新しいものが生まれる陰に存在する破壊と消滅――中山七里「彷徨う者たち」
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新しいものが生まれる陰に存在する破壊と消滅――中山七里「彷徨う者たち」

本がひらく
本格的な社会派ヒューマンミステリー『護られなかった者たちへ』『境界線』に続く、「宮城県警シリーズ」第3弾。震災復興に向けて公営住宅への移転が進む仮設住宅で発生した、殺人事件。期せずした旧友との再会によってかつての友人たちとの苦い思い出を嚙み締める蓮田。一方、南三陸町でいまもNPO活動を続ける旧友・知歌は招かれざる者と対峙する――
※当記事は連載第7回です。第1回から読む方はこちらです。

『困ってるんだよ、大原さん』
 皆本老人から電話が入ったのは今から三十分前のことだ。おそらく近くに人がいたのだろう。助けを呼ぶ口調もどこか遠慮がちだった。昼日中(ひるひなか)から酒に溺れるような老人だが、だからこそ芯はそれほど強くない。家も家族も失って、その傾向はより顕著になったのではないかと知歌は考えている。
 初めて会った時、皆本老人はひどく怒りっぽい性格に思えたが、話しているうちにそれも寂しさからくる反動だと知った。独身者で飲酒癖のある人間の多くは気が小さいというのが知歌の意見だ。
 吉野沢仮設住宅に到着すると、見慣れぬ車両が目に止まった。ドアには〈シェイクハンド・キズナ〉の法人名が躍っている。
 皆本宅に足を踏み入れるとやはり先客がいた。
「誰ですか、あんた」
 知歌に無遠慮な視線を投げてきたのは四十代と思しき男だった。
「皆本さんの担当で、〈友&愛〉の大原と言います」
「〈友&愛〉って何かの会社ですか」
「NPO法人です。被災された方のケア全般を請け負っています」
「奇遇ですね。こっちもNPO法人でしてね。〈シェイクハンド・キズナ〉の板台(ばんだい)です」
 法人名を聞いた途端、知歌の警戒心が発動した。
「皆本さんに何かご用ですか。ケアサービスならウチが以前から行っていますけど」
「災害公営住宅への移転のお世話もサービス内容に入っていますか」
「特に斡旋してはいません」
「それなら、ちゃんと棲み分けができる。僕たちは被災者第一主義で、よりよい住まい、よりよい未来を提案する団体なんですよ」
 板台の口上はまるでセールスマンのそれで、とてもNPO法人の職員とは思えない。これまでの経緯を確認するべく、知歌は皆本老人に向き直る。
「皆本さんは公営住宅に移りたいんですか。前回はそんなことひと言も」
「俺だって嫌だよ」
 皆本老人は不貞腐(ふてくさ)れたような声で知歌に縋ってくる。言葉は素っ気ないが、知歌が到着するまで執拗に勧められていたことを窺わせる。
「本人はこう言ってますけど」
「そりゃあ、本人はぐずりますよ。お年寄りは変化を嫌いますからね。でもいつまでも仮設住宅に住み続ける訳にはいかない。決断が遅れれば遅れるほど住まいの条件は悪くなります。多少は本人の意思を無視してでも移転を進めるのが、結局は本人の幸福に繫がるのですよ」
「取りあえずお引き取り、お願いします」
 知歌は努めて冷静に言う。
「そちら様の活動内容がどうであれ、本人の意思に反することを一方的に押し付けるのは強要に過ぎません。これはNPO法人の義務違反に抵触しませんか」
 不意に板台の表情が強張る。認定法人等としての義務違反があった場合には、所轄庁は認定等を取り消すことができる。NPO法人には最も痛い処分だ。
「義務違反ですか。どうやらあなたとは相当に認識の相違があるみたいですね」
 板台は無遠慮に知歌の腕を摑んだ。
「お互いの理解を深める必要がありますね」
 持って回った言い方だが、翻訳すれば『表に出ろ』という意味だ。
「皆本さん、少しの間だけ中座します」
 知歌は板台とともに外に出る。いくらこちらの主張が正しくとも、皆本の目の前で醜悪なやり取りはしたくない。
 建機の機動音が飛び交う中、板台は先ほどとは打って変わって粗雑な口ぶりになる。
「大原さんだっけ。こっちの邪魔、しないでもらえないかな」
 イントネーションを聞く限り、東北の人間ではなさそうだった。
「邪魔も何も、皆本さんが嫌がっていることを強引に進めるのは問題があります」
「でも、災害公営住宅への移転と仮設住宅の撤去は既に決定事項でしょうが。さっきも言ったけど、本人の気持ちなんて無視して話を進めないと、本人だけじゃなく関係各所全部が面倒になるよ」
「それ、本当に皆本さんを思ってのことですか」
「本人の好き嫌いは関係ないって言ってるでしょ」
 板台は今更という口ぶりで知歌を嗤う。
「国や県が決めたことに従うのは国民の義務っスよ」
「それにしたって、本人が納得するまで説得し続けるのが筋というものでしょう」
「いちいち筋なんか通していたら物事は一歩も進みはしませんよ」
「あなたたちはそうかもしれませんね」
 知歌は皮肉を込めて言い放つが、板台に伝わっているかどうかは分からない。分からないが、言ってやらなければ気が済まない。
〈シェイクハンド・キズナ〉の悪名は宮城県内ばかりか業界内に普(あまね)く知れ渡っているが、職員と直接顔を合わせるのは初めてだった。
 NPO法人〈シェイクハンド・キズナ〉の設立は阪神・淡路大震災直後だと聞いている。被災地で意気投合した有志者がオープニングメンバーとなったが、その時点でいい評判はなかったらしい。
 災害ボランティアには「自己完結」「自己責任」「被災地・被災者への配慮」「多様性の尊重」の四つ以外に専門性が求められる。たとえば医学的な知識や介護に関するノウハウ、そして現場処理能力の有無だ。怪我人に最適な処置を施せるのか。精神が不安定な被災者に適切なカウンセリングができるのか。瓦礫だらけの現場をいかに効率よく整えることができるのか。言い換えればノウハウも体力も要領よさも備えていない素人が被災地に足を踏み入れても足手まといになるだけで、はっきり言って迷惑でしかない。
 ところが〈シェイクハンド・キズナ〉に被災者援助のスキルを有している者は一人も存在していなかった。それどころか被災者と他のボランティアの支障にしかならなかったのだ。
 曰く軽装備で被災地に踏み入り、散乱していたガラス片や瓦礫で怪我をして被災者を押し退けて医師の世話になった。
 曰く気の合ったボランティア同士でキャンプファイヤーをし、その後片付けすらしなかった。
 曰く被災地に無料の宿泊所や食事を要求した。
 曰くボランティア日記なる動画投稿をし、その再生回数で得た広告料を全額自分の懐に収めた。
 曰く現場に入るなり評論家気取りで役所の方針を批判し、勝手な指示を出して現地スタッフを混乱させた。
 素人集団が被災地を訪れたところで百害あって一利もない。人生経験を積んでいるとか社会的地位が高いとかも何ら意味がない。知歌自身被災者になった経験があるので知っているが、スキルがないにも拘わらず現場に出掛けたがるボランティアの多くは自己顕示欲丸出しのヒーロー気取りか、承認欲求全開の世間知らずだ。自分が主人公のドラマを夢想した言動を取り、無理やり現場をコントロールしたがる。しかも、こういう迷惑者に限って自分の食糧や寝具を用意していないので却って被災地に迷惑を掛ける。そもそも土地勘もなく詳しい事情も分からない者が突然後からやってきて偉そうに指図をするという光景は醜悪ですらあるのに、当の本人は全く気づいていない。
〈シェイクハンド・キズナ〉は設立当初から、そうした批判を浴び続けてきた。別の言い方をすれば設立から二十年以上経ってもまるで改善されていないことになる。業界内の悪評は元より関係各所からの苦情や非難を浴び続けても尚、旧態依然としていられるのも驚きだが、〈シェイクハンド・キズナ〉の存続を許している監督官庁にも呆れるばかりだ。
 もっともNPO法人の認定を取り消されるには次の条件が必要となる。
 1 偽りその他不正の手段により認定、特例認定、認定の有効期間の更新又は合併の認定を受けたとき。
 2 正当な理由がなく、所轄庁又は所轄庁以外の関係知事による命令に従わないとき。
 3 認定NPO法人等から認定又は特例認定の取消しの申請があったとき。
 つまり〈シェイクハンド・キズナ〉は前項に挙げた条件を巧みに躱(かわ)し続けたという言い方もできる。
 その問題あるNPO法人が皆本老人に接触を図る理由は何なのか。
「皆本さんの口ぶりでは、本人が望んで〈シェイクハンド・キズナ〉に相談したようには思えませんけど」
「隠れた要望を引き出すのも非営利団体の務めですよ」
「大変失礼ですが、それは営利企業のお題目じゃありませんか」
「相手が欲するものを提供するという点では営利団体も非営利団体も変わりない」
 知歌を小馬鹿にしたような物言いだった。
「何だか〈シェイクハンド・キズナ〉が営利団体みたいな言い方ですね」
「ものの喩えですよ」
 板台の顔に一瞬だけ狼狽(ろうばい)が走ったのを、知歌は見逃さなかった。悪名高き〈シェイクハンド・キズナ〉のことだ。非営利団体の皮を被りながらカネ儲けを企んでいたとしても不思議はない。
 非営利団体だからといって利益を追求していけない訳ではない。ただしその利益は活動資金等として運用されるべきであり、仲間内や出資者に還元されるものであってはならない。
 知歌は更に警戒と疑念の度合いを強くした。
「とにかく皆本さんを困惑させるような真似は慎んでください。仮設住宅に住む被災者は、ただでさえ不安に苛まれているんですから」
「不安に苛まれているのは大原さんの方じゃないんですか」
「どうしてわたしが」
「被災者たちが災害公営住宅へ移転し、生活に何の不安も感じなくなったら、あんたたちの仕事がなくなっちまうからな。仕事がなくなれば、あんたたちの存在意義も薄れる」
 自分の仕事は被災者のケアなので、必要とされなくなるのはむしろ望ましいことだと思っている。だから板台の言葉には違和感しかない。
「あなたたちはボランティアを何だと思っているんですか」
「全ての商売には売るものがある。ボランティアの場合は〈善意〉だろうね」
「あなたたちとはボランティアに対する考え方が全く違うみたいです」
「当然でしょう。人が百人いれば百通りの考え方がある」
「皆本さんに公営住宅への移転を強要するのはやめてください」
「強要じゃなくて自発的に移転したいと言わせれば文句はないでしょう」
 板台は冷笑を浮かべて一歩退く。
「お互い、商売の邪魔はなしにしましょうや」
 そう言うと、背中を向けて立ち去っていった。

 事務所に戻るとチーフの桐原(きりはら)あかねが待っていた。
「お疲れ様。皆本さん、どうだった」
「別のNPO法人から言い寄られていました」
 知歌が詳細を報告すると、桐原は不快さを隠そうともしなかった。
「選りに選って〈シェイクハンド・キズナ〉かあ。皆本さんも、とんでもない団体に目をつけられたものよね」
「迷惑系NPO法人の代名詞ですものね。NPOの活動を商売と言いきった時には、ちょっと呆れました」
「NPO法人を隠れ蓑にして私腹を肥やそうってヤツは少なくないけどね」
 悲しいかな、桐原の言うことは本当だ。震災被災者支援の名目で集めた寄付金を私的に流用する者、社会貢献を錦の御旗に若い労働力を搾取する者など、数え上げればきりがない。
「善意とか社会貢献とかは響きがいいから人が集まりやすい。人が集まるところには悪党もやってくるのは道理だしね」
「でも少し腑に落ちない点もあります。〈シェイクハンド・キズナ〉は精々周辺や関係各所に迷惑を掛けるだけの存在だったはずですけど、それが急にカネ儲けを口にしたのは何故だろうかと思って」
 すると桐原は合点がいったように頷いてみせた。
「大原さん、例の噂話を聞いたことないの。〈シェイクハンド・キズナ〉が危ない領域に足を踏み入れているって話」
「いいえ」
「今まで好き勝手やってきたけど、法人収入だけじゃ組織の運営も難しくなってきたらしい。まあ当然よね。全国からの寄付金もここ数年は乏しくなっているのに、理事たちが豪遊をやめようとしないから相当に運営が厳しくなっているみたい。でも、今までやってきたお大尽暮らしが忘れられず、さりとてNPO活動を急に収益化する方法も知らない団体がどんなことを考えるか」
「碌な話じゃなさそうですね」
「噂を信じれば最悪な選択。〈シェイクハンド・キズナ〉の理事は知ってるよね」
「確か春日井仁和(かすがいよしかず)という人ですよね」
 春日井という人物は悪しき意味で〈シェイクハンド・キズナ〉の体質を体現しているような人物だった。阪神・淡路大震災でボランティアに目覚めたと吹聴しているが、やっていたことと言えば救助活動を妨げ、同様の押しかけボランティアとともに飲み食いし、下手なギターをかき鳴らしていただけだ。そういう男の設立したNPO法人が寄生虫体質になるのは、むしろ当然の成り行きだった。
 一度だけネットニュースで春日井のインタビュー記事を読んだことがある。でっぷりと肉のついた身体にアルマーニを着込み、NPO法人代表というよりも胡散臭い山師のように見えたのを憶えている。インタビューに答えた内容も空々しく、自分には水難救助の経験があることをアピールするのに終始し、被災者の気持ちに触れた言葉は一切なかった。
「仙台市内の歓楽街で、その春日井さんと暴力団の幹部が連れ立って歩いているのを目撃した人がいる」
「本当ですか」
「まだ業界内の噂レベルで、嗅ぎつけているマスコミはいないらしいけどさ。それが真実なら、〈シェイクハンド・キズナ〉はただの迷惑系から反社会的勢力に格下げ、いや、この場合は格上げかな。そういう団体に変貌したってこと。暴力団と仲良くなれば、当然収入を得る手段も非合法になる。まあ、ぐうたらな生活を続けていたら碌なものにならないといういい見本よ」
「具体的に非合法な行為をしているという噂があるんですか」
「それはまだだけどね。ただ別の噂もあってさ。皆本さんたちが頑張っている仮設住宅、撤去後はどうなるか知ってる?」
「何か建つとは予想つくんですけど」
「何が建設されるのかは分からないけど、高台の、あれだけ広い敷地はそうそう見当たらない。仮設住宅を建てたような場所だから安全性も担保されている。物件としても魅力的だけど、大規模な再開発をするとなったら大手ゼネコンや地元の建設業者はずいぶん儲かるでしょうね」
「皆本さんを仮設住宅から追い出したいのは撤去を早めるため、という訳ですか」
「早い話が地上げよね。しかもこの場合、撤去と移転は国の方針だから大義名分がある。地上げはどこに知られても恥ずかしくない正当な事業になる」
「身寄りのないお年寄りを、知った顔のない集合住宅に無理やり押し込むことが正当な事業なんでしょうか」
「皆本さん本人やわたしたちボランティアは憤懣遣(ふんまんや)る方ないけど、被災地の復興を願っている人たちには朗報になるでしょうね。吉野沢に新しい住宅が立ち並んで人が戻れば、宮城県復興のシンボルになるかもしれないし。そのために被災者数人が孤独死に追いやられても、誰も気にしない」
 喋りながら桐原は口惜しそうに唇を嚙む。普段からペシミストのような言説を口にする人間だが、一方では誰よりも被災者の行く末を案じている。そんな彼女には、憶測とはいえど吉野沢の再開発は複雑な心境なのだろう。
「今わたしが言ったことはどれも証拠のない話だけど、〈シェイクハンド・キズナ〉が関わっているなら、どんなにキナ臭い話も充分にあり得る。悔しいのはねえ、皆本さんたちやわたしたちが抵抗したところでどうしようもないってことなの」
 被災地の復興は政府の方針であるばかりではなく、国民の総意と言っていい。撤去される瓦礫、誕生する新しい街、戻ってくる住民、甦る賑わい。どれもこれも活気に満ちた事象だが、新しいものが生まれる陰にはいつも破壊と消滅がある。そして大抵の者は消え去るものを歯牙にもかけない。
 自分たちが抵抗してもどうにもならないと桐原は言う。だが知歌は納得できずにいる。国の方針だろうと大義名分であろうと、美名の下にささやかな願いが駆逐されていいとは思えない。ささやかな願いすら聞き届けられずに何が復興かとも思う。
「とてもじゃないけど納得できないって顔ね」
「すみません」
「いいのよ。そういうところがいかにも大原さんらしい」
 桐原は鷹揚に頷いてみせる。
「割り切れない気持ちはわたしも同じ。だからという訳じゃないけど、吉野沢の仮設住宅には皆本さん以外にも二世帯が残っているんでしょ。今後は三世帯全部に目を配らなきゃいけなくなるね。もし〈シェイクハンド・キズナ〉が少しでも違法行為に及んだら、すぐに通報してやる。わたしたちができる抵抗なんてそれくらいなんだけどさ」
「充分だと思います」
 知歌は力強く応えた。

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プロフィール
中山七里(なかやま・しちり)

1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』にて第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞し、2010年に作家デビュー。著書に、『境界線』『護られなかった者たちへ』『総理にされた男』『連続殺人鬼カエル男』『贖罪の奏鳴曲』『騒がしい楽園』『帝都地下迷宮』『夜がどれほど暗くても』『合唱 岬洋介の帰還』『カインの傲慢』『ヒポクラテスの試練』『毒島刑事最後の事件』『テロリストの家』『隣はシリアルキラー』『銀鈴探偵社 静おばあちゃんと要介護探偵2』『復讐の協奏曲』ほか多数。

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