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友を思うがため、真実を導きだすため、情けを捨てて向き合う――中山七里「彷徨う者たち」

本がひらく

本格的な社会派ヒューマンミステリー『護られなかった者たちへ』『境界線』に続く、「宮城県警シリーズ」第3弾。震災復興に向けて公営住宅への移転が進む仮設住宅で発生した、殺人事件。貢の妻であり、蓮田刑事にとっても幼馴染の沙羅から聞かされた夫と父への思い。蓮田は任意同行した貢と一騎打ちの取り調べに臨む――。
※当記事は連載第18回です。第1回から読む方はこちらです。


 石動に直訴した通り、貢への聴取は蓮田主動で行われた。普段は尋問役の笘篠が、今回は記録係に回っている。
 対峙たいじする貢は俯きもせず、真っ直ぐこちらを見つめている。ただしその視線からは温度がまるで感じられない。まるで爬虫類はちゅうるいのような目だと思った。
「お前が〈シェイクハンド・キズナ〉の春日井代表と繫がっているのは分かっている」
「繫がっているというのはどういう意味だ。こちらは提携や協賛なんかした憶えはない」
 まさか名簿屋からの情報と明言することはできない。
「一緒にいるところが目撃されている」
「そんなことか。くだらん。俺は曲がりなりにも建設会社の役員だ。異業種の代表者と宴席を持つのは通常業務みたいなものだ。一緒に飲み食いした中には河北新報の主筆や世界を代表する電器メーカーの会長もいる。まさか、その中の一人だけをピックアップして『繫がっている』と強弁するつもりか」
「〈シェイクハンド・キズナ〉はマスコミやメーカーじゃない。NPOを気取っているが、ただの半グレ集団だ」
「ほう、そいつは知らなかった。何せ一度か二度会っただけだからな」
 まずい。
 最初から貢のペースで進んでいる。これでは本筋の殺人事件どころか、器物損壊への関与すら追及できない。
「〈シェイクハンド・キズナ〉の板台がしたことは時代遅れの地上げ屋と同じだ。吉野沢の再開発を目論んでいる〈祝井建設〉の思惑通りに動いていると言っても過言じゃない」
「思惑が一緒というだけで提携関係だと言うつもりか。そういうのをこじつけって言うんだ。宮城県警の取り調べはこじつけと見込み捜査で事件をでっち上げているのか」
「見込み捜査だと」
「見込み捜査でないというなら俺が、その春日井とやらに器物損壊を依頼した証拠を目の前に出してみせろ」
 貢が挑発しているのは蓮田でなくても分かる。こちらが怒りに流されて破綻するのを狙っているのだ。
 だが、相手を挑発する術ならこちらも心得ている。
「さっき、『どうせ撤去の決まっている建物だ。破壊するのが早いか遅いかの違いでしかない』とか言っていたな。要するに地上げの肯定か」
「スクラップ・アンド・ビルドは建設業者の存在理由だ」
「二代目が地上げ屋の肯定か。親父さんが聞いたら草葉の蔭でどう思うだろうな」
「親父のことをお前が口にするな」
 途端に貢は険しい目をした。
 蓮田の胸に微かな痛みが走る。だが続けない訳にはいかない。
「口にするさ。俺とお前じゃ父親に対する想いが真逆だ。俺は親父の仕事を嫌悪していたから警察官になった。だがお前は父親の遺志を継いで二代目になっている。俺はマスコミを罵倒しても罪悪感一つないが、お前は違うだろう。それとも親父さんは、住んでいる人間の生活を脅かしてまで地上げを進めるような悪党だったのか」
「親父を悪党呼ばわりするな。どんな人間だったのか、お前だって知っているはずだ」
「ほお。じゃあ悪党は義理の父親か」
 矛先を替えられると、一瞬貢は戸惑ったようだった。
「再開発を計画通りに進めるため、仮設住宅の撤去を急がせたのは森見善之助の指示だったか」
「先生はそんな指示などしない」
「この期に及んで『先生』か。いったい、森見家の中でお前はどういう立ち位置なんだ」
「その程度の話、当然訊き込みしているだろう」
 羞恥を感じさせない顔だが、蓮田には分かる。わずかに表情筋を強張らせているのは感情を抑え込んでいるせいだ。
「刑事風情には分からないだろうが、秘書は議員が自由な政治活動をするためには何だってやる。それこそスケジュール管理や身の回りの世話」
「加えて女遊びの見張り役。ついでに汚れ役か」
「何とでも言え。政治は清廉潔白だけじゃ理想を達成できない。多少は手を汚さなきゃならん」
「同情する」
「するな。刑事には分からない世界だと言った。門外漢に同情されるなんて不愉快でしかない」
「沙羅なら同情してもいいのか」
「何のことだ」
「親が長いこと政治家なのに、まともな感覚を持ち続けている。子どもの頃からそうだ。三人が突飛な行動をしようとすると、大抵沙羅が抑えてくれた。あいつ、口数が少ないくせに雰囲気で人を動かすんだよな」
「今度は沙羅の話で揺さぶるつもりか」
「揺さぶるのは俺じゃなくて沙羅だ。お前と森見議員の歪な関係を、彼女がいつまでものほほんと見過ごしているとでも思ったか」
「どういう意味だ」
「震災が奪ったのは家族や財産だけじゃない。生き延びた者の心の一部まで持っていっちまった」
「何も失わなかったヤツが偉そうに講釈を垂れるな」
「失ったさ」
「何をだ。言ってみろ」
「祝井貢、大原知歌、森見沙羅。兄弟同然に育ってきた幼馴染みを三人も失くした。十四年ぶりに会った三人は、震災以前とは別人だった」
「くだらん」
 貢は腹立たしげに顔を背ける。
「沙羅はお前と森見議員の関係を案じている」
「他人の家の問題に首を突っ込むな」
「父親がその立場を利用して旦那に汚れ仕事をさせている。妻の立場でこれほど辛いことはないんじゃないのか」
「女に、男の仕事が理解できるか」
 貢の口調に明らかな動揺が見てとれる。卑怯な手段かもしれないが、沙羅の話を持ち出したのは成功だったらしい。じわりと湧き起こる自己嫌悪を堪えながら、蓮田は尋問を続ける。途中で止めれば自制心が崩壊しそうな恐怖があった。
 ちらりと横を見れば、笘篠は無表情でパソコンのキーを叩いている。今のところは制止の手も入っていないので、続行しろという無言の指示と受け止める。
「〈シェイクハンド・キズナ〉の板台が襲った仮設住宅には皆本という老人が一人で暮らしている。漁網工場を経営していたんだが、津波で自宅も工場も家族もみんな流された。あの老人に希望と呼べるものは何一つ残っていない。だから日がな一日、安酒を吞んでいるしかない。お前は、お前の義父はそういう老人から住処すみかまで奪おうとしたんだ」
「災害公営住宅に移転すれば、いいだけの話だ」
「今度の事件に関わって、住まいだけ替えればいい話じゃないのは耳にタコができるほど聞いた。一番熱心に説いていたのは知歌だったけどな」
「……今度は知歌まで持ち出すのか」
「知歌はケアサービスの職員だから県の復興事業計画や事業者の思惑より、被災者の安寧を優先させる。つまりお前とは逆の立場だ。しかも皆本老人の担当である。あの老人を迫害して少しも心は痛まないのか」
「つくづく卑怯な人間に成り下がったな、クソ刑事」
「勝手に何とでも言え。仮設住宅の住人をただ他所に移したところでコミュニティ不在から孤独になるという話も聞き知っている。お前が拠り所にしている理屈はただの偽善だし、お前の仕事は哀れな老人の生きる場所を破壊しただけだ」
「断じて違うぞ、それは」
 貢は腰を浮かしかけた。
「俺だって家族を亡くした身だ。あの爺さんには同情している。だから一刻も早く移転してもらおうと思って」
 言葉は最後まで続かず、貢はしまったという顔をした。
「語るに落ちたな」
「……どこまでもむかつく野郎になったな」
「いったん口にしたんだ。お前と〈シェイクハンド・キズナ〉の関係をもう認めろ」
「勝手に調書を書いとけ。どうせ最後に署名押印させるんだろう」
「ああ、そうする。ただし署名押印までにはまだまだ間がある」
 ここまでは蓮田のポイントだ。貢が上手く誘導尋問に乗ってくれたお蔭で自白を引き出すことができた。
 ただし〈シェイクハンド・キズナ〉の件は前哨戦に過ぎない。本筋は掛川勇児の殺害動機を吐かせることだ。
 正念場。
 同情は禁物。友情は忘れろ。手前勝手な理屈だが、真実を吐かせて真っ当に裁きを受けさせるのが、貢にとって最良の更生と考えろ。
 蓮田は更に気を引き締める。
「皆本老人ならびに仮設住宅の入居者の窓口になっていたのが南三陸町役場建設課の掛川勇児さんだ。彼と面識があったか」
「もう別件か。少しは余裕を持ったらどうだ」
「面識があったかなかったかを尋ねている」
「先生の仮設住宅撤去の視察に同行して顔を見かけた程度だ。言葉も交わしていない。向こうだって俺の顔なんか憶えているものか」
「そうかな。掛川さんは入居者の相談窓口であると同時に、災害公営住宅への移転を推進させなければいけない立場だった」
「そうだ。目的が同じだから、俺には彼を殺す動機がない」
「表面上はな。しかし、掛川さんが入居者に寄り添ううちに、見切り発車めいた移転は彼らの不幸にしかならないと気づいたとしたら、その瞬間、彼はお前にとって邪魔者になる」
「本気で言っているのか」
 別件の追及に移行してから、貢は冷静さを取り戻したように冷めた目でこちらを見返す。
「本気で言っているのなら、そのご都合主義を嗤ってやる。ブラフのつもりで言っているのなら、その浅知恵を嗤ってやる。第一、その掛川という男が変節したのを、どうやって俺が知るんだ」
「県会議員の秘書と役場の職員なら、いつでも会合の機会はあるだろう」
「お前の推定に過ぎない。俺と掛川が会っている証拠をここに出してみろよ」
「掛川さんと一対一で会ったことはないのか」
「ない」
「殺していないのか」
「当たり前だ」
 畳み掛けようとした次の瞬間、蓮田は最前から貢が上唇を舐めていることに気づいた。貢が噓を吐く時の癖に間違いない。
では、どこの部分が虚偽なのか。
「噓だ」
 こちらの情報不足を気取られてはならない。蓮田は自信ありげな顔を拵えて貢を正面から見据える。
「さっきの言葉に付け加えておく。三人とも震災以降に人が変わったと言ったが、俺だって変わった。人の噓を見抜けるようになったし、被害者と被害者遺族の無念を晴らすためなら冷酷に徹することも覚えた。お前が知っている昔ながらの『将ちゃん』じゃない。不正も不法も許さない警察官だ」
「カッコいいなあ、『将ちゃん』」
 貢は殊更軽薄にはやし立てる。
「カッコいいついでに、俺が掛川を殺した証拠を見せてくれよ」
 蓮田は反論を試みるが、すぐには論拠を見つけられない。こちらが相手の感情を逆撫でして突破口を開こうとしているのに対し、貢は徹底して証拠の不在を盾に逃げきるつもりらしい。
「いくら偉ぶったところで、お前は教師の詰問にビビりまくる『将ちゃん』のままさ」
 昔話を持ち出されて、今度は蓮田が鼻白む番だった。知歌を苛めた相手に手痛いしっぺ返しを食らわせた直後、教師からしつこく関与を疑われてもきらきらする瞳で堂々と白を切ったような男だ。言葉の応酬なら蓮田など自分の足元にも及ばないと誇示するつもりか。
 落ち着け。
 蓮田は気づかれぬよう密かに深呼吸を一つする。これも貢の戦術だ。こちらが不利な状況であるのを絶えず自覚させ、心理的優位に立つ。劣勢に立たされた側は言わなくてもいいことを言い、焦ってはならない局面で焦り、遠からず墓穴を掘る。
 ここまで尋問を続けると、こと心理戦においては貢に一日の長があるように思えてくる。蓮田が幾人もの容疑者を相手にしたのと同様、いやそれ以上に貢も海千山千の建設業者や政界人たちと渡り合ってきたはずなのだ。生まれついての交渉上手に知見が加われば、それこそ鬼に金棒ではないか。
「お前のスマホを預からせてもらう」
 貢のスマートフォンには犯行当日に掛川と待ち合わせた経緯が記録されているはずだ。察しのいい貢なら、スマートフォンの話が出た時点で交信記録に考えが及ぶに違いない。
 ただし警察が容疑者のスマートフォンを押収できるのは逮捕直後からだ。それまでは本人の了解を得て預かるかたちしか採れない。従って蓮田の要求は貢の反応を確認する手段に他ならない。
 果たして貢はどんな反応を示すのか。蓮田と笘篠が見守る中、貢は二人を嘲笑うように天を仰いだ。
「確かスマホの類を押収できるのは逮捕されてからだよな」
 やはり知っていたか。
「議員秘書の身だから、俺のスマホには公にできない情報、洩らせば特定の関係者に迷惑のかかる情報が満載だ。折角の申し出だが拒否させてもらう。もっとも中身を分析したところで空振りするのがオチだろうが」
「いやに自信たっぷりだな」
「幸か不幸か、先週に機種変更したばかりだ。その際、不必要な情報は全て消去した。従前のスマホも廃棄処分した」
 思わず舌打ちしそうになった。機種変更でデータを移行する際、残す情報と消去する情報を取捨選択できる。むしろ機種変更はそれが目的だったに相違ない。
 決め手が出せないまま貢を睨む。貢の方は余裕綽々しゃくしゃくといった風に泰然と構えている。このままでは形勢不利のまま貢に逃げられてしまう。
 どうする。
 焦燥が膨れ上がって限界値に近づいた時、笘篠が声を上げた。
「休憩時間だ」
 意外にも貢がほっと安堵の表情を見せた。余裕があるようでも、貢なりに緊張していたらしい。
 笘篠は蓮田を連れて取調室を出る。
「足元を見られているぞ」
 何も否定できず、蓮田は俯くしかない。
「分かってます」
「スマホの件を突きつけて動揺を誘うのは悪くない手だったが、向こうが一枚上手だった。別の切り口を探らにゃならん」
 それも分かっている。だが現状、当方が展開できるのは心理戦しかなく、それすらも有効打を思いつかない。
 顧みれば、蓮田は貢に苦手意識があった。潜在的であったため気づきにくかったが、こうして対峙してみると如実になった。
 廊下の壁にもたれて打開策を模索する。しかしどれだけ知恵を巡らせても、貢に一矢報いるような切り口は思いつけずにいる。
 その時、笘篠のスマートフォンが着信を告げた。
「はい、笘篠」
 相手の声を聴いていた笘篠の表情が奇妙に歪む。
「受付に予期せぬ来客が現れた。森見貢の容疑を晴らしたいんだそうだ」
 咄嗟に頭に浮かんだのは沙羅の顔だった。
「細君ですか」
「いや。大原知歌さんだ」

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プロフィール
中山七里(なかやま・しちり)

1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』にて第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞し、2010年に作家デビュー。著書に、『境界線』『護られなかった者たちへ』『総理にされた男』『連続殺人鬼カエル男』『贖罪の奏鳴曲』『騒がしい楽園』『帝都地下迷宮』『夜がどれほど暗くても』『合唱 岬洋介の帰還』『カインの傲慢』『ヒポクラテスの試練』『毒島刑事最後の事件』『テロリストの家』『隣はシリアルキラー』『銀鈴探偵社 静おばあちゃんと要介護探偵2』『復讐の協奏曲』ほか多数。

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