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こんなにもあっけらかんと、女たちが口にし始めた――「マイナーノートで」#14〔月経事情、今昔〕上野千鶴子

本がひらく

各方面で活躍する社会学者の上野千鶴子さんが、「考えたこと」だけでなく、「感じたこと」も綴る連載随筆。精緻な言葉選びと襞のある心象が織りなす文章は、あなたの内面を静かに波立たせます。
※#01から読む方はこちらです。


月経事情、今昔

 あなたは初潮が来たことを告げたときの、母親の反応を覚えているだろうか?
 
 パンツやスカートを黒ずんだ血で汚し、自分のカラダに何が起きたかわけがわからないまま、母親に告げる。その前に保健体育の授業で女の子だけが集められて、ひそひそ話をするように、「女子にはね、月経と言って……」という情報を得ているから、もしかしたらこれがあれかもしれない、とぼんやり考えるが、にわかには結びつかない。
 
 あなたの母親はなんて言っただろうか? にっこり笑って「おめでとう、お赤飯炊かなきゃね」と言っただろうか、それとも「あんたもとうとう女になったのね」と汚らわしいものでも見るような目を向けただろうか? 初潮に対する母親の反応如何で、母のミソジニーが娘に刷りこまれる。
 
 わたしの母は「そう、来たのね」と言って、パンツを洗い、月経用品を手早く手作りしてくれた。幸い実家は医院を営んでいたので、脱脂綿はいくらでもあった。それを薄紙に包んでナプキンのように重ねた。そして月経の始末の仕方を教えてくれた。赤飯を炊くことはなかったが、夕飯の席で、父親がそれを知っていることがわかった。なぜ男親に伝えるのだろう、と母を恨んだ。
 月経用品の始末は、家族のなかの男のメンバー、父や兄弟たちに知られないように処理するのが女のたしなみ、とされていた時代のことだ。
 
 アンネナプキンはまだ登場していなかった。アンネナプキンが誕生したのは1961年。わたしはちょうど13歳だった。そういえばアンネナプキンのアンネは、ナチから逃れて屋根裏部屋で思春期を過ごしたアンネ・フランクの『アンネの日記』から来ている。アンネが日記を書き始めた年齢も、13歳だった。不自由な隠れ家生活のなかでおそらく初潮を迎えただろうアンネは、月経の始末をどうやってしのいだのだろう。月経と口にするのもはばかられる時代だった。それを婉曲語法で言うために、「今日はアンネの日」と呼ぶことが提唱されたのだった。作ったのは当時27歳の女性起業家、坂井泰子よしこ。「アンネナプキン」という名称でなかったら、売れなかったかもしれない。
 
 最近になって、女性のカラダに関するさまざまな創意工夫を凝らしたフェムテックという分野が登場し、吸水ショーツや月経カップなどの新商品が登場しているが、それを開発しているのも若い女性起業家たちである。アンネナプキン誕生秘話には、坂井を社長にして1億円を投資したミツミ電機の森部一が送りこんだ幹部社員、渡紀彦が、月経ってどんな気分なのか、使用感を味わうために月経用品を身につけて歩いたというエピソードがある。男にわからないなら、わかる人を起用すればいい。女のカラダに起きることをいちばんよくわかっているのは女性自身だ。とはいえ、月のものがなくなってから久しいわたしは、月経用品のなかから新製品を試す楽しみがなくなった。
 
 月経ってどんな気分? 一定の期間、股間から血を流しつづけるのは、けっしてよい気分とはいえない。漏れも匂いも気になる。この気分を男にも味わってほしい、と、アーティストのスプツニ子!さんが、男に月経を経験させる「生理マシーン、タカシの場合。」を制作した。下半身に器具を装着して、漏れる血を月経帯が受け止める。スプツニ子!さんは、ソ連の人工衛星スプートニク号が世界で初めて打ち上げられたことに感激して、自分の名前につけるほどのサイエンス少女だった。女はね、月経期間中はこんな気分を味わうのよ、と男に体感してもらいたかったのだろう。
 
 と思っていたら、このところ「生理の貧困」キャンペーンが盛り上がり、月経中の女性がどんな気分を味わうか、何が不便か、どんな配慮が必要か、月経用品だってタダじゃない、コロナ禍で追いつめられてそれさえ買えないのがどんなにつらいか、使う枚数を減らすために外出しないようにしている……とか、これまで女性が人前で口に出さなかったようなことが、つぎつぎに大手メディアの紙面に登場するようになった。調べてみたら外国には、月経用品に消費税の軽減税率をかけるところや無税にするところもあるらしい。月経用品は生活必需品、公衆トイレにトイレットペーパーを置くなら、いつ始まるかわからない月経にそなえて月経用品もトイレットペーパーなみに必置にせよ、それも無料にせよ、という要求がつぎつぎに出てくるようになった。ううむ、月経期間中は人にそれとさとられないようにふるまえ、目に触れないように月経用品を始末せよ、月経について口にするのははしたない……と思われていた時代に育った者には、ふか〜い感慨がある。
 
 月経についてこれだけオープンに話せるようになったのはよいことだが、たったひとつ不満がある。なぜ月経ということばがあるのに、生理と呼び替えるのだろう? 「生理」は人間の生理現象一般を指すことば。月経を「生理」と呼ぶのはあからさまに呼びたくないという忌避感の働いた婉曲語法だ。月経は「月のもの」、月の満ち欠けに女のカラダが反応している命のあかしだ。人間が動物であるということ、そしてそれは産むカラダであるということを、女も男も自覚するためには、とてもよいことばだと思う。
 
 初潮が来たとき。ンなこと言われたってオレ、女のカラダを持たないし、知らねえよ、と男性読者は感じるだろう。たしかに男性には月経の気分はけっして味わえないにちがいない。だが、初めての精通でパンツを汚したとき。それだってどんな気分か、女にはけっしてわからない。親に告げたのか、親はどんな顔をしたのか、汚れたパンツはどうやって処理したのか……。それから後だって、射精ってどんな気分なのか、股にあんな異物がついていたら歩きにくくないのか、立ち小便ってどんなふうにするのか、女にはよくわからない。男を羨ましいと思ったことはないが、たったひとつ、立ち小便のできるホースがカラダについていることだけは、羨ましい。戦前の女性は立ち小便ができたと聞いて、練習したら、できるようになったのがわたしの自慢である。
 
 男と女のカラダはちがう。ちがうカラダを持っている者たちの経験はちがう。それを秘して口にしないようにしてきた長い歴史の後で、こんなにもあっけらかんと、あのね、あのときはこうなるのよ、と女たちがつぎつぎに口にし始めた。
 
 知らないことはわからない、と言えばよい。わからないことは教えてもらえばよい。たとえ自分で経験しなくても、そうだったの、たいへんだったね、といたわり、いたわられたらよい。女が「今、月経中なの」「あたし、更年期なの」とオープンに口にして、「だから取り扱い注意。よろしくね」と言えたらよい。
 
 だから、学校の月経教育も女子だけ集めないで、男女共に実施したらよい(とっくにそうなっているところもあると聞いた)。異性がつきあうときには、へえ、こうなんだ、とちがうカラダの持ち主に対してじゅうぶんな情報と配慮があればよい。
 
 十代の娘を育てている若い友人の家にお邪魔してトイレを借りたら、トイレの片隅に使用済みの月経用品を捨てるサニタリーボックスが置いてあった。それからよく見えるところに予備のトイレットペーパーに並んで月経用品が積んであった。母も娘も月経現役世代である。彼女には息子もいる。父親と男兄弟の目から月経を隠さずに子どもを育てていることが、一目瞭然だった。時代は変わった。

(タイトルビジュアル撮影・筆者)

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プロフィール
上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年、富山県生まれ。社会学者。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長、東京大学名誉教授。女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、現在は高齢者の介護とケアの問題についても研究している。主な著書に『家父長制と資本制』(岩波現代文庫)、『スカートの下の劇場』(河出文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『ひとりの午後に』(NHK出版/文春文庫)、『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)などがある。

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