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哲学はいま何をテーマにしているのか? 変貌する哲学の新しい見取り図を示す!

 現代哲学――主として20世紀後半以後の哲学は、さまざまな論者が分野横断的な議論を繰り広げ、非常に複雑化している。哲学は今、どこにどういう問いがあり、誰によって何が議論されているのか? 7月10日に発売された『現代哲学の最前線』(NHK出版新書)で、本書著者の哲学者・仲正昌樹氏がそれに答える!

哲学を「学びたい」人の入門書はどうあるべきか?

 21世紀の10年代に入った頃から、何となく哲学書ブームが続いている。様々な哲学入門書が出版され、都市の大型書店には、〝庶民に親しみやすい言葉で哲学を語れるカリスマ哲学者〟のコーナーが設けられている。「〇〇分で分かる△△先生による超入門書」というような感じのポップや広告をしばしば見かける。ただ、それらの入門書を読んだ後で、「哲学とは何か」本当に分かったという実感を持った人、それをきっかけに自ら「哲学」に取り組むようになったという人はあまりいないだろう。

 多くの場合それらの本は、学校の参考書、虎の巻風に書かれており、お決まりのパターンがある。まず著者であるカリスマ講師が、「これさえ押さえておけば、哲学なんて怖くない!」「これで哲学を完全攻略!」「これで哲学が役に立つことが納得できるはず」などと高らかに宣言する。目次にはソクラテス、プラトン、デカルト、カント、ヘーゲル、サンデル……など素人でも知っていそうな哲学者たちの名前が並ぶ。人名の代わりに戦争とかAI、クローン、SNS、セクシュアリティ、正義、ケア、幸福……など、哲学的に意味がありそうな時事ネタが、「これこそ哲学が取り組む最重要課題」と銘打たれて列挙されることもある。そして、それぞれの項目が二~四頁くらいので長さで均一にまとめられる。それぞれかなり教科書・参考書的にコンパクトになっている項目は、さらに念入りに、最後にワンセンテンスにまとめられ、「これさえ押さえておけば、君は〇〇哲学をマスターしたと自慢していい」と保証される。

 そういう露骨にアラカルト式の入門書は、一般教養として哲学の基礎知識がほしいという人には役に立つだろうが、本格的に「哲学」を学びたい人、つまり過去の哲学者たちの思考を参考にして、自らも哲学的に思索したい、という人にはさほど意味がなかろう。学問一般について言えることだが、外国語の会話とかPCの学習とは違って、これさえ覚えておけば大丈夫、などということはない。基本的な考え方の筋道を自分で辿っていけないと、意味がない。特に「哲学」の場合、何をどれだけ学んだら充分と言えるのか、専門的に研究している哲学者にもはっきりした答えはない。

 たとえ入門書であっても、いや入門書である以上、「これで終わり」と思わせて安心させる―――そして、もうそれ以上、学ばなくてもいいと思わせる―――のではなく、どういう領域にどういう問いがあり、どう議論されているのか、読者に認識してもらったうえで、もっと知りたい、自分で考えたい、という願望を喚起する構成になっていないといけない。次に学ぶ目標が見えてこないなら、いくら売れても、入門書として失敗である。物理学とか生物学、心理学、歴史学の入門書だったら、そんなのは言わずもがなの話だが、「哲学」となると勘違いする人が多い。

哲学者として入門書を書く意味とは?

 無論、だからといって、学会誌とか大学の紀要に載せる論文から注を取って、ちょっと簡略化しただけのものを「○○哲学入門」というタイトルの本にすればいいということではない。それは、著者の怠慢である。入門書や解説書を書く以上、読者に伝えるべき最低限のことは何で、それはどのように書けば最大限伝わるか考えるべきである。誰が読んでも面白い入門書などあり得ない。だからこそ、どういうタイプの読者を想定し、どうやったらその読者に伝わるか考えないといけない。

 そういう作業は、自分がやっていることの意味を原点に立ち返って問い直すきっかけになる。学者というのは基本的にみなそうだが、自分の同業者の目を過剰に意識し、同業者から露骨に非難されることなく、できるだけ高評価されそうな文章を書こうとする。それによっていつのまにか、みんなで、研究の本来の目的からズレていくことがある。特に実験結果とか、観察される事実、史料によって結論を検証できる自然科学や歴史学、社会学と違って、私たち自身が使用している概念を徹底して分析することによって探求を進めていく哲学では、そういうことになりがちだ。

 〝ハイデガー研究者〟―――本当は、個人名に続ける形で、◇◇研究者を名乗る者が存在すること自体がどうかしているのだが―――という狭い括りの中でさえ、現象学とのつながりが強い初期の研究をやっている人、『存在と時間』から1930年代半ばくらいまでの時期の研究をやっている人、『哲学の寄与』に重点を置いている人、戦後の四方位の問題に取り組んでいる人、キリスト教神学との関係を重視する人の間では、話題や用語が違いすぎて話が通じないことさえある。そうなってくると、「哲学」にとって本当に意義のある研究なのか、自己満足やサークル維持のためにやっているのかわからなくなる。ちゃんとした入門書・解説書を書くことには、そうした夜郎自大な傾向を是正し、自分が何をやっているのか再認識するというポジティヴな意味もある。本書は、著者である私にとってそういう意味がある。

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五つの問いから世界を見通す

 本書では、哲学研究の諸領域において―――私から見て―――現在最もホットな五つのテーマを取り上げ、その議論のおおよその状況を概観していく。正義論、承認論、自然主義、心の哲学、新しい実在論の五つである。これらをめぐっては、異なったバックグラウンドを持った理論家たちが分野横断的な議論を繰り広げている。私は現代的なテーマを論ずるに際しては、その前提となる哲学史的な基礎知識―――例えば正義論を解説する際には、ロールズの正義論の前提となる、19世紀後半以降の正義をめぐる倫理学や政治哲学の議論―――をできるだけ盛り込むことが多いのだが、今回は思い切って割愛することにした。ヒントは出しておくので、読者自身で調べてもらいたい。

 また、それぞれのテーマが浮上してきた歴史的・社会的背景に関する記述も、最低限に抑えることにした。そういう方面に突っ込みすぎると、「哲学」が、何か特定の社会問題解決のための便利なツールであるかのような話になってしまうからである。「哲学」が社会の中に現実に生きている人間の問題関心と関わっており、現実の変化と哲学の議論状況が連動しているのは確かだが、「哲学」は経済学や政治学、法学のような政策学ではない。たとえ現実にそうなる可能性が極めて低いことでも、それが起こった場合はどうなるのか、どうすればいいのかきちんと考えるのが「哲学」である。現実離れしているとか机上の空論とか言われても、気にすべきではない。

 五つのテーマのエッセンスを取り出し、哲学者たちが何に関心を持っているか提示することで、古代ギリシア以来、抽象的な概念を追いかけてきた「哲学」がどういう営みかを明らかにしたい。

『現代哲学の最前線』目次

はじめに 「哲学」は何をテーマにするか

第一章 正義論――公正な社会はいかにして根拠づけられるか
ロールズの『正義論』は何が画期的だったのか?/厚生経済学者たちの批判/ノージックのオルターナティヴ――福祉や協働は強制されてはならない/サンデルのロールズ批判とコミュタリアニズム/自由主義の自己欺瞞/重なり合う合意と公共的理性/潜在能力アプローチとアリストテレス etc…

第二章 承認論――我々はどのように「他者」と認め合えるか?
主体の条件としての承認/「主体」をめぐる思想史的攻防――ロマン派やニーチェの批判/理性的思考の限界――反主体的な思想の系譜/構造主義者たちの問題提起/デリダによる哲学・構造主義批判/「生活世界」という共通経験の地平/ローティの戦略とクワインの全体論/リベラリズムの解釈学/「承認」の3つのモード/ヘーゲルの「承認」論を現代化したブランタム etc…

第三章 自然主義――自由意志は幻想にすぎないのか?
人間の行動に固有の法則はあるか/新しい哲学の使命――ウィーン学団と「統一科学」の構想/クワインの穏健な自然主義/「感覚与件」をめぐる攻防/「原因」と「理由」はどう異なるのか/人間の行為は基本概念に還元できない/哲学の「外」からの攻勢――ソーカル、ウィルソン/進化論から自由を考える/「ミーム」とは何か?/反自然主義からの応答/自由意志は幻想か? etc…

第四章 心の哲学――「心」はどこまで説明可能か?
「心の哲学」とは何か?/物理主義の元祖としてのラッセル/チューリングが浮上させた一大問題/物理主義の諸戦略1――タイプ同一説vs. トークン同一説/物理主義の諸戦略2――機能主義/コンピューターには何ができないか?/「心」のモジュール性/物理主義の諸戦略3――消去的唯物論/手術によって分離した脳は「生き残る」と言えるか?/サールに対するデネットの応答/「意識」の本質をめぐる攻防①――「志向性」/“単一の自己”は物語的虚構である/「意識」の本質をめぐる攻防②――「クオリア」 etc…

第五章 新しい存在論――存在することをなぜ問い直すのか
「ポストモダン」以後の実在論/カント以来の「相関主義」の克服/いかなる存在にも必然性はない?――メイヤスーの思弁的唯物論/世界に意味などない?――ブラシエの超越論的ニヒリズム/モノと主体の関係を再考する――シャヴィロの美的実在論/ガブリエルとシェリング――偶然性から立ち現れる必然性/ガブリエルの真実在論の二つの柱――「意味の場」と「世界」/なぜ世界は存在しないのか/新実存主義――歴史的に形成された概念としての「精神」/「意味」を生み出すということ etc…

プロフィール
仲正昌樹(なかまさ・まさき)

1963年生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。金沢大学法学類教授。専門は法哲学、政治思想史、ドイツ文学。著書に『集中講義!日本の現代思想』『集中講義!アメリカ現代思想』(NHKブックス)『悪と全体主義』(NHK出版新書)『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『今こそアーレントを読みなおす』(講談社現代新書)『マルクス入門講義』(作品社)など多数。

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