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エッセイ「空想居酒屋 〔奇想料理とベジ飲み〕」島田雅彦

 感動の美酒に、死ぬまでにもう一度食べたい逸品の肴……。島田雅彦さんが体験してきた酒場天国の数々をコトバで再現し、「こんな酒場で飲みたい」という欲望を“善きドリンカー”たる読者と共有しながら実際に「空想居酒屋」の開店を目指す、至極の酒場エッセイ。
 ※本記事は連載第16回です。最初から読む方はこちらです。

 イタリア料理店のピッツァや前菜の盛り合わせのメニューによく「カプリチオーゾ」というコトバがついているけれども、これは「気まぐれ」「いい加減」程度の意味である。超絶技巧を要するパガニーニの『24のカプリチオ』というのがあり、これは「奇想曲」のことであるから、少し気取ったいい方をすれば、「シェフの奇想に基づいたメニュー」ということになるか? 実際にどういう料理が出てくるかは、注文してみなければわからない。たぶん、残り物や切り落としなどを適当にあしらったり、トッピングしたりしているのだろう。
 巣籠もりが続き、家で料理する回数が増えたので、メニューのバリエーションを増やそうと、料理番は必死になっている。ネットで検索すれば、どんな素材であっても、レシピが何百、何千通りと紹介されている。レシピには著作権はないので、大いにパクればいい。私も韓国で流行っているヤンニョム・チキンやチーズ・タッカルビをネット・レシピで作ってみた。近所のスーパーで深海魚の「ゲンゲ」を手に入れた時も、調理法を調べた。便利ではあるけれども、家庭料理では大胆な創意工夫はなく、煮付けや天ぷら、味噌汁などに一手間加えた程度のレシピばかりだった。家庭の料理番からシェフへの進化を目指す者は、奇想を発揮し、新メニューを開拓すべきところかと思う。
 代々木上原にある居酒屋「笹吟」では和え物のメニューが充実している。「旬の野菜や魚介を様々な調味料を仲人にしてマリアージュさせる」などという表現がぴったりの繊細な奇想が発揮されている。和える素材や調味料の組み合わせのバリエーションは無限にある。中には禁じ手もあるが、基本、どんな組み合わせも可能である。
 和え物と聞いて、最初に何を思い浮かべるか? 弁当の定番、インゲンやホウレン草の胡麻和えか、酢味噌で和えた「ぬた」か、あるいは潰した豆腐と和える白和えか、和ガラシやワサビや酒粕、コチジャン、豆板醤などを使ったものか? 使う調味料によって、まずは基本のバリエーションができ、次にどんな素材を組み合わせるかを考えるだけでも、百通り以上のレパートリーができる。そうした基本から創造的逸脱に踏み出せば、さらに和え物宇宙は拡大する。
 我が家では和え物にオリーブオイルが欠かせない。今や定番となっているのは、エキストラヴァージン・オリーブオイルと梅干しの組み合わせである。種を抜き、叩いた梅干しをオリーブオイルで伸ばし、魚介を和える。たとえば、タコ、イカ、ホタテ、ツブ貝、サーモン、スズキ、タイ、ヒラメなどの刺身との相性は抜群である。少し量を増やしたければ、これにヤマイモ、アボカド、メロン、桃、パイナップルなどのぶつ切り、エシャレット、タマネギ、大葉、トマトなどのみじん切りのいずれかを気分によって加えてもいい。隠し味に少量の白ワイン、塩昆布を入れると、確実に酒が進む。梅干しの代わりに、カツオの酒盗を使えば、酒盗和えになり、こちらはレモン汁をふりかけ、タイ、イサキなどの白身魚やアジ、イワシなど青魚の刺身を食べれば、「変わりカルパッチョ」となる。
 個人的には「肝和え」というコトバに過剰に反応してしまう。秋から冬にかけて、肝に脂肪分を蓄えたカワハギの肝和えほどうまいものはない。ウニに匹敵する味わいの肝は淡白な白身に甘みとコクを付与してくれる。同じ魚の身と内臓を和えるので、「共和え」ともいう。もちろん、わさび醤油で食べてもいいのだが、私は七味唐辛子をたっぷり振ったポン酢醤油で食べたい。同じ方法で、アワビやサザエの肝和えも作る。内臓を調味料にするという発想は漁師由来だろうか? 肝には独特の苦味やクセ、コクがあり、海水の塩分も含まれているので、醤油も塩も無用ということになったに違いない。ところで、先日、新宿のバー「エスパ」で飲んでいたら、岐阜から戻ったばかりの客が今朝釣ったという鮎を提供してくれた。ママは何もしないので、私がその鮎を塩焼したのだが、鮮度が抜群にいいので、三枚におろし、皮を剥ぎ、刺身でも食べた。その身はほんのわずかで、皮と内臓と頭と骨が残った。これを捨てるのは惜しいと思い、包丁で叩いてミンチにし、味噌と七味唐辛子で和え、なめろうのようにしたところ、ほのかな苦味があり、アイラモルトとの相性が抜群だった。

カワハギの肝和えがたまらない

カワハギの肝和えがたまらない

 料亭などの需要が減り、高級魚が安いが、我が家ではよく蒸し魚をする。蒸した魚に針生姜と白髪ネギを合わせ、醤油とごま油をかける清蒸魚(チンジャンユー)は定番だが、これに改良を加え、蒸し魚のバリエーションを増やした。中華料理の技だが、魚の身に切り込みを入れ、そこに金華ハムの薄切りや戻した干し椎茸の薄切りを挟んで、蒸し上げる手法がある。金華ハムは清湯のだしに使うので、塩気とアミノ酸の塊で、これを魚の味付けに使うのだ。金華ハムや干し椎茸の代わりになり得るのが、高菜漬やアミの塩辛、干し貝柱を戻したものなどである。昆布が合うのはいうまでもない。基本、旨味を補うものなら、何でも合うので、沢庵やキムチを挟んでもいい。最後の味付けを醤油ではなく、ナンプラーと砂糖にするなら、スライスしたパイナップルやレモンと一緒に蒸せば、タイ料理風になる。
 夏は野菜の滋味が高く、価格も安く、鮮度がいい状態で手に入る。町の居酒屋では野菜料理が少ない。サラダというと、いまだに千切りキャベツとレタスとトマトにマヨネーズがかかったものが出てきたりする。近頃はサラダバーを置く店も増え、客は好みの野菜を自分で皿に取り、好みのドレッシングで食したい。野菜の品種も多様で、レタスだけで七種類、トマト六種類、根菜に至っては十種類と豊富な品揃えのサラダバーだと、メインにたどり着く前に満腹になる。
 無印良品のぬか床が人気らしく、手に入れて漬けてみたが、悪くない。ニンジン、ダイコン、カブ、キュウリ、ナスなどのレギュラー・メンバーに加え、セロリやキャベツ、スイカの白いところ、カボチャ、ヤマイモなども漬けてみた。古漬けのキュウリをミョウガと一緒に刻んだものなどは酸味が強く、食欲を刺激する。
 どう食べても美味しい夏野菜だから、シンプルに焼き野菜や蒸し野菜、バーニャカウダにし、それをダラダラと食べながら飲む「ベジ飲み」も楽しい。ネットで注文し、現地から直送されてきた段ボールを開け、葉物は千切って、そのまま食べたり、サラダにしたり、焼いた肉や魚を包んで食べてもいい。ナスは直火で焼くか、皮をむいてアルミホイルに包み蒸し焼きにする。カボチャやイモ、ネギ、タマネギ、トウモロコシの類は直火で焼くか、蒸籠で蒸す。オリーブオイルと塩、コチジャン、マヨネーズ、味噌、塩辛、酒盗、チーズ、ハム、ソーセージなどを脇役にし、野菜メインの食卓とする。物足りない向きには、焼き、蒸しに、揚げを加えてもいい。野菜を充実の食事にするには、天ぷらが一番だ。定番のナス、レンコン、イモ、春菊、ゴボウ、ニンジン、タマネギのほかに、新生姜やダイコンも揚げる。ダイコンに醤油やみりんで下味をつけておき、粉をまとわせて、フレンチフライのように揚げたメニューが一部の居酒屋にある。フレンチフライよりカロリーが低く、あっさりとしているので、いくらでも食べられる。

野菜を豪快に焼く

野菜を炭火で豪快に焼く

 締めにご飯が食べたいという人には、トウモロコシ飯や生姜飯、ダイコン飯、菜飯などはどうか? トウモロコシ飯は粒をそぎ落とし、細かく刻んだ油揚げとともにだしで炊くが、その際に芯を入れるのを忘れないようにする。トウモロコシ独特の香りは芯から出るからだ。生姜飯もダイコン飯も同じように炊けばいいが、菜飯はダイコンやカブの葉を細かく刻み、フライパンで炒め、水分を飛ばし、塩、醤油、砂糖、好みで味の素や塩昆布、ゆかりなどで味を整え、炊き上がった白米に混ぜるだけ。煮干しのだしで濃い味噌汁を作っておけば、そこに刻んだキュウリ、大葉、ミョウガを投入し、冷汁にする手もある。 
「カプリチオーゾ」というコトバは、若い頃に通っていた沖縄料理店のマスターを思い出させもする。今はマスターも沖縄に帰ってしまい、この店は記憶の中にしかない。刺身もチャンプルーもソーキそばもあったが、時々、気まぐれにメニューにないつまみを出してくれ、泡盛をしたたかに飲んだ。中でも忘れられない裏メニューは、マスターが「乞食そば」と呼ぶものだった。
 茹でてある沖縄そばにカマボコ、スパムミート、青ネギ、紅ショウガを入れ、ごま油と味の素、醤油少々で味をつけただけの汁なしのそばだった。あっさりした油そばみたいなものである。これが予想外にうまいので、酒の締めによくリクエストしていた。沖縄でもお目にかかったことがないので、マスターの奇想料理かと思いきや、そうではなく、博打ばかり打っていた彼の父親がよく食べていた料理だという。博打仲間と朝から「花札」をして過ごしていた彼の父親は、市場で材料を買ってきて、洗面器に数人前の「乞食そば」を作り、昼食にそばの部分を食い、具のカマボコやスパムをつまみに泡盛を飲み、博打を続けたのだという。食事をする時間すら惜しんで博打にうつつを抜かすギャンブラー専用メニューで、オール・イン・ワンの万能食となっている。コンロも無用で、ただ洗面器の中で和えるだけでいい。この貧乏くさい料理は三十年来、我が家の定番になっており、「気まぐれ」に具がツナやジャコ、シラス、チャーシュー、鶏そぼろに変わったりする。

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プロフィール
島田雅彦(しまだ・まさひこ)

1961年、東京都生まれ。作家・法政大学教授。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』で注目される。『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、『虚人の星』で毎日出版文化賞を受賞。ほかの著書に『天国が降ってくる』『僕は模造人間』『彗星の住人』『悪貨』『ニッチを探して』『オペラ・シンドローム』など多数。2010年下半期より芥川賞選考委員を務める。
*島田雅彦さんのTwiiterはこちら

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