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【著者インタビュー】日本の資本主義を支えてきた、人々の「ある欲求」とは? 気鋭による書き下ろしの力作が刊行されます

Q.「〝教養を身につける〟と〝研修を受ける〟の共通点は何か。2字で答えなさい。」
A.「修養。」――正解!

 8月25日(木)に刊行される『「修養」の日本近代 ――自分磨きの150年をたどる』は、こんにち「教養」とか「研修」とか呼ばれているものの大本おおもとに、「修養」という大きなムーブメントがあったことが描かれます。
 このムーブメントは実に明治初期から現代にいたるまで、日本社会の中で形を変えながら脈々と続いていることが明らかにされるのです。
 そんな壮大な歴史を、明治4年のベストセラーから、新渡戸稲造による大正期の熱烈な啓発活動、誰もが知る昭和の「経営の神様」の頭の中、令和のオンラインサロンに至るまで、興味深い事例を山ほど盛り込んで描き出していきます。著者は若手の気鋭、大澤絢子さんです。
 今回、インタビュー形式で、新著の内容をさわりだけ紹介していきます。独自の視点から描かれる日本近現代史。まずはその執筆の動機から……


――なぜこのような本を書こうと思われたのでしょうか?

 会社がなぜ、人としての成長や自己向上を社員に求めるのか不思議に思ったことが、きっかけです。私は大学を卒業後、ある生命保険会社に就職したのですが、新入社員研修でいきなり、デール・カーネギーの『人を動かす』(1936年刊)をプレゼントされました。「人に好かれる6原則」とか、「人を変える9原則」など、成功するための“名言”がまとめられた、有名な“成功哲学”本です。
 社員研修では、仕事に必要な専門知識を学ぶだけでなく、「働きながら自分を成長させましょう」「輝ける自分になりましょう」などと促されました。経済活動を主軸とする会社が、どうして社員にそんな精神性を求めるのか疑問に思い、なんとも言えない違和感を覚えました。
 その後、会社を辞めて大学院に進み研究者になりましたが、あの違和感は一体なんだったのか、ずっと気になっていました。そこで、あれこれと解決の鍵となりそうなものを探しているうちに「修養」という考え方に出会いました。
 自分を磨き、高めようとする、現代の自己啓発のような志向は150年前の明治からすでにあったのです。そしてそれは、働く人々によって脈々と続けられてきたものでした。でも、修養を研究した本や論文は専門的で、難しい。だったら、自分なりに修養の系譜をまとめてみようと思い、この本を書くことにしました。

――修養って、教養とどう違うのでしょうか? 研修と教養が当時同じものとはいっても(当ページ上部のQ&Aに掲出)、両者はずいぶん違うみたいですが……

 単純に言えば、修養はノン・エリートが実践するもの。教養は主にエリートが人文学の知識を身につけるものです。どちらも人格や精神面の向上を目的としていますが、担い手が異なります。
 とはいえ、明治の時点では、修養のなかに教養が含まれるケースや、修養と教養が重なる部分がかなりありました。主体的に人格を向上させる、自分の精神面を高める、という点で修養と教養は本質的には同じだからです。だから、「エリートが修養する」といったこともありました。
 ところが、明治の末頃から大正期にかけて、修養と教養の距離が離れていきます。いわゆる「大正教養主義」は、この過程で形づくられました。教養の方は、古典を読んだり知識を享受したりするエリートの文化となり、修養はノン・エリートの日常的な営みとして、大衆化していったのです。
 エリートたちの教養主義はその後、盛り上がったり没落したりするのですが、修養の方は、ノン・エリートの生活に密着しながら社会に根付いていきます。「研修」が「研究と修養」の省略形であるように、修養は実は現代でも続けられているのです。

――なるほど。でも今、「私は修養が趣味で……」とか「休みの日とか、時間があるときは修養してますね」という人はいない気がします。どこで誰が「修養」しているのでしょうか?

著者・大澤絢子氏(撮影:丸山光)

 修養は、戦時期に軍国主義的な雰囲気をまとうようになります。そのため戦後になると、修養ということばはほとんど使われなくなりました。戦前は「修養」と言われていたものが、戦後は「教養」と言い換えられているケースもあります。
 ビジネス書が説くような「お金を稼ぐために教養を身につける」「成功するための教養」「仕事に役立つ教養」といったものは本来、修養文化なのです。教養はエリートが自分たちとノン・エリートを差別化するために身につけるものであって、自分を高めることがお金や成功、働き方と結びつくようなものは、教養ではありません。それは修養です。
 それでも、現代において修養は影が薄く、もはや死語のようになっていますから、自己向上のための志向はすべて教養と呼ばれてしまうのでしょうね。しかし、自己向上のための営みを掘り起こしてみれば、そこにいくつもの修養の水脈をみつけることができます。社員研修やオンラインサロンなども、その内実は修養なのです。
 社員同士で禅寺に泊まり込んで修行を体験したり、滝で水に打たれたり、富士山に登らされたりするのも、その典型的な例と言えるでしょう。

――オンラインサロンは、修養の一つの形なのですね。オンラインサロンの中には「宗教っぽい」と感じるものがあって、なんとなく警戒してしまうという声も聞かれます。

 オンラインサロンでは、自分を見つめ直したり、人生を変えたりするような方法や価値観がオーナー(サロンの主催者)から提示されます。そこで生じる「教え/教えられる関係」が、宗教の「指導者/信者」の関係のように受け止められる原因になっているのでしょう。
 閉鎖的なサロンのなかで、ある価値観を共有し、他のメンバーと一緒になって自分磨きに励むような態度は、サロンの外側の人からすれば「宗教っぽい」と感じられるかもしれません。日本の場合、クリスマスに初詣、バレンタインにお盆など宗教行事に何の抵抗もなく関わっている人は多いですが、一方で特定の宗教を熱心に信仰したり、宗教教団の活動に打ち込んだりすると、周囲からは「宗教だ」と眉をひそめられる傾向にあります。
 オンラインサロンは、時に宗教的な色合いを帯びることはあっても、それ自体は宗教団体ではありません。たいていのオーナーは自分が教祖と位置付けられたり、自身のサロンが宗教と呼ばれたりすることを快くは思わないでしょう。参加する人たちも、それが宗教ではないからこそ、オンラインサロンに安心して集うのです。

――なるほど。オンラインサロンは、コロナ禍で人と会うことが制限されているときに、1人ではできない勉強をするために貴重な機会だと、考えられているのではないでしょうか。

 オンラインサロン市場はコロナ禍で急速に拡大しました。人と会う機会が減り、オンライン上の交流や、そこでの人間関係を通した自己向上に関心が寄せられるようになったのです。
 自分を磨いたり、高めたりすることは、基本的に個人の問題です。しかし、それを自分一人ではなく、他者との繋がりを通して目指していく姿勢が、オンラインサロンでは見られます。個人の自己向上が集団に結びつけられるようなことは、これまでの修養文化でも見られました。
 しかし、誰かと一緒に自分を成長させようと努力するとか、一人の「個」でありつつも、あくまでサロンという「集団」のなかで自分磨きに励むとかいうことが、対面ではなく、オンライン上で盛んに行われるようになったことは、現代という時代に合わせて生まれた、修養の新しいかたちだと思います。

――ちょっと話題を変えて、「意識(が)高い」ということとの関係について伺おうと思います。

(インタビューは次回に続きます!)

何が「働くノン・エリート」を駆り立てたのか?
明治・大正期に、旧制高校・帝国大学を出るようなエリートになれなかった多くの人々、昭和期にサラリーマンとして会社で「研修」に励んだ人々、平成以降の低成長期に、自己啓発産業やビジネス書の消費者となった人々ー。彼らが拠りどころにしたのは、あくなき「自己向上」への意欲だった。
本書は、「教養」として語られがちな、自己成長のための営為が実は明治初頭から宗教の力を借りて社会に広く行きわたり、近代日本の社会を根底で支える水脈となっていたことを示す。時代ごとに違う形で花開いた、「自己向上」にまつわる大衆文化の豊かさ、切なさ、危うさに触れながら“日本資本主義の精神”の展開史を描き出す、気鋭の力作!

目次
序章 「自分磨き」の志向
第一章 語られた修養 ――伝統宗教と〈宗教っぽい〉もの
第二章 Self-Helpの波紋 ――立身出世と成功の夢
第三章 働く青年と処世術 ――新渡戸稲造と『実業之日本』
第四章 「経営の神様」と宗教 ――松下幸之助の実践
第五章 修養する企業集団 ――ダスキンの向上心
終章 修養の系譜と近代日本――集団のなかで自分を磨く

プロフィール
大澤絢子(おおさわ・あやこ)

1986年、茨城県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了、博士(学術)。龍谷大学世界仏教文化研究センター、大谷大学真宗総合研究所博士研究員などを経て現在、日本学術振興会特別研究員(PD)・東北大学大学院国際文化研究科特別研究員。専門は宗教学、社会学、仏教文化史。
著書に『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』(筑摩書房)、共著に『知っておきたい 日本の宗教』(ミネルヴァ書房)、『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)、監修書に『親鸞文学全集 〈大正編〉』第1―8巻(同朋舎新社)、論文に「演じられた教祖――福地桜痴『日蓮記』に見る日蓮歌舞伎の近代」(『近代仏教』第29号)などがある。

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