見出し画像

エッセイ「空想居酒屋 〔スープで呑む〕」島田雅彦

 感動の美酒に、死ぬまでにもう一度食べたい逸品の肴……。島田雅彦さんが体験してきた酒場天国の数々をコトバで再現し、「こんな酒場で飲みたい」という欲望を“善きドリンカー”たる読者と共有しながら実際に「空想居酒屋」の開店を目指す、至極の酒場エッセイ。
 ※本記事は連載第17回です。最初から読む方はこちらです。

 韓国にはへジャンクというジャンルがある。二日酔い予防、あるいは回復に効果があるスープのことだが、牛の血を豆腐状に固めたものや干ダラ、豆もやしスープはその代表的なものである。適度な塩分、旨味のあるスープによって、アルコール過剰摂取による脱水症状をカバーし、かつ空腹を補う。ところで、日本では酒の締めに、ラーメンやそば、うどんの類を食べるが、それらが二日酔い予防、回復に効果があるとは誰も考えていない。しかし、あさりやしじみのだしが効いた味噌汁ほど二日酔いの身にありがたいものはないことは大抵の酒呑みは知っている。これまで幾度となく、汁物、スープに窮地を救われた経験から、汁物を肴に呑むことを追求してみたい。
 韓国の汁物にはよく煮干しのだしを使うが、「味の素」、「ほんだし」などの化学調味料が浸透するまではどこの家庭でも丁寧に煮干しでとっただしの味噌汁が朝餉、夕餉に供された、私の記憶に残る味噌汁は秋田出身の祖母が作った濃厚な煮干しだしのかなり塩辛い大根の味噌汁だった。本気で作った味噌汁は酒のお供にもなり得る。韓国の味噌汁といえば、テンジャンチゲだが、納豆の香りがするこの独特の味噌で作るチゲは具材こそ、ズッキーニとタマネギ、豆腐程度であるが、煮干しと納豆の風味にハマると、朝食はこれにキムチとご飯だけで充分だし、酒も呑める。普通の味噌汁に納豆を入れても、テンジャンチゲに近いものはできる。煮干しのだしはうどんのだしにも向いていて、西日本ではそれが定番だし、韓国のカルグクスもそうだ。韓国式のそうめんのハルモニ(お婆)風の食べ方は、古漬のキムチを軽く洗い、刻んで、醤油とゴマ油を少し加えたものを茹でて水で締めたそうめんに乗せ、上から、熱い煮干しだしをかける。合わせだしが主流のラーメンでも、豚骨醤油に煮干しだしを合わせている。
 煮干しは苦味を嫌う人は頭と内臓を取るが、逆にほのかな苦味を好む人はそのままでもいい。湯で軽く戻した煮干しをほぐして、オリーブオイルで和えたりすると、ドライ・アンチョビになり、調味料として使うこともできる。
 貝だしの味わい深さも酒呑みを虜にする。貝それ自体の中に凝縮された旨味を加熱によって引き出す。たとえば、カキ。レモンを絞って、生でズルッと食べるのもいいのだが、焼きガキにすれば、旨味たっぷりの汁も堪能することができる。殻の中の汁をこぼさないようにするにはタイミングを見極め、ひっくり返す熟練の技が要求される。殻から外したカキならば、昆布だしで三十秒ほど茹でて、取り出しておき、カキの旨味が出たやや白濁したスープで豆腐を煮て、温まったところにカキを再投入し、針生姜を散らす。こうして作ったカキの湯豆腐をつまみながら、冷酒を呑めば、その甘さが際立つだろう。

焼きガキの汁はやばすぎる

焼きガキの汁がたまらない

 ベルギー名物といえば、ムール貝とフレンチフライの組み合わせだ、鍋にてんこ盛りで出てくるムール貝を貝殻をハサミにして身を外し、ひたすら口に運び、合間にフレンチフライをマヨネーズ、あるいはビネガーにつけ、貪り食う。一緒に呑む酒はもちろんビールだ。鍋の底が見える前に飽きてしまうかもしれないが、やがて、貝の旨みが凝縮されたスープが見えてくる。そのままでは塩辛いので、ウエイターに頼んで、お湯で薄めてもらい、パンを浸して食べる。しかし、そこにスープがあれば、麺を投入せずにはいられないのが、麺食いの性というもので、連日、こってりした食事が続き、「だし物」に飢えていた私はブリュッセルのレストランで、スパゲッティを茹でてもらえないかと懇願し、わがままを聞き入れてもらったことがあった。汁だくボンゴレは貝だしのうどんのようで、ネギが欲しかった。
 アサリやハマグリ、シジミ、ホタテ、ホッキ貝、どれもいいだしが出るが、亜鉛豊富な貝だしを酒と交互に呑んでいる限り、肝機能は活性化される。貝だし呑みの極めつけは、アワビのしゃぶしゃぶだ。薄切りアワビを昆布だしにくぐらせ、肝ポン酢で食べ、締めをアワビ粥にするこの贅沢は誕生日の自分への褒美にする。呑む酒はやはり大吟醸でしょう。
 ベトナムのフォーのスープは牛肉のスープがベースになっているが、チキン・スープを用いる屋台もある。フォーの歴史はそれほど古くはなく、フランスの植民地時代に牛肉を食べる習慣が入り、フォン・ド・ボーが料理文化の中に取り入れられたことに由来する。日本でも牛肉食は明治維新時に取り入れられたが、なぜか牛骨からだしを取る文化は根付かなかった。韓国ではソルロンタンやトガニタンを筆頭に、牛骨だしがスープ料理全般に使われるのとは対照的だ。フォーのスープはあっさりしていて、米粉の麺や卵麺と合わせ、もやし、ハーブ、牛肉、ワンタン、フィッシュボールなどをトッピングして、ライムを絞って食べる。最後の味付けは客に委ねられていて、ニョクマムやチリソースがテーブルに置かれている。トッピングの牛肉はシチューのように煮込んであるもの、生肉を熱いスープで霜降り状態にして食べるものなど各種ある。ベトナム人の朝食の定番ではあるが、具沢山のフォーで酒を呑むことももちろんできる。鍋物のように最初は麺抜きでトッピングをつまみに酒を呑む、締めに麺だけ食べるという変則技を使う。
 チキン・スープは料理における世界共通語といってもいい。ユダヤ人の友人は弱ってくると、「ママのチキン・スープが食べたい」を口癖にしていた。韓国人はサムゲタンという最強のチキン・スープを持っている。中国人は丸鶏と豚の肩ロースと金華ハムを八時間、静かに煮込んだ上湯スープをあらゆる料理のベースにする。日本には鶏の水炊きがある。福岡県民は豚骨ラーメンにせよ、水炊きにせよ、白濁スープがお好きなようで、骨ごと強火で煮ることで骨に内包されたアミノ酸を絞り出してくる。あのスープを飲むと、温泉に浸かったような安堵感、血管が緩む心地よさについうめき声を漏らしてしまうが、酒のお供のスープとしては極上のものである。柔く煮込まれた鶏も塩コショウ、ポン酢などで食べるのだが、焼酎との相性が抜群である。試しにチキン・スープで焼酎を割って呑んでみたら、これがかなりいけた。酒とスープのカクテルということになるが、焼酎に昆布を一切れ入れる昆布焼酎というのがあるくらいなので、昆布だしや貝だしで割って呑んでもみたが、悪くない。そういえば、イワナの骨酒は焼いたイワナに熱燗を注いだものだが、これなどは酒とスープのハイブリッドといえる。

チキン・スープは料理の世界共通語だ

チキン・スープは料理の世界共通語だ

 飲むサラダともいわれるガスパチョも、ワインのつまみになるし、同じスペイン料理の温かいスープなら、パンチの効いたソパ・デ・アホ(ニンニクスープ)をすすりながら、カヴァを呑みたい。南仏を旅した時は、ほぼ毎回、魚のスープを注文していた。これはブイヤベースの汁部分であるが、近海の小魚を雑多に煮込み、それを漉して、サフランで色付けをし、サフランバターを塗ったパンをクルトンとしてあしらった濃厚なスープで、スプーン一杯ごとに白ワインを一口呑んでいると、食べ終わる頃にはボトルは半分空いている。イタリアでは具材がしっかり原型をとどめているズッパ・ディ・マーレ(海のスープ)を食べずには去れない。とりわけナポリの下町にある食堂で供されたそれは二日連続で通ったほど絶品だった。具材はタコ、テナガエビ、ムール貝、白身魚など、店によっては小さなエイが入っていることもある。軽く熱を通した具材をパンを敷いた皿の上に並べ、そこに熱々の魚介のスープをかけ、仕上げに唐辛子のオリーブオイルをかける。イタリア式海鮮鍋とでもいうべきこの具沢山スープには、炭酸水で割った白ワインをがぶ呑みするのがベスト。
 中欧に向かえば、そこにはグヤーシュがある。牛肉や野菜をパプリカ風味で煮込んだシチューのようなスープだが、これを一つ注文すれば、ジョッキ二杯のビールが飲み干せる。さらにロシアに向かえば、そこは多様なスープが待ち構えている。最もよく知られたボルシチは元来、ウクライナ料理であるが、ボルシチのシチというのがスープという意味である。ビーツの赤が鮮やかなあのスープには酢漬けキャベツや牛肉、ジャガイモなどが入っている。他には魚のスープであるウハー、ハムなど雑多な具が入ったサリャンカなどがあるが、韓国のチゲ、日本の味噌汁と同様、家庭ごとに味が違い、多様である。
 熱帯に向かうと、ココナッツ味のスープに特徴がある。魚のスープの味付けにココナッツミルクを入れ、コクを出したりする。タイのカレーがまさにそれで、香辛料と併用することで甘さと辛さの絶妙なハーモニーが生まれる。
 かつてブラジルを旅したことがあったが、その際、アマゾン川中流域の都市マナウスを訪れた。どんな料理でもてなされるのか楽しみにしていたのだが、ナマズやピラニアを水煮しただけのごくシンプルなスープが出てきた。これにライムを絞り、塩で味付けして食べるのだが、ポン酢醤油でもあれば、タラやフグのちり鍋とほとんど同じ味になる。リオデジャネイロではココナッツとデンデ油を使ったこってりしたバイーア州料理を食べ、胸焼けと格闘していたのだが、アマゾンではごくあっさりとした淡水魚のスープが出てきて、アフリカ系と原住民の味の好みは全く異なり、後者の好みはアジア人に似ているのだなと思った。

連載第18回へ続く

連載第16回へ戻る

プロフィール
島田雅彦(しまだ・まさひこ)

1961年、東京都生まれ。作家・法政大学教授。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』で注目される。『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、『虚人の星』で毎日出版文化賞を受賞。ほかの著書に『天国が降ってくる』『僕は模造人間』『彗星の住人』『悪貨』『ニッチを探して』『オペラ・シンドローム』など多数。2010年下半期より芥川賞選考委員を務める。
*島田雅彦さんのTwiiterはこちら

関連書籍

※「本がひらく」公式Twitterでは更新情報などを随時発信中です。ぜひこちらもチェックしてみてください!

よかったら記事のシェアもお願いいたします!
28
NHK出版の書籍編集部が、多彩な執筆陣による連載小説・エッセイ、教養・ノンフィクション読み物や、朝ドラ・大河ドラマの出演者や著者インタビューなどをお届けします。新刊情報も随時更新。ときどき編集部裏話も!

こちらでもピックアップされています

小説・エッセイ
小説・エッセイ
  • 56本

人気・実力を兼ね備えた執筆陣によるバラエティー豊かな作品や、著者インタビュー、近刊情報などを掲載。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。