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女性が“自分のからだを取り戻していく”ために――『からだと性の教科書』から学べること

高橋幸子さん(産婦人科医)×福田和子さん(「#なんでないの プロジェクト」代表)特別対談

 日本の性教育は海外に比べて後れをとっていると言われて久しいが、そんな中で最近、学校では教えてくれない“からだや性”のことについて学べる書籍が多数刊行されている。性の先進国ノルウェー発の書籍『世界中の女子が読んだ! からだと性の教科書』もその1冊で、増刷を重ねている。本書の医療監修を務め、性教育の啓蒙にも力を入れている高橋幸子さんと、日本の避妊の選択肢を増やす活動を続けるアクティビストの福田和子さんに、からだや性について学ぶことの意味を語り合っていただいた。

性についてポジティブに語ろう

高橋:先日、アメリカのニューヨークのドラマを見ていたら、上司と部下の関係の2人がお付き合いするとなったときに、上司の男性が部下の女性に「ノーと言っても大丈夫なんだよ、それできみの会社での地位が下がることは絶対にない」と口に出して言ったうえで、恋人関係に発展していく様子がきちんと描かれていたんです。断ってもいいと保証する文化は、まだ日本にはあまりないですよね。

福田:はい。性にまつわる「同意」って面倒くさいことと言われがちですけれど、よりハッピーでよい関係になるために必須ですし、ポジティブに捉えられるようになるとよいなと思います。

高橋:『からだと性の教科書』では、ポップでポジティブな性教育とはどういうものなのかが理解できると思います。日本での性教育は「リスクについて慎重になりましょう」だけになりがちだけれど、この本では、ポップにポジティブに、性について語ることの意味を学べるんですよね。

福田:この本では、ノルウェーで認められていて日本で未承認の避妊法についても割愛せずに掲載されていることがほんとうにうれしいです。日本のいろんな出版物では、避妊法はコンドームかピルだけです、とされていますが、この本ではほかのたくさんの選択肢を知ることができるんですよね。

高橋:世界にはもっとたくさんの避妊の選択肢があって、その中には私たち日本人が選べないものがあると知ることができると思います。そしていろんな選択肢があり、そこから選び取るということは、女性の権利でもあると思うんですね。そうした幅広い選択肢がある社会というのは、女性のみならず、すべての人が生きやすい社会につながるのではないでしょうか。

福田:自分のからだのことを知るのって、すごくエンパワーメントされますよね。自分でコントロールできないものがたくさんあるってストレスじゃないですか。自分のからだと向き合えることはすごくいいなと思います。

処女膜についてのよくある誤解

福田:個人的によかったのは、「処女膜」の説明が入っていたことです。これに関して苦しんでいる子は少なくないと思っています。最近、処女膜を美容整形外科で開けるという施術が若者のあいだで少しはやっているそうなんです。最初は痛いから、と。

 「膜」という言葉があると、「破れると痛い」と思ってしまいますが、『からだと性の教科書』に書かれているように、処女膜は粘膜でできていて伸縮性があって、そもそも膜じゃなくて、もともとちゃんと穴が開いていると知ると安心しますよね。逆に知らないと不安に直結すると思います。最初の性交で血が出る人、出ない人がいるという記述もありますが、それを知るのもすごく大切なことだと思います。

 それから、かつては初夜のあとに血の染みのついたシーツを干して処女を証明する習わしがあったと出てきます。それで言うと、私が以前、海外の学界に出たときに、インドの女性の研究者が「名誉殺人」の話をしていました。インドの一部の地域では、初夜のあとにシーツに血がついているかどうかを夫の家族がチェックしにくるそうですが、もし血がついていないと石打ちなどで本当に殺されてしまう女性がいると言うんです。それを防ぐために、膣の中に入れて赤色を出すフェイクの血が発売されているそうです。

 日本にも「処女神話」が少なからずあるので、そうした日本の問題を、世界と分断しない形で読み取ることができるように感じました。「処女膜」をめぐる“文化”や“価値観”についても書かれているし、その下で傷ついている人の存在もちゃんと書かれているし、しかも「処女神話」を科学的に否定してくれているんですよね。

高橋:先日、性教育の話をしたあとに、小学5年生の女の子が、「初めてのセックスのあとに血が出るってほんとうですか? すごく痛いんですか?」と聞いてきたんです。なんで心配になったのかを尋ねてみたら、「クラスの男子がしゃべってたから」と言うんです。クラスの男子の噂話をもとに、「初めての性行為は血が出るし痛いらしい」と不安になっている小学5年生の女の子がいるということが、とてもかわいそうだし気の毒だと思いました。若い子たちは正しい知識もなく不安に陥れられているんだな、と感じました。

話しにくいことも本から学べる

高橋:今日も22歳の女子大学生から、「初めてのセックスに備えて、女性向けのアダルトサイトを見て勉強しています」という連絡が来たので、「いやあ、女性向けといってもアダルトサイトはお手本にしないほうがいいよ」という説明をしたんですが、学生が不安を相談する場所がないようなんですね。私としては、大切なこととして「セックスの前にHPVワクチンをちゃんと打ってね」ということも言いたいです。

 先日、「飲む中絶薬」について参議院でも取り上げられましたが、そもそも中絶に配偶者の同意が必要という点について「それはおかしいよね」という議論が出ています。みんなが性や生殖について考えるきっかけになっていると感じています。

福田:「それはおかしい」と口に出せることって、すごいことだと思います。女性たちが中絶に関してもっとアクセスできるようになるべきとは、残念ながら言いにくい雰囲気があったように思います。それでもSNSでも声を上げる人が少しずつ増えていて、多くの女性たちが“受け身の存在”から、“自分のからだを取り戻していく”ところなんだと思います。「自分のからだなのに、なんで自分で決められないの?」という感覚も少しずつ出てきていると感じます。

 一方で、さっきの話にあったように、セックスについて相談する場がないのも現状としてありますよね。私にも、ほかに聞ける人がいないからと相談をしてくれる友だちがいるのですが、最初はほんとうに不安と謎だらけだと感じます。「痛いの?」「どういう流れなの?」「何をしたらヤバいの?」とか。『からだと性の教科書』には「はじめてのセックス」についても書かれていて、それもすばらしいと思います。そうした悩みに寄り添いつつ教えてくれる場は、ほんとうに貴重です。

高橋:日ごろ、友だちどうしでこうした話を話題にできない状況なんだなあと実感しています。この場ではそういう話をしていいんだ、というきっかけがないと話題が始められない感じですね。そういう中で、この本は話題を始めるきっかけになるかもしれませんね。共通基盤があれば、話がしやすくなるんじゃないでしょうか。

福田:ほんとうですよね。

クリトリスとペニスはもとは同じだった?

高橋:それから、『からだと性の教科書』にはクリトリスの説明が出てくるんですが、クリトリスはペニスの別バージョンということが、明るく書かれています。クリトリスとペニスはじつは相同器官で、男性のからだと女性のからだはまったく違うものではなく、もとは一緒だったけれど分かれていったということが、わかりやすく紹介されていますね。

福田:この本では、わかりやすくて伝わりやすい言葉がチョイスされていると思いますし、著者の二人が読者と同じ目線だなと感じました。これを読むと、本に書かれている知識を自分たちの言葉として獲得していけると思います。

 クリトリスと言えば、私が留学していたスウェーデンでは、性教育協会の人が、3Dプリンターでクリトリスの模型を作成して街中にもっていって、「これ何でしょう?」と人々に聞いて回る、という突撃企画がありました。「パプリカ?」とか「何か引っ掛けるもの?」などとさまざまな反応があるんですが、その動画が公開されています。

 性教育協会がなぜそれをしたかというと、クリトリスは恥ずかしいもの、汚いものと扱われがちですが、私たちのからだの器官の一つとしてもっと知ってほしい、という想いがあったようなんです。クイズ形式で尋ねることで、人々がポジティブにオープンに興味をもったり語ったりできて、そこからからだに関する話が広がっていったらいいよね、という企画だったんですね。

 「興奮するとこれが2倍の大きさになるんだよ」というと、街の人は「マジで?」と驚いていて、知らなかったからだの部位について語り合うというフラットな会話がなされていました。

高橋:クリトリスの全貌がわかるようになってから、まだ20年もたっていないんです。からだのことって知れば知るほど面白いですよねえ。この本は辞書のように好きなところから読んでもらうといいと思います。

福田:からだのことをよりよく知るためにも、この本を1家に1冊置いておいてほしいです!

※続きは『世界中の女子が読んだ! からだと性の教科書』でお楽しみください。

プロフィール
高橋幸子(たかはし・さちこ)

2000年山形大学医学部卒業。埼玉医科大学産婦人科医師。同大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター助教。中学・高校・大学などで毎年100件ほど性に関する講演を行うほか、NHK「ハートネットTV」に出演して性の疑問に答えるなど、性教育の普及や啓蒙に尽力する。
 
福田和子(ふくだ・かずこ)
スウェーデンヨーテボリ大学院公衆衛生修士。スウェーデンの留学中に日本での避妊法の選択肢や性教育の不足を痛感し、2018年5月に「#なんでないのプロジェクト」をスタート。イベント登壇や新聞・雑誌への執筆などを通して、女性の健康・権利を守り向上させることを目標に活動している。

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