
任務と私情の狭間で揺れる気持ち。その先にあるもの――中山七里「彷徨う者たち」
本格的な社会派ヒューマンミステリー『護られなかった者たちへ』『境界線』に続く、「宮城県警シリーズ」第3弾。震災復興に向けて公営住宅への移転が進む仮設住宅で発生した、殺人事件。森見貢を任意同行し、容疑者と友との狭間で揺れながら取り調べる蓮田刑事。しかし交渉術に長ける貢を追い詰めきれない蓮田のもとへ、幼馴染みの大原知歌が訪ねてくる――。
※当記事は連載第19回です。第1回から読む方はこちらです。
3
何故、この局面で知歌が現れるのか。
予想外の展開にまごつく間もなく、蓮田は一階フロアに下りていく。
知歌は受付の傍で所在なげに立っていた。
「将ちゃん」
「何のつもりだ」
「もし貢くんから連絡があったら、どこにいるか聞いておいてくれ。そして俺に教えろって電話してきたでしょ」
「それでか。折角来てくれて悪いけど、もう必要じゃなくなった」
「貢くんを逮捕したのね」
「まだ逮捕した訳じゃない」
口が滑ってしまったが、知歌は聞き逃さなかった。
「『まだ』ということは遅かれ早かれ逮捕するつもりなのよね。そうじゃなきゃ話を訊くだけで警察に連れてくるはずがないもの」
「それが分かっていて、どうしてここに来たんだよ」
「忠告に来た。このままじゃ将ちゃんも貢くんも取り返しのつかないことになる」
知歌の顔が面前に迫ってくる。
「待てよ。色々と意味が分からん」
「貢くんは掛川さんを殺していないよ」
知歌の真剣な表情を見ているうちに思い出した。蓮田と貢の間が剣吞になりかけると、決まって知歌が仲裁に入ったのだ。
甘く懐かしい感覚に浸っている時ではない。蓮田は知歌の両肩を摑んで顔を遠ざけさせる。
「事件解決の瀬戸際なんだ。いいか、この期に及んで俺と貢の間を取り持とうなんて考えるな。無意味だ」
「無意味なら、こんなところにのこのこやって来たりしないよ。二人の間を取り持とうなんて考えていない。ただ過ちを正したいだけ」
「貢を逮捕するのが過ちだと言うのか。嫌な言い方になるが警察は情実では動かないし止まりもしない」
「情実じゃないと言ったら」
これ以上、押し問答を続けても埒が明かない。そう思った時、懐のスマートフォンが着信を告げた。
「笘篠さん」
『どうした。何か手こずっているのか』
「来訪者とまだ話し中です」
『折角、警察本部までご足労いただいたんだ。フロアの隅なんかじゃなく、こっちに来てもらえ』
「でも、今は彼の取り調べ中ですよ」
『森見貢は俺が聴取する』
つまりは知歌から正式に事情聴取しろという指示だ。電話を切ってから、知歌に向き直る。
「場所を変える。取調室で、聴取内容は録音・録画されるぞ。それでもいいのか」
最初から覚悟していたらしく、知歌はいささかの躊躇も見せずに頷いた。それなら蓮田も腹を決めるしかない。
「ついてきてくれ」
知歌の事情聴取には別の捜査員が記録係として駆り出された。狭い部屋のパイプ椅子に座らされ、知歌はいかにも居心地悪そうだ。
今しも同じフロアの別室では笘篠が貢を尋問している。そう考えると胸がざらついた。
正式な聴取なので相手の氏名・年齢・住所・勤務先を確認しておく。記録係もいる手前省略できない手順だが、若干の気まずさを覚える。
「改めて訊く。貢は掛川さんを殺していないと言ったな。何か証拠でもあるのか」
「ある」
知歌は一拍の沈黙の後、こちらを正面から見据えた。
「掛川さんを殺したのは、わたし」
一瞬、頭の中が真っ白になる。続いて知歌が貢と付き合っていた過去を、微かな痛みとともに思い出した。
「あいつを庇っているのならやめとけ。まさか焼け木杭に火が付きでもしたのか」
「そんなんじゃない」
茶化されても、目の真剣さはいささかも揺るがない。蓮田は腹の底から不安が立ち上るのを感じた。
「警察はわたしのアリバイを調べていないでしょ。八月十四日の夜、わたしは自宅にいなかったし〈友&愛〉の事務所にもいなかった。吉野沢の仮設住宅にいたの」
「時間帯は」
「夜の八時少し前から十時まで」
「そんな時間に何をしていた」
「公営住宅への移転のことで掛川さんと決着をつけたかった。掛川さんは仮設住宅の窓口で住人の苦情を受け付けてくれていたけど、やっぱり役場の一員でしかなかった。苦情は聞くけれど、公営住宅への移転の方針には従っていた。住人たちには優しい顔を見せて、その実ゆっくりと懐柔しようとしていたの」
知歌の言葉に信憑性があるのは否定できない。証言に聞く掛川の人物像と本来の役目が矛盾せず両立する。
「毎日のように住人と接していると、皆本のおじいちゃんたちの信用をよそに移転計画を進めようとしている掛川さんの偽善者ぶりが本当に嫌だった。どうせ破ることが前提なら、夢なんか見せずに最初から強硬な態度できてくれた方がまだマシ。最低よ」
「ずっと彼と争っていたのか」
「向こうも仕事だから仕方ないとは言え、やり口がどうにも気に入らなかったのよ。皆本のおじいちゃんたちを騙すような真似はやめてくれとお願いしても、笑って誤魔化すだけでちっとも改めようとしない。それであの日、掛川さんが仮設住宅を訪問する時間を本人から確認した上で決着をつけに行った」
「それから」
「仮設住宅から少し離れた場所、住人に話し声が聞こえない場所で交渉を始めた。正直、何を言って何を言われたか全部は憶えていない。わたしも掛川さんも途中から興奮状態だったし……気が付いたら掛川さんが頭を血塗れにして倒れていた」
「お前が殺ったのか」
「うん」
「どうやって」
「仮設住宅の裏手には建設機械と一緒に資材も置きっぱなしになっている。いつの間にかその中の角材を掛川さんの頭目がけて振り下ろしていた」
犯行に使われた凶器が角材状のものであることも非公開になっている。ここまで条件が合致すれば秘密の暴露に該当する。
聴取を続ければ続けるほど知歌の証言が確固たるものに固まっていく。蓮田は胸が潰れそうになる。
動機と方法とチャンスは状況に合致している。だが事件の表層を成す特殊事情が説明しきれていない。
「掛川さんを殺害した後はどうした」
蓮田は知歌を睨む。心理的な退路を断つつもりだった。
「死体は空き家から発見された。しかも犯人が脱出できない状況下でだ。どうやってそんな状況を作り出せたか説明してくれないか」
仮設住宅の天窓と採光窓を外し、屋根から死体を投げ入れる。知歌には到底無理な仕事だ。願わくば説明に困って偽証だったと白状してほしかった。
しかし知歌は眉一つ動かさずに供述を続ける。
「そんな回りくどい言い方しなくていいよ。要は、どうやってあの密室状態を作ったか訊きたいんでしょ。さすがにわたし一人の力でそんな工作はできなかったし、そもそも思いつきもしなかった。だから助けを求めたのよ」
「誰に」
「白々しい。貢くんに決まっているでしょ」
「どういう経緯で貢を巻き込んだ」
「〈祝井建設〉が仮設住宅の移転を進めていたのは知っていたし、以前からわたしも貢くんに抗議していた。掛川さんを殺した直後、どうしていいか分からず、咄嗟に貢くんに連絡したの。彼はすぐに駆けつけてくれた」
「証拠はあるか」
「スマホに通話記録が残っている」
知歌は自分のスマートフォンを取り出し、何度かタップした後の画面を蓮田の面前に突き出した。
〈貢くん携帯 6月14日、20:10 〉
蓮田はぐびりと唾を飲み込む。貢の運転するベンツが料亭の敷地を出たのが午後八時十五分。防犯カメラのタイムコードは〈20:15〉を指していた。知歌からの電話を受けた貢が現場に急行したと考えれば辻褄が合う。
「貢は共犯になるのを、あっさり承諾したのか」
「交換条件を持ち出された。犯行の隠蔽に力を貸すから、仮設住宅に残っている三世帯を早く移転させるよう説得しろって。〈祝井建設〉にとって、やっぱりあの三世帯は目の上のたん瘤だったからね。皆本のおじいちゃんたちには申し訳なかったけど、わたしも追い詰められていたから条件を吞んだ」
知歌は一瞬だけ悔しそうに顔を顰めてみせる。
「仮設住宅に到着した貢くんに事情を話した。すると貢くんはしばらく考えてから、『死体を密室の中に置いてしまえば、犯行を晦ませることができる』と提案した。それが空き家の天窓と採光窓を外して死体を中に投げ入れるトリック。これならわたしには犯行が不可能だし、第一トリックを見破れなければ犯行を立証することもできない。実際、貢くんの手際は鮮やかで、資材と一緒に置いてあった脚立を使って死体を屋根まで担ぎ上げ、天窓と採光窓を外して死体を中に投げ入れると、すぐ元通りにした。この間、三十分くらいしか掛からなかった。偽装を終えた貢くんは余分なことを何一つ言わず、すぐに取って返した。それが九時過ぎのこと」
料亭〈くにもと〉の駐車場にある防犯カメラが戻ってきた貢のベンツを捉えたのが午後九時二十二分だから、これも時間的に辻褄が合う。
「凶器に使用した角材はどうした」
「血の付いたところを拭い落して廃材の中に交ぜておいた。あれからもう何日も経っている。とっくに廃棄処理されているはずよ」
受け答えに澱みがない。想定問答集で練習でもしない限り、これほど冷静に供述するのは難しいだろう。
最悪だと思った。
知歌が殺人の主犯、隠蔽に手を貸した貢が従犯。選りに選って二人とも犯人だったとは冗談にしてもたちが悪い。
死体を投げ込まれただけだから、空き家に知歌と貢の毛髪や下足痕がなかったのも当然だ。現状のところ、二人を犯人と直接立証できる物的証拠は何もない。だが、自白は証拠の王様だ。物的証拠がなくても知歌の供述さえあれば、今すぐにでも二人を逮捕できる。
本来であれば一件落着と胸を撫で下ろすところだが、今回ばかりは勝手が違う。初恋の相手と幼馴染みに手錠を掛けなければならないのだ。
殺人罪の法定刑は、死刑または無期もしくは五年以上の懲役、従犯はそれらを減刑したものだ。情状酌量があっても実刑は免れない。蓮田は知歌と貢に殺人容疑という汚名を着せて送検する役目を負うことになる。
尋問する側の蓮田が進退窮まる。供述を進めれば進めるほど逮捕の刻が迫ってくる。しかし尋問を止めてしまうのは自ら警察官の職業倫理に泥を塗ることになる。
ここからどう進める。
早く結論を出せ。
任務と私情の板挟みに煩悶していると、スマートフォンが鳴った。今度も笘篠からの呼び出しだった。
「はい、蓮田です」
『ご指名だ。森見貢がお前を戻せと騒いでいる』
笘篠の声はどこか気怠げだった。
『大原知歌が出頭したことを教えた途端に態度を急変させた。お前が相手でない限り、もうひと言も喋らないと息巻いている。いったん戻れ』
主犯が出頭したことで、従犯である自分の犯行が露見すると察知したのだろうか。いずれにしても蓮田が戻らねば埒が明かない。
知歌を記録係の捜査員に委ね、笘篠の待つ取調室に取って返す。
蓮田が部屋に飛び込むと、笘篠は無言で席を譲った。貢はさっきまでと打って変わり、今にもこちらに飛び掛かってきそうな体だ。
席を替わる際、笘篠は耳打ちをしてきた。
「大原知歌の事情聴取は記録されているな」
「もちろんです」
「確認した上で引き継ぐ」
笘篠と入れ違いに新たな記録係の捜査員が入ってきた。これで事情聴取再開となる。
「知歌がどうして出頭した」
「さあな。お前と連絡がついたら知らせてくれと頼んでいた。そうしたら自分から出頭してきた」
「何を供述した」
「掛川さんを殺害したのは自分だそうだ」
「馬鹿な」
貢は吐き捨てるように言う。
「お前、まさか本気にしたんじゃあるまいな」
「供述は理路整然として何の矛盾もなかった。動機も方法も信憑性のあるもので、そもそも進んで自首してきたんだ。疑う点は何一つない」
蓮田は努めて冷徹さを装う。知歌が自供したことで揺さぶりをかければ、芋づる式に貢の供述を引き出せるかもしれなかった。
「知歌の動機は、あいつの性格を考えると納得できるものだった」
蓮田は知歌と掛川の間にあった確執を告げ、そして自分たちが貢に目を付けた理由を説明する。
「天窓と採光窓を短時間に且つ単独で取り外すか。慣れた手と専用の道具が要る。ふん。確かに建設作業の経験者でなきゃできない仕事だ。だが、それが俺である必要はない」
「だが、知歌はお前の発案したトリックで、実行したのもお前だと証言した。知歌の知り合いでお前以上に条件に合致する建設業者はいない」
「全部、状況証拠じゃないか」
「もう一つ。知歌のスマホには事件当日、お前と交信した記録が残っていた。お前はその交信の直後、料亭〈くにもと〉の駐車場からベンツを出している。ベンツのタイヤパターンは現場に残されたタイヤ痕と一致している。これをどう説明するつもりだ」
「それで俺を追い詰めたつもりか」
貢は尚も強気な態度を崩さない。わずかでも腰が引けると守りが弱くなるのを自覚しているから、限界まで踏ん張り続ける。昔から変わらない。
もうやめてくれ、と思う。知歌の供述がある以上、貢の従犯は明らかになっている。貢が自白してしまえば、この事件は終わる。捜査を進めるごとに蓮田の胸が締め付けられることも終わる。瘡蓋を剝がして露出した恋と友情も、再び記憶の底に沈んでいく。
「あの日、知歌から電話連絡があったのは確かだ。しかし、ただの世間話だった。俺が〈くにもと〉を出たのは事実だが、忘れ物を取りに事務所に戻っただけだ。仮設住宅にベンツのタイヤ痕が残っていたのは、事件以前に乗りつけた可能性だってある。俺が密室を作ったという直接の証拠があるのなら、今すぐここに出してみろ」
「白を切り続けていても身の潔白が証明される訳じゃない」
「やっていないことを証明するのは至難の業だ。悪魔の証明ってやつだ。そんな夜中に他人とつるんでいない限りアリバイも成立しない。俺は今まさに、冤罪が生まれる瞬間を目撃しているんだな」
「知歌がお前に頼ったことを誇りに思えないか」
「知歌はとんでもない誤解をしているのさ」
貢は不敵に笑う。だが、蓮田には余裕のない虚勢にも見える。
「あいつは俺が掛川を殺したと思い込んでいる。さっきお前が言ったように密室を作れる知識と腕があるからだ。だから自分が主犯だと名乗り出て、少しでも俺の罪を軽くしようと、意味のない供述をしている。第一、掛川はどんな凶器で殴られていたんだよ」
「角材状のものだ」
「考えてもみろ。知歌の細腕で角材を振り回せると思うのか。廃材にしたって最短一メートル半か二メートルはある代物だ。厚さ38ミリの国産杉なら二キロから三キロもある」
言われてみればその通りなので、蓮田は黙り込む。男ならともかく女の腕で角材を振り回し、男の頭部を一撃で粉砕するにはいささか無理がある。
「知歌が、どうしてお前を庇わなきゃならない。仮設住宅の移転を少しでも延期させたい知歌と、推進させたいお前とは利益が相反する間柄のはずだ」
「昔、付き合っていたよしみだ。それに別れた理由も一方的に俺の都合だった。知歌にしてみれば今も未練たっぷりだろうな」
まさか高校時分の色恋沙汰を言い逃れに使うつもりか。
しかも、それは俺の胸にある瘡蓋を剝がして塩を塗り込む行為だ。
懸命に装っていた冷徹さに綻びが生じる。これを狙っての挑発だとしたら、やはり貢の方が狡猾で交渉術に長けている。
落ち着け。
ここで感情を表出させれば相手の思うつぼだ。
「知歌の勘違いで俺は殺人の共犯にされているが、それを証明する直接の証拠はない。そうだな。たとえば俺の指紋が付着した、凶器の角材でもあれば話は別だ。どうだ。そういう物的証拠があるか。あれば俺も供述内容を変えるかもしれんぞ」
「〈くにもと〉を出たのは忘れ物を取りに事務所に戻っただけと言ったな。いったい何を忘れた」
「名刺だ。アポがなくとも、先生がいつ誰と会うかも分からん。そんな時の備えにいつも名刺の十枚二十枚は持ち歩くんだが、あの日に限って忘れていることに気づいた。それで慌てて取りに戻った」
「証明してくれるものはいるか」
「まあ、あの時間帯だからいないな」
「〈くにもと〉から事務所までの間、防犯カメラに移動中のベンツが映っていなかったら、どう弁明するつもりだ」
貢は薄ら笑いを浮かべて黙っている。こちらが新たな証拠を見せる度に、のらりくらりと逃げるつもりなのだろう。やり口を知っているだけに歯痒くてならない。
頭の隅で計算する。現状、物的証拠がなくても状況証拠は揃っている。おまけに知歌の自白もある。今頃は笘篠が調書を作成している頃だ。それなら貢の自白がないままで二人を逮捕し、森見家なり〈祝井建設〉なりを家宅捜索すれば物的証拠の一つも見つけられるかもしれない。いずれにしても捜査が長引けば、貢に証拠隠滅の時間を与えてしまう羽目になりかねない。
尋問を続けるか否か逡巡している時だった。
いきなり取調室のドアが開かれ、笘篠が入ってきた。しかもその後ろには知歌が控えていた。
「笘篠さん」
「まだ事情聴取の最中なら幸いだった」
余裕綽々だった貢も、笘篠と知歌の姿を見るなり顔色を変えた。
「どうして知歌を連れてくるんですか」
「参考人のうち一人は主犯だと主張し、もう一人は主犯も従犯もないと容疑を否認している」
「よくあることじゃないですか」
「そうだ。だが今回の場合、二人が綿密な打ち合わせをした可能性は希薄だ。現に大原知歌さんのスマホで交信記録を確認したが、八月十四日の20:10以外に森見貢さんに連絡した形跡がない」
「スマホでなくても固定電話で連絡するなり、方法はいくらでもあるでしょう」
「機密を要する連絡に固定電話は不向きだ。第一、以後の連絡を隠すつもりなら八月十四日の交信記録も削除しているだろう」
蓮田は思わず小声になる。
「だったら余計に二人を一緒にするのはまずいですよ。殊に事情聴取の最中だと口裏を合わせられる惧れがあります」
「無論だ。しかし二人に同じ場所に立ってもらうのも、まるっきり無意味じゃない」
蓮田は笘篠の真意を測りかねて当惑する。見れば貢も知歌も同様に困惑顔をしている。
「聴取の場所を変えてみようと思う。時間や相手、そして場所を変えると案外人の気は変わるものだ」
「取調室から場所を移すと言うんですか。しかし録音・録画の設備が整った場所でなければ重要な証言が得られたとしても証拠として採用されにくくなります」
反論しながら蓮田は笘篠の顔色を窺う。堅実さと愚直さが身上の笘篠にはそぐわない言葉であり、何か目論んでいると考えた方がよさそうだ。
「既に課長の許可は取ってある。さあ、お二方。わたしたちと同行願います」
プロフィール
中山七里(なかやま・しちり)
1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』にて第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞し、2010年に作家デビュー。著書に、『境界線』『護られなかった者たちへ』『総理にされた男』『連続殺人鬼カエル男』『贖罪の奏鳴曲』『騒がしい楽園』『帝都地下迷宮』『夜がどれほど暗くても』『合唱 岬洋介の帰還』『カインの傲慢』『ヒポクラテスの試練』『毒島刑事最後の事件』『テロリストの家』『隣はシリアルキラー』『銀鈴探偵社 静おばあちゃんと要介護探偵2』『復讐の協奏曲』ほか多数。
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