「形」を知ると、身体のしくみと進化が見えてくる!――「キリンと人間、どこが違う?[小さな腎臓の大きな秘密] 」 郡司芽久
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「形」を知ると、身体のしくみと進化が見えてくる!――「キリンと人間、どこが違う?[小さな腎臓の大きな秘密] 」 郡司芽久

 キリンと人間はまったく違う動物? 生き物の身体の「形」を比べてみると、意外な共通点が見つかります。動物学者で「キリン博士」こと郡司芽久さんが、動物の身体をめぐる謎やユニークな進化についてわかりやすく解説。浅野文彦さんのイラストも必見!
 今回のテーマは郡司さんイチ押し臓器の「腎臓」。尿作りを淡々とこなす地味な存在と思われがちですが、身体のわがままな要求に完璧にこたえる精緻な構造と柔軟性を兼ね備えた器官なのです。
 *当記事は連載第6回です。第1回から読む方はこちらです。

毒の入った水

 年に一度くらい、「一番好きな臓器はなんですか」と尋ねられることがある。解剖学を学んでいるため、「臓器について研究しているのかな?」と思われるのだろう。私の研究対象は筋肉や骨格の構造で、いまのところ内臓の研究はしていないので、特定の臓器に強い思い入れがあるわけではない。余計なものがそぎ落とされたような生命力を感じさせる心臓にも心惹かれるし、主食に応じて劇的に構造が変わる消化器系(胃や腸)だって魅力的だ。それでも「一番好きな臓器は?」と問われて真っ先に思い浮かぶのは、なぜだかいつも腎臓だ。
 腎臓は尿、つまり「おしっこ」を作る器官だ。内臓の中でも特に奥まった場所に、左右対になって存在している。そら豆のような形で、握りこぶしほどの比較的小さな臓器である。ヒトであれば腎臓1つの重さは130グラム程度。お茶碗1杯のごはんくらいだ。一方キリンの腎臓は1つ約1キロ。長さ17センチ、幅8センチほどなので、ちょうどヒトの手のひらくらいの大きさである。
 体重の1パーセントにも満たないこの小さな臓器が、日々の〝尿作り〞を生涯にわたって支えているのである。

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 私たちは、1日に何度も尿を出す。「1日に一度も排便しない日」がある人はいても、「1日に一度も排尿しない日」がある人はまずいないだろう。尿を作り、排泄することは、呼吸や心臓の拍動と同じく、生きていくのに不可欠な生理現象なのだ。
 尿は、大雑把に言うなら、「毒が入っている水」のようなものだ。体内で作られる有害な物質を水に溶かして排出したものが「尿」である。腎臓の働きが低下し、尿が出なくなると、体内には毒物がたまって中毒症状を引き起こす。危険なドラッグを口にしなくても、日々健康的な食事をしているだけでこの〝毒物〞は生じてしまうのである。
 生きていく過程で、必ず生じる〝毒〞。それを排出する役割を一手に担っているのが、腎臓という器官なのだ。酸素を取り入れる肺や、血液を循環させる心臓、さまざまな栄養素を分解して吸収する胃腸など、「生きていくのに必要なもの」を作ったり運んだりする器官と比べると、腎臓は「ゴミ処理場」のような役回りで、なかなか日の目を見ない臓器である。それでいて、どの臓器よりも圧倒的に複雑かつ精緻な構造をもち、淡々と役割を果たし、日々の生命活動の根幹を担っている。私が腎臓に惹かれるのは、そういう部分なのかもしれない。
 というわけで、今回のテーマは「腎臓」だ。

〝エネルギー〞は、生きていくうえで必要不可欠だ。「やる気」のような精神論的な話ではなく、内臓や筋肉を動かし、生命活動を維持するためには、文字通り、身体を動かすエネルギーが必要なのだ。
 生き物たちは、食べ物から摂取した栄養素から、こうしたエネルギーを作り出している。しかし、体内に取り入れたすべての物質をもれなく有用なエネルギーに変えることはできない。化学反応の過程で、どうしてもエネルギーとともに身体に有害な不要物(老廃物)も作り出してしまうのだ。
 たとえば、炭水化物と脂質からエネルギーを得る際には、副産物として水と二酸化炭素もできてしまう。水はともかくとして、二酸化炭素は毒性のある物質だ。そこで、生じてしまった二酸化炭素は、血中に溶け込んで肺へと移動し、すみやかに呼気として体外に放出される。
 二酸化炭素以外にもう1つ、代表的な〝不要物〞がある。タンパク質を分解してエネルギーを作る際に生じる「アンモニア」だ。
 アンモニアというと、小学校や中学校の理科の実験で使用して、きつい刺激臭に顔をしかめた経験がある人も多いかもしれない。アンモニアは非常に毒性が強い物質なので、体内で生じたアンモニアはまず肝臓で「尿素」という毒性の低い物質に作り変えられる。そして血液中に溶け込んだ尿素は、腎臓へと移動し、尿として体外に排出されることとなる。

最高級の濾過システム

「血中に溶けている尿素を集めて、体外に排出する」
 これが腎臓の主要な働きである。こう書くと非常にシンプルだけど、実際には腎臓はかなり複雑な作業を行っている。
 そもそも血液の中には、老廃物である尿素だけでなく、赤血球や分解前のタンパク質など、生命活動に必要かつ重要な物質も数多く含まれている。血中の物質を適当に集めて「尿」として排泄してしまったら、これらの重要な物質も外に流れ出てしまう。
 体内にある大事な血球やタンパク質をみすみす流出させてしまうのはもったいない。さまざまな物質が溶け込んだ血液の中から、大事なものは体内に残し、不要なものだけを取り出したい――この、ある意味わがままとも言える要求に応えているのが、腎臓という器官だ。

 腎臓は、進化の過程で生み出された最高の濾過装置である。血液中に溶け込んだ「排出したい不要物」と「体内に残したい物質」を、迅速かつ精密に選り分けていく。
 この〝選り分け〞を担っているのは、腎臓内部にある「腎小体」という直径0.2ミリほどの小さな丸っこい器官だ。ヒトの場合、1つの腎臓に100万個ほどの腎小体があるそうなので、1人の人間の体内には左右2つで約200万個の腎小体が存在するということになる。
 腎小体は、毛細血管がうねうねと寄り集まった塊(糸球体)と、それを覆う袋(ボーマン囊)からなる。毛細血管と袋のあいだには3つの〝濾過装置〞が存在していて、血液中に溶け込んださまざまな物質は、毛細血管の中をゆっくり流れながら、「必要なもの」と「不要なもの」に選り分けられていく。必要なものはそのまま血管内を移動していき、不要なものは血管の外に染み出し、周囲を覆う袋にためられ、尿のもとである「原尿(大量の水分が含まれた薄い尿)」となる。
 1つ目の濾過装置は、血管の表面にある、いわゆる「フィルター」だ。腎小体内部の毛細血管の表面には微小な孔(あな)が開いていて、小さな物質だけを血管の外に通せるようになっている。サイズの大きな赤血球や白血球は血管内に残したまま、尿素を含むいくつかの小さな成分だけがじわじわと血管の外へ染み出していくという仕組みだ(「血尿」や「タンパク尿」は、この孔が広がり、本来通りぬけないはずの赤血球やタンパク質が外に流出してしまうことで起きる)。
 さて、血管の孔をくぐりぬけてきた物質は、電気的な特性を利用した2つ目の濾過装置で、さらに分別される。この濾過システムを、「チャージバリア」と呼ぶ
 チャージバリアを作り出しているのは、腎小体の毛細血管と周囲の袋のあいだにある薄い膜である。この膜は、マイナスの電気を帯びた物質からできているので、全体的にマイナスに帯電している。
 みなさんも知っての通り、電気には、「マイナス同士・プラス同士は反発しあう」という特性がある。チャージバリアは、この性質を使った濾過膜だ。1つ目の濾過装置である血管の孔を通りぬけてきた物質でも、マイナスの電気をもっていたら、反発して血管内へと跳ね返されてしまう。電気を帯びていない物質や、プラスの電気をもつ物質だけが、この膜の外へと移動できるというわけだ。
 たとえば、血液中に最も多く含まれるタンパク質である「アルブミン」は、マイナスの電気を帯びているため、たとえ血管の孔を通りぬけたとしても、チャージバリアに阻まれ、周囲の袋まで出ていくことはできない。一方、尿素はプラスでもマイナスでもない中性の物質なので、チャージバリアに阻まれることなく外に出ていくことができる。こうして、大事な物質が外に流れ出ていかないよう守りながら、老廃物を選び取って体外に排出しているのだ。
 そして最後に、3回目の濾過として、細い隙間を利用した「大きさによる選別」を行う。チャージバリアの外側には、幾重にも分岐した独特の細胞があり、その隙間をくぐりぬけられる物質だけが外の袋へと移動できるというわけだ。
 小さな孔を利用した大きさによる選別。電気による選別。そしてもう一度、隙間を使った大きさによる選別。この3度の濾過により、腎臓は、体内の必要な物質と不要な物質を迅速かつ精密に選別しているのだ。

 もしも私が、誰かに「体内に存在する不要物と必要な物質を選り分ける仕組みを考えよ」というミッションを与えられたとして、果たして「電気の特性を利用して、必要な物質を跳ね返す膜を作ろう」などと思いつくことができるだろうか。高度な知能をもった人類にしか設計できなそうな、けれども自分には思いつかなそうな、精緻で複雑な濾過装置。それが体内に200万個も存在していると思うと、自分の身体に尊敬の念すら湧いてくる。
 講義などで腎臓の濾過システムを教えるとき、存在しないはずの「身体の設計者」に思いを馳せてしまう。

夏場のスポーツドリンク

 腎臓には、「毒をこし取って排出する」という役割のほかにも、いくつかの重要な働きがある。そのうちの1つが、体内の水分量の調整だ。
 尿素を排出するときには、必ず大量の水分が必要となる。水に溶かさないと排出できない物質でありながら、やや水に溶けにくい性質があるためだ。体内に存在する水分量には限りがあるので、「尿素の排出はできたけれど、水分を使いすぎて脱水になってしまいました……」なんてことにならないよう、体内全体の水分量を勘案しながら排泄する尿の量を決定する必要がある。これも腎臓の役割なのだ。
 この調整のため、腎臓はややトリッキーな手段をとっている。はじめに尿のもととなる「原尿」を大量に作ったあと、そのなかから必要な水分をもう一度血管へと戻して、実際に排泄する「尿」を作るのである。1日に排泄される尿はおよそ1.5リットルなのに対し、1日に作られる原尿はなんと150リットルほどである。腎小体の濾過システムでこし取られた原尿の99パーセントは、腎臓の外に出るまえに再び血管の中へと吸収されてしまうのだ。
 こう聞くと、「はじめから尿として排泄する量だけ作ればいいのに、効率の悪いやり方だなあ」と思ってしまうかもしれないが、決してそんなことはない。「必要な量だけ作る」というのは、無駄がない一方で、ちょっとした情報伝達の行き違いで取り返しのつかないミスへとつながる可能性があるからだ。もしはじめから排泄する量だけ尿を作る仕組みであったら、「水分があると思って大量に尿を作ったけれど、じつは水分不足でした」なんてことになってしまうかもしれない。
 これに対し、「まずはとにかく大量の原尿を作り、その後水だけを血管内に戻す」というやり方は、尿の量を即座に増減するには最適な方法だ。たとえば、1日に150リットルの原尿が作られている場合、原尿に含まれる水分のうち99パーセントが再び血管に吸収されて体内へ戻っていくなら、最終的に排泄される尿の量は残りの1パーセント、つまり1.5リットルになる。もし吸収する量が98パーセントに減れば、尿の量は原尿の2パーセント、つまり3リットルとなる。再吸収する水の量をわずか1パーセント変えるだけで、最終的な尿の量を激変させることができるのだ。

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 ちなみに、体内の余分な水分は、通常尿として排泄されるが、ときには体内に滞留し、「むくみ」の原因となる。このとき、むくみを解消しようとして水分をとらないようにしてしまうと、脳が「水不足だ」と判断し、いっそう原尿の再吸収にはげむので、結果として体内の水分量が増加し、さらにむくみが加速することとなる。身体が安心して水分を排出するためには、十分な水分をしっかりとることが何より大切なのだ。

 もう1つ、腎臓には「体液の濃度を一定に保つ」という働きがある。
 生き物の体液には、カルシウムやナトリウムなど、生命活動に必須のさまざまなミネラルが溶け込んでいて、これらは神経の伝達や筋肉の運動に関わる重要な物質である。体液のミネラルの組成や濃度を一定に保つことは、ミネラルを利用して働く多くの器官が正常に機能する基盤となるのだ。
 ところが、この「体液の濃度を一定に保つ」という機能が裏目に出るときがある。それが、夏場の脱水症状だ。汗の中にはミネラルが含まれているので、大量の汗をかいて体内の水分が減ったときは、ミネラルも同時に減少してしまっている。このとき腎臓には、「体内の水分を確保する」という仕事と、「ミネラルの濃度を一定に保つ」という仕事が同時に降りかかることとなる。
 そんなときに真水を飲むと、腎臓は水分の確保に走り、急激に体内の水分が増加する。水分確保問題は一時的に解決できても、体液は薄まり、ミネラルの濃度は一気に下がってしまう。すると今度は「体液の濃度を保たなければ!」という作用が働きはじめ、腎臓は体内の水分を排出することで、一時的に体液濃度を上げようとしてしまうのだ。
 つまり、「水分が足りなくて水を飲んだのに、身体はどんどん水を排出しようとする」という悪循環になってしまうのである。さまざまな役割を同時にこなす腎臓だからこそ起きてしまう〝バグ〞のようなものだ。
 脱水症状が出たときにスポーツドリンクや経口補水液、鉄分が含まれた麦茶などを飲むべきなのは、それらにたくさんのミネラルが含まれていて、「水分の確保」と「ミネラル濃度を保つ」を両立できるからなのだ。
 もうじき8月。夏も本番を迎える。大量の汗をかいたあとに体調をくずしたら、脱水症状の可能性もある。そのときは「水」と「ミネラル」を同時にとることを忘れないでほしい。なお、〝ミネラル〞ウォーターであっても、日本で多く流通しているのはいわゆる「軟水」で、ミネラル含有量が少ないため、飲みすぎると体液が薄まり身体に不調をきたすので、注意しなくてはならない。

海水と淡水

 体内の水分量と体液の濃度を一定に保つのは、案外難しいことだ。ところがこの部分において、ヒトよりもはるかに困難な状況に直面している生き物がいる。水の中を生活の場とする、魚たちだ。

 海水の中で体内の水分を維持するのは、意外と難しい。周囲に体液よりも濃い液体が存在すると、細胞の中に含まれた水分は体外へと流れ出てしまうからだ。「浸透」と呼ばれる現象だ。
 水の中になんらかの物質が溶け込んだ「水溶液」には、「なるべく均一の濃度でいようとする」という性質がある。「異なる濃度の水溶液が並んでいたら、濃度の低い方から高い方へと水分が移動し、高い方を薄め、低い方を濃くすることで均一の濃度になろうとする」というイメージだ。これが「浸透」だ。
「ナメクジに塩水をかけると干からびてしまう」という話を聞いたことがある人も多いだろうが、あれはまさしく浸透の効果だ。体内の水分が、浸透によって周囲の濃い塩水へと移動して、最終的に水分が枯渇して干からびてしまうのである。
 同様の現象が魚でも起きる。海の中で生きる魚たちは、体液よりも濃い塩水の中で生活しているからだ。浸透によって体内の水分がより濃度の高い海中へと流出して、体液はどんどん少なく、濃くなる方へと突き進んでいってしまうのだ。
 そこで海水魚は、海水を大量に飲み込み、腸から絶え間なく水分を吸収するようになった。海水には多量のミネラルも含まれているので、過剰となったミネラルを排出する「塩類腺(えんるいせん)」も発達した。これにより、なんとか体内の水分量と体液濃度を一定に保つことができているのである。こうした状況下では、体内は常に水不足と隣り合わせなので、腎小体は小さく、尿はほとんど作られない。腎臓は、ミネラルの排出の一部を担う程度の働きしかもちあわせていないようだ。
 同じく海水に生息するサメやエイなど軟骨魚類の仲間は、同じ海水魚の仲間であるが、前述の方法とは異なる戦略をとっている。体液の中に大量の尿素を溶け込ませることで、体液の濃度を海水の濃度と同程度まで上げ、浸透による水分の流出を防いでいるのだ。
「違う戦略なのか?」という点について、進化的な理由はまだはっきりとはわかっていないようだが、同じ濃度の水溶液同士なら水分の移動は起こらないため、前述した海水に棲む硬骨魚たちのように、ガブガブ水を飲んだり尿を調整したりする必要はほとんどない。ただし体内に大量にため込まれた尿素のせいで、サメ肉は鮮度が落ちると非常に臭く、一般的な魚に比べて食用には向かないという残念な点も存在する。とはいえこの残念ポイントは、あくまで人間目線の話ではあるが。

 では、湖や沼地に生息する淡水魚の場合はどうだろうか? 彼らには、海水に生きる魚たちとは真逆のことが起きる。体液よりも薄い液体の中で生活しているため、浸透によって体内に水分が流入してしまうのだ。そのため彼らは発達した腎小体をもち、体内に流入した水分を次々と尿に作り変えて排出しつづける必要がある

 同じ「水の中」であっても、腎臓から見たら、海水と淡水は真逆とも言える環境だ。そのため、腎臓に求められる働きは正反対になる。それにもかかわらず、サケやウナギなどいくつかの魚は、生涯の中で海水と淡水を行き来するのだから、生き物というのは本当にすごい。

アンモニアの捨て方

 腎臓が排出するのは、おもに「尿素」というアンモニアを作り変えてできた物質である。はじめの方でも説明した通り、タンパク質を分解した際に生じるアンモニアは非常に毒性が強いので、一度毒性の低い尿素に作り変えてから、腎臓でこし取り、尿として体外に排出しているのだ。
 ところがこれはヒトを含む哺乳類の話であって、すべての動物が同様の手段をとっているわけではない。

 たとえば魚類の仲間は、生成されたアンモニアを尿素に作り変えることなく、そのまま体外へ排出する。彼らは、「毒性は強いがきわめて水に溶けやすい」というアンモニアの性質を利用し、腎臓を介さずに、エラの血管や口の中の粘膜に張り巡らされた血管から、直接体外へアンモニアを排出してしまうのだ。
 すみやかに血管から排出できるのであれば、わざわざ毒性の低い物質へ作り変える必要もないというわけだ。つねに周囲に大量の水があり、アンモニアを垂れ流すことのできる環境だから可能なことだ。

 このように、アンモニアをそのまま「水に溶けやすいかたち」で排出する生き物もいれば、その真逆で、「ほとんど水に溶けない物質に作り変えてから排出する」という方法を選択している生き物もいる。鳥類の仲間や、カメやトカゲといった爬虫類の仲間など、硬い殻の卵を産む動物たちである。
 これらの動物は、アンモニアを「尿酸」という毒のない物質に作り変えてから排泄する。「鳥のおしっこってどんなだったっけ?」と思う方もいるかもしれないが、地面や車のボンネットに落ちている鳥の糞を思い出してほしい。そこに含まれる白っぽい塊が、尿酸だ。

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 前述した通り、尿酸はアンモニアや尿素とは異なり、水にはほとんど溶けないため、排出するのに必要な水分がごく少量ですむというメリットがある。尿素を溶かし込む水分を体内に大量に保持しておかなくてはならない哺乳類に比べて、体内に保持しておくべき水分量が圧倒的に少なくすむのだ。これは、空中を自在に飛び回る鳥にとって、体重の軽量化につながるので、大きなメリットだ。
 卵で育つ動物の場合、もう1つ大きなメリットがある。卵の中で成長する過程で尿を排泄しても、尿酸は水にはほとんど溶けないため、卵内の水分に尿酸の成分が溶け出すことはない。もし毒性が強く水に溶けやすいアンモニアや、わずかながら毒があり水にも溶ける尿素であったら、あっという間に卵内は「毒の溶けた水」で満たされてしまうだろう。
 哺乳類のように胎生であれば、羊水に溶け込んだ尿素は母親の体内に取り込まれ、すみやかに排出されるが、独立した卵だとそうはいかない。自分の排泄物は、自分が孵化(ふか)するときまで一緒に卵の中に閉じ込められてしまうのだ。水に溶けない尿酸は、このような閉鎖的な環境下では最高の〝尿のかたち〞と言えよう(注:ただし近年の研究により、鳥の場合、純粋な尿酸ではなく、尿酸アンモニウムという物質に変換してから排出している可能性が指摘されている)。

 それ以外にも、成長すると排泄方法が変わる生き物もいる。カエルやサンショウウオなど両生類の仲間だ。彼らは卵の時期から幼少期までは水中で過ごし、成長すると徐々に陸上でも動き回るようになる。水中で過ごしているときは魚と同じく「アンモニア」のまま排泄し、大人になると哺乳類と同じく「尿素」に作り変えて尿を出すようになるのだ。
 水中から陸上へと生活の場が変わることは、手足や呼吸器といった部分だけでなく、腎臓の働きにも大きな影響を与えてきたのだ。

 どの動物も、生きていく過程で必ず生じる〝毒〞と向き合う必要がある。毒をため込んだら死んでしまうからだ。腎臓の進化は、「どんなかたちで毒を排出するのが良いのか」を追求する歴史でもある。毒の排出方法は、生き物の種が生活する環境に応じてさまざまだ。
 人間の心の中に沈殿する毒やストレスも、似たような面がある気がする。ため込み方も吐き出し方も、環境に応じて異なるだろう。アンモニア、尿素、尿酸――どのかたちで排出するのが一番いいのか、序列をつけられる人はいない。
 誰もが当てはまる〝最適な方法〞ではなく、自分なりの〝最善の方法〞を見出せばいい。腎臓を見ていると、そんな気分になる。だから私は、腎臓が好きなのだ。

 全10回の予定で始まった本連載も、今回で第6回。初回が掲載されたのは、まだ冬の寒さが厳しい2月のことだったが、この原稿が掲載されるころには、すっかり夏を迎えていることだろう。
 大量の汗をかき、たくさんの水を飲む。夏場はとくに腎臓に負担がかかる季節だ。日々絶え間なく働く腎臓に思いを馳せ、水分とミネラルをきちんと摂取し、健やかで楽しい夏を過ごしてほしい。

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プロフィール
郡司芽久(ぐんじ・めぐ)

東洋大学生命科学部生命科学科助教。2017年3月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、博士号(農学)を取得。同年4月より日本学術振興会特別研究員PDとして国立科学博物館勤務後、筑波大学システム情報系研究員を経て2021年4月より現職。専門は解剖学・形態学。第7回日本学術振興会育志賞を受賞。著書に『キリン解剖記』(ナツメ社)。
*郡司芽久さんのTwitterはこちら

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