宮島未奈『モモヘイ日和』第5回「いざ、白雪町をよくする会」
24年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』の作者・宮島未奈さんの新作小説が「基礎英語」テキストにて好評連載中です。「本がひらく」では「基礎英語」テキスト発売日に合わせ、最新話のひとつ前のストーリーを公開いたします。
とある地方都市・白雪町を舞台に、フツーの中学生・エリカたちが巻き起こすドタバタ&ほっこり青春劇!
ローズモールの本屋さんの前で、わたしとミサトは百平さんに話しかけられてしまった。走って逃げるわけにもいかず、「はいっ」と立ち止まる。
「ちょうどいいところで出会った。君たちにも協力してほしいことがある」
何を頼まれるんだろう。わたしとミサトは顔を見合わせる。
「石田さんが急に話しかけるから、びっくりしてるじゃないですか」
本屋さんのエプロンをつけた40 代ぐらいの女の人が、百平さんをたしなめる。百平さんが店員にクレームを付けているのかと思ったけれど、どうも違うらしい。
「それはすまなかった」
百平さんは軽く咳払いをして、話しはじめた。
「実は、わたしは『白雪町をよくする会』の一員なんだ。この水川さんも、ローズモール白雪の代表として加わってくれている」
「水川夏子です。よろしくお願いします」
水川さんは丁寧に頭を下げた。
「白雪町をよくする会はその名のとおり、地域振興を目指す住民たちの会なのだが、年寄りばかりで新しいアイデアがなかなか出てこない。そこで、地域の中学生にも出席してもらえないかと思っているんだ」
白雪町をよくする会? 聞いたことがないけど、わたしたちが住んでいる白雪町と関係しているのはわかる。でも、わたしたちに中学生代表なんて大役が務まるのだろうか。
「急に言われても困っちゃうよねぇ」
水川さんに言われてうなずくと、百平さんは「そうか」と頭をかいた。
「この子たちは迷い犬を飼い主のところに届けて、地域の役に立っていたからぴったりだと思ったんだ」
百平さんがわたしたちの顔を覚えていたのがわかって、ちょっとうれしかった。
「へぇ~、すごい。そんな子たちとここで出会うなんて、すごい偶然ね」
「白雪町をよくする会って、何をするんですか?」
ミサトが尋ねる。
「今年の1月に発足して、まずは親交を深めるために飲み会をした」
「それはちょっと」
ミサトが眉をひそめる。
「そうだよね、中学生には関係ないよね。飲み会は1回目だけで、あとは2か月に1回集まって、ちゃんと話し合ってるの。今の白雪町の問題点とか、これからどんなことをして盛り上げていくかとか。でもイベントとかをするにはお金がいるでしょう? そのお金をどこから調達するか、まだ決まっ
てなくて」
「わしは白雪まつりをやりたいんだがな」
「おじいさんたちは軽々しくそういうことを言うのよ」
水川さんが冗談っぽく言うのを見ると、百平さんとは結構打ち解けているようだ。
「そんなことをお菓子を食べながら話すの。全然堅苦しくない会だから、もし気が向いたら来てよ。4回目は来週日曜日の午後1時から、白雪公民館の会議室で」
「次回はうちの海翔も連れていく」
百平さんが水川さんに言うと、ミサトがぴくっと反応したのがわかった。百平さんの孫の海翔さんは白雪中で一番のイケメンで、わたしたちはひそかに「プリンス」と呼んでいるのだ。
「わたしも行きます!」
ミサトのやる気みなぎる返事に、わたしは思わず「えっ」と声を出してしまった。ミサトも我に返ったみたいで、「あっ、えっと、お菓子が出るっていうし」とごまかす。
「それはよかった。二人の席を用意しておくね。お名前聞いてもいいかな?」
水川さんはエプロンのポケットからメモ帳を取り出し、わたしとミサトの名前を書きつけた。
* * *
あのあとミサトは「エリカを巻き込んじゃってごめん」と謝ってくれたけど、白雪町をよくする会に行くのはそこまでイヤじゃなかった。わたしだってプリンスと会ってみたかったというのもある。ミサトがプリンスを推しているのを見るうちに、つられて興味が湧いていたらしい。
白雪公民館の会議室には開始10分前には着いた。机がロの字に並べられていて、出席者が10人ぐらい座っている。おじいさんが多くて、女性はおばあさんが一人と水川さんがいるぐらい。プリンスはまだ来ていないようだ。
一番奥の角の席からミサトが手を振るので、わたしはその左隣に座った。机にはところどころに平たいお皿が置かれていて、個包装のチョコレートや、クリームが挟まったクッキー、砂糖のつぶつぶがついたおせんべいが盛られている。
「なんかドキドキしてきたよ~」
ミサトは水色のワンピースに、ピンクのリボンがついたカチューシャで気合いが入っている。
「そのカチューシャ、かわいいね」
「ありがとう!」
開始時間の少し前に、百平さんとプリンスが並んで入ってきた。それを見て、二人は本当におじいさんと孫なんだって実感する。全然似てないし、特別親しげではないけれど、その距離感が同じ家に住んでいる人って感じがした。
ミサトが「今日もかっこいい」と小声でつぶやくのが聞こえる。
「いやー、海ちゃん大きくなったなー」
小さい頃から知り合いだったのか、わたしの左隣に座っているおじいさんがプリンスを見て言う。
「そうなんだよ。ぐんぐん大きくなって、柱に頭をぶつけるんだ」
プリンスが柱に頭をぶつけているところを想像したらちょっと笑えた。
「中学生は中学生同士のほうがいいよな? ここに座るといい」
さっきのおじいさんが立ち上がる。えっ、それって……? わたしたちがリアクションをする間もなく、プリンスは黙って歩いてきてわたしの隣に座った。ふわっと風が吹いてきて、これがプリンスの起こした風かと思うとドキドキする。
「ミサト、席かわろうか?」
わたしが右隣のミサトにだけ聞こえるような音量で話しかけると、ミサトも小さい声で「隣だと心臓がヤバいからここで大丈夫」と断った。わたしでもドキドキするぐらいだから、その気持ちはわかる。
「それでは、第4回『白雪町をよくする会』をはじめます」
まずは白雪町の都市計画課のおじさんが、白雪公園に新しくオープンカフェを作る話を始めた。おじいさんたちは「カフェって柄じゃないな」「それより酒は飲めるのか」とわいわい騒いで、水川さんがため息をついている。
「エリカちゃんとミサトちゃんはどう? どんなメニューがあったらうれしい?」
急に指名されて慌てる。
「ソフトクリームなんてどうですか?」
ミサトが言うので、わたしも「ソフトクリーム、いいと思います!」と乗っかる。都市計画課の人も「小さいお子さんも喜びそうですね」とうなずいていた。
次の議題は交通安全だった。白雪警察署の人が、最近町内であった交通事故についてホワイトボードで説明する。見通しのいい交差点で一時停止を怠った車同士が衝突し、死者こそ出なかったものの、運転手が骨を折る怪我をしたらしい。
「まったく、けしからん!」
百平さんの怒鳴り声が響いて、わたしとミサトだけじゃなくプリンスもびくっとした。家族でもやっぱりびっくりするんだ。
「交通安全はすべての基本なんだ。白雪町から交通事故をなくさねばならない」
百平さんは顔を真っ赤にして立ち上がる。どうしてそんなに交通安全にこだわるんだろう。わたしの疑問に答えるかのように、百平さんが過去のことを語りはじめた。
この続きは「中学生の基礎英語レベル1」「中学生の基礎英語レベル2」「中高生の基礎英語 in English」9月号(3誌とも同内容が掲載されています)でお楽しみください。
プロフィール
宮島未奈(みやじま・みな)
1983年静岡県生まれ。滋賀県在住。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「R-18文学賞」大賞・読者賞・友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』が大ヒット、続編『成瀬は信じた道をいく』(ともに新潮社)も発売中。元・基礎英語リスナーでもある。
イラスト・スケラッコ
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