ハードワークからの回復――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子
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ハードワークからの回復――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。今月は、新作長編『らんたん』の発刊を控え、怒涛の締め切りを乗り越えた後の様子のリアルレポートです。
※当記事は連載の第6回です。最初から読む方はこちらです。

#6 徹夜明け

 大きめの締め切りが終わった。子どもがレゴで遊んでいる横で、ずっと原稿を赤ペンでチェックしているような日々を二週間送っていた。最終日は徹夜して、バイク便の方にゲラを渡し、ほっとして周囲を見渡してみたら、資料で足の踏み場もない。おまけにいつの間にか夏も終了して今、呆然としている。二年連続で夏らしいことが何も出来なかった上、40代になって初めてのハードめの仕事を終え、精神も肉体も悲鳴をあげている。ちなみに最後に仕事で徹夜したのは8年前なのだが、あの頃とは疲れ方のレベルが全然違う。眼球がゴロゴロして背中が激痛なばかりではなく、喉の奥がヒンヤリ冷たくて、周りが白っぽく見える。明らかにあの世の気配が濃厚に漂っている。40代の徹夜はリカバリーに三日かかるといっていた、イラストレーターの友達の証言は正しかったのだ。
 前置きが長くなったが、今回はこの二週間分の疲労を解消するまでの様子をレポートしてみたいと思う。
本当に三日で済むのか?

1日め 寝るだけ寝た後で、とりあえず散らばっている資料をのろのろ整理。掃除。やっと部屋が元の状態に戻る。この頃コンビニとテイクアウトばかりだったので、オートミールや野菜スープなどを作って食べる。「夏も終わった……。もしかして、死ぬまでもあっという間かも……」という喪失感が深いので「別に気にしてませんね? いや、秋楽しみなんですが?」という虚勢のために、高めのシャインマスカットを買ってみる。正直、まだ全身がバリバリ。寝そべって子どもに背中の上を歩いてもらう。小さい頃、父親に頼まれてよくこれをやらされ、何が気持ちがいいのかさっぱりわからなかったが、今は適度な圧が心地よい。暇を見つけてはストレッチ。ヘルシーメニューも運動も普段は苦手なのに、今はジンワリ身体に染み渡るよう……。
2日め 久しぶりに外をゆっくり歩く。動くのが苦ではなくなってきた感がある。サンマを食べたいな、と思っている。友達の間で話題だったのに、完全に乗り遅れた『モータルコンバット』をルームバイクを漕ぎながら鑑賞し終え、全速力で追いつく。肩はまだ痛い。この二週間、家族に対して雑きわまりなかったので、色々と取り戻そうとする。十分間の筋トレもやっと再開。
3日め 雨だが外出。たまりにたまった通帳記入、お世話になった方にお礼、滞っていた連絡など。ストレッチもなんとか続いている。タンパク質多めのヘルシーメニューが、普通に美味しいと感じられるようになっている。しかし、まだ頭がぼんやりして、節々が痛い。なんだかスマホを見るのが、ちょっと疲れるように感じる。寝る一時間前はスマホを見るのをやめる、は今後徹底しよう。
4日め 友達の証言より1日多くかかったが、この日からようやく調子が出てきたような気がする。秋の晴れ渡った空が少し寂しいが、これはこれでいいものだと思えるようになった。温かい飲み物が美味しい。

 ここである重大な気付きを得たのだが、健康的な食事、適度な運動、スマホ見すぎない……。いずれも、私はある程度、余裕がないとやる気になれないということである!! ハードワーク気味の時ほど必要なはずなのに、やってみよう、という気持ちになれるのは、休息をたっぷりとった後だけ……。深刻なジレンマである。「いやいや、無理無理、忙しい時はおにぎりやカップラーメンと栄養ドリンクをむさぼりながら生活をほっぽってパソコンにかじりつく、それが人間として普通のあり方……。大変な時は仕方がない!」といつものように自己肯定して終わりそうなのだが、私はあの徹夜の時の、命がダンゴムシのように縮んでいく感覚を思い出す。私の身体は明らかに違うフェーズに移行しつつあるのだ。運動ってほどでもなくていい、健康メニューってほどでもなくていいから、早いところルーティン化してしまおう。夏をすっとばした秋が意外と悪くなかったように、そうした工夫も結構楽しめるのでは、と思い始めている。

FIN

題字・イラスト:朝野ペコ

新作は柚木さんの母校の創設者の女性を描いた長編小説!
柚木さんの母校・恵泉女学園中学・高等学校の創設者・河井道。津田梅子のもとで学び、留学を経て女子の教育に尽力した人物の型破りな人生を追った小説『らんたん』が10月末に発売となります。
『らんたん』(小学館) 柚木麻子著 10月27日発売予定

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』など著書多数。最新作『マジカルグランマ』が好評発売中。

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