本がひらく
法をかいくぐって静かに活動する“迷惑系”NPOの姿――中山七里「彷徨う者たち」
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法をかいくぐって静かに活動する“迷惑系”NPOの姿――中山七里「彷徨う者たち」

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本格的な社会派ヒューマンミステリー『護られなかった者たちへ』『境界線』に続く、「宮城県警シリーズ」第3弾。震災復興に向けて公営住宅への移転が進む仮設住宅で発生した、殺人事件。〈シェイクハンド・キズナ〉の職員・板台が起こした仮設住宅での暴挙。“迷惑系”NPOとして知られるその実態が明らかになるも、笘篠刑事と蓮田刑事は殺人事件とのつながりを示す糸口をつかみきれずにいた――
※当記事は連載第15回です。第1回から読む方はこちらです。


 逮捕した板台には前科があった。
 板台享児きょうじ四十四歳、滋賀県出身。〈シェイクハンド・キズナ〉の設立は阪神・淡路大震災直後だが、板台が同NPO法人に入会したのも、ちょうどこの頃だったらしい。〈シェイクハンド・キズナ〉は設立当初から違法じみた行為で批判を浴びていたが、事由の一つは板台の素行にある。被災地となった神戸市長田ながた区の空き家に無断で侵入して窃盗を働いたのだ。見回りをしていたボランティアに見咎められて逮捕、執行猶予つきの有罪判決を受けたが、〈シェイクハンド・キズナ〉は板台を退会させようとはしなかった。
「〈友&愛〉の桐原あかね代表によれば、収入源の枯渇した〈シェイクハンド・キズナ〉は生き残りの道を模索した挙句に暴力団と結託したらしいです」
 蓮田の報告を受けて、自席に座った笘篠は合点がいったように頷く。
「前科持ちの板台を手放そうとしなかったのは、設立当初から反社会的な活動を念頭に置いていたからかもしれんな」
「改めての疑問ですが、仮にもNPO法人ですよ。最初からヤクザを目指していたなんて、ちょっと想像つきませんね」
「主宰の人間性でNPO法人の性格は左右される。代表の春日井仁和とかいう人物はかなり問題があるみたいだな」
「でも板台と違って、春日井には前科がありませんよ」
「捕まるようなヘマをしなかったからじゃないのか」
 過去に何らかの事件に関与していない限り、警察のデータベースに春日井の資料は存在しない。どんな人物かは板台のような人間を使い続けている現状から類推するしかない。
 ただし、笘篠と蓮田はネットニュースで春日井のインタビュー記事を閲覧している。でっぷりと肉のついた身体にアルマーニを着込み、NPO法人代表というよりも胡散臭いフロント企業の役員にしか見えなかった。
「板台が勝手に皆本老人の住まいを襲撃したとは考え難い。春日井の指示があったとみるべきだ」
 蓮田が同意しようとしたその時、笘篠の卓上電話が鳴った。受話器を取った笘篠は電話の向こう側の声を聞き、わずかに口角を上げる。
「可能な限り、面会者をその場に引き留めておいてください。今からそちらに向かいます」
 電話を切ると、笘篠は苦笑したままこちらを振り向いた。
「噂をすれば何とやらだ。板台の面会に春日井が現れた」
 思わず腰が浮きかけた。
「折角向こうから足を運んできてくれたんだ。丁重にお出迎えしようじゃないか」
 面会室に足を踏み入れると、ちょうど留置係が初老の男性と話しているところだった。
 見紛うはずもない。この男が春日井仁和だ。ネットニュースに載っていた頃より更に太ったようだが、眼光は鈍くくらい。着ているジャケットは仕立てが良くオーダーメイドのものと分かる。腕時計はロレックス、靴はクレマチス銀座と高級品で揃えられている。
「〈シェイクハンド・キズナ〉代表の春日井さんですね」
「そうですが」
「捜査一課の笘篠といいます。こっちは蓮田。少々、お時間をいただけませんか」
「あまり時間に余裕がないのですが」
「逮捕された板台氏に関してなのですがね」
 水を向けられると、春日井は仕方ないというように嘆息してみせた。
 取調室に誘われると、春日井は露骨に顔を顰めた。
「まるで、わたしが調べられるような雰囲気ですね」
「本日、面会に来られた目的を教えてください」
「面会にいちいち理由が必要ですかな」
「まだ勾留中の容疑者なので、証拠隠滅や捜査情報漏洩の惧れを払拭できません」
「わたしが板台くんに頼まれて証拠隠滅を図っているとでも言うのですか」
「目的さえお聞かせいただければ疑いもしません。ひょっとして保釈手続きですか」
「保釈など考えていません」
 春日井は事もなげに言う。
「事情はどうあれ、被災者の方に迷惑を掛けたのは事実ですから、相応の償いをさせるべきだと思っています。ろうの中で己を見つめ直す、よい機会でしょう」
「器物損壊に公務執行妨害。おまけに彼には前科もある」
「実刑は免れないでしょうが、板台くんは手前どもにとって、なくてはならぬ人材です。一日でも早く解放されるよう、弁護士とも相談して対処する所存です」
 相応の償いをさせると言っておきながら、舌の根も乾かないうちに早急に釈放させると言い放つ。矛盾に気づいていないのか、それとも元より気にしていないのか。
「彼のした行為をご存じですか」
「棒切れで他人様の家の窓ガラスをたたき割ったようですな。何でも相手はご老人だったそうで、要らぬ不安を与えてしまい、誠に申し訳ない」
「老人でなくても、いきなり棒切れで襲い掛かられたら怯えますよ。〈シェイクハンド・キズナ〉の活動というのは尾崎豊おざきゆたかの歌をなぞることなんですかね」
 まさか、と春日井は一笑に付す。
「〈シェイクハンド・キズナ〉の活動理念は被災者に寄り添い、生活不安の解消と希望ある未来を目指すことです」
「それにしては言行不一致ですな。板台のしたことは希望ある未来を目指すどころか単なる破壊行為で、仮設住宅の入居者を徒に怯えさせるだけです」
「破壊行為は事実でしょうが、希望ある未来を目指すという目的からはあまり外れていないかもしれませんよ」
「『あのまま仮設住宅で粘っていても、遠からず強制的に追い出される。早めに自分から出ていった方がいいに決まっている』。取り調べの際、板台はそう供述しましたが、あれは〈シェイクハンド・キズナ〉の理念と受け取ってよろしいですか」
「仮設住宅を破壊するのは明らかに方法を間違えていますが、一刻も早く公営住宅に移転するという考えは全くもって正しい。要は方法論の違いでしょうな」
「方法論の違いで日常を脅かされるなんて堪ったもんじゃない」
 笘篠は吐き捨てるように言う。だが春日井はどんよりとした視線を投げるだけで、まるで気にする様子がない。
「仮設は所詮仮設であって永続できるものではありません。早期の移転が、結局は被災者の幸福に直結するのです」
「板台から聞いた時にも思いましたが、地上げ屋の言う理屈そのものですね」
 春日井は太々ふてぶてしく笑う。
「どうも地上げにマイナスのイメージをお持ちのようですが、再開発事業は国策ですよ。あなたたちの雇い主である国の方策です。ただそれを実行するのがスーツを着込んだ銀行マンなのか、背中に彫り物を入れたスジ者かの違いだけです。外見が違っていても、していることに違いはない。地権者を宥めすかし、時には札束で頰を張る。それは、やはり最終的に本人に希望ある未来をもたらし、国の発展に寄与することなのです」
 春日井の弁を聞いていて、太々しさが何に由来するのか、うっすらと理解できた。
 開き直りだ。
 春日井も、そしておそらくは板台も自分たちの行為が被災者のためだとは微塵みじんも考えていない。ヤクザ紛いの狼藉ろうぜきだと自覚しているのだ。
「国の発展に寄与する、ですか。ご立派ですね。ところで〈シェイクハンド・キズナ〉の活動資金は、いったいどこから調達されているのですか」
 NPO法人の収入と言えば次の主な六つだ。
・会費
・寄付金
・助成金
・補助金
・収益活動・事業収入
・融資による借入金
〈シェイクハンド・キズナ〉のような団体で見込めるとすれば助成金と補助金、そして融資による借入金くらいのものだろう。だが春日井の羽振りからは資金の潤沢さが窺われる。
「そちらの事業報告書を拝見しました。貸借対照表や財産目録を見る限り、定期的な収入は見当たりません。会費にしたところで、〈シェイクハンド・キズナ〉の会員は四十名にも満たない。正直、事務所のテナント料を支払うのが精一杯じゃないんですか」
 対して春日井は眉一つ動かさない。
「何やら、わたしどもがNPO法人として真っ当ではない収入を得ているような物言いですね」
「おたくはグッズ販売もしていない。収益活動はゼロです」
「不定期に寄付を頂戴しています。被災者に寄り添うという会の趣旨に賛同される方が大勢いらっしゃるのですよ」
 笘篠の挑発に乗ることもなく、春日井はのらりくらりとかわしてくる。今までに何度も追及の手を逃れてきた手練てだれのやり口に見えた。
「先刻からあなたの質問は〈シェイクハンド・キズナ〉に関するものですね。板台くん云々の質問はエサでしたか」
 質問は巧みに回避する一方で、刑事の尋問に怯むことなく決して迎撃を忘れない。わずかのやり取りで春日井が海千山千であると分かる。
 ただし海千山千というなら笘篠も同様だ。
「いえ、板台の供述内容とあなたの話が見事に合致するので、仮設住宅への襲撃も〈シェイクハンド・キズナ〉の教育の賜物たまものなのかと邪推しかねないのです」
「その点は、わたしの不徳の致すところとしか言いようがありません。ただ当会の台所事情を心配していただくには及びませんね。最前も地上げ地上げと言われましたが、仮にもNPO法人として認可されている団体を反社会的勢力と同列に語られるのは心外です」
「他人の家の窓ガラスを割ろうとするのは、紛れもなく反社会的行為ですよ」
「だから板台くんには相応の罰を与えてほしいと考えているのです」
 水掛け論だ、と蓮田は思った。互いに攻め、互いに逃げるばかりで議論が嚙み合わない。
「もう、よろしいですか。わたしも暇ではありませんので」
 席を立つ春日井を、笘篠は止めようとしない。
「では、別の機会に改めてお話を伺うとしましょう」
「別の機会が訪れないことを祈るばかりですよ」
 春日井を解放しても、笘篠は難しい顔をしていた。
「あれでよかったんですか、取り調べ」
 春日井自身に何の容疑も掛かっていない以上、尋問にも限界がある。事情は承知していても、最後まで太々しい態度がしゃくに障った。
「本人から供述が取れれば一番いいんだが、それが無理なら本人以外を当たるさ」
 笘篠が蓮田とともに足を向けたのは組対そたい五課のフロアだった。
「〈シェイクハンド・キズナ〉の春日井仁和か」
 五課の山縣やまがたはすぐに思い出したようだ。
「名前に聞き覚えがあるのは、何かの事件に関わっているからか」
「いや、地元の暴力団員と会食していたのを目撃されただけだ。相手が相手だから一応リストに載せてはいるが、春日井本人が事件関係者という話じゃない。一課では何の容疑でヤツを追っているんだ」
「こっちも似たようなもんだ。本人じゃなく、その繫がりに関心がある。五課では〈シェイクハンド・キズナ〉をどこまで調べている」
「今も昔も迷惑系のNPO法人ってことくらいだな。捜査対象じゃないから踏み込んだ調査はしていない。ただし、代表の春日井がまるっきり堅気の人間でないのは分かるぞ」
「根拠は」
「まあ、勘だな」
 山縣はてらいもなく言う。
「アバウト過ぎないか」
「そうでもないぞ。ヤー公たちの相手を五年もしてみろ。堅気かそうでないかの違いは臭いで識別できるようになる。暴力に慣れた者とそうでない者、みちに外れた者とそうでない者の違いは明白だ」
 胡乱うろんな理屈ながら山縣の言葉は自信に満ちている。五年の知見が言葉に説得力を持たせているのだろうが、長らく強行犯を担当している蓮田にも理解できる領域だった。現場を何百回も回り、何十体もの死体を見、容疑者の数々の虚偽と付き合えば、嫌でも識別能力は向上する。
「俺たちは現に起こってしまった事件しか扱えない。情けないことにな、精々スジ者に睨みを利かすくらいで未然に事件を防ぐのはほぼ不可能に近い。一課もそうだろう」
「一課は死体が転がってナンボだ」
「春日井に目をつけたのはさすがだな。ああいうヤツは遠からず何かしでかす。張っておいて損はない」
「もう少し手が足りたらいいんだが」
 結局、五課を訪ねても有益な情報は得られなかった。だが、これで諦めるような笘篠ではなかった。地下駐車場のレガシィに乗り込むと、自らハンドルを握った。
「笘篠さん、いったいどこに行く気なんですか」
「蛇の道は蛇だ。五課に訊いて埒が明かないのなら、同じ臭いがするヤツに訊く」

 二人を乗せたレガシィは多賀城たがじょう中央ちゅうおう三丁目に入った。ここまで来れば目指す場所は蓮田にも見当がつく。
「笘篠さん、俺はあまり気が進みません」
「相手が堅気じゃないからか。それともあいつだからか」
「両方ですよ」
「汚れた情報を拾うんだ。泥濘ぬかるみに手を突っ込むくらいはする」
 雑居ビルの一室、〈エンパイア・リサーチ〉のプレートが掛かった部屋の前に立ち止まる。笘篠がインターフォンで来意を告げる。以前は問答無用でドアを叩いたものだが、蓮田の知らぬ間に相応の礼儀を交わす間柄に変わったらしい。
「よお、笘篠の旦那」
 ドアの隙間から顔を覗かせたのは五代良則ごだいよしのりだ。
「入ってもいいか」
「入るなっつっても入るんでしょ、どうせ」
 事務所の中は雑然としていた。各種名簿類のファイルはキャビネットの中に収まっているものの、脱ぎ散らかしたジャケットや灰皿から溢れんばかりの吸い殻が目につく。勧められもしないのに笘篠が手近な椅子に座るので、蓮田もそれに倣う。
 テーブルの上には琥珀色こはくいろの液体が入ったグラスが一脚置いてある。
「昼間から酒盛りか。結構な身分だな」
「笘篠さんみたいな宮仕えじゃありませんからね。勝手にらせてもらいますよ」
 刑事二人を目の前にして、五代はお構いなしにグラスを傾ける。大した扱いだが、裏を返せば大してやましいことをしていないという意思表示でもある。
 五代は詐欺罪の前科を持っているが、何度か有益な情報をもたらしてくれたことも手伝って笘篠とは腐れ縁が続いている。蓮田としてはすぐにでも手を切ってほしいのだが、笘篠が言うことを聞いてくれないので困っている。
 ただし笘篠が頼る気持ちも分からないではない。五代という男は決して清廉ではないが、理知的で妙な俠気も兼ね備えている。酔眼でも知性を感じさせ、詐欺の前科がありながら危うく信用してしまいそうになる。
「で、本日のご用向きは何でしょうかね」
「春日井仁和という男を知っているか」
「春日井仁和。どこかのNPO法人の代表でしたっけ」
「〈シェイクハンド・キズナ〉という団体だ」
「ああ、そんな名前でしたね。思い出した思い出した。育ちの悪そうな顔した野郎だった」
「春日井はスジ者か」
「少し違う。下手したら半グレと同等、あるいはそれ以下じゃないのかな」
 五代は記憶を巡らすように天井を見る。
「確か大阪から流れてきた連中でしたっけ」
「会の設立は阪神・淡路大震災が契機だった」
「阪神・淡路大震災で生まれた似非えせNPOが、東日本大震災まで食い物にしている訳ですか。まるで火事場泥棒だな」
「その口ぶりだと、いい噂は耳に入っていないようだな」
「NPOが非営利という意味なら、ヤツのしていることは全くNPOじゃありませんから。最初からシノギと公言しているスジ者の方がよっぽど潔いや」
「地上げのことを指しているのか」
「地上げはまだ真っ当な部類ですよ」
「最近、会のメンバーが仮設住宅の窓ガラスを割った」
「ガキですか。いや、俺が聞き及んでいるのは、もう少し派手だな。住人を脅したり殴ったりして無理に追い出すとか」
「器物損壊どころか傷害じゃないか」
「本来の地上げってのは、もっとスマートなんだよ。だから地上げはまだ真っ当な部類だと言ったんです」
 五代の口ぶりからは春日井たちへの侮蔑が聞き取れる。蓮田にしてみれば五十歩百歩の同族だが、当人は異民族と考えているのだろう。
「悪質な地上げをしているとして、春日井にどんなメリットがある」
「当然、再開発を進めようとしているゼネコンやら地権者が潤うから、汚れ仕事を依頼されてるんだろう」
「汚れ仕事なら、それこそ本物のヤクザに依頼するんじゃないのか」
 すると五代は微笑みながら人差し指を振った。
「刑事さんが忘れちゃいけないな。暴対法施行以後、ゼネコンはヤクザに仕事を頼めなくなった。あくまでも表向きはね。それでも立ち退かせる必要が出てきたら実働部隊を向かわせなきゃいけない。さりとてヤクザ者は使えない」
「それで似非NPO法人という訳か」
「ご名答。立ち退き交渉に非営利団体、しかも被災者に寄り添うことを標榜ひょうぼうする団体を使えば大義名分にもなるし、警察からもマークされにくい。当の似非NPOはカネになる仕事を喉から手が出るほど欲しがっている。一石三鳥という訳ですよ」
「春日井、いや、〈シェイクハンド・キズナ〉を顎で使っているのは誰だ」
 五代は笘篠を片目で一瞥する。
「笘篠さん、捜査一課だったよな。強行犯と地上げが、どう繫がっているんだい」
「訊いているのはこちらだ」
「念のために言っておくけど、あの連中に殺しなんて大層な真似はできねえよ。所詮、半グレにもなれない中途半端なヤツらだ」
「半端な人間も、何かの弾みで人を殺さないとも限らない。傷害の延長に発生する殺人もある」
 五代は笘篠を探るような目で見る。
「笘篠さん、ひょっとして答え合わせにきたのか」
「そう思うのなら、早く教えてくれ。春日井は誰の命令で動いている」
「俺が現場を見た訳じゃないし、根拠もねえ。あくまでもあの界隈に流れている噂に過ぎないよ」
「根も葉もない噂なら流れる前に潰れる。そもそも、その手の情報を吟味するのが仕事だろう」
「見透かされているみたいで、あまり愉快じゃないな」
 五代は、ついと笘篠から視線を逸らした。
「南三陸町に〈祝井建設〉って建設業者がある。二代目は県会議員の家に婿入りしているが、実質的な経営者だ。春日井を使っているのは、そいつだって話だ」
 蓮田は思わず声を上げそうになる。
 初めて笘篠は合点がいったという顔をする。
 唐突に蓮田は、笘篠の狙いに思い至る。笘篠は貢に照準を合わせた上で情報を集めていたのだ。
 仮設住宅を密室に偽装するには建設関係者の技術が必要であること。
 妻である沙羅が所有しているクルマが犯行現場に出入りしていた事実。
 そして貢が〈シェイクハンド・キズナ〉を使って仮設住宅の地上げを目論んでいたという噂。
 別々の話を総合すれば、掛川を殺害した犯人は貢であると示唆しているのだ。
 五代の事務所から退出した後も、蓮田は内心の動揺を気取られまいと必死だった。
「これで繫がりましたね」
「ああ」
「でも森見貢が掛川を殺した動機がまだ不明です」
 レガシィの運転席に滑り込んでも、笘篠は言葉少なだった。だが何を考えているか、おおよその想像はつく。
 掛川は実直な性格で、親身ではないがよく話を聞いていたという。つまり掛川が住民の気持ちを最優先して災害公営住宅への移転を妨げていた可能性がある。そうなれば仮設住宅跡地の再開発を進めようとする貢の障害になってしまう。
 障害を排除するのに一番手っ取り早い方法は抹殺だ。
 貢には〈祝井建設〉の従業員の生活を支える責任がある。いち職員がその障壁として立ちはだかった場合、貢はいかなる行動を起こすのか。
 考える度に胸が苦しくなっていった。

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プロフィール
中山七里(なかやま・しちり)

1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』にて第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞し、2010年に作家デビュー。著書に、『境界線』『護られなかった者たちへ』『総理にされた男』『連続殺人鬼カエル男』『贖罪の奏鳴曲』『騒がしい楽園』『帝都地下迷宮』『夜がどれほど暗くても』『合唱 岬洋介の帰還』『カインの傲慢』『ヒポクラテスの試練』『毒島刑事最後の事件』『テロリストの家』『隣はシリアルキラー』『銀鈴探偵社 静おばあちゃんと要介護探偵2』『復讐の協奏曲』ほか多数。

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