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「アントロポセン」から「ノヴァセン」へ――コロナでバーチャル化が進んだ今読むべき書 『WIRED』日本版編集長 松島倫明

「ガイア理論」の提唱者で、100歳となった世界的科学者ジェームズ・ラヴロック氏が地球と生命の未来を予測した書『ノヴァセン』を刊行して話題となっています。邦訳を務めた『WIRED』日本版編集長の松島倫明さんに、本書との出合いや魅力について伺いました。

――本書に着目した理由を教えてください。著者のラヴロックに注目していたのでしょうか? 

 ラヴロックが環境活動の論理的支柱となっているガイア理論を唱えた人物だというのはもちろん知っていました。それこそ日本だとガイア理論に影響を受けた『地球交響曲(ガイアシンフォニー)』というドキュメンタリーの映画シリーズもあります。この映画は元NHKの龍村仁さんが監督で、「地球はそれ自体がひとつの生命体である」という考え方を映像で描いたものですが、僕は最初の作品(第一番:1992年公開)が公開された学生時代にそれを観ていたんですね。

 『ノヴァセン』の原書は去年の7月に発売されたのですが、『ガーディアン』でそれが記事になっているのをたまたまオンラインで読んだんです。まず「まだご存命だったんだ」というのが驚きでした。興味をもって記事を読んでいたら、「superintelligence(超知能)」がこれからのガイアを支える大きな存在になる、と書かれていてさらにびっくりしました。AIやロボットとは一番遠いと思っていた100歳のおじいちゃんが、ガイアとAIを語るというのに衝撃を受けたんです。それでさっそく原書を注文して読み始めた感じですね。

――本書の中で特に印象的だった箇所、面白かった箇所を教えてください。

 『ノヴァセン』は3部構成で、パート1の「コスモスの目覚め」というのはこれまでのガイア理論のおさらいになっています。パート2では、21世紀になってから注目されている「アントロポセン(人新世)」という地質年代を「火の時代」と定義し直していて、人間が地球に多大なる影響を与えたアントロポセンが、果たしていいことなのか悪いことなのかを問うています。アントロポセンという視点は、ガイア理論が21世紀において更新されている点でもあると思うんです。

 パート3ではいきなりあの「アルファ碁」が出てきて、そこで一気にギアが上がって2020年代に移るんです。解説で佐倉統先生も書かれているけれど、「このおじいちゃんはすごいな」と唸る部分です。

 だから、最初は「環境主義者がなんでいきなりAIとか言っているんだろう」とびっくりしたんですけれど、改めてじっくり読んでみると、彼の捉える世界観や「自己調節する地球」というガイア理論では、人間ですらガイアの自己調節システムの一つにすぎないという脱人間中心主義的な考え方がベースにあります。つまり人間がこの地球の中心にいなくてもいいわけだから、論理的必然として、人間以外の、ガイアにとってより有用な存在(本書ではスーパーインテリジェンス)が導き出されるというのも、自然に接続していくんですね。それが明快に語られるパート2の「火の時代」からパート3の「ノヴァセンへ」へという流れは、本書の読みどころだと思います。

――超知能が、人間の後継者として有機的な生命のように「進化」していく、というくだりはすごく刺激的でした。また、本の中ではデジタルな情報こそが(生命を含めて)宇宙をかたちづくるとあり、生命観が揺さぶられましたが、この辺りについてもう少し教えてください。

 たとえばDNAの発見など、20世紀において「生命とは何ぞや」と改めて問われるようになり、生命現象を情報として捉える考え方が出てきました。バイオインフォマティクス(生命情報科学)といった分野が生まれたわけです。

 分子生物学者の福岡伸一さんが『動的平衡』で「生命とは、絶え間ない流れの中にある動的なもの」と言っているように、たとえば僕たちの体の細胞というのはつねに入れ替わっていて、だから物質的には同じものではないはずなのに、肌や臓器といった構造はそのままそこにあり続ける。それはつまり、情報としての肌や臓器こそが存在し続けているのだとも言えます。あらゆる物理的なものは移り替わっていくとすると、生命や物の本質というのは情報ではないか、ということです。

 アメリカの物理学者で「ブラックホール」の名付け親でもあるジョン・ホイーラーは、「it from bit(すべての存在はbitから生まれる)」と言いました。「宇宙のあらゆる物は情報である」ということです。

 もし生命の現象を情報として捉えることができるのであれば、情報の申し子であるデジタルテクノロジーはそこに無理なく接続させることができます。こうして物理世界と情報世界が重なり合わさってきたというのが、科学における世界の理解の大雑把な流れだと言えます。本書でラヴロックが描くアントロポセンからノヴァセンへという発展は、この流れの中で捉え直されたものなのだと思います。

――ラヴロックというと環境論者というイメージをお持ちの方もいると思いますが、この本ではただ地球に負荷をかけないというのではなく、テクノロジーによるより高次の解決策を示していて、驚くかもしれませんね?

 ガイア理論に影響を受けて、真剣に環境のことを考えてきた方々は、あまりAIだとか超知能だとかになじみがないかもしれません。それは全然違う世界の話だとか、テクノロジーが環境を壊しているんだから敵だ思っているかもしれない。でもそういう方々にも、ラヴロックが語っているということで少し譲歩していただき、本書を手に取ってもらえたら嬉しいなと思います。

 もう一方で、テクノロジーやイノベーションといった文脈で未来を考えることが好きな人たちにも手に取っていただきたいですね。今回、推薦文をいただいた落合陽一さんも仰っているように、テクノロジーを論じる上では、そもそもそれが人間にとってどういう意味があるのか、ということを考えることは最も重要です。

 テクノロジーが本当に人間のウェルビーイングを高めているのか、さらに言えば地球にとってのウェルビーイングを高めているのか、というのが僕ら人類が最終的に目指すところだとすると、つねにその大きな視点に立って考えるべきですよね。地球規模ではテクノロジーというものすらも、僕らと同じ生物圏(バイオスフィア)にいて、お互いが影響を与え合いながらこの地球環境を作っているという視点を、テックを扱っている人たちにこそ持ってほしいと思います。

 この本は、地球環境の視点と、テクノロジーの視点の両方から入っていけるんだけれども、そこが重なり合うところこそが面白さであり、ラヴロックが投げかけている大切なメッセージなのだと僕は受け取っています。

――いま、コロナ問題が蔓延している時代に、この本をどのように読んでほしいですか?

 『WIRED』日本版では、昨年「MIRROR WORLD」という特集をやりました。世界のデジタルツイン、つまり物理世界がすべて情報化された世界(ミラー・ワールド)がいよいよ実現するというものですが、それは今後10年くらいで漸進的に実現されるのかと思っていたら、パンデミックが起こったこの2か月ほどで一気に世界中の人たちがオンラインに越境し、そこにもう一つの世界をどうやったら作れるかを創意工夫しています。今までは人と人とはリアルでしか本当にはつながり合えないと思っていたけれど、オンラインでイベントをやったりミーティングをしたりして、ミラーワールド側でのイノベーションを世界中の人が知恵を絞って試みているわけです。

 同時に、人々がミラーワールドへ越境することによって、地球の大気汚染はとても改善されている。北インドからヒマラヤが見えるようになり、ガンジス川やベネチアの運河がクリアになったとか、LAの摩天楼が青空にくっきり浮かぶようになったとか……。人々が移動せずに、リアルワールドでの活動を抑えて、バーチャルワールドで活動するようになったことで地球環境はよくなるという皮肉が起こっています。

 今回のパンデミックは世界レベルの出来事で、限られた地域で地震が起きたとか戦争が起こったというレベルではなくて、世界中が直面している困難であり、ある意味で、コスモスやガイアの目覚めともいえる出来事です。しかもその時に、地球環境がよくなっていることを全世界の人たちが目の当たりにしていて、認識が大きく変わる時代だと思うんですよね。

 つまりいまや、人々がリアルな物理世界でやりたいことは何で、バーチャルの世界でやるべきことは何なのかを問い直す、不可逆的な変化が起こっていると思うんです。そういう変化の先に、ラヴロックが考えるような「ノヴァセン」という時代があって、僕らはまさにその入り口に立っている。もしかしたらそこに立つのに数十年かかったかもしれないことが、この数か月で一気に現実になってきたので、そういう視点で本書をとってみると面白いはずです。

プロフィール

松島倫明(まつしま・みちあき)
『WIRED』日本版編集長。これまでに「FUTURES LITERACY」「デジタル・ウェルビーイング」「地球のためのディープテック」などを特集してきた。書籍編集者時代には『FREE』『SHARE』『シンギュラリティは近い』『〈インターネット〉の次にくるもの』(NHK出版)など、デジタルテクノロジーや未来社会をテーマにした数々のベストセラータイトルを手掛けている。
※松島倫明さんのTwitterはこちら

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