レオナルドからロココへ――「『NHK8Kルーブル美術館』の愉しみ方」第1回
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レオナルドからロココへ――「『NHK8Kルーブル美術館』の愉しみ方」第1回

『NHK8Kルーブル美術館~美の殿堂の500年~』は、ルーブルの名作42点を高精細画像でたっぷり鑑賞しながら、ルーブル美術館の来し方を振り返り、世界に冠たるコレクションを築いた時代・担い手たちの物語を精緻にひもといていく美術書です。この本の編著者は、小池寿子さん(國學院大學教授)と三浦篤さん(東京大学大学院教授)とNHK「ルーブル美術館」制作班のみなさん。本の編集制作の過程でやりとりを重ねてきたこの面々が、本完成後の初夏のある日、久しぶりに集まりました。8K番組の学術監修を務めた小池さんと三浦さんは同世代の西洋美術史家で、本のなかではこの2人が丁々発止の対談を繰り広げてルーブルを語り合っていますが、この日の邂逅による「特別対談」でも2人の対話は縦横無尽に展開していきました。本づくりの舞台裏もふりかえったその模様を何回かに分けて連載します。まずは第1回。本のたたずまいをめぐる会話からスタートです。

化学反応が起きた

小池 カバーの校正刷りを見たときに、ああ、素晴らしい装幀になったなとまず思いました。そして実物が出来上がってきたときに、ああ、豪華な本になったなと。準備の段階で見ていた見本の印象とは違って、完成した本は、デザインの力によって、とっても豪華。そのうえ、とっても見やすい本になりましたね。
三浦 私も、予想を超えてかなりの豪華本になったんだなぁと思いました。ずっしり重量感のある本。いまはどちらかと言えば軽めな本が流行っているんだろうなと思うのですが、ああ、逆を行くんだ、ルーブルだからこその豪華版なんだなって。
小池 手に取った私の友人が、字が大きくて読みやすいと言ってくれました(笑)。
三浦 小池さんと私はもともと専門も違いますし、対象としている時代も違う。古い方(中世美術)の小池さんと新しい方(近代美術)の私。その2人が、この本の対談で化学反応を起こせたのかなという気がしています。組み合わせ次第ではまったく違った結果になったかもしれない。小池さんは古い方が専門といっても研究対象が幅広いから新しい方にも興味があるし、私の場合もその逆が言えるわけで、そんな違う2人がうまく融合して化学変化を起こしたんじゃないかと思っています。私だって15~16世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチが気になるし、小池さんだって19世紀の「自由の女神」(ドラクロワの〈7月28日――民衆を導く「自由」〉)に興味を抱いている。本来の専門じゃないところで2人はそれぞれに積極的にコメントしている。最初から分担を決めたわけじゃないところで、自由自在にできたことがよかったなと思っています。
小池 三浦さんと私は専門が違うとはいえ、結構、関心があるところが似ているし、価値観が割と似ているなということを、対談を重ねてみて改めて思いました。これがまったく対立するような意見の持ち主同士だったら、こんなふうにまとまらなかっただろうと思います。本を読んで感心してくださった知り合いからは、「こういう本の作り方があるんですね」という感想をもらいましたよ。

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〈モナ・リザ〉(写真提供=ユニフォトプレス)

レオナルドのすごさ

三浦 第1章はレオナルド・ダ・ヴィンチが主人公ですが、本が出来上がったいま、改めて気になっているところ、気づいた点はありますか。
小池 8K番組の制作中から、レオナルドのことをとにかくかなり調べました。美術史の研究をはじめて以来、フォンテーヌブロー派の形成とのかかわりを含め、レオナルドの研究成果を徹底的に時間をかけて調べて読んだのは、このプロジェクトが初めてでした。そして本のために第1章の総論を書いたのですが、「レオナルドがなぜフランソワ1世のもとに行ったのか」ということについては、実はきちんと明確化することはできませんでした。レオナルドは謎の多い人物ですし、わからないことが多い。フランスに行ってからの彼の行動は解明しにくい。ただ何より改めて申し上げておきたいのは、〈モナ・リザ〉を見直した、ということです。実際にルーブル美術館を訪れて対面する〈モナ・リザ〉は、意外にも「あっ〈モナ・リザ〉か」という感じで、すっーと通り過ぎてしまうところがありますが、8Kの〈モナ・リザ〉はすごかった。レオナルドがとんでもない画家であったということを再認識させられました。
三浦 8Kの映像で拡大して細部に迫り、いろいろなものが見えて、いろいろなことを考えて、自分のなかでかなり納得できるものもあるんですが、最後までミステリアスな部分は残った。8Kの番組と本づくりの全体を通じた最大の収穫は、やっぱりレオナルドのすごさを知ったということじゃないかと思っています。
小池 私も同じです!

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ルーブル美術館の〈モナ・リザ〉(2021年5月21日撮影/写真提供=ユニフォトプレス)

本の第1章から〈モナ・リザ〉をめぐる対談(抜粋)

小池 イタリアで描き始めてから16年間いじり続けていた。
三浦 おそらく最初は普通の肖像画を描くつもりだったんでしょうね。
小池 それがだんだん……。レオナルドにとって完成とは何かというのは大問題ですよね。
三浦 絵を完成することは目的じゃないですよね。
小池 レオナルドにとっては、追求することが目的だった……。
三浦 美の追求というより真実の追求ですね。怖いほどの真実の追求。
小池 ほかの画家にはできませんね。
三浦 絵画という手段を使って真実を追求するなんてことは、普通は考えませんからね。注文を受けて、ちゃんと注文主の意向に沿ったものを描いて納めるというのが普通のパターンですから。この人はそういうものを超越して、自分で真実を追求している。
小池 速く描く速筆というのがもてはやされる時代がこの頃から始まるんですけど、それとは全然関係ないところで描いていますね。
三浦 超遅筆ですもんね。
小池 今回は本当にきちんと見直すことができました。〈モナ・リザ〉は「すごい」とか「きれい」とか、いろいろ言われすぎていて、かえって意外とよく見ていないということに気付かされました。
三浦 ちょっともう、「きれい」という言葉は使えないな。
小池 畏れも感じますよね。
三浦 なにか畏怖させるものを感じますよね。
小池 神秘的で崇高感もある。
三浦 レオナルド自身も特異だけど、さらに特異というか、特別感のある絵だなと思います。あまりにも名作と言われすぎているからか、皆ちゃんと見てないような気がする。
小池 見ていない。「あ、〈モナ・リザ〉だ」って表面的に見ているだけであって。

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〈フランス国王フランソワ1世の肖像〉(写真提供=ユニフォトプレス)

フランス的変質

三浦 レオナルドを招聘したのはフランソワ1世ですが、それを受けてレオナルドがフランスにやってきた。王様がせっかく雇ってくれるんだからそれをふいにすることはないというのが普通の考え方だろうと思うのですが、とにかく両者の思い・利害が一致したということがあったのでしょうね。
小池 そうですね。私は今回、レオナルドをきっかけにフランソワ1世にも興味を持って調べていったのですが、フランソワ1世の趣味がアンドロギュノス(両性具有)的なものに傾いているということがあって、彼がフォンテーヌブロー派を形成するにあたってイタリアから呼んだマニエリスム(ルネサンス後の新しい芸術様式)の主要な画家は、アンドロギュノス的な様式の絵画を描いているんですね。そうすると、もしかしたら、フランソワ1世はレオナルド自身が持っていたアンドロギュノス的な部分にも関心を持ったのかもしれないと考えているんです。
三浦 それ、新説じゃないですか!(笑) 普通は「イタリア絵画にあこがれて」とか、そういう動機が語られますが、アンドロギュノス的な、一種の妖艶な美に王様自身が興味を持っていたというのは、聞いたことがないです。
小池 今年度の大学の学部の3―4年生のオンライン授業で、いま8回目なんですが、イタリアルネサンスにおけるアカデミーの成立から始まって、フォンテーヌブロー派をまだやっている。フォンテーヌブローだけで4回目です。自分自身が関心を持っているからなんですが、フランソワ1世の趣味というか好みが、フランス絵画の形成に相当に影響を与えているのではないか、と考えているところです。
三浦 レオナルドやほかのイタリアの画家たちが持っているマニエリスティックな、アンドロギュノス的な趣味と、その影響を受けたフランスのフォンテーヌブロー派の趣味は、ほぼ重なると言っていいですか。それともフランス的変質を遂げているんでしょうか。
小池 第2次フォンテーヌブロー派あたりからフランス的な変質を遂げていて、たとえばアントワーヌ・カロン(1521–1599)。今回のプロジェクトでは紹介できませんでしたが、ルーブルにはアントワーヌ・カロンの作品が3、4点あって、カトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589/アンリ2世の王妃)の画家だったこのアントワーヌ・カロンのあたりから、フランス的なファクターが出てきます。
三浦 その流れが行き着いた先がロココ(番組の第2集=本の第2章)ですね。
小池 そうですよ。そういった流れが、この8K番組と本ですごくよくわかりましたよね。
三浦 ルーブルはレオナルドに代表されるようにイタリア絵画が有名ですが、フランス絵画はそれを受けて、うまく吸い取って、ロココの美に成長していった。そういう流れも見ることができましたね。
小池 私は、実はロココは取り立てて好きではなかったのですが、今回のプロジェクトでロココがわかるようになりましたよ。
三浦 われわれも勉強しちゃったんですね、この番組と本で(笑)。

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■番組のお知らせ
ルーブル美術館 ~美の殿堂の500年~
第2集 太陽王が夢見た芸術の国
BSプレミアムで再放送
2021年6月12日(土)午前1:50~2:49 ※6月11日(金)深夜 今夜です!

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