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『古事記』と『日本書紀』。神話が描く、この国のもう一つのはじまりの姿とは?――周防柳「小説で読み解く古代史」第4回(謎2 その1)
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『古事記』と『日本書紀』。神話が描く、この国のもう一つのはじまりの姿とは?――周防柳「小説で読み解く古代史」第4回(謎2 その1)

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「邪馬台国はどこか?」に代表されるように、日本の古代史はいまだ解明されない謎ばかり。そのため、吉川英治や松本清張をはじめ、たくさんの作家がインスピレーションを掻き立てられては物語を書き、あるいは持論を展開してきた。本連載では、日本史を舞台にした作品を多く手掛ける著者が、明治・大正・昭和の文豪から平成・令和の小説家まで、彼らが描いた「歴史的なあの場面」に焦点をあて、諸説を紹介しながら、自身もその事件の背景や人物像を考察していく。作家ならではの洞察力と想像力を駆使して謎に挑むスリリングな古代史企画。
*第1回から読む方はこちらです。


謎2 記紀神話と初期大和王権(その1)

もう一つのあけぼの

 先の「謎1」では、この国のあけぼのとしての邪馬台国やまたいこくをテーマに取りあげました。では、今回はその次の時代へ――と、進んでいきたいところですが、「ちょっと待った」です。それ以前のだいじな要素が一つ、置き去りになっているからです。
 すでにお気づきの方もいるかもしれません。そうです。神話です。『古事記』『日本書紀』に描かれているほうの、、、この国のあけぼのについて、まだ触れていないのです。
 邪馬台国が存在したのは二世紀後半から三世紀半ばごろで、その後さほど間をおかぬ三世紀後葉に、この国初と言ってよいであろう王権が誕生しました。場所は大和の纒向まきむくのあたりで、三輪みわ山のふもとであることから、しばしば「三輪王朝」と呼ばれます。王朝の創始者はミマキイリヒコイニエ(崇神すじん天皇)といい、歴史上実在、、したとされる最初の大王です。
 宮(磯城瑞垣宮しきのみずがきのみや)の伝承地は現在の大神おおみわ神社の南隣にあり、陵墓(行燈山あんどんやま古墳)は箸墓はしはか古墳の一・五キロ北にあります。

崇神天皇陵とされる行燈山古墳(天理市)

 纒向遺跡は「謎1」でも触れたように邪馬台国の候補地の一つと目されていますので、三輪王朝がこれとつながっているのなら話は簡単です。しかし、めんどうなことにこの国の天皇はなべて神話につながっており、さらに邪馬台国九州説という対抗馬もいるため、なおさら厄介なのです。
 神話の世界では、崇神天皇に至る以前にすでに膨大な物語が描かれています。高天原たかまがはら(天上の神々の世界)のアマテラスオオミカミの孫のニニギノミコトが日向ひむかに天降り、三代の後裔を経たのち、カムヤマトイワレヒコ(神武じんむ天皇)が東遷し、大和で初代の大王となります。ここからさらに八代の大王を経由し、ようやく崇神の治世が訪れるのです。アマテラスから連なる子孫を、俗に「天孫族てんそんぞく」と呼びます。天皇系図によると、崇神は十代目です。
 となると、十代目までの流れのどこかに邪馬台国が重なっていてほしいのですが、記紀神話には邪馬台国の「や」の字も、卑弥呼の「ひ」の字も出てきません。邪馬台国の典拠である『魏志倭人伝ぎしわじんでん』のほうにも、ニニギの「ニ」の字も、神武の「じ」の字も出てきません。このあたりがややこしすぎるため、本連載でも、まずは邪馬台国のみにしぼった一章をもうけたのです。
 しかし、ここを避けていては古代史の妙味を取り逃します。よって、いったん逆戻りして――、いや脇道に入ってと言うべきか――、いやこちらが正道と言うべきなのか――、神話の要素をふんだんに取り込んだ作品たちを見ていきたいと思います。事実も空想も伝説もひっくるめた「沼」に斬り込んでいる作品たちと申しましょうか。
 その道筋を経由したのち、三輪王朝の時代へ進みたいと思います。

スーパー歌舞伎のオオクニヌシ

 まず、記紀神話とはどのようなものか、概略を記します。
 ①なにもない無の宇宙からこの世が始まり、イザナギ、イザナミの男女神がこの大八洲おおやしまを造った「天地創造」、②イザナギの子のアマテラス、スサノオが高天原で喧嘩したり子を生んだりの愛憎劇を繰り広げる「高天原神話」、③スサノオが出雲いずもに追放され、その後裔のオオクニヌシが葦原中あしはらのなかくに(地上のくにかみの世界)を開拓していく「出雲神話」、④できあがった地上世界を、高天原のアマテラスたちが強引に譲らせる「国譲り」、⑤アマテラスの孫のニニギが日向の高千穂たかちほの峰に降り、その後三代をかけて当地の海山をべる「日向神話」、⑥その子カムヤマトイワレヒコが日向から東遷し、大和入りして初代天皇となる「神武東遷」――です。
 では、一冊目にまいります。哲学者の梅原猛うめはらたけしさんの戯曲『オオクニヌシ』です。

梅原猛『オオクニヌシ』(文藝春秋)

 この作品は、三代目市川猿之助いちかわえんのすけさん演じるスーパー歌舞伎の脚本として書かれたもので、出雲神話でおなじみのオオクニヌシが主役です。
 最大の特徴はオオクニヌシが出雲ではなく大和の国つ神とされていることで、梅原さんの独自説によっています。また、オオクニヌシは高天原の最高神のアメノミナカヌシと女神の一人であるカミムスビのあいだにできた隠し子という、ユニークな設定です。
 オオクニヌシはたくさんの兄を持つ心やさしい末っ子なのですが、あるとき出雲の王の娘のヤガミヒメに見染められます。このため兄たちにねたまれ、殺されそうになります。命の危険を感じたオオクニヌシは黄泉よみの国へ逃げ、冥界めいかいの主であるスサノオの娘、スセリヒメと結ばれます。これによって一まわりパワーアップして地上に戻り、自分をしいたげた兄たちに勝ち、大和の王となるのです。以後オオクニヌシは協力者のスクナヒコナや息子たちと力を合わせ、国造りに励みます。
 一方、西のかた筑紫つくしは、やはり高天原の女神のアマテラスの孫のニニギが治めていました。つまり、東はオオクニヌシ、西はニニギという形で勢力を二分していた格好です。
 やがて、この筑紫勢がアマテラスの指令によって、葦原中つ国のすべてを支配することになります。彼らは猛烈に東へ攻めのぼり、オオクニヌシの子のコトシロヌシを自殺に追いやり、タケミナカタを力でねじふせ、あの手この手を使って国土を奪い取ります。
 筑紫勢は辺境の出雲に隠居の住まいを建て、オオクニヌシを移り住ませます。それはみごとな建物でしたが、内実は新政権からの監視つきの押し込めで、オオクニヌシは口惜しさを嚙みしめます。さりとて、争えば民を苦しめるだけです。自分ほど真摯しんしに国造りに励んできた者はないのに、ままならぬものであるよ……と、嘆息します。
 そして、しばらく自問自答したのちに、よし、と心を定めます。おのれは天つ神の策略に負けたが、なに恥じることはない。おのれはおのれの信じる道を歩み、民のために尽くしてきた。国つ神としての魂の誇りだけは失わず、永遠の存在になろう。
 かくしてオオクニヌシはみずから海に入り、黄泉の国へ向かうのです――。
 記紀神話の中でも天地創造のくだりなどはばっさりと割愛かつあいし、最初からアマテラスは高天原の神、スサノオは黄泉の神とした点、オオクニヌシは出雲系の女神カミムスビの隠し子、ニニギは正統の女神アマテラスの嫡孫とした点、国つ神(地祇ちぎ)とあまかみ(天神)の二項対立をはっきりとさせた点なども、わかりやすさにつながっていると感じます。また、オオクニヌシはあらかじめ大和に、ニニギはあらかじめ筑紫に配されているため、オオクニヌシが「国譲り」をした時点で、実質的に天孫族の大和入り――すなわち「神武東遷」――は果たされた形になっています。
 神話の原典では何度も使者が出され、伊耶佐いなさの浜だの、高千穂の峰だの、アメノトリフネだの、アメノイワフネだの、似た話がデジャ・ビュのように重複ループします。が、そうしたくだくだしいダブりはすべて省略です。
 推察するに、この作品はテキストとして読ませるものではなく、人が舞台で演じる劇なので、極力シンプルを心がけ、大胆に枝葉を刈り込んだのでしょう。
 ただし、梅原さんはこの戯曲を書かれたあと、出雲に関する自説を変更されました。
 大和にはもともとオオクニヌシを含めて土着の国つ神がたくさんいたのですが、天孫族の大和入りによって蹴散らされ、たたかみとなってしまいました。出雲大社はそれらを一括して鎮魂するために、王権側によって建立されたものである――というのが梅原さんのオリジナルの見解でした(『神々かみがみ流竄るざん』一九七〇年)。
 ところが、その後、出雲の荒神谷こうじんだに遺跡や加茂岩倉かもいわくら遺跡から大量の銅剣どうけん銅鐸どうたくが発見され、出雲大社が日本一の巨大神殿であったことも判明し、かの地がおおかたの予想を覆す古代王国であったことがあきらかになりました。これを受けて、やはりオオクニヌシは神話に描かれたとおりの出雲の神であった――、と説を改められたのです(『葬られた王朝――古代出雲の謎を解く』二〇一〇年)。
 とはいえ、その変更のために、この戯曲の価値が揺らいだわけではありません。この作品はこの作品で整合性がとれており、説得力に富んでいます。そもそも神話の解釈はどれが正解ということもないのです。
 梅原さんは日向神話についても再考されていますので(『天皇家の〝ふるさと〟日向をゆく』二〇〇〇年)、そちらも併せて読むと、なお興味が増すかもしれません。

消えた天孫族、幻の神武東遷

 続いては、邦光史郎くにみつしろうさんの『黄昏たそがれ女王卑弥呼じょおうひみこ』です。

邦光史郎『黄昏の女王卑弥呼』(「小説日本通史 黎明~飛鳥時代」祥伝社文庫)

 本作は古代から太平洋戦争までの日本史をすべて小説形式で描いた「小説日本通史」という壮大なシリーズの第一巻で、その第一部の「光と闇の神話」が、今回のテーマにぴったりのパートです。基本は歴史に添いながら、空想小説的な性格も備え、さりとてエンターテインメントとも違う、独特の読み味を持った作品です。
 主人公は「木ノ花このはな一族」という特殊な能力を有する一族で、銅と辰砂しんしゃしゅ)の鉱脈をつかさどりながら、悠久の時を旅しています。物語はその始祖の伊可留いかるが海を渡ってくるところから始まります。彼は朝鮮半島南部の伽耶かやの王子なのですが、国が乱れて存亡の危機にさらされたため、からくも逃げてきたのです。
 時は三世紀前半、倭国わこくには伊可留と同じように伽耶から渡ってきた民が各地に散らばり、小集団を形成しながら暮らしていました。天神が地上の亀旨きじの峰に尊い金の卵を下したことによって誕生したという伝説を受け継ぐ伊可留はテレパシーを使うことができ、永遠の命に近い生命力も備えています。そのあかしに、腕に太極たいきょくの形のあざがあります。彼はこの能力を生かしながら、倭国の中に一族が安らかに生きていける第二の故郷を造ることを目指すのです。
 ただ、彼らには「冥府よみ一族」という、負の力の異能を持つ宿敵がつきまとっており、ゆく先々で妨害を受けます。
 このころ、筑紫には邪馬台国があり、老いた巫女王の卑弥呼が統治していました。が、長期政権の中で大臣たちは慢心し、卑弥呼自身もかつてのような神通力じんつうりきを失い、政情は麻のように乱れていました。
 超能力によって卑弥呼と心を通わせた伊可留は、国の建て直しの協力を乞われます。しかし、邪馬台国の命脈はまもなく尽きると見切りをつけ、さらなる新天地を求めて東への旅に出ます。太陽の進む道筋に従って、たくさんの同胞が移り住んでいると聞いたからです。
 かくて瀬戸内海を漕ぎ進み、吉備きびまで来たとき、伊可留はやはり筑紫を発って大和を目指している一族と出会いました。首領は五瀬いつせという人格者で、御毛沼みけぬという弟がかたわらに添うていました。いろいろ話を聞けば、天上から日向の高千穂の久士布流多気くじふるたけに降ってきた神の末裔といい、おのれらの伝承とよく似ています。もしかすると祖先は同じかもしれぬと意気投合し、彼らに同行することにします。
 ところが、大和を目指して浪速(現在の大阪湾)から上陸したところで、登美とみ族の猛攻を受け、頭目の五瀬が死んでしまいました。やむなく弟の御毛沼が跡を継ぎますが、御毛沼は短絡的で血の気が多く、先住民に対して容赦のない掃討を繰り広げます。そこへ、争いのにおいを嗅ぎつけた冥府の一族がからんできて事態はますます悪化し、その果てに、御毛沼も殺されてしまいます。
 天から高千穂へ降ってきた人々とは、記紀神話にいうところのアマテラスの後裔です。五瀬は日向三代のウガヤフキアエズの長男で、その弟の御毛沼がカムヤマトイワレヒコ(神武天皇)にあたります。そのつもりで読んでいたので、意外な展開に仰天しました。しかも、御毛沼は王冠をかぶった巨体を矢ぶすまにされ、針のように縫われた両眼から血の涙を流してこと切れるという、じつに凄惨な死に方をするのです。
 これをもって天孫族は消滅し、神武東遷も幻となりました。となると、この先は? と、固唾かたずを吞んだのですが、伊可留が脇から担ぎ出され、瓢箪ひょうたんからこまのように大王の座についたので、そう来たか、と膝を打ちました。
 伊可留が大王として入った宮殿は三輪山のふもとの磯城瑞垣宮で、つまり彼こそが三輪王朝の創始者のミマキイリヒコ(崇神天皇)となるのです。
 伊可留は木ノ花一族の証である太極の痣を削ぎ取り、以後はふつうの人間として治世に尽くします。異能の血脈は、彼の一人娘が受け継ぎ、次の時代に向かうことになります。
 一般に、神武天皇は創作上の大王といわれていますが、その根拠は、崇神天皇と同じ「ハツクニシラススメラミコト」(始馭天下之天皇/初めてこの天の下を統べた天皇)という別名を持っているためです。つまり、神武は崇神の遡及的な投影であり、王朝の創始をできるだけ古くするために編纂者によって編み出されたのだと思います。神武と崇神のあいだに実体のない八代の大王(欠史八代けっしはちだい)がはさまっているのも同じ理由で、皇統をかさ増しするための接ぎ木なのでしょう。そのように考えるなら、伊可留が大王位に就くと同時に御毛沼らが幻のように消えてしまっても、歴史はちゃんと続くのです。
 伊可留の出身である伽耶とは、朝鮮半島にあった三韓(馬韓ばかん弁韓べんかん辰韓しんかん)のうちの弁韓の南の海岸あたりで、国境というものがなかった当時、倭人と韓人の共生地帯でした。なお、伽耶という名は朝鮮半島側の名称で、日本側からはしばしば「任那みまな」と呼ばれます。
 邦光さんは、記紀には新羅や百済からの渡来人の話はずいぶん出てくるが、伽耶人に関する記述はまったくなく、それは、このころの伽耶との往来が特殊でもなんでもないほど多く、当たり前すぎることだったからではないかとおっしゃっています。つまり、渡来という意識もないほど倭国と朝鮮半島を人々が行き来していたわけで、言ってみれば、これがふつうの、、、、弥生人やよいじんなのでしょう。
 とすると、本作はこの国の創始にかかわる大袈裟な装飾をきれいさっぱり捨て去った、歴史新解釈の試みといえるのかもしれません。
 また、この作品で印象に残るのは、木ノ花一族に不気味につきまとう冥府一族です。彼らは常に権力者のそばに現れ、その行動を陰からあやつります。「ヨミ一族」、「コノハナ一族」ともに、黄泉の国の王スサノオとも、伝説の美貌の姫君コノハナサクヤヒメとも関係しないようですが、作者の中でイメージは重なっているのかもしれません。
 光と影のように、あるいは善と悪があざなえる縄のように時を超え、姿を変えながら存在しつづけるそのあり方を見ていたら、なんとなく手塚治虫てづかおさむさんの『火の鳥』を思い出しました。
 通常の日本史をやさしく小説化したものだろうと予想して読みはじめると、いろいろ裏切られる、一風、、二風、、変わった作品です。

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プロフィール
周防柳(すおう・やなぎ)

1964年生まれ。作家。早稲田大学第一文学部卒業。編集者・ライターを経て、『八月の青い蝶』で第26回小説すばる新人賞、第5回広島本大賞を受賞。日本史を扱った小説に『高天原』『蘇我の娘の古事記』『逢坂の六人』『身もこがれつつ』がある。

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