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記憶のなかにある、あの日の空、あの日の雲――「熊本かわりばんこ」#17〔空を見上げる〕吉本由美

本がひらく

 長年過ごした東京を離れ故郷・熊本に暮らしの場を移した吉本由美さんと、熊本市内で書店&雑貨カフェを営む田尻久子さん。
 本と映画、そして猫が大好きなふたりが、熊本暮らしの手ざわりを「かわりばんこ」に綴ります。 ※#01から読む方はこちらです。


空を見上げる

 今はまだ7月の終わりでこれからが夏本番となるのだけれど、私は早くも夏疲れと言おうか、疲弊している。庭の草たちがすでに取りつく島もないほどに繁り、毎朝毎夕、私の心とお財布を締めつけてくるのだ。庭を見ては毎日ため息をついている。

 長年シルバー人材センターに頼んでいた草刈りだが、年に数回ともなるとその費用馬鹿にならず、ならば自分で手入れできる程度に形を変えればいいのでは? と、3年前、借金までして造園会社に造り替えてもらった庭なのだ。それなのに結局自分ではやりくりできずに、去年も一昨年も、夏場の雑草最盛期は弟や便利屋さんに甘えてしまった。人に頼り、お金に頼った。それが情けなかった。自分を許せなかった。何のために造り替えたというのか、バカもんめ、不甲斐ない、と自己嫌悪に陥った。

 それで今年こそは自分でやる、と、強く強く心していたというのに、暑くなり、気がついたら造園会社の名刺を取り出している自分。情けないと思うが庭に出る勇気がない。暑さに弱い。10日間ほど、その名刺と生い繁る庭とを代わる代わる見続けた。しばらく雨らしいから頼むのはまだ先でいいな、とか、ゆっくり休むと元気が降って湧いてきて自分でやる気が起こるかも、とか理由を探し、電話(スマホだけれど)を手にする決意が日一日先になる。現在は“この原稿を書き上げたら”が先延ばしの理由である。

 このような優柔不断な状況に陥った要因は何かというと、自分の意志の弱さもだけれど異常気象にも多少はあると思う。年々気象の異常度は増してくる。今年も予測のつかない空模様で、5月から6月にかけては猛暑が続き外に出るのもつらかった。もちろん庭仕事など高齢者ゆえ無理な話だった。農家さんも、このままでは夏場水不足になるのでは、と気を揉んでおられた。それが6月も10日を過ぎてやっと梅雨入りを果たし、私も農家さんもホッと一息つけた。カンカン照りの暑い日よりも雨の日の方が庭に出られる気がして、テラスに、ゴム長、レインハット、レインコートを用意した。熊本の天才・坂口恭平も自著『土になる』の中で雨でも畑に出ると書いている。恭平を羨望のまなこで見ている私はその一文に背中を押され、すっかりその気になっていたのだった。

 雨の日を待ち侘びていたのだが、なぜかチョロチョロしか雨降りは続かず、2週間ほどでいきなりの梅雨明け宣言だった。え? もう? 昨年、一昨年の豪雨災害を繰り返してはならぬとテレビや新聞に散々脅かされていたので梯子を外された気分である。そもそも、桜の開花といい、梅雨明けといい、どうなんですかね、宣言が必要ですかね? という素朴な疑問……はとりあえず横に置き、気象庁お墨付きの晴天ならばと洗濯物を干しに二階へ上った。そしてベランダに出て空を見上げた。短い梅雨が明け再び猛暑と対峙することになったその日の空には夏を告げる爽やかな雲が浮かんでいた。

「しかしですよ、短過ぎやしませんか」と産地直送・採れたて野菜を配達してくれる「おやまのやおや」の鈴木さんは言う。これじゃ農家さんは心配ですよ、という彼の言葉どおりに再び夏場の水不足が指摘され始めた7月上旬、今度はじめじめとした空模様が続いた。それは“戻り梅雨”と言うらしい。これまた「えっ?」の世界だ。梅雨に戻ったというわけか。初めて聞く言葉に、天気よ、いったいどういうつもり? 人間を翻弄していったい何が面白いわけ? と言いたいところだが、これも全ては人間の愚行のなしたる結果である。戻り梅雨くらいでじめじめ泣き言を言っている場合ではない。ヨーロッパでは猛暑、乾燥、山火事が続き、住みやすい気候と信じて疑うことのなかったフランス、イギリスでも40℃、スペイン・コルドバ地方に至っては最高気温43.6℃を記録したと聞くから恐ろしい。人間もだけれど動物たちはどうしているのか。2年前のオーストラリア大山火事でのコアラの惨状が頭をよぎる。まだ日本の、九州の、熊本の、36.6℃などかわいいものだ。この程度でのたうちまわっていては恥ずかしくなる時代がすぐそこに迫っている。この先農家さんは野生動物たちはどうなるのだろう。

 などと大きな問題に頭を悩ますこともあるが、今いちばんの悩み事は荒れ放題の庭をどうするかの、ちっさい話である。言いわけをするつもりはないが(しているか)、この暑かったり雨だったりのドタバタした気象のもとで庭に出る気持ちが萎えてしまったのは本当のことで、決してだらしなさの問題だけではないはずなのだが。

 萎えている間に“戻り梅雨”で庭の草たちの勢いが増し、気がついたら手のつけられない状態になっていた。悔しいけれど、もはや草刈りのプロにおすがりするしか道はない、と名刺を取り出した次第なのだ。ああ、悩ましい。

 それはさておき「おやまのやおや」さんの配達には助かっている。家の近所には自転車で10分から15分の距離に2軒スーパーマーケットがあるが、何せ年寄りの自転車こぎなので甚だ危ない。体力と判断力が退化して咄嗟とっさの対応がままならないのだ。熊本に帰ってきてから何度も事故った。後ろから来た車に煽られたり、角をフルスピードで曲がってきたロードレーサーに倒されたりして、塀や電柱に激突した。明らかに反応が鈍くなっている。さらに前後に載せている荷物が重いので安定できずに年寄り特有のヨロヨロ走行になる。

 昔、父親の車に乗っていたとき、左前方道路脇におじいさんの乗った自転車がヨロヨロと走るのが見えた。右に左にヨロヨロとブレるので危ないなあ、と思っていた。すると、私たちの前を走っていた車が少し左に寄ったその瞬間、自転車は横に倒れた。ふっ、と、音もなく、映画のスローモーションのように……と思ってしまうのは、時間の経過のなせるわざかもしれないが。
「あ! 」と叫んだが、前の車も私たちの車も後ろに続く車も止まることができずアッという間に走り過ぎた。少し先に、前の車、私たちの車、後ろに続いた車が停車し、父をはじめ車から飛び出した人たちが倒れている自転車まで走って戻った。車内にいるよう言われた私の目に飛び込んできたのは、横倒しに倒れているおじいさんの耳のあたりから多量の血が道路に流れ出ている光景だった。救急車が来て警察が来て、おじいさんは担架に乗せられ病院へ去った。その後のおじいさんの容態は知らないが、倒れたままの自転車と道路に描かれたどす黒い血の跡は鮮明に思い出せる。

 今でも自転車に乗っていると、たまにその光景が頭に浮かぶ。と同時に、妄想力の強い私には、倒れているのが自分に変わり、道路に横たわったその視界に入ってくるものたちまでもが浮かんでくる。アスファルトのざらついた地面、散らばった買い物、ひん曲がった眼鏡などが……。そして、いつかこの光景が実際のことになるのではないかという予感さえしてくる。だから自転車に乗るのが怖くなる。

 話が横道に逸れまくった。ええと、そうだ、野菜の配達には助かっているというところだった。
 そのように自転車に乗るのが怖くなってからは、大大決意のもと2週間に1度ほどの割合でしか買い物には出なくなった。すると新鮮な野菜に飢えるのである。そういうときの神様みたいな存在に「おやまのやおや」さんはなっている。
 週末から月曜にかけてその週の仕入れ予定がスマホに届く。必要分だけ注文できる。私の配達希望日は金曜日だから、その日を軸に1週間の献立を決められるのも助かる理由だ。農家さんから直接仕入れているので朝採り野菜はもちろんのこと、卵やお米や調味料も豊富に揃う。そして、とにかく、なんといっても、“配達してくれる”ことのありがたさよ! 非力で車のない老人にはスーパーマンほどに強い味方である。

 週一で来てくれるので、私のように家にこもっている人間にとっては唯一の話し相手でもある。天気のこと、農家さんのこと、猫のこと、野球のことなど喋っては笑い合う。私はスワローズ・ファン、「おやまのやおや」の鈴木さんはドラゴンズ・ファンだけれど、熊本の知人の中でプロ野球についてかなり踏み込んだところまで話し合えるのはこの人だけだ。そして農家さんの気持ちを常に考えるようになったのも、鈴木さんに配達を頼むようになってからだ。さらにまだ特典がある。注文しているのにもしその日玄関まで出て来なかったら、これは異常事態発生と思ってもらえるだろう、という見通しである。老人の一人暮らしにはこれがいちばん重要なのだ。

 もちろん店舗も街中(ビジネス街のしかも橙書店の2軒隣)に構え、そこは奥さんが取り仕切っている。外から見たらカフェのような店構えだから間違えて入る人も多いと聞いたが、ビジネス帰りに新鮮な野菜を買えるのは働く身にとってありがたいことだろう。私も街へ出かけていた頃は、映画を観た後や橙書店に行く前などに寄って注文し忘れた野菜を買っていた。スーパーでなく八百屋さんで買う野菜はなぜか美味しく感じるから不思議だ。

橙書店の近くにある「おやまのやおや」

 ここでまた空を見上げる話に戻る。なぜかというと空を撮った自慢の写真をお見せしたいからである。自慢ったってスマホ撮りだからそれほどのものじゃないが、熊本に戻ってからやたらと空を撮影したくなった。たぶん、一戸建ての家の一階に籠って(しかも庭には出ないで! )過ごしているので、空に飢えているのかもしれない。一階からだと庭は大きな木で囲まれていて、ぼんやりしているとまる一日空を見ないこともある。二階からは丸見えだけれど、今ではほとんど物置と化しているから、窓を開けに行ったり洗濯物を干しに行ったり猫を探しに行ったり月を見に行ったりしない限り、二階に上がることはほとんどない。で、たまに上がると空が見えるので感動するのだ。そこにかわいい雲が湧いていたりすると走って階下へスマホを取りに行き、階段を駆け登ってはシャカシャカ撮る。そのうちの特に気に入っているのがこの“3人の踊り子”みたいな雲の写真だ。巻雲の一種、と『空の名前』(高橋健司著)に載っている。

 空を見上げる……というと東京時代、お寺の敷地内に建っていたマンションの6階から眺めた夕焼けが忘れられない。眼下はお寺の境内で、そのずっと先にはフランス大使館の森があり、つまり6階のベランダに出ると目を遮るもの一つない大空が広がっていた。北向きの部屋ということから安く入居できたのだった。私は断然南向きの部屋より北向きが好きだ。その方が外の景色が美しく見える。樹木は全てこちら向きに花を咲かせたり葉を茂らせたりしているし、ピカピカの日差しに家の中が疲れることもない。

 それはもうすぐお盆という夏の夕方だった。友だちがうちの近所の商店街の焼肉屋に行きたいと言い張るので、焼肉にはさほど興味のない人間だけれど自分の部屋で待ち合わせをした。とても暑い日で、「7時には」と言う友の到着を待つのももどかしく、私はその前にベランダに出てビールを飲んでいた。北向きの空は青く澄み切っていたが左の方向を見ると違っていた。西の空が真っ赤だった。港区から西の方向といえば長野・山梨方面である。東京の夕焼けの見事さは毎度のことだったが、その日はことのほか燃えたぎるような、異常とも思える赤さで、一種不穏な気配さえした。7時より少し遅れて友だちが到着。やれやれと焼肉屋へ急いだ。

 焼肉屋に入り席に着きあれこれ注文していると店内がザワザワと騒がしい。お箸を持ったまま、ビールジョッキを持ったままの人たちがテレビの前に集まっている。席でも皆さん顔を寄せ合い、手を握り合ったりもしている。何事かと私もテレビの前に行った。そこで日航ジャンボ機が長野か山梨か群馬の山間で行方不明になっていることを知った。それからは心配と落ち込みで焼肉に舌鼓を打つどころではなかった。この店を指定して意気揚々やってきた肉好きの友だちもさすがに食べるスピードを落としていた。

 何が辛いと言って、自分がシャワーを浴び汗を流して気持ちよく6階のベランダでビールなんぞを飲んでいたまさにそのとき、眺めている真っ赤に燃えた西の空のどこかで、524人もの人を乗せたジャンボ機が揺れに揺れ、ダッチロールを繰り返し、みんなを恐怖のどん底に陥れていたということだ。それを思うと胸がえぐられるようだった。早々とお開きにして部屋に戻りテレビをつけ事故現場捜索の中継を見た。その夜は眠れずにソファに横になったままで気がついたら朝だった。つけっぱなしのテレビに顔を向けると、画面からぐったりした女の子がヘリコプターに吊り上げられて救助されている様子が目に飛び込んできた。
 前日の夕方と夜とこの日の朝のことは何もかもが忘れられない。今でも思い出すたび胸がバクバクと苦しくなる。

 楽しい空の思い出を語るつもりが、何かしら重苦しくなってしまった。それに自慢の写真も紹介できていない。お許しあれば最後に連弾で紹介したいのだけれど、どうだろう(と言いつつ、許しなくとも紹介させていただくことにする)。

熊本の夕焼け
赤と青のブルース
雲仙行の船のデッキから
うちのクモスケ、空を見上げる

(次回は田尻久子さんが綴ります)

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プロフィール

吉本由美(よしもと・ゆみ)
1948年、熊本市生まれ。文筆家。インテリア・スタイリストとして「アンアン」「クロワッサン」「オリーブ」などで活躍後、執筆活動に専念。著書に『吉本由美〔一人暮らし術〕ネコはいいなア』(晶文社)、『じぶんのスタイル』『かっこよく年をとりたい』(共に筑摩書房)、『列車三昧 日本のはしっこへ行ってみた』(講談社+α文庫)、『みちくさの名前。~雑草図鑑』(NHK出版)、『イン・マイ・ライフ』(亜紀書房)、『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』(村上春樹、都築響一両氏との共著/文春文庫)など多数。

田尻久子(たじり・ひさこ)

1969年、熊本市生まれ。「橙書店 オレンジ」店主。会社勤めを経て2001年、熊本市内に雑貨と喫茶の店「orange」を開業。08年、隣の空き店舗を借り増しして「橙書店」を開く。16年より、渡辺京二氏の呼びかけで創刊した文芸誌『アルテリ』(年2回刊)の発行・責任編集をつとめ、同誌をはじめ各紙誌に文章を寄せている。17年、第39回サントリー地域文化賞受賞。著書に『猫はしっぽでしゃべる』(ナナロク社)、『みぎわに立って』(里山社)、『橙書店にて』(20年、熊日出版文化賞/晶文社)、『橙が実るまで』(写真・川内倫子/スイッチ・パブリッシング)がある。

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