会への移行に向けて助言を行ってきた経験を読者と共有するために書かれた。気候変動による影響を軽減するとともに、より公正で人間的な経済をつくることを目指し、アメリカをはじめ世界各国で草の根レベルで広がりつつあるこれらの運動に、本書が役立つことを願っている。
 より個人的には、グリーン・ニューディールに対して、また20年という短期間にこれほど大規模な経済的転換を実現する可能性に対して懐疑的な人々にこそ、訴えかけたい。私が関わっているグローバル企業や業界――情報通信、電力、移動/ロジスティクス、建設・不動産、先進的製造業、スマート農業〔ICTやロボット、AIなどを活用した次世代型の農業〕および生命科学、金融界など――は、それが実現可能であることを確信している。すでに世界各地の現場で、実現に向けての具体的な取り組みが始まっているのだ。

※「東洋経済オンライン」に掲載された本書に関するジェレミー・リフキン氏の寄稿記事「日本が石炭火力依存続けば2流国に落ちる根拠――打開技術はある、足らないのは政治的意思だ」をこちらからご覧いただけます。

プロフィール

ジェレミー・リフキン
文明評論家。経済動向財団代表。過去3代の欧州委員会委員長、メルケル独首相をはじめ、世界各国の首脳・政府高官のアドバイザーを務める。また、合同会社TIRコンサルティング・グループ代表として、ヨーロッパとアメリカで協働型コモンズおよびIoTインフラ造りに寄与する。1995年よりペンシルヴェニア大学ウォートンスクールの経営幹部教育プログラムの上級講師。『エントロピーの法則』(祥伝社)、『水素エコノミー』『ヨーロピアン・ドリーム』『限界費用ゼロ社会』(以上、NHK出版)、『エイジ・オブ・アクセス』(集英社)、『第三次産業革命』(インターシフト)などの著書が世界的ベストセラーとなる。『ヨーロピアン・ドリーム(The European Dream)』はCorine International Book Prize受賞。広い視野と鋭い洞察力で経済・社会を分析し、未来構想を提示する手腕は世界中から高い評価を得る。

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