「形」を知ると、身体のしくみと進化が見えてくる!――「キリンと人間、どこが違う?[超高血圧!キリンの心臓の仕組み]」郡司芽久
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「形」を知ると、身体のしくみと進化が見えてくる!――「キリンと人間、どこが違う?[超高血圧!キリンの心臓の仕組み]」郡司芽久

 キリンと人間はまったく違う動物? 生き物の身体の「形」を比べてみると、意外な共通点が見つかります。動物学者で「キリン博士」こと郡司芽久さんが、動物の身体をめぐる謎やユニークな進化についてわかりやすく解説。浅野文彦さんのイラストも必見!
 今回のテーマは「心臓」。生き物のなかで最も高血圧なキリン。その理由は長い首にあります。血液を身体の隅々まで送り出す心臓は、長い進化を通してどのように変わってきたのでしょうか。
 *当記事は連載第8回です。第1回から読む方はこちらです。

地球上で最も高血圧な生き物

 1か月ほど前、「広島高血圧・生活習慣病研究会」という研究会に招待していただき、医師や医学部に勤める研究者の方々に、キリンのお話をしてきた。
 キリンと高血圧・生活習慣病研究のあいだに、いったいどんなつながりが……? と不思議に思う方がいるかもしれないが、キリンというのは、現在地球に生息する生物のなかで最も高血圧な生き物である。前述した研究会のロゴマークに採用されてもよいくらい、「高血圧」とは深い関わりがあると言えよう。
 キリンが高血圧な理由は、その長い首にある。2メートルにも及ぶ長い首を天高く持ち上げているため、心臓から脳までが遠く離れてしまっているのだ。つまり、キリンの心臓は、重力に逆らいながら、はるかかなた上方にある脳まで血液を送り届けなくてはならない。それゆえに、ほかのどの動物よりも高い血圧を持つにいたったのだ。
 これまでの研究によると、キリンの血圧は上がおよそ250mmHg、下が200mmHgほどと言われている。血圧の上下はヒトの健康診断でもおなじみだが、一応説明しておくと、〝上〞は「心臓が収縮して血液が送り出されたときの血圧」で、〝下〞は「縮んだ心臓が元に戻るとき(=血液を送り出していないとき)の血圧」のことだ。成人したヒトの正常な血圧が上120〜129mmHg、下80mmHg未満であることを考えると、キリンは異常なほどの高血圧と言えよう。
 とはいえ、キリンにとってはこの高い血圧が正常値である。もしヒトの正常値と同じくらいの血圧になってしまったら、たちまち脳に血液が足りなくなり、立ちくらみを起こして倒れてしまうだろう。
 というわけで、今回のテーマは「心臓」である。

 心臓は、筋肉の塊である。内部には血液がたまる小さな空間があり、周囲の筋肉が収縮することで、その空間にたまった血液を心臓の外へと押し出す。これがいわゆる「拍動」だ。心臓とは、血液を身体の隅々まで送り出す〝ポンプ〞のような器官なのだ。
 心臓が絶え間なく血液を送り続ける理由は、「血液中の酸素を全身に送り届けるため」である。細胞の中で〝生きていくのに必要なエネルギー〞を作り出すうえで、酸素は必要不可欠な存在なのだ。
 脊椎動物の場合、この〝酸素の運搬作用〞を担っているのは、血液中に存在する「赤血球」である。赤血球の内部には、酸素としっかり結びつく性質をもつ「ヘモグロビン」というタンパク質がぎっしりと詰まっている。肺から血管中に溶け込んだ酸素は、赤血球にくっついて血流に乗って体内を移動し、身体の隅々まで行きわたるのである。いわゆる貧血というのは、ヘモグロビンが不足して酸素の運搬が滞り、身体に不調が生じる現象である。
 ヘモグロビンは、酸素と結合すると赤くなるという特徴をもつため、赤血球はその名のとおり、赤く見える細胞だ。脊椎動物の血液が赤いのは、血液中に赤血球が大量に存在するからである。
 ちなみに、イカやタコなどの軟体動物、エビ・カニ・昆虫といった節足動物の仲間たちは、赤血球をもたず、ヘモグロビンの代わりに「ヘモシアニン」というタンパク質を使って酸素を運搬している。ヘモシアニンは酸素と結合すると青くなる特徴をもつため、彼らの血液は赤ではなく、青色だ。

 血の色が異なっていても、どんな生物も心臓の役目は同様だ。もしも心臓が止まり、血液の循環が滞ってしまうと、脳に酸素が届かなくなり、ものの数分で致命的なダメージを負うことになる。心臓による血液の循環は、私たちの生命活動の根源を担っているのだ。
 ちなみに血液の中には、赤血球のほかにも、細菌などから身体を守る働きをする「白血球」、止血やかさぶたの形成に重要な役目を担う「血小板」など、いくつもの成分が含まれている。一口に「血液」と言っても、その中にはさまざまな“専門家”が存在し、多様な機能を果たしている。

ループ&ループ

 赤血球に乗って全身に行き渡った「酸素」は、その後、各細胞の中で消費され、なくなってしまう(正確には、二酸化炭素に変換されてしまう)。酸素は血液中で自然に生じるものではないため、心臓は、血液を全身に送ると同時に、「酸素の補給」も絶え間なく行う必要がある。どれだけしっかり血液をめぐらせていても、その血液の中に酸素が十分に含まれていなかったら、なんの意味もないからだ。
 私たちヒトを含む哺乳類は、ご存じのとおり「肺呼吸」だ。そのため、心臓から出発した血液は、全身をめぐって心臓へと戻ってきたあとで一度肺へと送られ、酸素の補給を行うこととなる。補給が終わった血液は、再び心臓に戻ってきて、〝全身に酸素を送り届ける旅〞に再出発するというわけだ。
 したがって血液は、「心臓→全身→心臓」と「心臓→肺→心臓」の2つのループを交互にめぐることとなる。2つのループで1周だ。前者を「体循環」、後者を「肺循環」と呼ぶ。体循環は酸素を消費する旅で、肺循環は酸素を補給する旅だ。ヒトの場合、血液が1周するのにかかる時間は約20秒。過去の研究で提案された計算式を用いると、体重1トンのキリンの場合は1周45秒ほどらしい。長い旅だか短い旅だか判断しかねる数値だ。

 先ほど説明したとおり、心臓は筋肉の塊で、筋肉が縮むことで内部の血液を送り出す仕組みである。哺乳類の場合、心臓の中は上下左右4つの空間に分けられていて、上部にあるのが「右心房」と「左心房」、下部にあるのが「右心室」と「左心室」と名付けられている。
 心房は、戻ってきた血液を受け止める、〝循環のゴール地点〞とも言うべき場所である。全身から戻ってきた血液を受け止めるのが「右心房」、肺から戻ってきた血液を受け止めるのが「左心房」だ。心房の中に血液がたまると、周囲の筋肉はきゅっと収縮し、内部にたまった血液を下部の心室へと送る。心臓内の隣の部屋に送るだけなので、収縮は非常に小さい。
 一方心室は、心房から送られてきた血液を、心臓の外に送り出すポンプである。筋肉が発達していて、強い収縮によって勢いよく血液を押し出すことが可能だ。全身に酸素を送り届ける「体循環」を駆動するポンプが「左心室」、酸素の補給である「肺循環」を駆動するポンプが「右心室」である。

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 全身から戻ってきた酸素不足の血液はいったん右心房に入り、右心室へと移動し、肺へと送り出される。そして肺で酸素を受け取った血液は左心房に戻ってきて、左心室から全身に向かって力強く送り出される。哺乳類の体内では、こんな風にぐるぐると血液が循環しているのだ。

複雑化する循環ルート

 血液循環のルートは、脊椎動物の進化の過程で、少しずつ複雑化してきた歴史がある。
 たとえば、最も原始的なグループである魚類では、血液の循環は「心臓→全身」という非常にシンプルなルートをたどる。心臓内部の構造も非常に単純で、全身に血液を送り出す「心室」と、戻ってきた血液を受け止める「心房」が1つずつあるだけだ。つまり、魚類の仲間は、全身をめぐって戻ってきた酸素不足の血液を、そのまま再び全身へと送り出しているというわけだ。
 魚類の場合、酸素を補給する場所は「エラ」である。心臓を出た酸素不足の血液は、いったんすべてエラに送られ、十分に酸素を補給したのちに、全身へと向かう〝旅〞に出発することになる。循環ルートの出発地点近くに〝酸素補給所〞が存在しているため、「心臓→全身」というシンプルな1ループでも問題ないらしい。

 さまざまな脊椎動物の心臓を見比べてみると、エラ呼吸から肺呼吸へと変化する過程で心臓の構造が複雑化し、シンプルな1ループの循環ルートから、体循環・肺循環という2ループの循環ルートへと移り変わっていく様子が見てとれる。
 たとえば両生類では、心室は1つであるものの、心房は2つあり、全身から戻ってくる血液と肺から戻ってくる血液は別々のスペースへと戻ってくるようになっている。爬虫類の場合、両生類と同じく「心室1つ、心房2つ」ではあるものの、心室の中央部には「左右を隔てる〝壁〞」のような突起が存在していて、肺から戻ってきた「酸素が豊富な血液」と全身から戻ってきた「酸素不足の血液」が混ざりにくくなっている。肺循環と体循環が完全に独立しているわけではないが、1ループ構造から2ループ構造への過渡期のような状態だ。そして、鳥類と哺乳類は、「心室・心房が2つずつ」で、体循環と肺循環が完全に独立したループを形成している。

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 こうして魚類の「1心房1心室」から鳥類・哺乳類の「2心房2心室」へと変化していく様子をたどっていくと、長い進化の歴史を通じて、心臓が少しずつ洗練され、複雑化していっているように感じてしまう。ただし気をつけなければならないのは、魚類の「1心房1心室」が、哺乳類の「2心房2心室」に劣っているわけではない、ということだ。
 そもそも哺乳類や鳥類の仲間が「2心房2心室」の心臓をもち、複雑な2ループの循環機構を備えているのは、“洗練化”でもなんでもなく、体循環と肺循環を1つのポンプで両立することができなくなってしまったからだ。
 肺やエラに張りめぐらされた血管の表面は、酸素が入り込めるように非常に薄くなっていて、とてもじゃないが「高い血圧」に耐えられるようなものではない。陸上生活に適応し、首を持ち上げた姿勢をとる鳥類や哺乳類では、「脳まで血液を送り届ける高血圧な体循環」と「肺に血液を送る低血圧な肺循環」が分離せざるをえなかったのだ。
 一方、水中で生活をしている魚類の仲間では、脳と心臓はほぼ水平に位置しているので、重力に逆らって血液を押し上げる必要はない。そもそも魚類の場合は、外からかかる水圧によって、体内に重力の影響が出ないよう調整されているため、血圧は25~50mmHg程度と非常に低い。魚類では、エラの血管が耐えられる程度の低い血圧で全身に血液を送れるため、「酸素を送り届ける循環」と「酸素を補給する循環」を分ける必要がなかったのだ。
 魚類が「単純な心臓と1ループのシンプルな循環」をもっているのは、彼らが原始的なグループだからではなく、それでなんの問題もなく酸素の補給と運搬を行うことができるからだ。複雑なもののほうが優れている、というわけではない。

高血圧の〝秘密〞

 冒頭で述べたように、キリンは非常に高血圧な動物である。
「心臓から脳までは遠く離れているのだから、血圧が高いに違いない」と思っていた人ははるか昔から存在しただろうが、世界で初めてキリンの血圧が実測されたのは1955年のことだ。計測を行ったのは、世界で初めてヒトの冠状動脈バイパス移植手術を行ったとも言われる外科医ロベルト・H・ゲッツである。
 ゲッツの論文によると、彼はまずケンブリッジ大学を訪問し、動物生理学研究室の教授に「キリンの血圧を測定したい」と相談したそうだ。すると、「研究室を使うのはかまわないけど、測定に使うキリンは持参してね」と返されたらしい。こんなやりとりを論文に書き残しているということは、ゲッツはこの返事にかなり腹を立てたのかもしれない。
 論文には、「実験に最低3頭のキリンが必要だとすると、輸送費も考えたらとんでもない金額がかかる。あきらめざるをえなかった」という言葉も記されている。ゲッツには悪いが、一休さんのようなやりとりで、私は結構好きだ。初めて論文を読んだときはニヤニヤしてしまった。
 さて、そんな風にうまくやり込められてしまったゲッツだが、しばらくあとに、とある情報をつかむ。南アフリカにおいて、多数のキリンを駆除する予定があるというのだ。当時、南アフリカの農業は急速に発展し、キリンは農作物にとっての脅威とみなされていた。今では考えられないことだが、農業を守るために多数のキリンが殺害されてしまったのだ。
 ゲッツはこのプロジェクトを担当しているチームに連絡し、駆除のため捕獲されたキリンを使って血圧測定に踏み切ることとした。そして、血液の成分分析や、心臓・血管の解剖学的な特徴を調べるとともに、頸部の動脈にカテーテルを挿入して血圧を実測することに成功したのだ。世界で初めて計測されたキリンの血圧は、およそ200mmHgだった。

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 それでは、非常に高血圧なキリンの心臓には、いったいどんなユニークな特徴があるのだろうか?
 まず最も特徴的なのが、「左心室」の筋肉が著しく発達している点である。哺乳類の仲間では、基本的に、全身に血液を送る「左心室」の筋肉は、肺だけに血液を送る「右心室」に比べて発達する傾向がある。キリンの場合はその傾向が非常に顕著で、左心室の筋肉は厚さ8センチにも達し、右心室の筋肉の3倍以上の分厚さになっている。分厚い筋肉が力強く収縮することにより強い血流が生まれ、遠く離れた脳にまで血液を送ることができるようになっているわけだ。
 ただし、発達した筋肉は良いことばかりではない。血液がたまる空間の〝壁〞である筋肉が分厚くなるということは、その空間自体が小さくなることにつながってしまう。外見のサイズが同じでも、薄い段ボールの箱よりも、分厚い発泡スチロールケースのほうが内側の容積が小さいのと一緒だ。そのため、キリンの左心室は非常に強い収縮力を持つ一方で、内部の容積はとても小さく、1回の拍動(心筋の1度の収縮)で送り出せる血液の量はとても少ない。
 血圧というのは、1分間に心臓から送り出される血液の量と、血管の抵抗値(血液の流れにくさ)によって決定する。心臓から送り出される血液の量が多ければ多いほど、また血管の中を血液が流れにくいほど、血圧が高くなるのである。ヒトの例を出してみると、動脈硬化によって血液が流れにくくなると、結果として高血圧が引き起こされる。
 では、キリンではどうだろうか? 心臓内の空間が小さいので、1度に送り出せる血液の量は大して多くない。心拍数が際立って高いわけでもないので、「1分間に送り出せる血液の量が多い」というわけではなさそうだ。
 では、いったい何が高血圧を生んでいるのだろうか? 今注目されているのは、血管だ。キリンの血管は、ほかの哺乳類に比べて抵抗値が著しく高く、血液が流れにくくなっているそうだ。とくに手先・足先の血管でその傾向は顕著らしい。
 キリンの血管に関する研究はまだまだ始まったばかりで、高血圧の謎がすべて解き明かされたわけではない。疑問は尽きないどころか、「1個新しいことがわかったら、10個わからないことが増える」くらいの状況だ。今後さらなる調査が進むことで、高血圧の秘密が次第に解き明かされていくだろう。今からとても楽しみだ。

血液循環説

 ここまで何度も書いてきたとおり、脊椎動物の体内では血液が循環している。心臓を出発した血液は動脈を通じて全身に行きわたり、毛細血管を経て静脈へと移動し、再び心臓に戻ってくる。
 今では小学生でも知っていそうなこの事実が「仮説」として提唱されたのは、今からおよそ400年前、1628年のことである。
 それまでは血液が循環しているなどとは考えられておらず、ローマ帝国時代の医学者ガレノスが2世紀に提唱した「血液は肝臓で作られ、心臓で肺から入ってきた呼気と混ざり、全身に行きわたったあと末端部で消費されてなくなる」という説が信じられていた。
 現在の私たちからすると、「なぜそんな考えにいたったのか?」と思ってしまうような説だけれども、当時の技術では、動脈と静脈のあいだをつなぐ「毛細血管」が細すぎて観察できなかったため、心臓からのびる動脈・静脈は、互いにつながることのない〝一方通行の血液の通り道〞だと考えられていたのだ。動脈と静脈は、それぞれ「酸素の運搬専門の血管」と「栄養の運搬専門の血管」だと思われていた。
 この通説に疑いをもったのが、イギリス王室のお抱え医師でもあった解剖学者ウィリアム・ハーヴィである。さまざまな動物の心臓・血管を解剖し、ときには生きている個体も使って心臓の運動を観察し、「血液は、心臓を出たあと動脈を通って末梢部にいたり、静脈を通って心臓に戻ってくるのではないか」という仮説にいたったのだ。
 ハーヴィが行った数々の作業のなかには、私たちが自分の身体を使って簡単に再現できるような実験も含まれている。例えば、「左手で右手首をゆるく握り、掌と腕側のどちらに血液がたまるのか観察する」というものだ。(ハーヴィ自身は、腕の途中を紐でしばり、実験している)
 この実験のキモは、「手首をゆるく握る」という点だ。ゆるく握ることで、「動脈には血液が流れるけれど、静脈には血液が流れない(流れにくくなる)」という状況を作り出すことができるのだ。弾力性・伸縮性に富んだ〝丈夫なホース〞のような動脈がつぶれにくいのに対し、薄くてペラペラな静脈は簡単に押しつぶされ、封鎖されてしまうという特性を利用している。
 もしガレノスの言うとおり、「血液は心臓から動脈・静脈を通って全身に行きわたり、末端部で消費されてなくなる」のであれば、「動脈には血液が流れ、静脈には血液が流れない」という状況では、血液は腕を縛った場所よりも根元側(心臓に近い方)にたまり、そこで消費されていくはずである。ところが実際には、腕を縛った場所よりも手先側に血液がたまっていく。手首をゆるく握ってしばらくたつと、静脈を通って心臓へと戻れない血液がたまり、掌が充血してくるはずだ。ちなみに手首をぎゅうぎゅうにきつく握ると、動脈にも静脈にも血液が流れにくくなり、手のひらは血の気が引いた白っぽい色になる。
 ガレノスの説は1500年近くにもわたって信じられてきた古典医学の常識であったため、ハーヴィの仮説は大きな論争を巻き起こし、多くの批判も受けたようだ。動脈と静脈をつなぐ毛細血管が発見され、「血液循環説」の決定打となったのは、それから33年後のことだ。

 この時代、ガリレオ・ガリレイが地動説を支持する証拠を報告するなど、〝これまでの常識〞を塗り替えるような発見が相次いだ。
 多数派が信じ込む「常識」を疑い、自分自身で実験を行い、自分の目で現象を確かめる。すぐには信じてもらえずとも、観察に基づいて導いた仮説を提唱しつづける。こう書くと、ありきたりで当然の姿勢にも思えるが、その実態は想像を絶するほど地味で孤独な戦いだろう。
 ハーヴィの時代から約400年。科学や医学は恐ろしいほどに発展した。けれども科学的な活動の本質はきっと何も変わっていないだろう。常識を疑い、実験と観察に基づき現象を理解し、1つ1つ知識を積み重ねていく。多くの科学者のこうした地道な活動が、この数百年間の科学の発展を担ってきたのだ。
 誰もが知っている当たり前の知識は、かつて誰かが自身の一生を捧げて明らかにした事実である。そして、今まさに明らかになりつつある知見や、新たに使われるようになった技術も、どこかの誰かが人生を賭けて取り組んでいる研究の成果なのだ。
 指先ひとつでさまざまな情報にふれられる世界になったものの、手に入る「知識」を構築する人々に感謝する機会は減りつつあるかもしれない。ときには、血液の循環を生み出す心臓の鼓動に耳を傾けながら、そんな人々に思いを馳せてみるのも悪くない。

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プロフィール
郡司芽久(ぐんじ・めぐ)

東洋大学生命科学部生命科学科助教。2017年3月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、博士号(農学)を取得。同年4月より日本学術振興会特別研究員PDとして国立科学博物館勤務後、筑波大学システム情報系研究員を経て2021年4月より現職。専門は解剖学・形態学。第7回日本学術振興会育志賞を受賞。著書に『キリン解剖記』(ナツメ社)。
*郡司芽久さんのTwitterはこちら

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NHK出版の書籍編集部が、多彩な執筆陣による連載小説・エッセイ、教養・ノンフィクション読み物や、朝ドラ・大河ドラマの出演者や著者インタビューなどをお届けします。新刊情報も随時更新。ときどき編集部裏話も!