比べると、生き物の身体のしくみと進化が見えてくる!――「キリンと人間、どこが違う?[“手のひらクルン”はヒトの特徴?]」郡司芽久
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比べると、生き物の身体のしくみと進化が見えてくる!――「キリンと人間、どこが違う?[“手のひらクルン”はヒトの特徴?]」郡司芽久

 キリンと人間はまったく違う動物――それは本当でしょうか? 生き物を知るうえで比較はとても大事です。動物学者で「キリン博士」こと郡司芽久さんが、動物の体の「形」の謎やユニークな進化についてわかりやすく解説します。浅野文彦さんのイラストも必見!
 今回のテーマは「手足」。キリンの「膝」は「かかと」? 足と首はどっちが長い? 動物の手足のさまざまな違いには、生きるための理由があるのです。
 *当記事は連載第4回です。第1回から読む方はこちらです。

キリンの首とキリンの足

 休日に街中を歩いていると、いたるところでキリンのイラストをあしらったグッズを見かける。可愛らしいキリンのイラストが描かれたクッション。ボトルにキリンが描かれたシャンプー。キリンの模様がうっすらと刻まれたマグカップ……。散歩中、素敵なキリングッズに出会うと、つい購入してしまう。100円ショップでキリン柄の靴下を見かけたときは、「どうも世の中には、私の想像以上にキリンを愛する人がたくさんいるようだ」と思ったものだ。
 キリンの魅力について語りはじめると長くなるが、数多くある魅力の1つは、その「アイデンティティの強さ」だと思っている。どれだけデフォルメされていても、特徴的な長い首や幾何学的な模様を見れば「ああ、これはキリンだな」と認識することができる。私は子供の頃からずっと、その確固たるアイデンティティに魅了されてきたような気がする。

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 さて、巷にあふれるキリングッズには、足が異常に短いキリンが描かれていることがとても多い。なかには、足の長さが首の10分の1くらいしかないものもある。まるでダックスフントの身体にキリンの首をくっつけたような不格好な体形だ。そんなイラストも可愛らしくて好きではあるのだが、実際のキリンの姿かたちとは大きく異なっていると言わざるを得ない。
 本物のキリンの場合、前足の長さ(足先から前足の付け根までの長さ)は1メートル80センチほど。脇の下に自動販売機がすっぽり納まるくらいのサイズである。首と足の長さはほとんど同じくらいだ(厳密に言うと、首のほうが足より少しだけ長い)。キリンのイラストを描くときは、首・胴体・足の長さを「1:1:1」にすると〝らしく〞描けるので、ぜひやってみてほしい。
 もし親子のキリンを描くなら、赤ちゃんキリンは少し〝足長〞にしてみるといいだろう。赤ちゃんは首よりも足が長く、首・胴体・足は「1:1:1.3」ほどだ。大人とはプロポーションが異なるため、生後すぐのキリンは「立つと首が短く、座ると首が長く見える」というだまし絵のような特徴があり、見ていてあきない。
 それにしても、大人のキリンは首のほうが足よりも少しだけ長いのに、どうして生まれたときは足のほうが長いのだろうか?

 秘密は、「出産」にある。キリンは生まれてくるとき、2本の前足の間に首をはさんだ水泳の〝蹴伸び〞のような姿勢で出てくる。まず細い足先が体外に出て、そのあと前足の間にはさまれた頭や首が出てくるというわけだ。これが一番引っかからずにスルッと出てくることができる姿勢なのだろう。ウマやウシ、シカなども同じ姿勢で生まれてくる。
 もし大人のキリンのように足と首が同程度の長さだったら、生まれてくるとき、足先より頭や首が先に体外に出てしまい、前足が子宮内に取り残されてしまうリスクが格段に増すに違いない。せまい産道に頭や首が詰まっていたら、あとから足を差し込むのは難しいからだ。無理に差し込もうとしたら、前足が曲がってしまい、肩や肘の関節が産道に引っかかってしまうかもしれない。「足よりも首が短い」のは、上手に生まれてくるために重要な特徴なのだ。
 ちなみに、生まれたてのキリンの赤ちゃんの身長は、およそ1メートル80センチ。そう、大人のキリンの足の長さと同じくらいである。これは、股の近くにある乳首に届くギリギリのサイズなのだ。キリンの場合、ヒトのように抱きかかえて授乳をしてもらえるわけではないので、生まれたその日に自力で立ち上がって乳首に吸いつかなければ、栄養不足で死んでしまう。そうならないためには、お母さんの足の長さと同じくらい、つまり1メートル80センチほどの身長で生まれてくることが必要不可欠だ。

 というわけで、今回は「四肢」の話をしていきたい。

キリンの膝ってどこにある?

「キリンの膝って、ヒトとは逆の方向に折れ曲がっているんだね」
動物園でボーっとキリンを眺めていると、時折、そんな風に話している人を見かけることがある。確かにキリンの後ろ足の真ん中には、私たちの膝とは逆方向に折れ曲がる関節がある。
 キリンとヒトの身体を比較すると、つい足の真ん中にある関節を膝だと認識したくなってしまう。気持ちはわかるが、キリンのそこは膝ではない。かかとである。
 フラミンゴやダチョウなど、足の長い鳥たちも同様だ。足の真ん中あたりで、ヒトの膝とは逆方向に折れ曲がる関節があるが、それはかかとである。彼らはかかとを浮かせて、爪先立ちの姿勢で生きているのだ。足のプロポーションや姿勢は異なるが、膝やかかとの関節が〝逆折れ〞しているわけではない。

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 後ろ足の真ん中にかかとがあるということは、「足首から先=足の裏」が足の半分を占めていることを意味する。これは前足でも同様で、真ん中あたりに手首があり、「手のひら」に相当する部分が足のおよそ半分となっている。キリンは首が長い生き物として有名だが、同時に「足の裏」や「手のひら」がとても長い動物でもあるというわけだ。
 動物園から献体していただいたキリンの遺体は、解剖後、最終的には骨格標本として保管されることになるのだが、保管庫にしまうとき、この長い四肢が難点となる。できあがった骨を保管用の衣装ケース(押し入れ収納で使う一般的なもの)やコンテナボックスに入れるとき、長い足の骨がうまく納まらず、飛び出してしまうことがあるのだ。7個の頸椎が連なってできている首と違い、手の甲や脛は1本の長い骨でできているので、細かく分解して箱に収めることができないからだ。
 もっとも収納しにくい骨は、肘から手首までの前腕部分にある「橈骨(とうこつ)」だ。成熟したオスならば、長さ90センチ近くにもなる。キリンの身体の中で一番長い骨と言える。僅差での第2位が、手のひら部分にある「中手骨」と呼ばれる棒状の骨で、長さは75〜80センチほどである。
 私が以前所属していた国立科学博物館(科博)では、奥行き74センチの衣装ケースに骨を入れて管理していたので、中手骨や橈骨がケースの外に飛び出してしまうことも多かった。

 ところで、「できあがった骨格標本は、バラバラの状態で衣装ケースに入れて保管する」というと、「博物館で展示されているように組み上げないの?」と疑問に思う方がいるかもしれない。一応説明しておくと、バラバラの状態で保管するのにはちゃんと理由がある。
 まず1つ目は、スペースの問題。組み上げた状態で保管すると、あっという間に保管庫がいっぱいになってしまうからだ。そしてもう1つの理由は、「手にもってじっくり観察できるようにするため」である。骨を組み上げてしまうと、研究者が来たときに、観察や計測がしにくくなってしまう。きちんと研究に活かすために、バラバラの状態で保管しているのだ。
 成熟した大人のキリンなら、衣装ケース4箱ほどにまとめられる。4箱を縦に積み重ね、ケースに入らない骨盤や橈骨、中手骨をその上に置けば、1頭分の骨格を綺麗に納めることができる。科博の収蔵庫では、こんな風にして何十頭ものキリンの骨格標本が整然と保管されている。

骨の数

 だいぶ前の話になるが、キリンの解剖を見学に来た某大学の先生から、こんな質問を受けたことがある。
「ヒトとキリンでは、どちらのほうが骨の数が多いですか?」

 ヒトの身体の中には、およそ200個の骨が存在している。多くの場合は206個だそうだが、個人差があったり、老化に伴い骨同士が癒合してしまったりするので、キリよく「200個」と覚えるのがいい。
 では、キリンの身体の中にある骨の数はいくつだろうか? これまで38頭ものキリンを解剖し、骨格標本の作成にも数多く携わってきたが、骨の総数を調べたことはないので、残念ながら正確な個数を答えることはできない。けれども、その先生の疑問には即座に答えることができた。
「ヒトでしょうね」

 キリンにあってヒトにはない、という骨はいくつかある。連載第2回で取りあげた「ツノ」もそうだ。シカやウシのツノは頭蓋骨の一部が伸びたものだが、キリンのツノの中には皮膚の中で形成される特殊な骨「皮骨」が入っている。これは、ヒトがもたない骨である。
 ヒトよりもキリンのほうがはるかに身体が大きいので、「キリンにあってヒトにはない」骨はたくさんありそうな気がするが、実際にはそんなことはない。「ヒトにはあってキリンにはない」という骨のほうが、ずっと多いのだ。
 たとえば、「親指の骨」がそうだ。キリンを含む偶蹄類(ぐうているい。2本または4本のひづめをもつ哺乳類をまとめたグループ)の仲間は、そもそも親指をもたないので、親指の骨も存在しない。親指は、進化の過程でどんどん小さくなり、今ではなくなってしまったのだ。
 キリンは手のひらや足の裏が非常に長い動物だ、という話をしたので、「もしかして指も長いのだろうか?」と思った方もいるかもしれないが、指は大して長くない。ひづめのすぐ上にある〝くるぶし〞のようにぽこっとふくらんだ部分が、キリンの「指の付け根」なので、指はせいぜい15cmというところだろう。
 キリンの足先には2本のひづめがあり、各ひづめが1つの爪に相当する。爪は1本の指に1つだけついているものなので、キリンの指はたった2本しかないということになる。この2本は、ヒトの身体で言うと「中指」と「薬指」である。進化の過程で、親指だけでなく、人差し指や小指もなくなってしまっているのだ。

 では、骨の数について考えてみよう。
 ヒトの手には5本の指があり、全部で14個の指の骨が存在する。手のひらの中には、それぞれの指を支える「中手骨」が5本ある。一方キリンでは、指は2本だけで、指の骨はそれぞれ3個ずつ、計6個しかない。手のひら部分にある中手骨にいたっては、たった1本だ(いくつかの中手骨が合体して1本になっていると言われている)。
 手も足も同様の構造をしているので、四肢全部合わせると、ヒトの指の骨は56個、キリンは24個である。手のひら・足の甲にある骨は、ヒトでは20個、キリンでは4個。これだけで48個も差が出ている。
 手足だけで48個も少ないのだから、キリンの全身の骨が何個なのかはわからないものの、「ヒトに比べて骨の総数はだいぶ少ないだろう」と考え、「ヒトでしょうね」という答えにいたったというわけだ。
 と、これで終わろうとしていたのだが、本連載の担当編集さんとイラストを担当してくださっている浅野さんの両名から、「結局、キリンの骨は何個あるんですか? 気になってしまいます」というコメントをいただいたので、ゴールデンウィーク中に科博の研究施設を訪問し、キリンの骨の総数を数えてきた。
 キリンの解剖学者として少しだけ言い訳しておくと、「キリンの骨の数をまったく知らない」わけではない。頸椎は7個で、肋骨は14本、尻尾の骨は15〜19個……と、「首」「胴体」「尻尾」といった部位ごとの骨の数は把握している。だが、それらを「合計した数」を研究で使用することは滅多にない。骨が減っている場所と増えている場所があるので、「総数」で比べることにあまり意味がないからだ。そのためキリンの骨の合計は把握していなかった。
 記憶している部位ごとの骨の数を書き出して足し算してもよかったのだが、実際に数えたほうが早くて間違いがないだろう。そう考え、科博に行くことにしたわけだ。結果は、155個。ヒトと同じく個体差があるため、あくまで「だいたい」の数であるが、予想通り、ヒトよりは随分少ない。胴体の骨や尻尾の骨など、ヒトよりも数が多い部分もあるのだが、四肢の骨があまりに極端に減っているので、総数では50個ほど少ないようだ
 またひとつ、キリンについての理解を深めることができ、とても良い連休となった。

私にあって、あなたにないもの

 さて、ヒトにあってキリンにない骨は、ほかにもある。鎖骨もそうだ。
鎖骨とは、肩と胴体を結合する細長い骨で、首元から肩口にかけてなだらかなカーブを描く美しい骨である。外から骨の形状を見て取れ、自分の鎖骨を手でさわることもできるので、比較的なじみのある骨かもしれない。「鎖骨フェチ」という人がいる、と耳にしたこともある。
 このように、骨の中では知名度が高いとも言える鎖骨だが、キリンの身体の中には存在しない。キリンだけでなく、ウシやシカ、ウマ、サイ、イヌなど、鎖骨をもたない動物はとても多い
 ライオンやチーターなど、ネコの仲間では、鎖骨は小さなかけらのような痕跡的なものだ。これらの動物の鎖骨は、ヒトのように肩や胴体の骨に結合することがなく、筋肉の中に埋もれている。研究室の新入生と一緒にネコやライオンの解剖をしていると、鎖骨に気がつかず、筋肉の塊と一緒に廃棄してしまいそうになることがよくある。「廃棄処理用の袋から鎖骨を探す」作業は、私が学生時代を過ごした研究室の〝春の風物詩〞だった(骨格や皮膚、内臓など、さまざまな部位を標本として保管するが、筋肉はDNA解析用の少量のサンプルを採取したあと、残りは廃棄してしまうことが多い)。
 鎖骨がない、あるいは発達しない動物は、たくさんいる。鎖骨は木登りをする動物で発達すると言われていて、ヒトを含むサルの仲間は際立って立派な鎖骨をもつ。一方で、走行性の動物では痕跡的になる傾向があり、前述のライオンやチーターの鎖骨は非常に小さい。ウマやシカにおいては、鎖骨は完全になくなってしまっている。
 ヒトの身体にあるからといって、「ほかの動物もあたりまえにもっている」と思ったら大間違いなのだ。

 ほかにもまだある。ヒトの場合、前腕(肘から手首までの部分)やスネには、それぞれ「橈骨と尺骨」「脛骨(けいこつ)と腓骨(ひこつ)」という2本の棒状の骨がペアになって存在する。鶏の手羽中を食べたことがあれば、「2本の棒状の骨が対になっている」イメージがしやすいかもしれない。
 前腕にある2本の骨は、手のひらをクルンとひっくり返す動作を可能にしている。じつは、肘関節はドアの蝶番(ちょうつがい)のような形状をしていて、単純な曲げ伸ばししかできない構造になっているため、手のひらを返すような動きは肘の関節ではできないのだ。
 そこで活躍するのが前述の「橈骨と尺骨」だ。「片方の骨を軸にして、もう一方の骨が回転する」ことで、私たちは〝手のひらを返す〞動作をしているのだ。手のひらを空に向けたときには2本の骨は平行に、地面に向けたときには骨はX字にクロスするようになっている。

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 ところがキリンでは、前腕部の「橈骨と尺骨」、スネの「脛骨と腓骨」がそれぞれ癒合し、1本の太い骨になってしまっている。それゆえに、彼らは手のひらを返す動作がほとんどできない。走行に特化した動物では、同様の変化が起きていることが多い。
 動物ごとに生活する環境は違い、日常的に行う動作も異なる。物体を細かく操作して道具を扱うヒトには、よく動く腕や物をつかむ指が重要だ。一方で、広い大地を駆け抜けて生きるキリンには、あまり動かなくともしっかりと安定した手足が大事になってくる。物を掴み動かすことはできないけれど、腕がグラグラしないぶん、安定して走れるに違いない。それぞれの生きる場所によって「大事なもの」は変化するというわけだ。
 どちらが優れているか、それをジャッジすることなど誰にもできない。ほかの生き物ができることができなくても、自分のいる場所で生き抜くことができれば、問題なんてひとつもないのだ。

「あたりまえのもの」と「へんてこなもの」

 私たちはつい、日常で目にするものを「あたりまえのもの」と認識してしまいがちだ。鎖骨はあるのがあたりまえ。鎖骨がない動物がたくさんいるにもかかわらず、「鎖骨がないなんて変わっているなあ」なんて感想を抱いてしまう。

 親指と人差し指をくっつけて丸を作る〝OKマーク〞も、「ヒトにとってはあたりまえだけど、じつはあたりまえでないもの」である。多くの動物は、指でOKマークを作ることができないのだ。
 OKマークは、2本の指の腹同士をくっつけたポーズである。この動作は、親指とほかの指が向き合っていないとできない。私たちヒトの手は、親指だけほかの4本の指とは少し違う向きで生えていて、ほかの指と向き合わせることができるため、OKマークを作ることができるというわけだ。このように親指とほかの指が向き合うような構造を、専門用語で「拇指(ぼし)対向性」と呼ぶ。
 拇指対向性は、樹上生活に特化した一部の動物たちだけがもつ構造である。サルの仲間や鳥の仲間は、手や足に拇指対向性があり、細い小枝を手先・足先でぎゅっとつかむことができる。イヌやネコなど、地上を歩き回る生き物たちの手足にはこの特徴がなく、指が5本とも同じ向きで生えていて、指先で物をつまんだり操作したりといった細かい作業はできない。手のひら全体で包み込むようにつかむのが精一杯だ。
 ペットのイヌやネコがおもちゃで遊んでいる様子を眺めているとき、あまりの不器用さについ笑ってしまうことがあるが、私たちにはあたりまえで普通の行動であっても、ほかの動物にも「あたりまえ」にできるとは限らないのだ。物をつまむことができる能力に改めて感謝することなどあまりないが、私たちの器用な手は拇指対向性という珍しい構造の賜物なのである。
 こう話すと、ついつい「ヒトの体はすごいなあ」などと感じてしまうかもしれないが、チンパンジーなど一部のサルの仲間は、手だけでなく足にも拇指対向性があり、足でも器用に物をつかむことができる。木の上で暮らす彼らには、足先でもしっかりと枝をつかむ能力が必須なのだろう。
 ヒトの足は、樹上から地上へと生活の場を移していく過程で拇指対向性を失い、「物をつかめる器用な足」から「体をしっかりと支えられる足」へと変わっていったのだ。前述した「キリンでは橈骨と尺骨が癒合して1本になっている」と同様、必要ないものがなくなり、今の生活により適した構造に変化していったのだ。
 もともと備わっていたものがなくなると、私たちは「退化」と呼ぶことがある。ただし、退化も進化の1つの形である。後戻りしたり、劣化したりしたわけではないのだ。

 さて、これまで「ヒトにはないけれどキリンにはある骨」「ヒトにはあってキリンにはない骨」を紹介してきたが、最後に「ヒトにもキリンにもないけれど、ほかの多くの動物にはある骨」を紹介したい。
 今回のテーマである四肢からは少しそれてしまうが、「陰茎骨」という骨だ。文字通り、オスの陰茎の中に存在する骨である。動物の解剖や骨格標本作りを始めるまで、そんな骨をもつ動物がいるなんて、想像したことすらなかった。
 チンパンジーやゴリラといったヒトに近縁な動物にもあるし、イヌやネコ、ネズミの仲間、タヌキ、アザラシ、アシカ、セイウチなど、とにかくさまざまな動物が〝その骨〞をもっている。陰茎骨の機能は諸説あるが、「交尾の際に尿道が押しつぶされるのを防ぎ、精子の通り道を確保する役目がある」などと言われている。

 無意識に「あたりまえ」と思っていることも、少し視点を広げてみると見え方は変わってくる。「へんてこ」「変わり者」と扱われていたものがじつは多数派で、自分のほうが少数派だった、なんてこともある。自分の身のまわり、自分に見えている範囲で決めた「あたりまえ」は、必ずしも世界の「あたりまえ」ではないのだ。
 まわりを見渡せば、鎖骨がない哺乳類はたくさんいる。OKマークを作ることができる動物は意外と少なく、陰茎骨をもつ種は数多く存在する。自分がそうなのだから、ほかの生き物もきっと同じだろう、という勝手な思い込みがそんな「あたりまえ」を生んでいるのだ。
 哺乳類というグループで考えてみると、ヒトの身体構造はきわめて特殊だ。地球上に生息する動物のうち、脊椎動物の仲間は5%以下だという見積もりもある。そう考えると、脊椎骨がある時点で「地球のなかではマイノリティ」だ。

「みんなと違う」「自分たちと違う」という思い込みは、私たちの目を曇らせ、同じ部分まで違うもののように思わせてしまう。キリンのかかとをみて「膝の曲がり方が自分たちとは違う」と思うのと同じだ。じっくり眺めてみたら、「膝が違うと思っていたけれど、あそこはかかとなのかぁ。それなら膝も私たちの足と同じだ!」と気が付けるかもしれないけれど、先入観にとらわれず豊かな知識をもって正確に観察するのは、意外に難しいことである。
 多種多様な生物たちを観察していると、そもそも、ヒトというきわめて特殊な動物が思い描く「こうあるべき」「あたりまえ」「ふつう」なんて存在しないのかも、とすら思えてくる。
 生物の多様性を知ることは、人間社会の「多様性」を受け入れることへの近道なのかもしれない。

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プロフィール
郡司芽久(ぐんじ・めぐ)

東洋大学生命科学部生命科学科助教。2017年3月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、博士号(農学)を取得。同年4月より日本学術振興会特別研究員PDとして国立科学博物館勤務後、筑波大学システム情報系研究員を経て2021年4月より現職。専門は解剖学・形態学。第7回日本学術振興会育志賞を受賞。著書に『キリン解剖記』(ナツメ社)。
*郡司芽久さんのTwitterはこちら

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