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ついに最終章へ突入! 真のカリスマは天武ではなく持統だった?――周防柳「小説で読み解く古代史」第16回(謎6 その1)。

本がひらく

「邪馬台国はどこか?」に代表されるように、日本の古代史はいまだ解明されない謎ばかり。そのため、吉川英治や松本清張をはじめ、たくさんの作家がインスピレーションを掻き立てられては物語を書き、あるいは持論を展開してきた。本連載では、日本史を舞台にした作品を多く手掛ける著者が、明治・大正・昭和の文豪から平成・令和の小説家まで、彼らが描いた「歴史的なあの場面」に焦点をあて、諸説を紹介しながら、自身もその事件の背景や人物像を考察していく。作家ならではの洞察力と想像力を駆使して謎に挑むスリリングな古代史企画。
*第1回から読む方はこちらです。


謎6 女帝と藤原氏の世紀 (その1)

古代の総決算の百年

 長らくおつきあいいただいた本連載も、いよいよ最終話となりました。
 しめくくりのこの章で取りあげるのは、天武天皇亡きあとを継いだ持統じとう女帝(四十一代)から、文武もんむ元明げんめい元正げんしょう聖武しょうむ孝謙こうけん淳仁じゅんにん称徳しょうとく(孝謙の重祚ちょうそ)までの八代、七人の天皇です。
 舞台となるのは大和三山(畝傍山うねびやま耳成山みみなしやま天香久山あまのかぐやま)の内側に営まれた藤原京と、その十六年後に奈良盆地の北部に造営された平城京。年代的には飛鳥時代の末から奈良時代の末(七世紀末~八世紀末)までの、古代史の総決算ともいうべき百年です。
 この百年はさまざまな切り口によってとらえることができると思うのですが、個人的に気になるのは以下の四つの局面です。
 まず、大化の改新以来の宿願であった律令制が整備され、旧来の豪族連合ではない、規律ある中央集権体制が実現したことです。これにより、「倭国わこく」は古い衣を脱ぎ捨て、新しい国家「日本ひのもと」へと変貌しました。
 二つ目は、天武天皇の血統が守られた百年であったことです。壬申じんしんの乱で天武天皇が兄の天智から(正確には大友皇子おおとものみこから)奪取した皇位が、子から孫へ、孫から曽孫へと、直系(嫡系)の形で受け継がれていきました。兄弟継承よりも直系継承が重んじられたのは、壬申の乱が兄弟の争いに起因した悪夢だったからです。
 しかし、現実的にはその方式によっても皇位継承は平らかには運ばず、天武の血筋は称徳女帝で絶えてしまいました。その次の光仁こうにん天皇から、皇統は天智系に戻ります。
 三つ目は、「女帝の世紀」であったことです。いま名を挙げた八代のうち、持統、元明、元正、孝謙、称徳の五代(四人)が女帝でした。その理由については、中継なかつぎ説(次に期する皇子が幼少のとき、成人するまで母后が代わりに位に就く)が唱えられることが多いのですが、その説明では十分ではないと思います。実際にはかなり実力を備えた女帝が揃っていて、むしろ、本命、、の男性天皇のほうが虚弱で影が薄いのです。文武しかり、聖武しかり、淳仁しかりです。
 四つ目は藤原氏の台頭です。中臣鎌足なかとみのかまたりの子の不比等ふひとに始まる彼らは、いま述べた三つの要素のすべてにかかわりながら他の氏族を引き離し、強大化していきました。
 ――といったことを念頭に置きながら、小説をあげていきたいと思います。
 核となる人物は、順に、
●持統女帝
●元明女帝、元正女帝
●聖武天皇、光明皇后
●孝謙・称徳女帝
 です。
 当然ながら、小説自体はこの区切りに沿って書かれているわけではありませんし、主人公とも限らないのですが、便宜的に振り分けさせていただきます。

律令制定に燃える女帝

 最初のキーパーソンは、持統女帝です。澤田瞳子さわだとうこさんの『日輪にちりん』と、坂東眞砂子ばんどうまさこさんの『朱鳥あかみどりみささぎ』を取りあげます。
 あえて二冊挙げるのは、同じ女帝が正反対の姿に造形されているからです。澤田さんが描くのは光のほう、坂東さんが描くのは影のほうです。作品の趣向も好対照で、澤田さんは正統派の歴史小説、坂東さんはホラー風味の漂う変化球です。それでいて、どちらの人物像にも説得力があるので、なおのこと面白いのです。
 澤田さんの『日輪の賦』は七世紀末の新益京あらましのみやこ(藤原京)が舞台で、夫の天武てんむ天皇と嫡男の草壁皇子くさかべのみこに死なれたのち、孤独な戦いを続ける持統女帝(本書では讃良女王さららのおおきみ)が描かれます。その目指すところは亡夫が実現しえなかった中央集権国家の完成なのですが、廟堂には既得権を手放したがらぬ守旧派の豪族が居座り、皇親政治を徹底していた天武が亡くなったため、むしろ勢力を盛り返し気味になっています。彼らに打ち勝つため、女帝はいわおのような精神力で奮闘するのです。

澤田瞳子『日輪の賦』(幻冬舎時代小説文庫)

 本書の最大のテーマは、本邦初の本格的なりつ(刑法)とりょう(行政法)である「大宝律令」はいかにして作られたかということです。律令の編纂風景を具体的に描いた作品はおそらくいままでになく、微に入り細を穿って再現されたドラマは、千三百年の時を隔てて新鮮に映ります。
 反対派によるいやがらせや遅延工作が繰り返され、なかなか事業が進捗せぬのに業を煮やした女帝は、公式の編纂所とは別にもう一つ特命の撰令所せんれいじょを極秘に立ちあげ、これと見込んだ英才を配して仕事に当たらせるという荒業あらわざをやってのけます。抵抗勢力をあっと言わせるこの奇策によって、大宝元年(七〇一)、念願の新法令が公布されるのです。
 当時の多くの人々は――場合によると現在のわれわれも――、律令の完成によって、大和王権にすべての力が集中し、天皇はとてつもない高みに押しあげられたと考えがちなのではないでしょうか。しかし、それは逆だと持統女帝は力説します。律令制の中央集権国家とは、天皇自身もまた体制の一部として統治機関の支配の下に入れるものであるから、その権威はむしろ縮小するのだ、と。
 かつて天武天皇は「大君おおきみは神にしませば……」と、突出したカリスマ性を讃えられました。今後の天皇はそこから脱却することを目指さねばならぬというわけです。
 たしかに、官僚機構さえしっかり機能していれば、天皇はいなくても政治はまわっていきます。かつての常識では、少なくとも三十歳以上の壮年にならなければ天皇位には就けなかったのですが、以後は急速に低年齢化していきます。それは、律令政治と軌を一にしているのです。
 新しい時代の到来に感慨を深めながら、女帝が吐露する言葉が印象的です。
「父(天智てんじ)も夫(天武てんむ)も、律令を作れなかったわけではあるまい。ただ、己を含む大王の権威が失墜し、国家の一機構として再編成される事実が恐ろしく、なかなかそれに着手できなかっただけだ。
 つまり自分は最後の大王であるとともに、累代の大王たちが守り継いできた権力を完膚なきまでに打ち砕き、律令の網の中に押し込む破壊者となるわけだ」
 自分は最後の大王、、、、、であり、破壊者、、、であるという自己認識に、膝を打ちました。 
 本書を読むと、持統女帝という人物は、強欲でも独善家でも身びいきでもなく、ひたすらを棄て新しい国家のあり方を求め、その理想に向かって邁進した稀有な女性であったという印象を持ちます。
 なお、説明が後れてしまいましたが、本書の主人公は阿古志連廣手あこしのむらじひろてという、葛野王かどのおう家に仕える青年です。ひょんななりゆきから持統女帝の目に留まり、律令編纂事業の下っ端として奮闘することになりました。
 彼ら若者たちもまた、青雲の志をもって縦横無尽にこの本の中を駆けまわります。国家の未来への希望に満ちた姿がほほえましいです。

「夢解女」が覗いた心の闇

 では、坂東さんの作品に参ります。
 こちらも同じく、持統女帝が孫のかる(本書では珂瑠、文武天皇)に譲位したのち、新益京(藤原京)で太上天皇だいじょうてんのうとして隠然たる存在感を放っていた時代が舞台となります。

坂東眞砂子『朱鳥の陵』(集英社文庫)

 主人公は常陸ひたち国の日枝ひえだ郷からやってきた、白妙しろたえという「夢解女ゆめときめ」です。彼女は鹿島神宮かしまのかみのみやに仕えていた阿礼乎止売あれおとめかんなぎ)なのですが、夢の意味するところを解し、吉凶を判ずる異能があり、都の高官がその評判を聞きつけ、呼び寄せたのです。 
 依頼の主は持統太上天皇の妹の御名部皇女みなべのみこで、白妙は御名部が見た不吉な夢を解くよう命じられます。
 夢に出てきたのは六年前にみまかった御名部の夫、高市皇子たけちのみこで、ものわびしい荒野にたたずみ、蒼白な顔をして、片手の薬指を一本、上向きに立ててこちらを見つめています。背後には耳成山と思しき丘陵が見えます。高市のかおばせには悲壮感が満ち満ち、なにかを訴えているようです。御名部はどうしてもその意味するところを知りたいと白妙に迫るのです。
 高市皇子は天武天皇の長子で、知力、胆力たんりょくともに富み、壬申の乱を勝利に導いた功労者だったのですが、母の身分が低かったため(筑紫の豪族の宗像むなかた氏)、皇位継承のレースからはずれました。以後はもっぱら政治家として、廟堂で活躍していました。
 ところが、大津皇子おおつのみこが謀反の罪により除かれ、皇太子だった草壁くさかべも早世し、三番手だった高市ににわかに脚光が当たりました。持統女帝の片腕として太政大臣だじょうだいじんの椅子を与えられ、もしかすると――、と下馬評が立ちはじめた矢先に、彼もまた急死してしまったのでした。
 御名部皇女の頼みを承った白妙は、懸命に夢を解きはじめるのですが、それに没頭するうち、時空を超越し、「誰か」の心の中にしばしば滑り込むようになります。
 その「誰か」はきわめて誇り高く、きわめて自己愛の強い女性です。大王である夫にはたくさんの妻がおり、独り占めできないことを苦々しく思っています。一人息子が「蛭子ひるこ」のように出来が悪いのも気に入りません。しかし、わが子の出来が悪いからと言って、自分以外の女が生んだ子たちに位を渡すのはもっといやなのです。であれば、自分が跡を継ぐほうがよほどましだと考えます。
 その「誰か」は、かつて夫とともに吉野へ隠遁していたとき、吉野川の淵の轟々ごうごうたるしぶきの中に、一匹の怪鳥を幻視したことがありました。それは皁紫くろむらさき色の羽と、血のようなあかみ色のくちばしを持っており、大安殿おおあんどのの大屋根の上に不気味に宿っていました。夫に話すと、それは自分が大安殿の高御坐たかみくらに着座することを予言しているに違いないとよろこびました。壬申のいくさののち、たしかにそうなりました。
 けれども、その夢はもともとおのれが見たのです。おのれの夢を他人に横取りされるのは間違っています。あの朱い嘴の鳥はおのれに高御坐につくよう天命を下したに違いありません。
 彼女はしばらく考え、夫に消えてもらうことにします――。
 もう、言わずとも、「誰か」はわかるでしょう。持統太上天皇です。本書では、持統が夫の天武も、子の草壁も、高市皇子も葬るのです。その方法は、皁紫色の羽に朱い嘴を持った鳥――ちん――の名を冠した、「鴆毒ちんどく」による毒殺です。
 鴆毒は唐渡りの秘薬で、少量ずつ用いれば不老長寿の薬となりますが、大量に服用すれば激烈な毒と化します。女帝は高市皇子に命じてこれを作らせ、高市を巧みに操って手を下させました。なぜ高市皇子がそんな恐ろしいたくらみに加担したかといえば、卑母の子ゆえにあきらめていた皇位を女帝にちらつかされたからです。
 しかし、高市に譲位するつもりなど、女帝にはもとよりありません。かわゆい孫の軽に譲りたいのです。そのためには、秘密を知る高市に消えてもらわなければなりません。結局、高市は自分が作った毒で自殺するはめになります。
 御名部皇女が見た夢が示していたのは、この事実でありました。高市が薬指を示していたのは、鴆毒という「薬」のことです。また、薬指は「名無し、、、の指」ともいわれ、すなわち「絶対の秘密」という暗号です。耳成山を背にした土地は藤原京が建設される前の風景です。高市皇子は造営の中心的人物として最初から事業にかかわっていました。しかし、そこに作られることになる高御坐に座ることも叶わず、あの世へ赴いたのです。その無念を妻の御名部に教えていたのです。
 かくして夢は解かれました。しかし、今度は持統の心の中に忍び入っていた白妙に危険が迫ります。秘密を覗き見したことを、相手に気づかれたのです。
 恐怖にかられた白妙は、故郷へ逃げ帰ろうとしますが、怒り狂った持統によってあえなく捕縛されてしまいます。
 ふと気がつくと、白妙は天武の陵の中にいました。そこで初めて、老太上天皇の姿を目にします。と――思ったのもつかの間、彼女の魂は煙のように鴆毒の入った瑠璃るりの壺の中に吸い込まれ、ぴたりと封印されてしまいました。
 この場面はぞっ……、と鳥肌が立つほど恐ろしいです。
 持統女帝が夫の天武や高市、愛児の草壁まで手にかけたというのは坂東さんの創作です。が、もしや、と考えさせられるところはあります。持統と天武は本当に良好な関係の夫婦だったのか。なぜそのもがりに二年半もかけ、草壁を位に就かせなかったのか。高市を優遇しながらいつまでも皇太子にせず、彼が死んだとたん文武に位を譲ったのはなぜか。
 本書は思い切った発想の転換を促してくれます。
 最後にもう一つ。
 陵墓の壺の中に封じ込められたのは白妙の魂だけで、からだのほうはむごくも皮剝かわはぎの刑に処せられたのです。
「百人一首」の二番の持統女帝の歌をご存じでしょうか。
 私はこの連載において、いわゆる「ねたバレ」のようなことはいっさい気にせず話を進めてきました。しかし、さすがにこれだけは黙っておこうと思います。この有名な歌が、まさかこのような使われ方をするとは――。
 読んでのお楽しみです。

次回(11月10日公開予定)に続く

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プロフィール
周防柳(すおう・やなぎ)

1964年生まれ。作家。早稲田大学第一文学部卒業。編集者・ライターを経て、『八月の青い蝶』で第26回小説すばる新人賞、第5回広島本大賞を受賞。日本史を扱った小説に『高天原』『蘇我の娘の古事記』『逢坂の六人』『身もこがれつつ』がある。

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