街路樹のありがたみ――「熊本 かわりばんこ #04〔ピンクのリボン〕」田尻久子
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街路樹のありがたみ――「熊本 かわりばんこ #04〔ピンクのリボン〕」田尻久子

 長年過ごした東京を離れ故郷・熊本に暮らしの場を移した吉本由美さんと、熊本市内で書店&雑貨カフェを営む田尻久子さん。
 本と映画、そして猫が大好きなふたりが、熊本暮らしの手ざわりを「かわりばんこ」に綴ります。 ※#01から読む方はこちらです。

ピンクのリボン

 古いビルの2階で店を営んでいる。そんなに広くはないのだが、北側と東側に窓が広がっているので開放感があってなかなか気持ちのいい場所だ。店の前の道路には植栽された樹が並んでいる。たしかめたことはないのだが、おそらくモミジバフウだとあたりをつけている。どちら側の窓からも樹が見えるのだが、東側は窓から手をのばせば届きそうなほどに近い。春になると新葉がどんどん出てきて、新緑が窓いっぱいに広がる。そうなってくると、さわりたい、といつも思うのだが、窓を開けて手をのばしてみても届きそうで届かない。

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 ときに、鳥が遊びに来ることもある。仕事の手を休めると無意識に樹を探して窓辺に目がいくのだが、幸運にも鳥が見えたときは、そおっと窓に近づく。彼らにとって、ビルの中は別世界なので気付かれずに観察することができる。春先、まだ葉がついていない頃に、造巣中らしきカラスがやって来た。枝にとまると、目の前の小枝を器用に嘴(くちばし)で折り取る。しかし、くわえている小枝はけっこう長い。そのままでは飛び立つときに他の枝にひっかかってあぶないのでは? と心配していると、枝から枝へと高い方へ少しずつ飛び移り、さえぎるものがない樹のてっぺん近くまで移動してゆうゆうと飛び立っていった。人に心配されるほどカラスは愚かではない。

 窓の向こうの樹は、確実に私の心のよりどころになっている。この樹がなくなってしまったら、店の空気は確実に変わってしまうだろう。窓際は外に向かってカウンター席をつくっているのだが、やはり樹が正面にくる席は人気だ。特にひとりでくつろぎに来る方はそこに座ることが多い。誰だって、視界に建物の壁しかないより、樹がある方が好ましい。

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 しかし、樹があることが誰にとってもよいこととは限らない。落葉樹だから、秋になれば葉が落ちる。茶色くてトゲトゲのついた丸い実も落ちる。たまに紅葉した葉っぱや、落ちた実をお客さんがひろってくることがある。落ちるのはアスファルトの上だから、土に還ることはない。よって、誰かが掃除しなければならない。通り沿いには、銀行や病院やテナントビルが並んでいる。テナントビルには、店舗が入っているところもある。だから、ビルの清掃職の人や各店舗で働く人が掃除をしている。みんな仕事の一環と思っているからせっせと掃いているが、これが個人宅だったらどうだろうか。街路樹は住宅街にもある。自分で植えてもいない樹がわが家の前にあるなんて、掃除が大変で分が悪いと思う人もいれば、借景で気持ちが潤ってありがたい、と思う人もいるだろう。あるいは、車が鳥のふんだらけになっちゃうと怒る人もいるかもしれない。台風の季節には老木が脅威となる場合もある。しかし、それはすべて人間側からの意見でしかない。
 実際、「害虫がいる」「落ち葉で側溝が詰まる」「鳥のふんが汚い」などと、管理をしている行政機関には市民からの苦情が寄せられているという。

 ある日、お客さんが「今日の新聞見た?」と息巻いていた。地元の新聞に「街路樹に付けられているピンク色のリボンは何?」という疑問が寄せられ取材した結果、ピンクのリボンは伐採を検討している樹に巻かれているというのだ。店のある通りの樹にはリボンが1本も巻かれていないから、まったく知らなかった。そう言えば、コロナ禍になってからは家と店の往復ばかりで、繁華街を歩くこともめったになかったと気付く。

「第1期 熊本市域街路樹再生計画」という行政の計画書を読むと、伐採については詳しく書いてあるが、再生についてはあまり具体的なことが書かれていないような気がした。伐採の理由は、「巨木化や老朽化、生育環境の悪化により、歩行者の通行空間への支障や、倒木や落枝などの事故が市民生活の安全面に影響を与えている」「交差点、信号機、標識等への視認性の低下」「台風等の自然災害による倒木事故や交通網遮断」「巨木化した樹木の強剪定による樹形悪化」など。人間が不格好に伐ったあげく見た目が悪いから伐るってあまりに身勝手すぎやしないだろうか。標識が見えないなら、見えるように剪定できないのだろうか。大きくなり過ぎると困る樹をなぜ街路樹に選んだのだろうか。1本1本、本当に伐るべき樹なのか専門家の視点で熟考されたのだろうか。読めば読むほど、疑問が湧いてくる。伐採が検討されている樹はどのあたりにあるのだろうと確認すると、市中心部の電車通り沿いでは、一帯の街路樹の6割近くにピンクのリボンが巻かれているようだ。
 私を毎日なぐさめてくれている樹にはリボンは巻かれていないが、この樹がある日突然に邪魔だからと伐られてしまう可能性があるのだと思うと、胸が塞がる。

 もやもや考えていてもしょうがないので、伐られるかもしれない樹を見に行くことにした。吉本さんと同じく私も完全に運動不足だ。どこへ行くにも車を使ってしまうので、なお悪い。この間もお客さんに「筋肉をつけないとダメよ」と叱られてしまった。自分を甘やかしたまま歳を取れば、店へとあがる階段が早々に辛くなるだろう。90代のお客さんだってのぼってきてくださるのだから、階段が辛いなどとは歳をとっても言えやしない。

 出勤前の用事が思いのほか早く済んだ日、梅雨の晴れ間でもあったので、電車通り沿いに歩いてみることにした。熊本は市の中心部を市電が走っている。店の前からスタートして数分後、バスターミナルの前に出ると、早速ピンクのリボンが目につく。目と鼻の先と言ってもいいような場所。こんなに近くで起こっていたことに気付いていない自分にがっかりする。たしか近くにびわの樹もあったはずだが、と探すがなくなっていた。樹のまわりではいつものように鳩がくつろいでいる。何かくれるのかと期待のまなざしを鳩から向けられていることに気付き、すみません何ももっていません、と慌ててその場を離れる。

 しばらく電車通り沿いを歩くと、あるわあるわ、ピンクのリボンだらけ。確かに枝が標識などにかかっているものもあるが、何をさえぎっているわけでもない樹にも巻かれている。どの樹ものびやかに新葉を広げ、いきいきと茂っている。市役所前では、ほっそりとしたまだ育ち切っていなそうな弱々しい樹にも巻かれていてしのびなかった。マークしてあるすべての樹に、伐るべき理由が1本1本あるのだとしたらそれを知りたい。

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 リボンの多さに辟易しながら歩いていると、信号待ちをしている女性を見かけた。少しわきにずれて樹の下で待っていらっしゃる。熊本の夏は以前にも増して酷暑だ。日をさえぎってくれる樹木の存在はありがたい。
 落ち葉、虫害、鳥のふん、隠れる標識。困っていることは目につきやすい。でも、困っているのは人間だけではない。植物や動物は人間がやることに困っている。山を切り開き、もともとの動物のねぐらを奪っているのは人間。落ち葉が土に還れないようにアスファルトで固めてしまったのも人間。排気ガスが直撃するような場所に樹を植えたのも人間。私もそのうちのひとり。

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 植物から受けている恩恵に、日々思いをめぐらす人はどのくらいいるのだろう。私たちはいつも、なくなってからしか大切なものだったことに気付かないから、世界中で環境破壊が広がってしまった。もちろん街路樹は人間が植えたもので「自然」とは言えないかもしれない。でも、私たちが呼吸している酸素の一部をつくっていることに変わりはない。山にあろうと海辺にあろうと、都市の真ん中にあろうと、どの樹木も生きている。鳥のねぐらであり、小さき生物の営みの場である。あるいは、通りを歩く人に木陰をつくり、窓への直射日光をさえぎり、人々の心をなぐさめている。目には見えない恩恵を私たちに与えてくれている。

『植物は〈知性〉をもっている』という本を読んでいたら、興味深いことが書いてあった。植物の存在が子どもや若者にどのような影響を与えるかという研究が注目を集めているそうなのだが、緑が見える場所の方が集中力や注意力が高まるのだという。さらには、木々の立ち並ぶ道路では事故が少なく、緑の豊かな地区では自殺や暴力犯罪が少ないこともわかっているという。
 この本の主題は「植物のもつ知性」についてだが、スピリチュアルな話ではなく、科学研究によって明らかにされた事柄に沿って植物の持つさまざまな能力が説明される。植物は感覚をそなえており、複雑な社会関係を作り上げていて、植物どうしや動物とのあいだでコミュニケーションをとれることが明らかにされているというのだ。トマトは虫に襲われると、化学物質を放出して周囲の仲間に危険を知らせるという。読んでいるうちに植物を見る目が少しずつ変わっていくような気がした。

 ピンクのリボンを追って歩きながら、そう言えば、根が隆起している大きな楠が何本も並んでいる場所があったと思い出した。見に行ってみると、リボンは1本も巻かれていない。この楠は戊申詔書発布の記念事業として植えられたという熊本市の説明書きが横に据えられている。特別扱いだから伐られないようだ。しかも、私の母校の運動場東端に植えられた楠樹群だと書いてあって驚いた。のちに、学校は移転している。50年以上、熊本に住んでいながら知らなかった。おそらく私は樹しか見ていなかったに違いない。
 根はずいぶんと盛り上がり、道路はやや波打っている。これらが伐られずにすむのなら、他の樹もなるべく伐らずにすむ方法があるのでは? と隣接する建物より高くそびえ立つ楠を見上げながら思った。この並木道は「オークス通り」と呼ばれている。

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 ピンクのリボンに戻り、まるでロマが目印をたどって歩くみたいだな、と思いながらどんどん歩く。すると、街路樹がない部分があった。たしかここにも前は樹があったはず。まだ記憶に新しい緑のある風景を思い浮かべながら、目の前の風景と比べると、なんとも言いがたい寂寥感がおそってくる。緑を失ったその場所は、見知らぬ場所のようだった。

 ピンクのリボンをたどって歩いてからしばらくのち、新聞に街路樹についての続報が掲載された。秋にも伐採に入り、2路線の3割強である502本の伐採を3年で完了させる計画だという。しかし、再考を求める市民の声を受け「対応を検討中」となっているそうだ。最初の報道があってから、徐々に市民の声があがっていたのだ。伐ってほしいという声もあれば、伐ってほしくないという声もある。これから先どうなるかわからないが、あげられた声は少なくとも届いた。

 街路樹を見て歩いているとき、繁華街の入口に『ビッグイシュー』の販売員の方がいらっしゃった。ちょうどカズオ・イシグロのインタビューが載っている号が欲しいと思っていたので購入する。販売員さんの立っている場所の両脇には樹が1本ずつあり、どちらの樹にもピンクのリボンが巻かれていた。お金を払って一度は立ち去りかけたのだが、どうしても気になって再び声をかけた。このピンクのリボンが何かご存じですか? 知りません、とおっしゃったので、リボンが巻かれている樹は伐採を検討しているらしいですよ、と伝えるとこうおっしゃった。
 ぼく、この樹がなくなったら困る。軒下では販売しちゃいけないことになってるんですよ。夏になるとものすごく暑くて、この樹があるからなんとか我慢できるのに。なくなるとほんとに辛いなあ。
 声をあげる術がない人たちもいる。
 ホームレスの人たちが居座らないように、突起物をつけたり、座面に傾斜をつけたりしたベンチが設置されている場所があることを、彼の言葉を聞きながら思い出した。

(次回は吉本由美さんが綴ります)

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プロフィール
田尻久子(たじり・ひさこ)

1969年、熊本市生まれ。「橙書店 オレンジ」店主。会社勤めを経て2001年、熊本市内に雑貨と喫茶の店「orange」を開業。08年、隣の空き店舗を借り増しして「橙書店」を開く。16年より、渡辺京二氏の呼びかけで創刊した文芸誌『アルテリ』(年2回刊)の発行・責任編集をつとめ、同誌をはじめ各紙誌に文章を寄せている。17年、第39回サントリー地域文化賞受賞。著書に『猫はしっぽでしゃべる』(ナナロク社)、『みぎわに立って』(里山社)、『橙書店にて』(20年、熊日出版文化賞/晶文社)がある。

吉本由美(よしもと・ゆみ)
1948年、熊本市生まれ。文筆家。インテリア・スタイリストとして「アンアン」「クロワッサン」「オリーブ」などで活躍後、執筆活動に専念。著書に『吉本由美〔一人暮らし術〕ネコはいいなア』(晶文社)、『じぶんのスタイル』『かっこよく年をとりたい』(共に筑摩書房)、『列車三昧 日本のはしっこへ行ってみた』(講談社+α文庫)、『みちくさの名前。~雑草図鑑』(NHK出版)、『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』(村上春樹、都築響一両氏との共著/文春文庫)など多数。

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