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生まれた性にくつろげる人は、本当にいるだろうか?――赤坂真理『愛と性と存在のはなし』刊行に寄せて

 11月10日に、『愛と性と存在のはなし』という本を刊行した。長いあいだ持ってきた違和感や、未だ言語化されたことのない、もやもやした生きにくさなどに、端を発した本だと言える。が、書き終わって、その先に、あるいはその奥を突き抜けて、希望はあるのだと、自分自身が思えた本だった。

 この本を手にしてくださった方は、少し変わった印象を持たれるかもしれない。これは社会批評なのか、個人的な物語なのか、と。
 両方である。

 この本には、社会考察とともに、わたしという一人の人間の、心もとない生の探求が綴られている。これは、わたしをめぐる、「愛と性と存在のはなし」でもある。
 こんなふうに書いた理由はふたつ。ひとつは、愛と性に関しては、人はオープンにすることがひどく少ないということ。だから仲のよい人ですら、その人の性のことは、ほとんど知らない。たとえおおっぴらにシモネタを話し合っても、それが本心であるとは限らない。とても無理して合わせているのかもしれない。そして、たぶん誰でも、いちばんの核にあることは、隠している。

 でも、わたしが人間を見ていて思うのは、本当はその人が隠しているようなところが、いちばん美しいということ。いちばん豊かだということ。そしてそれは性に関することが多く、性には、愛がくっついていた。
 どうかそこをこそ生きてほしい、生きる価値がある、と願わずにいられないところは、その人自身にとってはコンプレックスだったりする。わたしもそうだった。

 いつか誰もが、本当の話ができたらいい。そうしたらこの世はもっと豊かで思いやりにあふれるだろう。でも、すぐにそうはならない。ならばわたしができることは、自分の心もとない探求を、ふるえながらでも、差し出してみること、それだけだ。
 この本では、できるだけ、今流通している用語を疑ってみることにした。たとえば、「性的マイノリティ」「性的多様性」「セクハラ」「性同一性障害」「性自認」「性指向」「LGBT」など。

 すると、驚いたことに、その用語に隠されて、かえってわからなくなっていることが多いのも気づいた。今、そういった用語に対して、本当はわかっていないのに、わかっているふりをしなければいけない、と多くの人が感じていることも。

 性は、その人がこの現実世界に生まれてから生きていく時に、最初のプラットフォームになるものである気がしている。個の認識とほぼ同時くらいに、性の認識がくっついてやってきて、個として生きていくとき、もれなく性的存在でなければならないかのようだ。それに疲れてしまう人も出るけれど、豊かな可能性であることもたしかなのだ。それを捨てたくない。

 どんな用語でも語れない、その人そのものの、存在を見てみたい。それはわたしの願いだが、それにはまず、じぶんという「感じる器」を、世界に開いてみるしかなかった。それが、社会の在り方とも、どこか連動していると信じている。

 ウェブで連載していたものに、書籍化にあたって、大幅加筆をし、再構成をした。   
 最後の数週間、いや、最後の一週間にやってきた洞察と、それを言語に落とし込む作業の量がすごかった。連載が序幕に過ぎなかったと思ったほどだった。間に合わないと思ったほどだった。
 そしてできた本。

 明らかな盲点となっていることも、多く書いた。
 たとえば「ヘテロ(異性愛者)の生きづらさ」。    
 たとえば「男性の生きづらさ」(男性にも生きづらさは、もちろんある。男性をまるで諸悪の根源のようにとらえる言説はどこから来たかも、考察した)。
 本当に「多様性」を語るなら、そうした「透明にされやすい存在」のことも書かなければならない。

 そしてそれはどこか、わたしのことでもあった。  
 問題がないように押しやっていた「わたし」、大くくりの「マジョリティ」という枠の中で、ないがしろにしてきた小さな声のわたし、そのわたしにある様々なグラデーションや本当の欲求をもう一度つぶさに見た。そこにある痛み、たまった傷。見ないふりをしていた「自分のかたち」。

 それはどんな「セクシュアル・マイノリティ」とも変わるものではなかった。
 その意味で、マジョリティも、マイノリティも、どちらも存在しない。
 そして不思議なことだが、受け入れ難かった自分を受け入れたとき、はじめてわたしは、自分を愛せて、異質だと思ってきた他者にも、慈しみを持てたのだった。 

 他のどこにもないことが書いてある。
 そう自負している。
 ぜひ、手にとって読んでほしいと、願っている。

プロフィール
赤坂真理(あかさか・まり)

作家。1964年、東京都生まれ。95年に「起爆者」でデビュー。著書に『ヴァイヴレータ』(講談社文庫)『ミューズ/コーリング』(河出文庫)『箱の中の天皇』(河出書房新社)『モテたい理由――男の受難、女の業』『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)など。2013年に刊行した『東京プリズン』(河出書房新社)で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞を受賞。

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