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ずっと続く満ち足りた生活のために――今だから知っておきたい!「ウェルビーイング」にきく『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』

 新型コロナウイルスの影響もあり、思考のパラダイムシフトやワークライフバランスの見直しがより重要視されるなか、大きな注目を浴びているのが「ウェルビーイング」という考え方です。「一時的な幸せ(happiness)」と異なり、「ウェルビーイング(well-being)」では満たされた状態が続きます。心身の健康だけでなく、幸せを感じたり社会的に良い状態を維持していたりするなどすべてが満たされている状態がウェルビーイングといえるでしょう。
 脳卒中から回復するまでの体験を綴り、世界中で大ベストセラーとなった『奇跡の脳』(邦訳は新潮社)から12年、ジル・ボルト・テイラー博士による話題の新刊『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(NHK出版、2022年6月刊)では、脳の驚きの秘密を解き明かしながら、思考・感じ方のクセを変えて、ネガティブなことにとらわれず人生を楽しむための考え方やコツを提示します。体験と研究を通して導かれた、「心安らかな幸福感」を得るための方法は、だれでも実践できるわかりやすいものです。
 ここでは、本書の一部をもとにテイラー博士が得た気づきをご紹介します。*記事中の引用はすべて『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』より。


 脳科学者として第一線で活躍していたテイラー博士が脳卒中で倒れたのは、37歳のときでした。左脳の機能が崩壊した博士は、言語中枢・運動感覚だけでなく世界の受け止め方も一変したといいます。左脳が脳出血に見舞われたとき、生死の境にあるにもかかわらず、このうえもない幸福感に包まれたのだと……。8 年間のリハビリの末、すべての機能を取り戻した博士が発症からの時々刻々を語ったTED トークは、世界中で2800 万回も視聴され、伝説の講演となっています。
 脳卒中と長年にわたるリハビリを経て博士が得たものは、「脳全体(ホール・ブレイン)」を使って真の自分を見出し、心からの安らぎとエネルギーに満ちた人生を送る方法でした。

だれでも感じ方を変えることができる

 脳卒中のリハビリを通してテイラー博士が実感したのは、「人間には感情回路を自ら選んでオン・オフにする力がある」というものでした。
 いったん回路が刺激されて感情的な反応を引き起こすと、その感情の元になる化学物質が体中に満ちたあと、血流から完全に洗い流されるまでは90秒足らず。喜怒哀楽を生み出す「感情回路」を発動させた考えを何度も思い出したりしなければ、化学物質が中和されるのにかかる90秒後に、感情回路は自然に停止します。博士はこれを「90秒ルール」と呼んでいます。そして、感情回路のオンとオフの選択は私たちにもできるのです。

 私たちは、この世界のなかで、自分が何者で、どんなふうでありたいかを、一瞬ごとに選び取る力をもっています。
 私のなかには「私たち」がいます。どれを選びますか……そしていつ選びますか?
 右半球の深い内なる平和の回路を動かす。その時間が長ければ長いほど、より多くの安らぎが世界に投影され、地球がより平和になると信じています。

 博士によれば、脳のなかのさまざまなグループの細胞のこと、それらがどのように組織されていて、異なる細胞回路のそれぞれをはたらかせるとどんな感じがするか理解するほど、自分が動かしたい神経回路を意図的に選べるようになるといいます。こうして、私たちは最終的に、周囲の環境に左右されることなく、一瞬ごとに、自分がだれで、どうありたいかを選ぶ力を手に入れられるのです。

脳のなかの「4つのキャラ」

 脳卒中による左脳の損傷で、テイラー博士は細胞と肉体的なスキルだけでなく、規律正しく、几帳面で計画的といった意欲的な人格(パーソナリティ)も失ってしまいました。また、過去のあらゆる困難や感情や苦痛を知っていた別の人格も失われた結果、「今この瞬間」の平和な幸福感に浸ることしかできなくなったのです。
 その貴重な経験を通じて、博士は脳のふたつの半球に分けられた細胞群が4つあり、それぞれがはっきりとした4つの人格(博士は「4つのキャラ」と呼んでいます)を生み出すことを身をもって学びました。

脳内にある「4つのキャラ」

「4つのキャラ」とは、順序だてて考える几帳面な〈キャラ1〉(左脳の大脳皮質)、用心深く、不安や恐怖を感じやすい〈キャラ2〉(左脳の辺縁系)、好奇心や遊び心が旺盛で、いまの楽しさを優先する〈キャラ3〉(右脳の辺縁系)、ありのままの自分に幸福感を感じる〈キャラ4〉(右脳の大脳皮質)を指します。
 これは、ユングの「4つの元型」という枠組みを神経解剖学的に解釈したものです。2階に2部屋、1階に2部屋、合計で4部屋ある家のように、私たちの脳は「4つのキャラ」全員の住まいです。
 博士は、「4つのキャラ」が私たちの安定した精神状態を保っていると語ります。逆にいえば、心と頭が別々のことをいっているときは、脳の違う部分同士が争っているのだと。「4つのキャラ」がお互いに理解しあって、健全な関係を築くこと。そうすれば、天賦の才で装備した「脳チーム」は集団としての機能を発揮します。日常生活では心のなかの葛藤が多くありますが、どのキャラがどのような動機によって対話をしているかを知ることで、自分がどのような人間でありたいかを意識的に選ぶことができるのです。

「脳の作戦会議」をしよう

「4つのキャラ」について熟知し、安心してそれぞれのキャラを見せられるようになれば、もっと脳全体(ホール・ブレイン)を活かした人生が送れるようになる、とテイラー博士はいいます。自分の「4つのキャラ」と他人の「4つのキャラ」とのあいだに健全な関係を築くことがゴール。ポジティブで生きる力を与えてくれる人間関係のため、このゴールはとても大切です。私たちにはどのキャラになりたいかを一瞬ごとに選び、理解する力があります。「4つのキャラ」に「脳の作戦会議」を開かせることが、次にとるべき最善の行動へのカギとなるのです。
 博士による「脳の作戦会議」の意義とは、自分の周囲の世界に向けてどのキャラをどう見せるのか、そして周囲の世界が自分の考えや感じ方や行動に影響を与えることをどこまで許すのか。「脳の作戦会議」は、それを自分で判断してコントロールするための力だといいます。

 よい判断をくだすには、どんな選択肢があるのかを知る必要があります。「4つのキャラ」という素材を徹底的に理解する前の私は、白黒はっきりした選択肢以外の選び方がよくわかりませんでした。自分の決断には、たいてい満足していましたが、ときどき決断したあとで、その前にひと呼吸おいて「脳の作戦会議」を実践していたら、もっと賢明な選択ができたのになぁと思うのです。「脳の作戦会議」は不安を和らげ、私のすべての人格の声が合わさった、いちばん自分らしい声を生み出してくれます。

「脳の作戦会議」を開くためには一時停止ボタンを押す必要があります。これは「90秒ルール」を実行するのと本質的に同じで、90秒間、一時停止することで血液中に化学物質があふれ出し、それから完全に中和されます。ふたたび頭がクリアになって、それまで感じていた感情がなくなると、「4つのキャラ」全員に会話をさせて、より良い決断ができるようになる、とテイラー博士はいいます。
 さらに博士による作戦会議では、「4つのキャラ」全員が自分の意見を表明することができます。決断が「4つのキャラ」の支持と合意によって裏づけられれば、最良の選択をしたと確信できるでしょう。真に自分らしい人生は「脳の作戦会議」によって支えられているのです。
 同じように重要なのは、周囲の人々の「4つのキャラ」がどのようにふるまおうとしているのかを「読める」ことだといいます。あなたのキャラを知ることで、どうすればあなたと最も効果的に接してサポートできるかを考えるヒントが得られるのだと。相手の視点がわかると、明瞭なコミュニケーションがとれるようになります。相手の「4つのキャラ」とその欲求を識別することは、平和で調和のとれたコミュニケーションを実現するための道しるべとなるのです。

 テイラー博士はこのように語っています。

 多くの人が、自分自身のいちばん御しにくくて魅力的でない部分や傷つきやすい部分を「取り除く」ことや「直す」ことを目標にしてきました。でも、自分のすべてのキャラを受け入れ、それに耳を傾け、育むことで、私たちは円熟し、成長し、自宅の犬や猫が知っているような「あなた自身」に生まれ変われるでしょう。

 4つのキャラ」と向きあって作戦会議を開き、最終的に真の自己に立ちかえる――それぞれのキャラを同等に評価し、フル活動させることで、自分のなかのネガティブな思考・感情のクセがなくなり、幸福感とエネルギーが満ちあふれてきます。
 テイラー博士が提案するように、脳と自分の関係を見つめなおすことは満ち足りた人生を送るためにより良い選択をする助けとなるでしょう。

(了)

*続きは『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』でお楽しみください。

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著者プロフィール

photographer: Martin Boling Photography

ジル・ボルト・テイラー(Jill Bolte Taylor, Ph.D.)
神経解剖学者。1996年、37歳のとき脳出血により左脳の機能をすべて失った。8年のリハビリの末、身体、感情、思考すべての脳機能を回復させた体験を語ったTEDトーク(2008年)は、これまでに2800万回以上視聴され、伝説の講演となっている。体験記『奇跡の脳─脳科学者の脳が壊れたとき』(新潮社)はベストセラーとなった。本書は、その実践編とも言える著者の2冊目の著書である。現在は、ハーバード大学脳組織リソースセンター(ハーバード・ブレインバンク)のナショナル・スポークスマンとして、重度の精神疾患の研究のために脳組織を提供することの重要性について、啓蒙活動を行っている。ウェブサイト: drjilltaylor.com

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